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最強と無双をやめたおっさんのもとには、厄介ごとしかやって来ない。【辺境砦の無気力英雄】ゼブラ・ゴーシュはのんびり暮らしたい  作者: 朱実孫六
第三節 ジュノ・ジャクセルの背中に触れたもの

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第13話 剣士には毒蜂。狼には抱擁

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 引きつったアーガイルの面に、二メートル超の影が迫る。


 陽射しを覆っているのは、人狼ジュノ。


 鼻つら同士を付き合わせるようして、彼は牙を剥いた。



 威圧。



 獣人化した少年──ジュノ・ジャクセルの体は、もう人のそれではない。


 肩は大きく張り出し、背丈はアーガイルを覆うほど。


 白銀の毛並みは、輪郭に露を載せ、太陽の光を弾いて逆立っている。


 眼は、怒りに燃え、牙は剥き出し、喉からは唸り声。



 圧倒的な、暴力としての無言。




 ただそれだけで、アーガイルの足が後ずさった。


 剣を、無意識に背中へ隠したまま、剣士の彼は額に玉の汗。


 腰が抜けたように後退し、地面の陥没口へ、かかとで踏みこんで……そのまま尻から仰向けに転んだ。



 その時、泥濘に倒れ込んだアーガイルの肩で、革の肩当てが、爆竹のように弾けた。


 何もしていないのに、である。


 ジュノは、その金色の目を上げた。




 玄関で、マールムが片膝を着き、魔杖を拾って構え直していた。


 刹那、その先端で攻撃魔法が一連射した。


 空気を裂いて飛来した高速魔法弾が、蜂の大群のように、一瞬でアーガイルの革鎧の留め具を火花を散らして弾いていった。


 それは、一秒もかからなかった。



 アーガイルが目を閉じて、身を縮こめている間に──


 肩で、鋲打ちの紐が弾け──


 腕で籠手が外れ、脚で脛当てが開き──


 胸を守る胴巻が、脇腹のスナップを弾かせて飛び散った。


 そして、そのすべてが地面へと次々に落ちて泥の飛沫をあげた。



 残されたのは、肌着にズボンだけの、アーガイル。


 顔は、目を見開いたまま、口が塞がらない。





 人狼ジュノですら、その様子を、ぽかんと口を開けて見ていたくらいだ。


 そして最後に、アーガイルのベルトのバックルが火花を上げて弾けた。


 彼は慌ててズボンを掴み、縦縞のパンツが露わにならぬよう引き上げた。



 ──全てはマールムの連射魔法のせいである。


 精密無比であって、かつ、濃密な弾幕。


 


 ジュノが再び彼女へと視線を上げると、玄関で片膝を着いたマールムは、魔杖をコスタ撃ちで構えたまま声を響かせた。


「まだやりますか。それとも、ジュノさんに引き千切られるのがお望みか!」


 アーガイルは慌てて、地面に散らばった泥まみれの装備をかき集めた。


「──わかった、もう充分だ、今日のところは引き上げる!」


 ズボンの腰を握りしめたまま、拾い集めた籠手や脛当てを抱え、剣と鞘を別々に握り、よろめきながら駆け出したアーガイルが赤土に足を取られて転倒した。


 先ほどまでの……余裕ぶりと比べて、それはあまりにも情けなく、ジュノはつい噴き出した。


 それでも剣士は、プライドを保つように、マールムにだけ振り返って叫んだ。


「さっ、再戦の儀、父君に、くれぐれも、よしなに!」


 そう言い残して、人狼ジュノがよほど怖いのか大きく迂回しながら、アーガイルは逃げるように駆けていった。








 人狼ジュノは、振り返った。


 ズボンを掴んだまま走り去る剣士の背中は、滑稽だった。


 ──逃げていくアーガイル。





 ジュノの体は、すぐに戻せるものではない。


 急激に肥大化した筋肉と、骨格。


 白銀に光る体毛に、牙の並ぶ長い口。


 制服の裂けた布地が、霜柱のとけた地面ではためいている。


 


 ジュノの喉奥に、痛快な笑いがこみあげてきた。


 さっきまで、えばり散らしていたあの男が、剣を背中に隠した時の、あの顔。



 痛快だ。


 ひどく勝ち誇ったような。


 我が身から滲み出した暴力の後味に、酔いしれた。


 けれど、その笑いが去ったあと──ジュノは寂しくて、目を閉じた。



 もう居られない。


 あの正門から出ていくしかない。


 白い毛皮は、露によく光るのに、胸の奥は、洞窟みたいに冷えこんだ。


 魔杖を置いてきた自分の愚かさを、呪うしかなかった。



 半魔であることは、学園にも秘密にしてきた。


 情け無くて、空を見上げる。


 自分に悪しき魔族の血が混じっていることは、知られてしまった。



 マールムさんを通じて、ゴーシュさまにも伝わろう。


 しかるのち、学校に知らせが行く。


 半魔とは言え、魔族が、人間の王国の魔法学校に紛れ込んでいたと……。



 

 ジュノは肩を落としながら、帰る先を探した。


 どこへ向かえばいいものか。


 でも、胸には後悔がない。


 マールムさんが無事でよかった。それだけは小さく自負できた。


 人間として生きた、偽りの五年間。


 その最後に──人らしくあれた。

 それだけで良かった。



 人狼は、納屋に顔を向けた。



 悔いがあるとすれば、自分の魔杖を納屋に置きっぱなしにしたこと。

 あれがあれば剣士の牽制くらい、できたはず。





 


 背中から、マールムの駆けてくる音がした。


 泥がはねるのも気にしていない。迷いのない足音が駆けてくる。


 ジュノは、冷気にしみる鼻をすすった。


 涙は出ない。


 走ってきた彼女が、背後で立ち止まり、しばらくの間、息を切らしていた。



「──はじめて見ました。……ジュノさん、人狼ライカンだったんですね」


 白銀の毛並みに、風が吹き込む。


 彼は答えた。


「……母がライカンで」


 肩にひっかかっていたシャツの破片が、ひらと風に舞って飛んでいった。


 マールムは、その背中に、そっと手を伸ばした。


「じゃあ、半魔なのですね」


 ためらいのない、手のひらだった。


 白く、柔らかく、そして輝く毛並みに触れた手が、優しく彼の冷えた体毛の表面を撫でた。


「──綺麗ね」


 ジュノの顔が、ゆっくりと上がった。


 目に太陽が。まばゆくて紅い光があった。


 その光がつくる影の中で、マールムは言った。


「毛並み、きらきらしてて……」


 その手はあたたかく、もう一度、獣の背を撫でて、それから叩いて、何度もクシャクシャにした。


 そして毛の中の、温かいところへと踏み込んだ。


 それは、恐れでも──哀れみでもなく。


「すごいじゃない……!」


 彼女は、ぬいぐるみでも贈られたかのように、彼の背中に抱きついた。


 それは、人の温もり。


 存在の確かな肯定だった。



ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ


次回は、明日12:00に公開予定です!

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