第13話 剣士には毒蜂。狼には抱擁
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引きつったアーガイルの面に、二メートル超の影が迫る。
陽射しを覆っているのは、人狼ジュノ。
鼻つら同士を付き合わせるようして、彼は牙を剥いた。
威圧。
獣人化した少年──ジュノ・ジャクセルの体は、もう人のそれではない。
肩は大きく張り出し、背丈はアーガイルを覆うほど。
白銀の毛並みは、輪郭に露を載せ、太陽の光を弾いて逆立っている。
眼は、怒りに燃え、牙は剥き出し、喉からは唸り声。
圧倒的な、暴力としての無言。
ただそれだけで、アーガイルの足が後ずさった。
剣を、無意識に背中へ隠したまま、剣士の彼は額に玉の汗。
腰が抜けたように後退し、地面の陥没口へ、かかとで踏みこんで……そのまま尻から仰向けに転んだ。
その時、泥濘に倒れ込んだアーガイルの肩で、革の肩当てが、爆竹のように弾けた。
何もしていないのに、である。
ジュノは、その金色の目を上げた。
玄関で、マールムが片膝を着き、魔杖を拾って構え直していた。
刹那、その先端で攻撃魔法が一連射した。
空気を裂いて飛来した高速魔法弾が、蜂の大群のように、一瞬でアーガイルの革鎧の留め具を火花を散らして弾いていった。
それは、一秒もかからなかった。
アーガイルが目を閉じて、身を縮こめている間に──
肩で、鋲打ちの紐が弾け──
腕で籠手が外れ、脚で脛当てが開き──
胸を守る胴巻が、脇腹のスナップを弾かせて飛び散った。
そして、そのすべてが地面へと次々に落ちて泥の飛沫をあげた。
残されたのは、肌着にズボンだけの、アーガイル。
顔は、目を見開いたまま、口が塞がらない。
人狼ジュノですら、その様子を、ぽかんと口を開けて見ていたくらいだ。
そして最後に、アーガイルのベルトのバックルが火花を上げて弾けた。
彼は慌ててズボンを掴み、縦縞のパンツが露わにならぬよう引き上げた。
──全てはマールムの連射魔法のせいである。
精密無比であって、かつ、濃密な弾幕。
ジュノが再び彼女へと視線を上げると、玄関で片膝を着いたマールムは、魔杖をコスタ撃ちで構えたまま声を響かせた。
「まだやりますか。それとも、ジュノさんに引き千切られるのがお望みか!」
アーガイルは慌てて、地面に散らばった泥まみれの装備をかき集めた。
「──わかった、もう充分だ、今日のところは引き上げる!」
ズボンの腰を握りしめたまま、拾い集めた籠手や脛当てを抱え、剣と鞘を別々に握り、よろめきながら駆け出したアーガイルが赤土に足を取られて転倒した。
先ほどまでの……余裕ぶりと比べて、それはあまりにも情けなく、ジュノはつい噴き出した。
それでも剣士は、プライドを保つように、マールムにだけ振り返って叫んだ。
「さっ、再戦の儀、父君に、くれぐれも、よしなに!」
そう言い残して、人狼ジュノがよほど怖いのか大きく迂回しながら、アーガイルは逃げるように駆けていった。
人狼ジュノは、振り返った。
ズボンを掴んだまま走り去る剣士の背中は、滑稽だった。
──逃げていくアーガイル。
ジュノの体は、すぐに戻せるものではない。
急激に肥大化した筋肉と、骨格。
白銀に光る体毛に、牙の並ぶ長い口。
制服の裂けた布地が、霜柱のとけた地面ではためいている。
ジュノの喉奥に、痛快な笑いがこみあげてきた。
さっきまで、えばり散らしていたあの男が、剣を背中に隠した時の、あの顔。
痛快だ。
ひどく勝ち誇ったような。
我が身から滲み出した暴力の後味に、酔いしれた。
けれど、その笑いが去ったあと──ジュノは寂しくて、目を閉じた。
もう居られない。
あの正門から出ていくしかない。
白い毛皮は、露によく光るのに、胸の奥は、洞窟みたいに冷えこんだ。
魔杖を置いてきた自分の愚かさを、呪うしかなかった。
半魔であることは、学園にも秘密にしてきた。
情け無くて、空を見上げる。
自分に悪しき魔族の血が混じっていることは、知られてしまった。
マールムさんを通じて、ゴーシュさまにも伝わろう。
しかるのち、学校に知らせが行く。
半魔とは言え、魔族が、人間の王国の魔法学校に紛れ込んでいたと……。
ジュノは肩を落としながら、帰る先を探した。
どこへ向かえばいいものか。
でも、胸には後悔がない。
マールムさんが無事でよかった。それだけは小さく自負できた。
人間として生きた、偽りの五年間。
その最後に──人らしくあれた。
それだけで良かった。
人狼は、納屋に顔を向けた。
悔いがあるとすれば、自分の魔杖を納屋に置きっぱなしにしたこと。
あれがあれば剣士の牽制くらい、できたはず。
背中から、マールムの駆けてくる音がした。
泥がはねるのも気にしていない。迷いのない足音が駆けてくる。
ジュノは、冷気にしみる鼻をすすった。
涙は出ない。
走ってきた彼女が、背後で立ち止まり、しばらくの間、息を切らしていた。
「──はじめて見ました。……ジュノさん、人狼だったんですね」
白銀の毛並みに、風が吹き込む。
彼は答えた。
「……母がライカンで」
肩にひっかかっていたシャツの破片が、ひらと風に舞って飛んでいった。
マールムは、その背中に、そっと手を伸ばした。
「じゃあ、半魔なのですね」
ためらいのない、手のひらだった。
白く、柔らかく、そして輝く毛並みに触れた手が、優しく彼の冷えた体毛の表面を撫でた。
「──綺麗ね」
ジュノの顔が、ゆっくりと上がった。
目に太陽が。まばゆくて紅い光があった。
その光がつくる影の中で、マールムは言った。
「毛並み、きらきらしてて……」
その手はあたたかく、もう一度、獣の背を撫でて、それから叩いて、何度もクシャクシャにした。
そして毛の中の、温かいところへと踏み込んだ。
それは、恐れでも──哀れみでもなく。
「すごいじゃない……!」
彼女は、ぬいぐるみでも贈られたかのように、彼の背中に抱きついた。
それは、人の温もり。
存在の確かな肯定だった。
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次回は、明日12:00に公開予定です!




