助けを求めるその声に
「祈祷はもうしません」
玉座の間で白い衣を纏った私はそう口にした。
それにざわついた宰相、国王。婚約者だった王子は嗤っている。
「何を馬鹿な事を言う!其方が祈祷を止めれば国がどうなるかわかっておるのか!?」
「わかった上で申しております」
「其方はこの国がどうなってもよいと申すか!」
「ええ。どうなろうとも構いません。この国が衰退しようが魔物に蹂躙されようが飢餓に陥ろうが、もはや私には関係がない」
「〜〜〜〜貴様は聖女であろうがッ!!!!」
顔を赤くして立ち上がった王に、私はゾッとするような黒々とした瞳で問いかけた。
「国を救う聖女だと?その聖女に今まで貴方方王族、そしてこの国の重鎮たちがどのような仕打ちを繰り返してきたのか、まさか身に覚えがないとは仰いませんよね?」
ひく、と喉を引き攣らせた王は気圧されたように玉座に尻餅をつくようにもう一度座った。
「この国が、私から奪うだけ奪って搾取しかしてこなかったあなた方が、私に何をしてくれました?国を栄えさせる聖女に対する扱いがあれでは、愛想も尽きると言うもの。……限界が来た、それだけのこと。もはやこの世に未練もない」
私はそう言って玉座の間を出ようとする。
「何を……どこに行くッ!」
「どこ?さて、どこでもいいですが、どうせこのあと私は処刑されるのでしょう?処刑される場所が玉座の間、というのは色々とどうかと思うのですけれど……」
「貴様……」
「あぁそれとも、暗殺という体で殺します?……もうどうだっていいわ。さようなら」
最後の光景が王族の驚愕した顔というのも悪くない。
しかし玉座の間から私はすんなりと出ることができた。
混乱しているからだろう。
外で待っていた私付きのメイドと共に与えられた部屋へと戻る。
「すごい騒ぎですね」
「聖女を辞めると国の重鎮たちの前で公言したの。婚約者だった王子は愛するかわいい女に夢中で婚約破棄をしようと画作していたからこちらから離れることにしたわ。どれほど私を侮辱すれば気が済むのかしらね、この国は」
「……それが決め手ですか?」
「そうね。前々からこの国には愛想が尽きていたけれど、これほどまでに誰からも愛されないといっそ清々しい気分だわ」
ニコッと笑った私は思う。聖女は神々から信託を授かり、この国に安寧と恩恵を授ける存在だった。
そんな聖女となった私がされた仕打ちは、本当にこの国を栄えさせることができる存在に対するものとは思えなくて。
だからこの国はさっさと滅べばいいと思う。
この国に住まう人との思い出などない。
私から全てを奪ったこの国のために祈りたくない。
お役目を放棄した私に女神はきっと御立腹だろう、それでもいい。
死んでまで私の人生を狂わせた神々のもとになんていきたくない。
……わがままかしらね。それでもいいわ。
「国のためにと家族を殺されても命を削って頑張ってきた私に、もっと頑張れと言って鞭打ちや水責めや罵声を浴びせて強姦しようとするような人間しか住んでいないような国に何の未練があると思うのかしら。どうしてそのまま国のために祈る事ができると思っているのかしら。それでも国のために……!って綺麗な顔をして祈れる人間はもうただ気が触れた存在か、そう言うイキモノに違いないわ。それしか生き方を知らない哀れな子供。誰にも知られず死んでいく愚かな存在。私はそうならない。例え処刑されるとしても、祈りをやめると宣言したことには意味がある」
私がそういうと、私の世話係としてついていたメイドはため息を吐いた。
「私も道連れに処刑でしょうか」
「そう思うならさっさと王城から抜け出しておけばよかったでしょう。謁見までどれだけ時間があったと思ってるの」
「そう言われましてもね。侍女である私にもプライドがあります」
「……そう。プライドは大事よね」
私は頷いた。プライド、誇り、矜持。それさえ失ってしまったら、私にはもう何もない。
「あなたが殺されるとは限らないわよ。聖女付きのメイドだったから次の聖女に付けられるかもしれないし」
「次の聖女?生まれるんですか?」
「女神がこの国を滅ぼしたくない、栄えさせたいと思うなら出るんじゃない?私のような不良品より新しい聖女の方が楽でいいでしょうね。選ばれた次の聖女は可哀想だけど、私よりもしかしたらいい暮らしが待っているかもしれなくてよ」
冷笑する私を、メイドは静かに見つめた。
「もう今日この後にでも死ぬ私に、次の聖女がどうなろうとも興味がないもの。私より贅沢をして愛されて優しくされていい暮らしをしようがこの国がどうなろうが、私が死んだ後私の死体がどう使われようが、重要なのはこの国のために私がもう祈らなくてもいいという事実よ!あぁ、心がなんて晴れやかなの」
この後死ぬ私にもう怖いものはない。
例えこの一瞬ののちに死ぬとしても、私は過去1番に幸せだった。
「踊り出してしまいそう。なんて幸せなのかしら!」
この国で最も不幸で救われなかった救国の聖女はそう言って両手を広げて、今まで生きてきた中で一番幸せそうに笑っていた。