03.再会
どれくらい眠っていたんだろう。
ぼんやりと目の前が明るくなって、夢の中から少しずつ浮かび上がるように景色が見えてきた。遅れて、小さな声が耳に届く。
「…ゆむ、あゆむ⁉︎」
聞き慣れた声に視線を向けると、お母さんが目をまん丸にして、驚いた顔をしている。
「よかった…」
ほっとしたようにお母さんの顔が緩んで、今にも泣きそうな目で僕の手をぎゅっと握った。
「ここは…どこ?」
ズキッと頭に痛みを感じて思わず手を当てる。いったい僕に何が…全然思い出せない。
「ここは病院よ。誰かが歩を見つけて、救急車を呼んでくれたみたい。ちょっと待って、今お医者さん呼んでくるわね」
お母さんはそう言うと、握りしめた僕の手をそっと離して、慌てて部屋を出ていった。
しばらくすると、医者がやってきて僕を診てくれた。一時的に意識を失っていたけど、深刻なケガは見当たらないとのことだった。念のため、2、3日は家で安静にして、また同じことが起きないか様子を見ることになった。
僕が倒れた場所には、何かがぶつかったり倒れたりした跡もなかったみたいで、どうして気を失ったのかは不明のままだ。
病院の用を済ませて外へ出ると、すっかり夜になっていた。あっという間の出来事に感じていたのに、意外と時が過ぎていたことに僕は驚く。
「お家についたらゆっくり休んで、とりあえず学校も2、3日休みなさい」
お母さんも落ち着いたのか、車を走らせながら穏やかな声で話してくれた。
僕の頭は意外とすっきりしている。車の窓から入り込む夜風が鼻を通り抜け、肺を満たしていく感覚が心地いい。すれ違う車のライトや建物の光が流れていくのを横目に、僕はボーっと車から伝わる振動を楽しんでいた。
お家に着いて晩ごはんを食べて、一通りやることを終えると、いつもの日常が戻ってきた。ほっとした安堵感が胸に広がり、ベッドへ飛び込むと、頭がぐらりと揺れる。ハッと一瞬冷や汗をかいたけど、特に異常は感じなかった。
「一体何だったんだろうなぁ…」
まだ痛む頭をさすりながら、僕は独り言を呟く。
ぐるぐると色々考えていたら、少しずつ1日の疲れが体を包み込み、心地よい眠気がやってきた。
…このまま目覚めなかったらどうしよう。
そんな思いが頭をよぎるものの、僕はすんなりと眠りに落ちた。
ー次の日ー
「歩ー!起きてるー?」
朝の柔らかな光が部屋に差し込む中、1階からお母さんの声が響いてきた。
「はーい」
まだ眠気の残るまぶたをこすりながら、ぼんやりと返事をする。
「お母さん、もう仕事に行くよー!朝ごはん、冷蔵庫に入ってるから、レンジで温めて食べてー!」
お母さんの声から慌ただしさが伝わってくる。少し寝坊したのかも。
「はーい、今食べるよー」
返事をして布団から起き上がり、眠気を追い払うようにカーテンを開ける。朝の光が差し込み、部屋全体がぱっと明るくなった。
トコトコと階段を下りて、冷蔵庫から朝ごはんを取り出す。
「よかった、元気そうね」
お母さんがほっとしたように笑った。
「うん、大丈夫そう」
目覚めたばかりの身体を軽く伸ばして、自分の状態を確かめる。まだ頭はちょっと痛むけど、気を失ったことが嘘みたいに元気だ。
「お母さんは今から仕事に行くけど、歩はゆっくり休んでね。晩ごはんまでには帰るから。あと、お昼ごはんも冷蔵庫にあるから、それを温めて食べてね」
お母さんは急ぎながら必要なことを伝えると、玄関へ向かった。
「わかった」
僕は見送りのためにお母さんと一緒に玄関へ向かう。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
「あ、何かあったらすぐにお母さんに連絡してね」
「はーい」
ドアが閉まって手を振るお母さんの姿が見えなくなった瞬間、家の中がしんと静まり返った。
とりあえず、テレビでも見よう。
今日もいい天気。カーテンを開けて空を見上げると、真っ青な空がどこまでも広がっている。大きな雲がゆっくり流れていくのを見ていると、心が大きく広がっていくような気持ちになった。
その青空の下で、そよ風が優しく草木を揺らして、とても気持ちよさそうだ。
…ん?
そのとき、見覚えのある小さな影が動いているのに気づいた。
あのときの子犬だ。クンクンと地面を嗅ぎながら、キョロキョロとまわりを見ている。
そういえば、あの子犬はケガをしてないかな。僕は急に心配になり、子犬のもとへ向かった。
外へ出て、さっき子犬がいたあたりまで来てみたけれど、どこにも姿が見当たらない。どこかに隠れたのかな?そう思いながら、しゃがみ込んで潜り込みそうな場所を覗き込む。
――そのとき。
「歩!?」
不意に背後から大きな声がして、心臓が跳ね上がる。成人した男性が背後に立っているような気がした。
僕は慌てて立ち上がり周りを見渡す。でも、誰もいない。
再び「歩なのか!?」と、今度は足元から声が聞こえた。下を見ると、そこにはあの子犬がいた。
僕は混乱しながら再び周囲を確認する。やっぱり誰もいない。
「歩!ここだよ!ここ!」
声の方に目を向けると、やはり、子犬がいる。
「お父さんだよ!」
はっきりと子犬の口から、その言葉が聞こえた。