第11話 アーガイルに…ばらしちゃったみたいです
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朝日の下、剣士がひとり、山道をこちらへ向かってくる。
ジュノは、陽の眩しさに目を細めた。
茶色の革鎧に、帯剣している。髪色は金。端正ながら陰気な面持ちが見えてきた。
ジュノに覚えはなかったが、それは昨日、ゴーシュを訪ねてきた不遜な男──アーガイルであった。
長身のアーガイルは、通りすがりに足を止め、ジュノを一瞥した。
「見ない顔だな」
ジュノは、軽く頭を下げながら返した。
「インターンです。王都のウィンゲート魔法学校から来ました」
その一言で、アーガイルの眉がぴんと吊り上がった。
「……インターン?」
その目が訝しむように、鋭くなる。
魔法学校のインターン──それは、最終学年に課される実務研修だ。当然、指導者がいない場所には訪れない。
アーガイルは悟った。つまり、ゼブラ・ゴーシュはこの砦に戻ってきている。
険しい顔つきで剣士は、ジュノへと向き直った。
「ならばインターン。ゼブラ殿は、いつ戻られたのだ」
ジュノは、意味がわからないのだろう。考える間を置き、知るところを正直に口にした。
「戻るもなにも、いま釣りに……じゃなくて、パトロールに出られたところです! はい!」
剣士は、端正な顔を歪めた。
「ちがう。討伐からは、いつお戻りになったかと聞いておるのだ」
語気強く問われたものの、ジュノには、〝討伐〟の真意がゴーシュの〝居留守〟だった事がわからない。
戸惑いに苦笑するほかなく、彼は首を傾げた。
「……詳細は、わかりかねますが、ともかく昨日は砦においででしたけど」
聞いたアーガイルは額に手を当てた。苦々しい表情だった。
「なんという事……」
小さくつぶやくと、彼は金の前髪を横に流し、気持ちを切り替えた。ジュノを睨みつけ、短く言いながら母屋へ足を向けた。
「──感謝するぞ、インターン。俺が馬鹿だった」
言い残し、アーガイルは迷いなく踏み出した。
赤土の道を踏むブーツの音が、とけた霜柱の跡を踏んでいく。
その背中にジュノは、思わず声をかけていた。
「いや、ですからゴーシュさまは今、ご不在です」
剣士は、振り返りもしなかった。
「黙れ! ゼブラ・ゴーシュに代償を払ってもらうのだ!」
ジュノは背筋に、冷たいものを感じた。小走りに追いかけた。
「──アーガイルさん、本当なんです!」
横へ回って続けた。
「ゴーシュさまは今、森に行ってます、母屋には誰もいません!」
しかしアーガイルは止まらない。
風で、鳥の声が途切れた。どこかから転げたバケツの音がした。
「もはやその手は通じぬ。今日こそ偽りの英雄と試合をして、俺は王都に戻る!」
ジュノは足を止めた。
「……偽りの、英雄?」
その瞬間だった。
バンッ、と泥をはねてアーガイルの足元が、大きく爆ぜて飛び散った。
それぞれ彼らは咄嗟に、一メートルほど左右へ跳び退いていたが、ぬかるんだ赤土が舞い落ちる中、木クズの焦げた臭気は煙と共に風で流れた。
ジュノは体勢を低く保ち、周囲を見渡す。
アーガイルは、進んでいた赤土の道に──籐籠ほどの深さですり鉢状の穴が穿たれているのを認めた。
ジュノは射角から考えて、南にある防御塔の屋上に目を凝らした。遠距離からの攻撃魔法だと思われたからだ。けれど、屋上にも弓狭間にも、怪しい影はない。
アーガイルのほうは、剣の柄に右手をかけ、まるで皮膚で気配を読むように半眼のまま、耳を澄ませている。
改めて、ジュノは、地面に穿たれた魔法の痕跡に目を移した。
それは、剣士の足取りのすぐ先を狙った〝警告〟だと、判断できた。
けれども、誰が、どこから放った魔法なのか。
ジュノは考えながら、目を走らせ、風上に向けて鼻先を上げ、耳を動かした。
ゴーシュさまか。いや。気配は、風の中、匂いも、音もない。
(だとするとまさか……マールムさん……)
そう思いついてジュノが前方を見上げると、母屋から、毅然とした声がした。
「──ゴーシュは出ております。ご用件なら、このマールムがうかがいます」
その声は、確かに、彼女だった。ジュノがこれまで聞いたどの彼女の声よりも低く、冷淡だった。
目を凝らすと、母屋の玄関そばで、リビング付近だろうか窓が薄く上がっていた。
マールムは、その隙間から魔杖の先端を覗かせている。
「その場から動かず、御用の向きをおっしゃってください」
声には、アーガイルへと命じる迫力があった。
◇
剣の柄から手を離し、アーガイルは、リラックスした様子を見せた。
「その声は、いつも奥にいるお嬢さんか」
その横でジュノは、地面のぬかるみに片膝をついたまま、彼が声のする位置をまだ母屋に探っている様子を盗み見た。
「父親ともども、よくも俺を一ヶ月間、たばかってくれたな」
アーガイルの横顔は、金色の髪を風になびかせている。演説するかのように姿勢も良い。
けれど、母屋からのマールムの返答は、変わらず冷淡だった。
「ゴーシュは他流試合を受けません。お引き取りを願ってのこと」
抑制の効いた拒絶。だが、アーガイルの目には光が灯ったままだ。
「……つまり、噂どおりということか」
冷たい笑いを浮かべ、彼は、砦の内に響き渡るような声をあげた。
「ゼブラ・ゴーシュ! 物陰にひそんで卑怯な騙し討ちしかできぬ男!」
石組みの防御塔と南面の崖に反響して、その罵倒は虚しく消えていった。
剣士は油断なく周囲を見回している。
おそらく彼は、ゴーシュがどこかに潜んでいるものと踏んでいるらしい。
「偽りの英雄! 出てこない気なら、こちらにも別の策があるぞ!」
そう声を張ってから彼は長い髪を後ろで束ねた。
ジュノの背に、嫌な汗が流れた。
(火でも放つつもりか……?)
そう思えるほど、アーガイルの横顔に目付きが険しかった。
剣士は、母屋に向けて最後通牒のように告げた。
「手荒な真似はしたくない。お嬢さん、一緒にふもとの村まで来てもらえないか」
ジュノは、思わず立ち上がった。
「アーガイルさん!」
意外そうに振り向いた彼を、ジュノは本気で見据えた。
「一緒に来いとは、どういう意味ですか。人質に取るってことですか!」
アーガイルは、天を仰ぐように笑った。
「そうか、マールムというのか」
思わず口を押さえたジュノに、彼は続けた。
「礼を言うぞ、ちびすけ」
そして母屋に正面を向けた。
「剣士と見て侮るな。こちらにも、そこまで届く剣技はある」
ジュノは押さえていた口を開こうとしたが、マールムの声が先だった。
「わたしを人質に取ったところで、ゴーシュは試合に応じません」
そんなことって、あるだろうか。ジュノは思ったが、アーガイルのほうは母屋に向けて口角を持ち上げた。
「ご忠告に感謝する。だったら作戦を変える」
ジュノが呟いた。
「どうする気です」
アーガイルは、口もとに冷ややかな笑みを湛えたまま、目を曇らせた。
「仕方ない。同じ気持ちになってもらうしかない」
ジュノは彼を睨みつけた。
「同じ、気持ち……?」
アーガイルは、ジュノを横目で睨みつけた。
「理由もなく身内を奪われる気持ちを、ゼブラ・ゴーシュにも一度。味わってもらう」
ジュノには、今からマールムを殺める、そうとしか取れなかった。
「そんなの無法だ!」
そこで、ジュノの横っ面に無拍子の裏拳が飛んだ。
吹っ飛ばされながら、一瞬、青空が見えた。
赤土の上、泥を散らしながら転がったジュノが手を着いたのは、剣士の背中側だった。
恐るべき膂力だ。ジュノは、口もとで血混じりの泥を拭った。
眩暈のする頭を振って、彼が地面から体を押し上げると、寸鉄帯びていない姿を侮辱するような目でアーガイルが言った。
「魔法屋ふぜいが。素手で剣士にかなうと思うか。ましてや口先で」
そうつぶやくと、剣士は再び母屋の方に向き直った。
「繰り返すぞ。マールムどの。事を荒立てたくないのだ。出てこられよ」
少年は、四つん這いのまま、悔しさに、泥の中で爪を握った。
──敵は外にのみあると思うな。
昨日、ゴーシュさまから受けた教えなのに。
砦の内側だった。
しかも相手は人間だった。
そんなのは、もう言い訳にならない。全ては魔杖を持っていなかった自分の油断だ。
ジュノは自分への怒りで、口の中、血まじりの泥を噛んだ。
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次回は、明日12:00に公開予定です!




