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最強と無双をやめたおっさんのもとには、厄介ごとしかやって来ない。【辺境砦の無気力英雄】ゼブラ・ゴーシュはのんびり暮らしたい  作者: 朱実孫六
第三節 ジュノ・ジャクセルの背中に触れたもの

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第12話 不遜な剣士と、ジュノの正体

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 崖と森に挟まれた赤土の砦に、アーガイルの声が響いた。


「お嬢さん。出てこない気なら、俺はこのインターンの腕から頂戴するぞ」


 ジュノは、口もとの血を拭いながら、その剣士の背中を地面から見上げた。非道い言いようだが、まだ剣は抜いていない。


 いまなら飛びついて、刺し違えてでも、首の骨をへし折ってやれないこともない。






 しかし──


 アーガイルは、横目で少し振り返り、彼を牽制するように言った。


「俺の剣の間合いだ。妙な気を起こすなよ。そこから動くんじゃない」


 ジュノは膝を起こし、立つだけに留めた。


 たしかに、背中側から見ていても、剣士の立ち方には隙がない。肩にも膝にも、すぐ反応できるよう、関節にゆとりを持たせてある。



 


 そんなアーガイルは、口もとを元のように結ぶと、母屋へ視線を戻した。


 そして大きな声を響かせた。


「聞け、最後通牒だ!」


 母屋の窓が震えるように張り詰め、一転、アーガイルは穏やかに告げた。


「このチビの左腕を落とす」




 ジュノは、指名のあった左腕を押さえながら、唇を噛んだ。


 けれども、マールムを脅すアーガイルの背中は、爆発痕の斜め後ろから結果としていまだ一歩も進めていない。


 ジュノは、そこを奇妙に思った。


 母屋からアーガイルまでの距離は約25メートル。剣士は懸念しているのかもしれない。先ほど警告に食らった正体不明の攻撃の射程距離に踏み入ることを。


 ジュノは、赤土の地面が内側から炸裂したような陥没口へと、視線を移した。



 穴の周りに、霜柱以外の水濡れがない。となると水魔法じゃない。


 地面が破裂したときに感じた熱感も、火魔法のそれとは違った。


 残るは、土か風、あるいはもっと特殊な……。


(そうか)


 ジュノの脳裏を、ゴーシュの横顔が、あの口調でよぎった。


 ──この砦のあちこちには、魔法爆弾が埋めてある。


 ジュノは顔を、母屋に向けた。


(マールムさんは、埋めてある魔法爆弾を魔法で撃って炸裂させたんだ……)



 けれど、何故、彼女は二発目を撃たないのだろうか。


 剣士の足もとを見た。



(もしかして、爆弾の近くに、僕がいるからなのか……)


 ジュノの位置からは、窓の奥にいる彼女の葛藤が見えなかった。


 




 そして、母屋は、玄関を静かに開いた。


 短い魔杖を手に、マールムがあらわれ、ジュノは思わず叫んだ。


「だめです、マールムさん!」


 けれどそのジュノの喉元には、いつのまにかアーガイルが抜いた剣の先端が、ちくりと触れていた。


 生唾を、ジュノは飲み込んだ。小さな喉仏が切先の鋭さを感じた。


「──黙れ、ちびすけ」アーガイルが横目をよこす。


 剣士の右肘は伸びきっていない。

 その気になれば、もうひと押しを喉に加えられるという事だ。


「口を閉じておけ」


 剣士は告げて、母屋に目を戻した。


 ジュノは、退くも進むも無く、いずれにしても、彼女がなぜ、手にした魔杖を使わないのか不思議だった。


 ジュノは思う。まさか最初の一撃で、彼女の魔力が尽きたのかと。


「マールムと言ったな。次はその魔杖を捨ててもらおうか」


 アーガイルの切先が後方で、ジュノの皮膚をわずかに凹ませている。


 ジュノは続きを思考した。魔力切れは無いだろう。だとしたら冗談でもゴーシュが彼女に砦を預けて出て行けるわけがない。


 だとしたら、きっと、何かしら事情があるはずだ。


 そう。たとえば、先程の爆発よりもさらに大型の魔法爆弾が、自分とアーガイルの足もとに埋まっているとか……


 そう思いついて、ジュノはマールムを見た。


 彼女の眉は葛藤に寄っている。


 やはり、そう言うことかとジュノは覚悟した。


「マールムさん!」


 ジュノは叫んだ。


「かまいません! 僕ごとこいつを吹き飛ばしてください!」


 これでいっそアーガイルが反応すれば、彼のほうでも最後の手段に出る気だった。


 しかし、剣士は反応しなかった。


 ジュノが離れずいるから、彼女が自分を撃てないでいる。アーガイルもジュノと同じ結論に辿り着いた様子だった。



 アーガイルが、玄関先のマールムに命じた。


「魔杖を捨てろ。戦場にあるでもなし──女は斬りたくない」



 ジュノも、革鎧の彼の顔越しに、再び彼女の顔色を窺った。


 マールムは無言で魔杖の杖先を、地面に向け、剣士から狙いを外した。


 ジュノは冷や汗を垂らした。


(だめだ……捨てないで撃って、マールムさん……!)


 言わんこっちゃないよとジュノは、ゴーシュのあの能天気さに歯噛みしながら、一か八か、その場を離れようと、膝を曲げて力をためはじめた。


 けれどもアーガイルがその気配を察し、刃の先を少しだけ、彼に押し込んだ。



「──動くな。と言ったろう」


 彼の刃を数ミリ、喉仏の皮に受け入れながら、ジュノは腹を決めた。


 そう。一か八か。自分が血路を開くしかない。マールムが杖を捨てる前に。



 



 しかし、そのとき、前方で声がした。



「……わかりました」


 マールムは魔杖を、縦にしたまま、手放した。


「我が家とその方は、無関係です。手を出さないと約束してください」


 魔杖は落ちて、ぬかるんだ地面に横たわった。


 アーガイルは満足したのか、剣をしまった。


「わかった。誓おう。ではお嬢さん、身支度を」


 彼女は背を向けて、母屋の中へと振り向いた。




 ジュノには、光のように、この先の悲劇が見えた。

 


 焼ける家。──髪をひきずられて泣く女。


 それは、幼き日、彼が見た、彼自身の過去だ。



 ……眼の色が変わり、鼓動が、耳を突き破るが如く内側から彼を叩いた。



 ブーツの革の腹がふくらみ、弾けた。


 視界が歪んでモノクロになり、反面、鼻と耳が鮮やかに周囲の状況を捉えだす。


 肩から制服が裂け、歯の根が音を立てて牙を生やし、突き上がり、胸の内側でタガと呼ばれる大切な何かが外れた。



 ──抑えが切れた。


 制服を激しく裂きながら、中から巨大な筋肉と白銀の体毛が現れた。


 天を仰ぐ、牙の並ぶ彼の大口は、楽になった吐息を白く漏らした。


 ジュノは、本来の姿を晒した。


 その身長、200センチ強。




 声が、頭上から叩きつけるように響いた。


「……アーガイル!」


 それはジュノの声のままだが、いやに高い位置からアーガイルに聞こえた。


「振り返って僕を見ろ」



 革鎧の頭上から、気がつけば影がさしている。


 それも不快なのか、アーガイルは剣を再度、抜きながら振り返った。



「分を弁えろ! 小……僧……」


 振り返ったアーガイルが、顔をあげて、急に、腰から後ずさった。


 視線の先には、巨大な人狼の影が、空を覆っていた。


 


 ジュノ・ジャクセル。


 その姿はもはや、人間のそれではない。



 白銀の体毛、二脚で立つ獣。


 隆起した両肩の上、顔は、巨大な狼そのもの。


 牙を剥き、だらりと舌を垂らした先に、飢えた雫が光をはじいていた。


「……なっ」アーガイルは抜いた剣を、思わず背中に隠した。





 人狼、ジュノ・ジャクセルの真の姿が、目に怒気を込めた。


「……マールムさんは、渡さない」


 有無を言わせない。


 金色の双眼。


 なのに、声だけは少年。



 垂らす舌を、牙と息の中で引き込み、燃える瞳で言った。


「まず、この僕とたたかえ」


ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ


次回は、明日12:00に公開予定です!

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