あこがれのトモヤくん
「あーっと、トモヤくん、絶好のシュート機会を逃したあ!」
「やめなよ、ひい子。そういう実況ごっこ」
「うん、ホッシーの言う通りだ。みんな静かに見てるしね。私たちだけ騒いじゃ恥ずかしいよ」
三人の女子高生たちが、言葉を交わし合う。
草地の土手に座り込む彼女たちは、河原のグラウンドに視線を向けていた。そこでは高校のサッカー部が練習試合の真っ最中であり、彼女たちはそれを観戦に来ているのだった。
左端にいる丸眼鏡の少女が「実況ごっこ」をしている子で、ホッシーと呼ばれた子が真ん中。彼女は三人の中で一番背が高く、足を投げ出すような格好で座っている。
右端の女の子は、地毛なのか染めているのか、茶色がかったショートボブが特徴的だった。
「えっ、なんで? 大丈夫だよ、他の人たちからは離れてるから、たぶん聞こえてないし……」
友人二人から咎められても、丸眼鏡の少女はケロッとしている。
「……それに、本当のことしか言ってないしね」
確かに彼女の言葉通り、グラウンドでは今、一人の少年がゴール前でシュートに失敗。見るからに落胆しているところだった。
がっくりと崩れ落ちるのを踏みとどまっている、という雰囲気だ。遠目に見てもわかるほどスタイルが良く、脚が長いのはサッカーに向いているのだろうか。しかも顔立ちも整っており、それも今風の「イケメン」という言葉よりも「ハンサム」という表現が似合いそうな造作だった。
「だけど、ちょっと変だよね。あんな簡単そうなシュート、トモヤくんが外すなんて……。調子悪いのかな?」
「あれっ、ゆみは知らないのかい? トモヤくんは今……」
隣に座るショートボブの呟きに、真ん中の高身長がびっくりした顔で反応。親切に説明し始めた。
「……あこがれ状態でね。それで調子も若干悪いらしい」
「あこがれ状態? 何それ?」
「トモヤくん、好きなアイドルがいるらしくてね。まあ『好き』って言っても、全国ツアーの追っかけするほど狂信的じゃないけど、でも公式ファンクラブには入っているし、しかもファンクラブの会員ナンバーが一桁だとか……」
「へえ、アイドルに憧れているから『あこがれ状態』か……」
ポンと手を叩いて、一瞬納得しかけるショートボブだが、すぐに不思議そうに小首を傾げる。
「……あれ? アイドルに夢中になると、何で調子が悪くなるの? 追っかけとかしないなら、別にサッカーの練習時間の妨げにはならないよね?」
「そうやって早とちりするのが、ゆみの悪い癖だね。まだホッシーの話は途中だし、きちんと最後まで聞きなよ」
反対側から丸眼鏡の少女が口を挟むと、真ん中の高身長は頷くような仕草を見せた後、説明を再開した。
「そのトモヤくんが好きなアイドルがね、SNSで問題発言やらかして、しばらく謹慎状態だそうで……。全く表に出てこなくなっちゃってね。それがショックで、トモヤくん自身まで不調だとか」
その「トモヤくん」に感情移入し過ぎたのか、あるいは純粋に彼の不調が悲しいのか。彼女もがっくりと肩を落とす。
それを見た丸眼鏡の少女が、代わりに話を引き継いだ。
「ちなみに、そのアイドルの名前が、何とかアコ……。フルネームまでは私も知らないけど、とにかく『アコ』って愛称でね。だから『アコ成分が足りない』って意味で『アコ枯れ』状態なんだよ、今のトモヤくんは」
こうして三人が「トモヤくん」の好きなアイドルを話題にしている間も、彼の練習試合は続いており……。
ちょうど今この瞬間も、彼がパスを失敗して、敵側にボールをとられてしまうところだった。
「はあぁ。トモヤくん、そんな状態に陥っていたとは……。あのトモヤくんが、そこまでアイドルに夢中になるとは……」
「なんだか残念というか、悔しいというか、そんな気持ちだよなあ。私たちにとっては、トモヤくんこそが憧れの存在。アイドルみたいなものなのに……」
「ゆみやホッシーの言う通りだよね。私たち三人、こうして彼のサッカー見に来るくらいだし、私たちこそ、いわば追っかけだよね」
と、少し自嘲気味にまとめながら……。
自分の高校とは無関係な学校の練習試合を、わざわざ隣町から見に来た三人は、揃って溜め息をつくのだった。
(「あこがれのトモヤくん」完)