表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

02.夏の影

 昨日の雷雨が嘘のように、今日は晴れ渡っている。 濡れた地面を太陽の光が眩しく照らし、真夏へ向けて気温はぐんぐんと上昇していた。 人々は影を求めて建物や木陰に身を寄せ、休憩をはさみながらゆっくり移動している。


 少し早いセミの鳴き声が耳を刺し、カンカンと建物に足場を組む音が頭に響きながらも、僕は少し申し訳ない気持ちで、涼しい教室の窓から外の様子をぼんやり眺めていた。


 「キーン コーン…」とチャイムの音とともに「はい、おしま~い!」と先生の声が教室に広がる。物思いにふけっていた僕は、ハッと意識が引き戻された。


 「できたところまでいいので、ここに提出してくださ~い」

 艶やかな長い髪を揺らしながら優しい口調で言う先生のもとに、みんながノートを手に順番に並ぶ。僕もぎこちなく手を伸ばしてノートを渡し、教室を出た。


 廊下の掲示板に目をやると、「父の日のありがとうカード」と書かれた一年生の作品がずらりと並んでいた。


 子どもらしい大きな笑顔の絵に、思わず足が止まる。


 今年もまた父の日を迎えたのだ。


 寂しさや辛さは前ほど強くはないけれど、胸の奥のどこかで、まだ締め付けられるような感覚がよみがえる。その瞬間、明来の言葉が頭に浮かび、ズキズキと痛んだ。


 やっぱり僕はまだ寂しいのかな。

 明来はなんであんなことを言ったのだろう。


 頭の中で重なり合ったシールを一枚一枚めくるように、考えが巡っていく。


 「なあ、これ見てみろよ」「あぁ、父の日か」

 突然、明来の声が聞こえて、僕の横をすっと通り過ぎた。


 跳ね上がった心臓を抑えながら、その背中を見送る。


 クラスの中でも背が高くて、運動も得意そうな明来。整った顔立ちと、よく似合う赤い服。自然と目がいってしまうくらい目立っていた。勉強は普通だけど。


 今年は明来と同じクラスになってしまい、かなり気まずい。


 少し疲れてしまった僕は、帰りの会を終えるとそそくさと玄関へ向かい、靴を履き替えて外へ出る。


 眩しく照らされた地面に目を細めながら歩いていると、エアコンで冷えていた体が少しずつ太陽の熱に包まれていくのを感じた。


 「暑くなってきたな~…」


 これから真夏に向けて、もっと暑くなるのかと思うと、ちょっと気が重い。


 ため息をつきながら、足場の組まれた建物の脇を横切ろうとしたとき、太陽の日差しから身を守るように、影に潜む小さな子犬の存在に気付いた。


 その子犬は全身が茶色で毛が短く、垂れた耳が夏風に揺れて、まるでぬいぐるみのようにかわいらしい姿勢でこちらを見つめていた。


 僕に見つかったことを察した子犬は、少し警戒しながらも、小さく尻尾を振っている。


 「お〜い、ここ工事しているから危ないぞ〜」

 なんとなく子犬に話しかけてみる。すると子犬は、呼びかけられたことがよほど嬉しかったのかお尻が左右に揺れるほど力強く尻尾を振り始めた。まるで会話が通じているようで、僕は思わず微笑んでしまった。


 「よし、安全なところに連れて行ってあげるからおいで」

 あまりの可愛さに、誘うように僕は子犬に手を差し出す。


 子犬は尻尾を下げながら建物の中の方へ後退りをする。怯えているようにも見えるけど、下げた尻尾の先端はちょこちょこと左右に揺れて、緊張と興奮が入り混じったように見えた。


「あぶないからおいで」

僕はできるだけ目線の高さに合わせるようにしゃがみ込み、身を乗り出して手を伸ばす。そして、子犬に触れたと思った瞬間、急に視界が真っ暗になり、体の感覚が消えた。ふわっと宙に浮いたような感覚が全身を包む。


(あ、あれ…?)


 言葉も出ず、時間と空間が曖昧になり、一体何が起こったのか理解しようとする間もなく、僕は自由を奪われた。


 意識が少しずつ遠のいていく中、ひんやりとした空気が僕を包み込む。見たことのあるような色褪せた風景に、風がささやくような微かな音が響き渡る。その中で、懐かしい感覚がふと僕を満たすように感じた。


 そして、今までにないほどの深い眠りについたような――まるで脳が完全にシャットダウンしたかのような、「無」を経験した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ