終わりの季節
カバンの中を何度も探したけれど、やっぱり見つからなかった。家のカギ。
机の中も、ロッカーも、ポケットまで全部確認したのに、どこにもない。
「どうしよう…」
思わず小さく声が漏れる。帰れないなんて、そんなの困る。
焦っていると、不意に声をかけられた。
「どうしたの?」
振り向くと、廊下に結城くんが立っていた。クラスでもよく話すけれど、特別仲が良いわけじゃない。ただ、誰にでも分け隔てなく声をかける、明るい人。
その彼が、夕陽に照らされて少し眩しそうに笑っている。
「あ…カギが見つからなくて」
最後の望みだ頼む!持っていないだろうか・・
「これのこと?」
差し出された手のひらに、小さな銀色のカギが光っていた。
驚いて目を見開く。
「えっ、それ!」
安堵で思わず笑ってしまう。きっと情けない顔をしてたんだろうな。
「本当にありがとう!助かったよ」
日向は「気にするなよ」と軽く言って、あっさりと笑った。その笑顔はやっぱり、どこか太陽みたいにまぶしい。
――いい人だな。
そう思った。
でも、それ以上はない。ただのクラスメイト。困っているときに手を差し伸べてくれる、頼りになる人。
カギを受け取って、肩の力が抜けた瞬間、秋の夕空が目に入った。赤から紫に溶けていく空。校舎の窓がオレンジ色に染まって、廊下に長い影を落としている。
なんだか少し、きれいだと思った。
それは空のせいか、それとも横で笑う彼のせいか――自分でもよくわからなかった。
夕焼けに染まった街を、二人並んで歩く。アスファルトがほんのり赤く色づき、ビルの窓ガラスが夕日を跳ね返して、きらきらとした光が視界を横切る。その中で、私は隣を歩く日向くんをちらりと見た。
彼はやっぱり、太陽みたいに明るい。何気ないことを楽しそうに話してくれて、その笑顔はどんなに疲れていても、自然とこっちまで笑顔にしてしまう。私は相槌を打ちながら、心のどこかで思っていた。――きっと彼は、クラスの誰にでも優しい人なんだろうって。
でも、今日の彼は少し違って見えた。言葉の端々に、私にだけ向けられているような、そんな温度を感じてしまったのだ。鍵を拾ってくれたときも、家まで送ってくれると言ってくれたときも、その眼差しにはただの「クラスメイト」以上のものが滲んでいる気がする。
……まさか、そんなこと、ないよね。
心臓が落ち着かない。夕日の赤に照らされて、顔が熱くなるのをごまかすように、私は視線を前に戻した。彼の横顔は、夕日と同じくらい鮮やかで、眩しくて。私は思わず、自分と彼を比べてしまう。
私なんかが、彼と釣り合うはずがない。
私はおとなしいし、特別な才能があるわけでもない。時々天然だと言われて笑われる程度で、クラスの中では目立たない存在だ。そんな私に、太陽のような日向くんが本気で何かを思うなんて、ありえない。
でも。
彼の隣を歩くこの時間が、どうしようもなく心地よかった。足音が揃って響くたびに、不思議と安心する。今日の夕日も、風の匂いも、全部が特別なものに思えてしまう。
――もし、勘違いだったらいいのに。もし彼が誰にでもそう優しいのだとしても。私はきっと、このひとときを忘れられない。
「ここまでで大丈夫だよ」
家の角まで来て、私は彼にそう伝えた。彼は少し名残惜しそうに笑って、「じゃあ、また明日」と手を振った。その笑顔にまた胸がざわつく
私は小さく会釈を返しながら、心の奥で思う。
――どうして、こんなに嬉しいんだろう。