04.お父さんの困りごと
「どうやって戻ってきたの? しかも……なんで犬? 」
「それが、さ~っぱり分からないんだ。気付いたら歩がいて、こっちがびっくりしたよ」
子犬姿のお父さんが目を見開いてこっちを見ている。とてもかわいい。
「工事現場のときは?」
「工事現場? うーん……知らないなぁ」
それから僕とお父さんはいろんな話をした。
僕が気を失ったこと。お父さんが亡くなって、もう五年経っていること。お母さんのことや、今の暮らし、学校のこと——。
お父さんと話すたびに、失われた時間を取り戻しているようだった。
もうひとつ驚いたことは、お父さんのパソコンに残っていた家族の動画。
そこに映るお父さんの声と、いま隣にいる子犬のお父さんの声が同じだった。
どうして気付かなかったんだろう。
動画を再生した瞬間、胸の奥で何かが弾けるように——「お父さんの声だ!」と体が反応した。懐かしさと信じられなさが一緒に押し寄せてくる不思議な感覚だった。
「ちょっとトイレ行ってくる」
ひと通り話が終わると、お父さんがおぼつかない足で歩きだす。僕は心配になって目であとを追う。
右足……左足……。足の動きをひとつずつ確かめるように、ゆっくりと進んでいく。
ヨタヨタとなんとか部屋のドアの前にたどり着いたお父さんは、そこでピタリと立ち止まった。
床からゆっくりと目でたどるようにドアノブを見上げる。その後ろ姿はまるで、行く手を阻む巨大な壁を見上げているようだった。
これは……絶対に届かない。
「…歩!」
目をまん丸にしたお父さんがこっちに振り向く。
「見てくれ! 全然手が届かない!」
まるで、新しい発見をしたかのように嬉しそうだ。
「だよね」
僕は立ち上がって、部屋のドアを開ける。
「悪いね」と、お父さんはまたヨタヨタとトイレまで歩く。
トイレの前に着くと、またドアノブを見上げて、僕の顔を見る。何も言わず、僕はそっとドアを開ける。お父さんが中に入るのを見届けてから、静かにドアを閉めてあげた。
しばらくすると、トイレの中から「あ~ゆ~む~」と、情けない声が響く。
「なに~?」
「ちょ、ちょっときて~!!」
なんだか焦っているみたいだ。
「開けるよー」
ドアを開けると、お父さんがトイレの便座に前足をかけてぴょんぴょんと飛び跳ねている。どうやら便座に届かないようだ。
「歩!まずい!間に合わないかも!」
「えー…っと、どうしたら…」
とりあえず…もう考えるより先に、お父さんの体を抱え上げて便座に乗せてみた。
「あっ、こう…うん、いけそうだ!」
お父さんは便座から落ちないように足をめいっぱい広げて、後ろ足でバランスを取りながら、真剣な顔で狙いを定めた。
「じゃあ、外で待ってるよ」
しばらくすると「ショーー…」と、なんとも言えない音がトイレのドアから伝わる。
「歩~…」
再度お父さんの情けない声が響く。
「何ー?」
ドアを開けると、便座の上で大きく足を広げたまま、困った顔でお父さんが僕を見つめる。
「……たすけて」
どうやら便座から降りられないみたいだ。
僕はそっとお父さんを降ろしたあと、代わりにトイレを流してあげた。
「ごめんなぁ、歩。ありがとう」
お父さんは僕へそう言ったあとに、小さな声で「これじゃ大変だ…何かいい方法考えないと…」と耳をしょんぼり下げながらヨタヨタと部屋へ向かった。
部屋に辿り着くと、お父さんが急に耳をピンと浮かせて立ち止まる。
「歩!!」
お父さんが振り返って叫ぶ。
「え、なに?」
思わず身をのけぞる。
「お父さん、今裸じゃない!?」
「あ、そういえば、そうだね」
「大事なところも丸出しじゃないか…!」
「あっ、ということはオスか!」
「……はっ! メスの可能性もあったのか!?」
お父さんがキョロキョロと自分の体を見渡し、今更自分の姿が気になりだしたようだった。
「え~っと~……」
……なにか着るもの?
……そんなの、あったっけ?




