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短編

断罪の薔薇姫 〜婚約破棄された悪役令嬢は、前世の知識で帝国を揺るがす〜

作者: 九葉

第1章:薔薇の凋落

「エリザベス・フォン・ローゼンタール。私はここに我々の婚約を破棄することを宣言する」


レイモンド皇太子の冷たい声が舞踏会場に響き渡った瞬間、時間が止まったかのように感じた。数百の貴族が見守る中、真紅のドレスに身を包んだエリザベスは、一瞬だけ凍りついた表情を見せた後、優雅に微笑んだ。彼女が本当に感じていた怒りと屈辱を、その紫紺の瞳の奥深くに押し込めながら。


「ローゼンタール令嬢、今宵もお美しい」


褐色の瞳を持つ年配の男爵が彼女に深々と頭を下げた。エリザベスは微笑み、優雅にカーテシーを返す。表情は穏やかだが、その紫紺の瞳には常に冷たい光が宿っていた。


(退屈ね。いつまで皇太子は私を待たせるつもり?)


エリザベスは扇子を開き、静かに周囲を見渡した。彼女とレイモンド皇太子の婚約は三年前に決まり、来月には正式な婚約発表会が控えている。それなのに最近、皇太子は彼女を避けているように感じていた。


「皆様、ご静粛に」


突然、宮廷執事の声が響き渡り、舞踏会場は静まりかえった。入口からレイモンド皇太子が入場してくる。その隣に一人の少女がいた。


金色の巻き毛、碧眼、白い肌。エメラルドグリーンのドレスに身を包み、控えめな微笑みを浮かべている。シャーロット・クレアモント——最近、宮廷に上がってきたばかりの辺境伯爵の娘だ。


皇太子はシャーロットの手を取り、彼女を連れて真っ直ぐにエリザベスの前へと歩み寄った。会場中の視線がエリザベスに集まるのを、彼女は肌で感じた。


「エリザベス」


皇太子の声は、思ったよりも冷たかった。エリザベスは胸の奥に不吉な予感を感じつつも、礼儀正しく応じた。


「レイモンド皇太子。今宵はお会いできることを楽しみにしておりました」


「……残念だが、楽しい話ではない」


その言葉が会場全体に響き渡ったとき、エリザベスは既に何が起こるのか理解していた。それでも、彼女は背筋を伸ばし、表情を崩さなかった。


「エリザベス・フォン・ローゼンタール。私はここに我々の婚約を破棄することを宣言する」


言葉がエリザベスの耳に届くよりも先に、会場からどよめきが起こった。驚きの声、嘲笑、そして同情の囁き。それらが波のように広がっていく。


「理由をお聞かせいただけますか?」エリザベスの声は驚くほど冷静だった。


「君の性格の悪さと、魔法の才能の乏しさだ。王妃としての資質に欠けると判断した」


それは嘘だった。エリザベスの魔法は平凡ではあったが、皇太子はそれを知った上で婚約していた。何より、「性格の悪さ」——彼女は社交界で評判をおとしめるような行為など一度もしていない。


「代わりに、私はシャーロットと婚約する。彼女こそ、アルディア帝国の王妃にふさわしい女性だ」


シャーロットは優しく微笑み、エリザベスに向かって申し訳なさそうな表情を浮かべた。だがその碧い瞳の奥に、勝利の光が宿っているのをエリザベスは見逃さなかった。


(彼女が仕組んだことね)


「そうですか」エリザベスは優雅にカーテシーをした。「皇太子のご判断でしたら、私はそれに従います」


その冷静な対応に、会場からは驚きの声が上がった。誰もが彼女の怒りの爆発か、あるいは涙の謝罪を期待していたのだろう。だがエリザベスは、最後まで貴族としての威厳を保っていた。


「帝国法により、婚約破棄の罰則として、エリザベス・フォン・ローゼンタールは国外追放とする」


レイモンド皇太子の冷酷な宣言に、エリザベスの心は氷のように凍りついた。国外追放——それは貴族としての全ての権利を剥奪されることを意味する。


「父上、どうか娘をお救いください!」


エリザベスは父がいる方向を見つめた。アレクサンダー伯爵は娘の視線を避け、皇太子に向かって深々と頭を下げた。


「皇太子のご判断に、異議はございません」


それが最後の裏切りだった。エリザベスは全てを失った。婚約者に、父に、そして帝国に見捨てられたのだ。


---


夜半過ぎ、エリザベスは自室で一人、荷物をまとめていた。明日正午までに帝都を離れるよう命令されている。


「お嬢様、お荷物をお手伝いします」


マリアンヌが恐る恐る部屋に入ってきた。彼女の目は泣きはらしていたが、声には決意があった。


「マリアンヌ、ありがとう」エリザベスは静かに答えた。「でも、あなたは一緒に来る必要はないわ。追放されるのは私だけ。あなたはここで——」


「お嬢様に仕えることが私の務めです」マリアンヌは強く首を振った。「それに、今のお嬢様が一人で辺境に行かれるなんて、想像もできません」


エリザベスの胸に、温かいものが広がった。全てを失っても、まだ自分には味方がいる。


「本当にありがとう」


エリザベスはぽつりとつぶやくと、重要書類が入った小箱を手に取った。その時、箱の底から一枚の古い手紙が滑り落ちた。母の形見——幼い頃に渡されたもので、「苦しい時に開くように」と言われていた。


(今がその時かしら)


手紙を開くと、そこには異国の言葉で書かれた文章と、奇妙な符号が記されていた。エリザベスがそれを見つめていると、突然、頭に激痛が走った。


「お嬢様!」


マリアンヌの叫び声が遠のいていく。エリザベスの視界が暗転し、彼女の意識は深い闇の中へと沈んでいった。


その闇の中で、彼女は見た。高層ビル、自動車、パソコン、スマートフォン——前世では「当たり前」だった光景を。


佐藤明日香——27歳、一流企業の経営コンサルタント。彼女には、そんな「前世」があったのだ。


「……嬢様! お嬢様!」


マリアンヌの必死の呼びかけに、エリザベスは意識を取り戻した。頭の中には二つの人生の記憶が共存していた。エリザベス・フォン・ローゼンタールとしての22年間と、佐藤明日香としての27年間。


ゆっくりと彼女は立ち上がり、窓辺に歩み寄った。紫紺の瞳に、これまでにない光が灯った。


「マリアンヌ」


エリザベスの声には、新たな力が宿っていた。


「私たちは明日、シルバーミストに向かうわ。そこで全てをやり直す」


「はい、お嬢様」


「心配しないで」エリザベスの唇に、冷たい微笑みが浮かんだ。「私には見えているの。彼らを打ち負かす道が」


月明かりの下、彼女の影は長く伸び、まるで鋭い棘を持つ薔薇のように見えた。


追放は終わりではない。これは始まりだ。エリザベスの復讐劇の、そして再生の物語の。


「あなたがたは、私を甘く見すぎたわ」


第2章:辺境からの再出発

霧のように立ち込める雨の中、一台の馬車がシルバーミストの入り口へとたどり着いた。かつてはローゼンタール家の紋章が刻まれていたそれも、今では泥に塗れ、どこの家のものかも分からなくなっていた。


「到着しました、お嬢様」


馬車を操っていたマリアンヌが声をかける。彼女の肩にはすでに疲労の色が見えた。三日三晩、交代で馬車を走らせ続けてきたのだから無理もない。


エリザベスは馬車の窓から外を眺めた。辺境の町シルバーミストは、その名の通り、常に霧がかかったような薄暗い場所だった。帝都の華やかさとは対照的な、粗末な建物と舗装されていない道路。しかし彼女の瞳は、そこに別のものを見ていた。


「可能性があるわ」


エリザベスが静かに呟いた。前世の記憶——佐藤明日香としての知識が、この場所の価値を教えていた。魔法結晶の産出量が多い鉱山地帯。各国の交易路の交差点。そして何より、帝国の手が届きにくい自治領という立場。


「お嬢様、宿を探しましょう」マリアンヌが不安そうな顔で言った。「このような場所で夜を明かすのは危険です」


エリザベスは頷き、持ち金を確認した。貴族としての権利を剥奪されたため、領地からの収入はない。金貨30枚と、母の形見の宝石類がわずかに残るのみだった。


「まずは安い宿を探して、情報収集よ」


彼女たちは町の中心に向かって歩き始めた。辺境の町特有の臭いと喧騒。路上では様々な言語が飛び交い、行き交う人々の服装も帝国のものとは大きく異なっていた。


「ここよ」


エリザベスは「銀狼亭」という看板のかかった宿を指さした。見た目は古びているが、料金表を見る限り手頃だった。


宿の中はタバコと酒の匂いが混ざり合う。カウンターに居た年配の女将が二人を見上げた。


「お嬢ちゃんたち、迷子かい?」女将は彼女たちの服装を見て眉をひそめた。「ここは貴族の娘さんが来るような場所じゃないよ」


「部屋を借りたいの」エリザベスは堂々と言った。「一晩二人で銀貨3枚でどう?」


女将は彼女をじっと見つめた後、おもむろに笑った。


「値切るのが上手いねぇ。帝都から来たの?」


「そうよ。帝都では要らなくなったから、ね」


その言葉に含まれる苦さを感じ取ったのか、女将は何も聞かなかった。この町には、様々な理由で追われてきた者たちがいるのだろう。


「3階の一番奥。浴室は共同だからね」


---


その晩、エリザベスは借りた部屋の窓際に座り、帝都での最後の夜にまとめた計画書を広げていた。


「お嬢様、お湯を沸かしました」マリアンヌが戻ってきて言った。「ここでの生活、大丈夫でしょうか…」


マリアンヌの声には不安が滲んでいた。彼女は帝都郊外の村の出身で、貴族の侍女としての生活しか知らない。エリザベスは彼女に向き直り、穏やかに微笑んだ。


「大丈夫よ。この都市には魅力がある」エリザベスは計画書を示した。「見て。ここには鉱山がたくさんあるわ。魔法結晶の産出量も多い。でも、加工技術が発達していないの」


「ローゼンタール家の家業は魔導器具の製造でしたね」マリアンヌは察したように言った。


エリザベスは頷いた。「そう。私はその知識がある。だけど資金がない」


彼女は長い間考えていた。母の宝石を売れば、小さな工房を開くことはできるだろう。だが、それだけでは足りない。


「明日から仕事を探すわ。このシルバーミストで、私の能力を買ってくれる人を」


---


翌朝から、エリザベスは町を歩き回った。商人たちが集まる市場、鉱山関係者が出入りする事務所、魔法結晶の取引所。彼女は耳を澄ませ、目を凝らし、この町の流れを理解しようとした。


三日目の午後、彼女は「グランツ商会」という看板を見つけた。小さな店だったが、中を覗くと様々な国の商品が並んでいた。


「いらっしゃい」


店の奥から出てきたのは、白髪混じりの髭を蓄えた中年の男性だった。ヴィクター・グランツ。彼の瞳は長年の商売で培われた鋭さを持っていた。


「ちょっと見せてもらっていいかしら」エリザベスは言った。


「どうぞ」ヴィクターは彼女に目をやった。「あんたは帝都から来たな?」


エリザベスは驚いた。「どうして分かるの?」


「話し方さ」ヴィクターは肩をすくめた。「それに、その姿勢。貴族の娘だろう?」


エリザベスは警戒心を抱きつつも、正直に答えた。「元貴族よ。今は追放者」


「そうか」ヴィクターは特に驚いた様子もなく、棚の整理を続けた。「で、何の用だ?」


「あなたの店の帳簿を見せてもらえないかしら」


今度はヴィクターが驚いた。「何だって?」


「この三日間、町を見て回ったわ」エリザベスは冷静に言った。「あなたの店は品揃えが良い。でも客が少ない。おそらく在庫管理か価格設定に問題があるのよ」


「生意気な」ヴィクターは眉をひそめた。「あんたに何が分かる」


「試してみる?」エリザベスは挑戦的な笑みを浮かべた。「もし私の助言が役に立たなかったら、一銭も払わなくていい。役に立ったら、仕事をくれないかしら」


ヴィクターは長い間エリザベスを見つめ、やがてため息をついた。


「帳簿ならそこにある。好きにしろ」


---


エリザベスが帳簿を見終わったのは、日が暮れかかった頃だった。


「驚いたわ」彼女は正直に言った。「あなた、記録は几帳面だけど、計算が苦手ね」


ヴィクターは不機嫌そうに唸った。「言いたいことは?」


「単純に言えば、東方からの商品の利益率が低すぎるわ」エリザベスは計算結果を示した。「そして西方からの商品は高すぎる。この町の人々の収入を考えれば、もっと適正な価格設定ができるはず」


彼女は前世の佐藤明日香としての知識を駆使して、詳細な分析結果を説明した。原価計算、在庫回転率、季節変動を考慮した仕入れ計画。


「それに、あなたの店にはもっと可能性があるわ」エリザベスは目を輝かせた。「特に魔法結晶の加工品。シルバーミストには鉱山があるのに、なぜ誰も簡易魔導具を作らないの?」


ヴィクターはエリザベスの分析に圧倒されながらも、徐々に興味を示し始めた。


「技術がないからだ」彼は率直に答えた。「魔導具の作り方を知っている者は少ない」


「私は知っているわ」エリザベスは自信を持って言った。「ローゼンタール家は代々、魔導具製造を家業としてきたもの」


ヴィクターの目が輝いた。「本当か?」


「ええ。でも資金がない」エリザベスは正直に言った。「だから提案があるの。あなたの商会で働かせてほしい。私の知識と引き換えに」


ヴィクターは暫く考え込み、やがて決断したように頷いた。


「明日から来い。試用期間として給料は安いぞ」


エリザベスは満足げに微笑んだ。「ありがとう。期待に応えるわ」


シルバーミストの夕暮れ、帝国での屈辱に満ちた過去を背に、彼女の新たな人生が始まろうとしていた。紫紺の瞳には、もはや迷いはなかった。


「マリアンヌ、良い知らせよ」


宿に戻ったエリザベスはマリアンヌに報告した。侍女の顔に安堵の表情が広がる。


「これが始まりなの」エリザベスは窓の外に広がる霧の街を見つめた。「ここから私は、誰も想像できないような道を歩み始める」


その日の夜、彼女は前世の知識と現世の魔法を組み合わせた革新的な魔導具のアイデアを次々と書き記していった。


「待っていなさい、レイモンド、シャーロット」


エリザベスの囁きが、静かな夜の闇に溶けていった。


「いつか必ず、この薔薇の棘で痛い目に遭わせてあげるわ」


第3章:薔薇の棘


シルバーミストの朝は、いつも霧に包まれていた。しかし今朝は珍しく晴れ渡り、鮮やかな朝日が「ローズクリスタル商会」の看板を照らしていた。赤いバラのロゴが朝の光に映え、遠くからでも目を引く。


「おはようございます、社長」


店の入り口を掃除していた若い男性が、エリザベスに頭を下げた。わずか二年で、エリザベスの商会は小さな工房から立派な店舗を持つ会社へと成長していた。従業員も最初のマリアンヌと彼女だけから、今では二十人を超えている。


「おはよう、ダニエル」


エリザベスは微笑みながら店内へと入った。赤い髪は背中まで伸び、以前より豊かさを増していた。彼女の姿は華奢ながらも凛とした威厳を漂わせ、紫紺の瞳には強い意志が宿っていた。


店内には、様々な「簡易魔導具」が陳列されていた。魔法結晶を利用した照明具、水を浄化する小型装置、日常生活を便利にする魔法道具の数々。それらは高価な本格魔導具とは違い、一般市民でも購入できる価格設定だった。


「エリザベス、良いタイミングだ」


奥の事務所からヴィクターが出てきた。彼の顔つきは以前より若々しく見える。商会の成功が彼に活力を与えているのだろう。


「新しい注文が入った。ルーナ王国からだ」


エリザベスの目が鋭くなった。ルーナ王国——アルディア帝国の宿敵。国境を接するその国からの注文は初めてだった。


「どんな注文?」


「治癒用の簡易魔導具を大量に。軍需品じゃないから問題ないはずだが」


ヴィクターが差し出した注文書に、エリザベスは目を通した。確かに兵器類ではない。しかし、これほどの量を注文してくるということは…。


「彼らの代表が今日、商談に来るそうだ」


エリザベスは一瞬だけ眉を寄せた。「分かったわ。私が対応するわ」


---


正午過ぎ、店の前に黒塗りの馬車が停まった。乗り降りたのは、全身黒の軍服に身を包んだ男性たち。その筆頭は、漆黒の髪と鋭い金色の瞳を持つ男だった。左頬には、かすかに剣傷の跡が見える。ルシアン・フォン・ノクターン——ルーナ王国の「闇の騎士団」団長だ。


「ローズクリスタル商会の当主にお目にかかりたい」


店員のダニエルが恐る恐る応対していると、エリザベスが姿を現した。


「私がこの商会の主、エリザベス・ローズです」


彼女は「フォン・ローゼンタール」の姓を捨て、シンプルに「ローズ」を名乗っていた。追放者の身分を隠すためであり、また新たな自分としての再出発の証でもあった。


「ルシアン・フォン・ノクターン。ルーナ王国闇の騎士団を率いている」


彼の声は低く、冷たかった。しかし、その目には鋭い観察力が宿っていた。彼はエリザベスをじっと見つめ、何かを確かめるように視線を動かした。


「商談は事務所でいたしましょう」


エリザベスは彼を奥へと案内した。ルシアンは一人の部下だけを伴い、残りは外で待機するよう指示した。


「貴殿の商品に興味を持ったのは、その革新性ゆえだ」


事務所に入るなり、ルシアンは切り出した。


「治癒魔導具は高価で、我が国でも一般兵士には行き渡らない。しかし貴殿の『簡易治癒装置』なら、すべての兵士に支給できる」


エリザベスは冷静に対応した。「私の商品が兵器として使われることは望みません」


「治癒具が兵器になるとでも?」ルシアンが眉を上げた。


「戦闘力の維持・回復に使われるのであれば、間接的な兵器です」


エリザベスの鋭い返答に、ルシアンの表情が変わった。興味深そうな、わずかな笑みが浮かんだのだ。


「賢明な商人だ。だが心配はいらない。これは国境警備隊用だ。彼らは盗賊や密輸団との小競り合いで負傷することが多い」


エリザベスは彼の言葉を信じるべきか迷った。しかし、この取引が成功すれば、ルーナ王国との太いパイプが築ける。それは将来、アルディア帝国に対抗する上で大きな力になるはずだ。


「仕様書を見せていただけますか?」


エリザベスが手を差し出すと、ルシアンは一枚の紙を渡した。彼の指が一瞬、彼女の指に触れる。不思議な緊張感が、エリザベスの背筋を走った。


彼女が仕様書に目を通している間、ルシアンは部屋を見回していた。壁には複雑な魔法回路の設計図が貼られ、机の上には半完成の魔導具が並んでいる。


「あなたはただの商人ではないな」ルシアンが突然言った。「アルディア帝国の貴族だったのではないか?」


エリザベスの手が一瞬止まった。しかし、彼女はすぐに落ち着きを取り戻した。


「過去のことは重要ではありません。今の私はローズクリスタル商会の主です」


「そうか」ルシアンはそれ以上追及しなかったが、彼の目には「分かっている」という色が見えた。「では、商談を続けよう」


---


商談は予想以上に順調に進んだ。ルシアンは細部にまでこだわったが、無理難題を押し付けるようなことはなかった。エリザベスの提案にも耳を傾け、時には自ら改善案を出したりもした。


「取引が成立したな」


最後にルシアンは満足げに言った。契約書に二人の署名が記された。


「初回納品は一ヶ月後ですね」エリザベスは確認した。


「ああ。その時、私自身が立ち会いに来よう」


ルシアンはわずかに微笑んだ。その表情は、これまでの冷たい印象とは違って、どこか人間味があった。


「それでは、また一ヶ月後に」


彼らが店を出た後、マリアンヌが急いでエリザベスの元にやってきた。


「お嬢様、無事でしたか?あの方々、恐ろしい雰囲気でしたが…」


「大丈夫よ、マリアンヌ」エリザベスは落ち着いた声で答えた。「むしろ、良い取引相手になりそうだわ」


その夜、エリザベスは新たな注文に向けた準備を始めた。しかし、仕事に集中しようとしても、金色の鋭い瞳が頭から離れなかった。ルシアンは彼女の正体を知っているようだった。だが、なぜそれを明かさなかったのか?


「エリザベス!大変です!」


突然、マリアンヌが事務所に飛び込んできた。顔色が青ざめている。


「何があったの?」


「誰かが工房に侵入しています!図面を…」


エリザベスは即座に立ち上がった。彼女の工房には、まだ公開していない新型魔導具の設計図が保管されている。それが盗まれれば、会社の命運にかかわる。


二人は工房へと急いだ。中から物音が聞こえる。エリザベスは静かにドアを開け、水属性魔法を準備した。


「動かないで!」


エリザベスの声に、黒い影が振り向いた。男は顔を覆っていたが、その胸元には見覚えのある紋章が光っていた。アルディア帝国の密偵だ。


「水牢の術!」


エリザベスが水属性魔法を放つと、男の周りに水の檻が形成された。男は逃げようとしたが、水の壁は思いのほか強固で、動けなくなった。


「設計図を探しに来たのね」エリザベスは冷たく言った。「帝国の命令?」


男は黙っていたが、その表情に答えは出ていた。エリザベスが街の警備隊を呼ぼうとすると、男は突然、何かを口に含んだ。


「毒!?」


マリアンヌが叫ぶと同時に、男の体が崩れ落ちた。帝国の密偵は、秘密を守るために自害したのだ。


「エリザベス様、これは…」


「帝国が私の事業に目をつけているということよ」


エリザベスの中に、怒りと決意が湧き上がった。彼女の存在が帝国にとって脅威になりつつあるという証拠だ。


「これでますます確信したわ」エリザベスは静かに言った。「私は必ず帝国に戻り、あの人たちに借りを返す」


紫紺の瞳に冷たい炎が灯った。窓から差し込む月明かりは、まるで彼女の決意を照らすかのように、彼女の姿を浮かび上がらせていた。


「ルーナ王国との取引は、思った以上に重要になりそうね」


エリザベスの唇に、冷たい微笑みが浮かんだ。彼女の胸の内で、復讐の炎が静かに、しかし確実に大きくなっていた。


そして、金色の鋭い瞳の持ち主が、彼女の復讐にどう絡んでくるのか——それはまだ分からなかった。


第4章:闇の騎士と薔薇姫


月の光が煌々と降り注ぐシルバーミストの夜。工房での帝国密偵の侵入事件から一週間が経過していた。エリザベスは手元の書類から視線を上げ、窓の外を見つめた。あの夜以来、工房の警備を強化し、重要な図面はすべて別の場所に移していた。


「またお仕事ですか、お嬢様」


マリアンヌが温かい紅茶を持って事務所に入ってきた。エリザベスは微笑みながら紅茶を受け取った。


「ええ。ルーナ王国からの注文書の最終確認よ」


最初の取引が成功して以来、ルーナ王国との商取引は着実に増えていた。そして毎回の納品には、黒い軍服に身を包んだあの男—ルシアン・フォン・ノクターンが立ち会っていた。


エリザベスは思わず指先で唇に触れた。彼との会話は常に知的で刺激的だった。ビジネスの話から魔法理論、さらには哲学的な議論にまで及ぶことがある。初めは警戒心を抱いていたが、今では彼の訪問を密かに楽しみにしていた自分がいることを認めざるを得なかった。


「彼は明日も来るのですか?」マリアンヌが少し心配そうに尋ねた。


「ええ。最終納品の確認のために」


エリザベスは淡々と答えたが、胸の鼓動が僅かに速くなるのを感じた。彼女は自分の感情に戸惑いを覚えていた。復讐のためにローズクリスタル商会を立ち上げ、ここまで成長させてきたのに、敵国の人間に心を奪われそうになっている。そんな余裕はないはずだった。


「休みなさい、マリアンヌ」


エリザベスが優しく言うと、マリアンヌは深々と頭を下げて部屋を出ていった。


---


翌日の午後、ルシアンは約束通り現れた。しかし今回は一人だった。いつもは影のように彼に付き従う部下の姿がない。


「部下は?」エリザベスが尋ねると、ルシアンは僅かに微笑んだ。


「今日は公務ではなく、個人的な訪問だ」


エリザベスは眉を上げたが、何も言わずに彼を事務所に案内した。事務所に入ると、ルシアンは腰に下げていた剣を外し、丁寧に机の脇に立てかけた。この何気ない行為に、エリザベスは安心感を覚えた。彼は武器を手の届く場所に置きつつも、彼女への敬意を示したのだ。


「商品の出来栄えは完璧だった」ルシアンが静かに言った。「我が国の兵士たちからも好評だ」


「お役に立てて何よりです」


エリザベスはいつもの商談のように話を進めようとしたが、ルシアンの金色の瞳が彼女を捉えて離さない。


「エリザベス」彼が彼女の名を呼んだ。その声音には、これまでになかった柔らかさがあった。「私は貴女のことを調べた」


エリザベスの背筋に冷たいものが走った。彼は何を知っているのか?


「アルディア帝国の貴族、ローゼンタール家の令嬢。皇太子との婚約が破棄され、国外追放の身」


ルシアンの言葉に、エリザベスの手が震えた。だが彼女はすぐに感情を制御し、冷静に対応した。


「それがどうかしましたか?」


「なぜ私に正体を明かさなかった?」ルシアンの問いには非難の色はなく、ただ純粋な疑問だけがあった。


「今の私はエリザベス・ローズです。過去の名前に何の意味があるというのですか」


エリザベスの言葉に、ルシアンは深く頷いた。「そうだな。名前よりも、今の貴女自身の方が重要だ」


彼の理解ある反応に、エリザベスは少し驚いた。これまでの人生で、彼女の言葉をそのまま受け止めてくれる人間は少なかった。


「シルバーミストの市場に出かけないか?」突然、ルシアンが提案した。「新しい魔法結晶の取引があるらしい」


エリザベスは一瞬躊躇ったが、ビジネスチャンスを逃すわけにはいかないと思い、頷いた。


---


二人がシルバーミストの市場を歩いていると、そこは活気に満ちていた。色とりどりの商品が並び、様々な国の言語が飛び交う。しかし平和な雰囲気とは裏腹に、エリザベスは常に警戒を怠らなかった。最近、彼女の商会の成功に嫉妬する者からの嫌がらせが増えていたのだ。


「緊張しているな」ルシアンが小声で言った。


「気のせいよ」エリザベスは取り繕った。「ただ市場の動向を観察しているだけ」


ルシアンの唇に、僅かな笑みが浮かんだ。「嘘は下手だな」


彼らが魔法結晶の専門店を訪れる直前、突如、銀色の光が彼らの頭上を掠めた。


「危ない!」


ルシアンが叫ぶと同時に、エリザベスの身体を強く抱き寄せ、彼女を自分の体で守るようにして地面に伏せた。次の瞬間、彼らがいた場所に魔法の矢が突き刺さった。


「闇の封印!」


ルシアンが呪文を唱えると、彼の手から漆黒の霧が広がり、周囲一帯を覆った。その霧の中で、エリザベスは彼の強い腕に抱かれていた。彼の胸に押し付けられた彼女の耳には、彼の力強い心臓の鼓動が響いていた。


「大丈夫か?」彼の声は落ち着いていたが、その目には明らかな心配の色があった。


「ええ…」エリザベスの頬が熱くなるのを感じた。こんな近距離で彼の顔を見るのは初めてだった。


霧が晴れると、ルシアンは素早く立ち上がり、魔法の矢が飛んできた方向を見据えた。彼の左手には既に剣が握られていた。いつの間に抜いたのか、エリザベスには分からなかった。


「奴らだ」


ルシアンの低い声に、エリザベスも視線を向けた。そこには黒い衣装に身を包んだ三人の男が立っていた。一人は既に倒れているが、残りの二人は魔法の詠唱を始めていた。


「水の盾!」


エリザベスが咄嗟に水属性魔法を発動させると、彼らの周りに水の壁が形成された。攻撃魔法がその壁に当たり、蒸発する。


「魔法の扱いも上手いな」ルシアンが感心したように言った。「だが、ここは私に任せろ」


彼はそう言うと、まるで風のように素早く動き出した。剣の軌跡が空気を切り裂き、紫の残像を描く。あっという間に二人の暗殺者は地面に倒れていた。ルシアンは一人も殺さず、剣の柄で気絶させただけだった。


「誰の差し金?」エリザベスが静かに尋ねた。


「おそらくアルディア帝国の特務機関だ」ルシアンは倒れた男の胸元を開き、小さな紋章を示した。「貴女の事業拡大を警戒している」


エリザベスの瞳に怒りが灯った。「いつまでも私を見下して…」


「エリザベス」


ルシアンが彼女の肩に手を置いた。彼の手は温かく、力強かった。


「私はルーナ王国の王弟だ」


突然の告白に、エリザベスの目が大きく見開いた。


「そして、闇の騎士団は単なる軍事組織ではない。我が国の諜報機関でもある」彼は静かに続けた。「私はアルディア帝国と我が国の間で差し迫っている戦争を回避するために動いている」


「…なぜそんなことを私に?」


「貴女を信頼しているからだ」ルシアンの金色の瞳が真剣な光を宿していた。「そして…」


彼は言葉を切った。沈黙の後、彼はエリザベスの手を取り、静かに言った。


「あなたは復讐のために生きるには、あまりにも価値がある人だ」


その言葉に、エリザベスの胸が高鳴った。彼女は自分の心が揺れ動くのを感じた。


「私は…帝国への復讐を諦めるつもりはないわ」彼女は強い口調で言った。「彼らが私にしたことを、絶対に許さない」


ルシアンは深く溜息をついた。「理解している。だが、復讐は貴女自身をも傷つける」


彼の言葉は優しく、しかし重みがあった。エリザベスは反論しようとしたが、彼の金色の瞳に映る自分の姿に言葉を失った。そこには憎しみに燃える復讐者ではなく、一人の凛とした女性が映っていた。


「帰ろう」ルシアンが静かに言った。「暗殺者の処理は私の部下に任せる」


彼はエリザベスの手を離さず、市場を出る方向へと歩き始めた。彼女は抵抗せず、その手の温もりを感じながら彼に従った。


風が彼女の赤い髪を揺らし、二人の長い影が道に伸びた。エリザベスの心は混乱していた。復讐への決意と、彼への芽生えつつある感情の間で。


そして彼女は気づいていなかった。ルシアンの瞳に、憂いと共に彼女への深い感情が宿っていることに。


第5章:帝都への凱旋


帝都アルディアの中央広場に停まった豪華な馬車から、一人の女性が優雅に降り立った。真紅の長い髪が朝の陽光を受けて輝き、深い紫紺の瞳は冷静に周囲を見渡している。エリザベス・ローズ——かつてのローゼンタール令嬢は、五年の歳月を経て、帝都に帰還していた。


「ローズ・エンパイア商会」の当主として。


「お嬢様、いや、社長」マリアンヌが彼女に寄り添って小声で言った。「本当にここに戻ってくるとは思いませんでした」


エリザベスの唇に、かすかな笑みが浮かんだ。


「懐かしいと思う余裕さえあるわ。マリアンヌ、私たちはずいぶん強くなったのね」


彼女の視線は、遠くに聳える皇宮に向けられていた。あの日、公衆の面前で婚約を破棄され、国外追放を命じられた場所。復讐の念が彼女の胸に燃え上がるが、ビジネスウーマンとしての冷静さもあった。


「さあ、予約した邸宅に向かいましょう」


---


「ローズ様、お帰りなさいませ」


帝都の高級住宅街に建つ白亜の邸宅で、何人もの使用人たちが列をなして出迎えた。エリザベスはあらかじめ使用人たちを雇い、自分の帰還に備えていた。


「ありがとう」彼女は優雅に頷いた。「明後日の晩餐会の準備は順調?」


「はい、お招きした貴族や商人たちからの返信も続々と届いております」


執事の報告に、エリザベスは満足そうに微笑んだ。彼女の名前と評判は、既に帝都に先行していた。シルバーミストで起こした「商業革命」と「簡易魔導具」の発明者としての名声が、国外追放の身分を帳消しにし、むしろ彼女の帰還を歓迎する空気さえ生まれていたのだ。


マリアンヌが部屋に一人きりになった彼女に紅茶を運んできた。


「お嬢様、皇太子とシャーロット様についての情報が集まりました」


エリザベスは窓際の椅子に座り、マリアンヌから書類を受け取った。そこには、皇太子レイモンドとシャーロットの現状が詳細に記されていた。


「なるほど…」


エリザベスの目が細められた。シャーロットの浪費癖と皇太子の無計画な投資により、皇室の私財は著しく減少していた。帝国は表向き繁栄しているように見えたが、実は財政難に陥っていたのだ。


「これは、絶好の機会ね」


彼女の唇に浮かんだ笑みは、まるで薔薇の棘のように鋭かった。


---


二日後の晩餐会は、エリザベスの想像以上の成功を収めた。招待した貴族や商人たちはほぼ全員が出席し、彼女の帰還を祝福した。


「ローズ様、あなたの簡易照明魔導具のおかげで、鉱山での事故が半減しました」


「我が商会でも、あなたの考案した在庫管理システムを導入して以来、利益が倍増しています」


賞賛の声が飛び交う中、エリザベスは優雅に応対していた。赤いシルクのドレスに身を包んだ彼女は、まさに「薔薇姫」の異名にふさわしい華やかさで、宴の中心にいた。


「ローズ様、一つ伺いたいことがあります」


年配の伯爵が尋ねてきた。


「帝国の経済顧問会議の議席が一つ空いております。あなたのような才能ある方にぜひ就任していただきたいのですが」


会場が静まり返った。経済顧問会議は、皇帝直属の諮問機関であり、その議席は帝国経済の中枢に食い込む権力を意味していた。


エリザベスはゆっくりとシャンパングラスを置き、微笑んだ。


「光栄です。ぜひ検討させてください」


彼女の冷静な返答に、場の空気が再び和らいだ。しかし、彼女の心の中では、復讐の炎が一層激しく燃え上がっていた。これこそ彼女が求めていた機会だったのだから。


---


翌朝、執事が一通の招待状を持ってきた。


「ローズ様、皇宮からの招待状です」


エリザベスはそれを静かに受け取り、開封した。優雅な筆跡で記された文面は、彼女を皇太子夫妻の茶会に招くものだった。


「なんと…」マリアンヌが驚きを隠せない様子で言った。「あの方々が、お嬢様を…」


「予想通りよ」エリザベスは冷静に言った。「経済顧問会議の話が皇太子の耳に入ったのね。彼らは財政難を解決するために、私を利用しようとしているわ」


「お会いになるのですか?」


「もちろん」彼女は肯定した。「これは絶好の機会だもの。彼らの弱みを完全に把握するチャンスよ」


エリザベスの表情は穏やかだったが、その紫紺の瞳の奥には冷たい決意が宿っていた。


---


皇宮の庭園は、エリザベスの記憶通り、豪華絢爛だった。色とりどりの花々が咲き誇り、整然と刈り込まれた生垣が美しい幾何学模様を描いている。庭の中央にある東屋では、レイモンド皇太子とシャーロットが彼女を待っていた。


「ローズ殿、ようこそ」


レイモンドは立ち上がって彼女を迎えた。五年前に比べて少し太り、顔にはうっすらと疲労の色が見えた。そして彼の隣に座るシャーロットは、エメラルドのドレスに身を包み、見事な美しさを保っていたが、目の下のクマを隠しきれていなかった。


エリザベスは優雅にカーテシーをした。


「皇太子殿下、シャーロット妃殿下。お招きいただき光栄です」


彼女の声は穏やかで、顔には笑みさえ浮かんでいた。かつての怒りや恨みは微塵も見せない。しかし、その胸の内では、復讐の炎が激しく燃え盛っていた。


「座りなさい」シャーロットが言った。彼女の声には、わずかな緊張が混じっていた。「あなたの噂は、帝都中に広まっているわ」


「過分なお言葉です」エリザベスは謙虚に答えた。


「謙遜する必要はない」レイモンドが口を挟んだ。「あなたの商才は、帝国にとって大きな財産だ。実は…我々には相談があるのだ」


エリザベスは静かに紅茶を一口啜り、皇太子の言葉を待った。


「帝国は現在、いくつかの…経済的課題に直面している」レイモンドは言葉を選びながら話した。「我々は、あなたのような有能な商人の助言を必要としているのだ」


「つまり、皇室の財政を立て直してほしいと?」


エリザベスの率直な言葉に、シャーロットは眉をひそめた。しかしレイモンドは、驚いたようにエリザベスを見つめた後、ため息をついた。


「さすがだ。そうだ、我々は…資金が必要なのだ」


「融資をご希望ですか?」エリザベスは冷静に尋ねた。


「そうだ。適切な利息をお支払いする。そして、担保も十分に用意できる」


「担保とは?」


「我々の領地の一部だ」レイモンドは言った。「皇室直轄の…」


「レイモンド!」シャーロットが彼の言葉を遮った。「そんなことを部外者に—」


「シャーロット」レイモンドの声は珍しく厳しかった。「他に選択肢はないのだ」


シャーロットは不満そうに唇を噛んだが、それ以上は何も言わなかった。エリザベスは、彼らの間の緊張感を静かに観察していた。夫婦仲は決して良くないようだ。


「融資については、条件を詳細に検討する必要があります」エリザベスは言った。「ですが、原則としてお手伝いできることを光栄に思います」


レイモンドの顔に安堵の色が広がり、シャーロットの表情もわずかに和らいだ。


「ああ、本当にありがとう」レイモンドは感謝の言葉を述べた。


エリザベスは微笑みながら頷いた。表向きは忠実な臣下を演じていたが、内心では既に計画が進行していた。


「帝国のためなら」彼女は丁寧に言った。「私にできることは何でもいたします」


シャーロットは彼女を疑わしげに見つめていたが、もはや彼女に対抗する手立てがないことを理解していた。帝国貴族たちの多くは既にエリザベスの経済力に依存し始めており、彼女を排除することは不可能だった。


「では、契約の詳細は後日協議しましょう」エリザベスは立ち上がり、再び丁寧にカーテシーをした。「本日はお招きいただき、誠にありがとうございました」


皇宮を後にするエリザベスの唇には、冷たい笑みが浮かんでいた。復讐の糸は、着実に巻き取られつつあった。


「待っていなさい、レイモンド、シャーロット」彼女は心の中でつぶやいた。「かつての屈辱を、百倍にして返してあげるわ」


しかし彼女は、自分の心の奥深くで別の感情が芽生えていることに気づいていなかった。ルシアンの金色の瞳を思い出すたび、復讐心の中に一筋の迷いが生じていることに。


第6章:愛と復讐の狭間で


帝都の夜は、宝石のような灯りで彩られていた。エリザベスは自邸の書斎で、机に広げられた書類を熱心に確認していた。皇太子夫妻への融資に関する最終的な契約書だ。彼らの領地を担保にした法的に完璧な罠—彼女の復讐計画の仕上げとなる文書だった。


「これで完璧ね」


エリザベスは満足そうに微笑んだ。契約書の最後に用意されている空欄に、皇太子の署名が入りさえすれば、復讐は完成する。彼女は五年間、この瞬間のために生きてきた。


「お嬢様、外交使節団が到着の知らせです」


マリアンヌが部屋に入ってきた。彼女の声には、どこか興奮した調子が混じっていた。


「ルーナ王国から?」


「はい。そして…ノクターン卿が代表として来られているとのことです」


エリザベスの心臓が跳ねた。彼とは半年ぶりの再会になる。帝国貿易特権を得た後、彼女はシルバーミストを離れ、彼との接触はなくなっていた。だが彼の姿を思い浮かべる度に、胸に暖かいものが広がるのを感じていた。


「明日の舞踏会で出迎えることになるでしょう」彼女は冷静を装って言った。「準備はよろしく」


「かしこまりました」マリアンヌは微笑むと、一枚の招待状を差し出した。「それと、これが届いています」


それは皇宮での外交歓迎舞踏会への招待状だった。明日の夜、帝国の上流階級が総出で外交使節団を迎える盛大な催しだ。そこでルシアンと再会することになる。


---


エリザベスは舞踏会場に到着すると、多くの視線を集めた。彼女は深紅のドレスに身を包み、髪は優雅にまとめ上げていた。帝都に戻ってからの彼女は「薔薇姫」と呼ばれるようになり、彼女の一挙手一投足が注目の的となっていた。


「ローズ様、素晴らしいお姿です」


帝国の商人たちが次々と彼女に挨拶した。かつて彼女を蔑んでいた貴族たちでさえ、今では彼女の機嫌を損ねまいと必死だ。エリザベスは淡々と応対しながら、会場を見渡した。


そして、彼を見つけた。


ルシアン・フォン・ノクターンは、黒を基調とした公式礼服に身を包み、外交使節団の中で一際目立つ存在だった。漆黒の髪と鋭い金色の瞳。左頬の傷が、彼の男性的な魅力をさらに引き立てている。


彼の視線が彼女に向けられた瞬間、エリザベスの胸が高鳴った。ルシアンの表情は公式の場にふさわしく厳粛だったが、彼の目には彼女だけが読み取れる温かい光があった。


時間が経つにつれ、二人は自然と近づいていった。社交辞令を交わす貴族たちの間を縫うように、まるで見えない糸に引かれるように。


「エリザベス」


ついに二人が向かい合ったとき、ルシアンは静かに彼女の名を呼んだ。その声音には、公の場では隠さなければならない親密さがあった。


「ルシアン卿」エリザベスは形式的に応じた。「ようこそ帝都へ」


「久しぶりだな」彼は言った。「貴女の評判は、我が国にも届いている。『薔薇姫』と呼ばれているそうだな」


「うわさに過ぎません」彼女は微笑んだ。「ルーナ王国での貴方の活躍もよく耳にします」


社交辞令の裏で、二人の視線は多くを語っていた。再会の喜び、変わらぬ想い、そして…互いが置かれた複雑な立場への理解。


「少しよろしいだろうか」ルシアンは小声で言った。「個人的な話がある」


エリザベスは頷き、二人はバルコニーへと向かった。夜風が彼女の頬を優しく撫でる。星明かりの下、二人はようやく本音で話すことができた。


「元気そうで何よりだ」ルシアンが言った。「帝都での生活は順調か?」


「ええ、予想以上にね」彼女は微笑んだ。「あなたは?王弟としての務めは大変そうね」


「国と国との関係より、人と人との関係の方が複雑だ」彼は深いため息をついた。「実は…今回の使節団は、単なる外交訪問ではない」


エリザベスの表情が引き締まった。


「両国間に戦争の危機が迫っている」ルシアンは真剣な眼差しで言った。「アルディア帝国とルーナ王国、どちらも戦争準備を進めている。私はそれを阻止するために来た」


「それで、私に何か?」エリザベスの声は冷静だったが、彼女の心は複雑に揺れていた。


「貴女の影響力を借りたい」彼は率直に言った。「帝国の経済を握る貴女が平和を支持すれば、戦争派は力を失う」


エリザベスは黙って夜空を見上げた。彼の言葉は理にかなっていた。しかし…。


「私の計画は最終段階に入っているの」彼女は静かに言った。「皇太子夫妻への復讐が」


ルシアンの表情に影が差した。「まだそれを続けるつもりか」


「諦めろというの?」エリザベスの声が僅かに震えた。「あの屈辱を忘れろと?」


「忘れろとは言わない」ルシアンは優しく彼女の肩に手を置いた。「だが、復讐に囚われ続ければ、貴女自身が傷つく。それは…私には耐えられない」


最後の言葉は、ほとんど囁くように発せられた。エリザベスの胸に熱いものが広がった。


「私は…」


彼女が言葉を探している時、バルコニーのドアが開いた。シャーロットが現れたのだ。


「まあ、こんなところにいたのね」彼女の声には尖った敵意があった。「ルーナの使節と密談するなんて、不審に思われても仕方ないわ」


エリザベスは冷静さを取り戻し、優雅に微笑んだ。「シャーロット妃。ただの社交の一環ですよ」


シャーロットの視線がエリザベスからルシアンへと移った。「夫があなたを探しています、ローズ様。融資の最終契約について話し合いたいそうです」


エリザベスとルシアンの視線が交差した。彼の目に浮かんだ懸念の色を、彼女は見逃さなかった。


「お邪魔しました」シャーロットは皮肉めいた笑みを浮かべて立ち去った。


「契約?」ルシアンが尋ねた。


「ええ、彼らの浪費癖で領地を担保にした融資を増やしていったの」エリザベスは冷たく言った。「返済できないことは分かり切っている。そうすれば、彼らの領地は私のものになる」


「そして?」


「公開の場で彼らの無能を暴き、領地を取り上げる。五年前、彼らが私にしたことの報いよ」


ルシアンは深く溜息をついた。「それで貴女は幸せになれるだろうか?」


エリザベスは一瞬、言葉に詰まった。幸せ?彼女は復讐のことしか考えていなかった。幸せになるための復讐ではなく、ただ復讐そのものが目的になっていた。


「私は…」彼女が言葉を探していると、会場から喧騒が聞こえてきた。


「何事かしら?」


ルシアンの表情が引き締まった。「セバスチャンからの警告だ。オリヴィエ・モンブランが動いた」


「モンブラン?帝国商人連合の?」


「ああ。彼は帝国と我が国の戦争を望んでいる。戦争特需で儲けるためにな」ルシアンの金色の瞳が険しさを増した。「そして、彼は貴女の存在を脅威と見なしている」


「どういうこと?」


「彼は今夜、貴女の商会を襲撃する計画を立てている」ルシアンの声は緊迫していた。「貴女が舞踏会に出ている間に」


エリザベスの顔から血の気が引いた。商会には重要な書類や、彼女が開発した新型魔導具の設計図が保管されている。それらが破壊されれば…。


「行かなくては!」彼女は動揺を隠せなかった。


「私が守る」ルシアンは即座に言った。「貴女はここに残り、疑いをかけられないようにするんだ」


「でも…」


「信じてくれ」彼は彼女の手をしっかりと握った。「貴女の夢は、私が守る」


その瞬間、エリザベスの心に強い感情が押し寄せた。彼は自分の危険を顧みず、彼女のために動こうとしている。それは…愛ではないか?


「気をつけて」彼女は静かに言った。「あなたを失いたくない」


ルシアンの目が驚きで見開かれ、次いで温かな光が灯った。彼は彼女の手に軽くキスをし、何も言わずに立ち去った。


エリザベスは揺れる心を抱えたまま、彼の背中を見送った。復讐と愛。彼女の心は引き裂かれていた。


会場に戻ると、レイモンド皇太子が彼女に近づいてきた。


「ローズ殿、契約書に署名をいただけますか?」彼は笑顔でそう言ったが、その目は不安げだった。


エリザベスの手には、復讐を完成させるペンがあった。しかし彼女の胸には、ルシアンへの想いが満ちていた。


(どちらを選ぶべき?)


彼女の決断は、彼女自身の未来を決めることになる。


第7章:断罪と再生


皇宮の大舞踏会場は、五年前と同じように華やかに彩られていた。シャンデリアの灯りが煌めき、優雅なワルツの調べが流れる中、エリザベスは静かに階段を降りていった。


彼女の姿を見た貴族たちが次々と足を止める。真紅のドレスに身を包んだエリザベスは、かつてない気品と威厳を漂わせていた。「薔薇姫」の異名にふさわしい、気高さと凛々しさを備えた女性へと成長していたのだ。


彼女の胸の内では、相反する感情が渦巻いていた。


昨夜、ルシアンは彼女の商会を守るために出ていった。そして今朝届いた彼からの短い手紙には、「無事に危機を乗り越えた」とだけあった。彼の安否を確かめたい気持ちと、この場に立たなければならない使命感の間で揺れるエリザベス。


しかし今夜は、彼女の復讐計画の集大成となる夜だった。皇太子への融資の返済期限当日。公開の場で彼らの無能と欺瞞を暴き、失ったものを全て取り戻す瞬間。


(これが、私の選んだ道)


エリザベスは深く息を吸い込み、舞踏会場の中央へと歩み出た。


「ローズ様」


レイモンド皇太子が彼女に向かって頭を下げた。彼の隣には、いつものエメラルドドレスに身を包んだシャーロットがいた。彼女の表情には不安と敵意が入り混じっていた。


「皇太子殿下、シャーロット妃」エリザベスは優雅にカーテシーをした。「本日はお招きいただき光栄です」


「こちらこそ」レイモンドは笑顔を見せた。「あなたの支援なくして、今日の帝国の繁栄はなかった」


彼の言葉には、かつての傲慢さはなく、どこか哀願するような響きがあった。そして彼の握る手には、エリザベスが用意した最終契約書が握られていた。そこに署名すれば、皇太子夫妻の領地はすべてエリザベスのものとなる。


「皆様!」


レイモンドが突然、会場に向かって声を上げた。会場が静まり返る。


「本日、帝国経済の支柱となったローズ・エンパイア商会の当主、エリザベス・ローズ殿に、特別な栄誉を授けたいと思います」


貴族たちから拍手が起こった。シャーロットの表情が強張る。


「彼女の卓越した商才と献身的な尽力に報いるため、我々は特別な取引を結びました」レイモンドは続けた。「我が家の領地の一部を、彼女の商会に譲渡する契約です」


会場からは驚きの声が上がった。それは事実上、王家の資産を民間人に譲ることを意味していた。多くの貴族たちは、皇太子の決断の背後に経済的窮状があることを察していた。


エリザベスはゆっくりと一歩前に出た。


(今ここで、私は選ばなければならない)


彼女の心に、ルシアンの言葉が蘇った。

「復讐は貴女自身をも傷つける」


そして、彼が自らの身を危険にさらしてまで彼女の夢を守ろうとした姿が。


エリザベスの紫紺の瞳が、会場を見渡した。そこには、かつて彼女を蔑み、見捨てた貴族たちがいた。父アレクサンダー伯爵の姿もある。そして今、彼らは皆、彼女の前に頭を垂れていた。


「皇太子殿下」彼女は静かに、しかし力強く言った。「その前に、皆様に真実をお話しする必要があります」


レイモンドの顔から血の気が引いた。シャーロットは身を固くした。


「私は、かつてのエリザベス・フォン・ローゼンタールです」


会場がざわめいた。多くの貴族は既に噂を聞いていたが、彼女自身の口から明かされるとは思わなかった。


「五年前、この場所で、婚約を破棄され、国外追放の宣告を受けました」エリザベスは続けた。「理由は『性格の悪さと魔法の才能の乏しさ』。しかし真実は違います」


彼女は懐から一枚の古い手紙を取り出した。


「これは、シャーロット・クレアモント妃が、皇太子に送った密書の写しです。彼女がいかに私の評判を貶め、ローゼンタール家の領地を狙っていたかが記されています」


シャーロットの顔が青ざめた。「そ、それは捏造よ!」


「本物か偽物か、魔法で確かめることはできます」エリザベスは冷静に言った。「さらに、皇太子の無謀な投資が帝国財政を危機に陥れた証拠もあります」


会場は完全に静まり返った。すべての視線がエリザベスに注がれていた。復讐の瞬間。彼女は五年間、この瞬間のために生きてきた。


しかし彼女の心の中で、何かが変わっていた。


「しかし、私はそれらを公にするつもりはありません」


驚きの声が上がる。レイモンドとシャーロットの表情に困惑が走った。


「私は、かつての自分を裏切った人々を見返すために、必死に努力してきました」エリザベスは静かに言った。「でも気づいたのです。私が本当に欲しかったのは、復讐ではなく、認められることだったのだと」


彼女は皇太子に向き直った。


「契約書は、書き直させていただきます。領地を奪うのではなく、皇室と商会の共同経営という形にしましょう。帝国の繁栄のために」


「…なぜだ?」レイモンドは困惑した声で尋ねた。「君は我々を破滅させる力を持っている」


エリザベスの唇に、温かな微笑みが浮かんだ。「私は貴方たちのようにはなりたくないのです。無実の人間を踏みにじるような真似はしません」


会場からどよめきが起こった。それは驚きであり、賞賛であり、敬意だった。


この瞬間、舞踏会場の扉が勢いよく開かれた。


「エリザベス!」


黒い軍服に身を包んだルシアンが、血に染まった腕を抱えながら駆け込んできた。彼の後ろには、同じく戦いの痕が残るセバスチャンの姿があった。


「ルシアン!」


エリザベスは思わず彼の名を呼び、駆け寄った。会場の貴族たちは驚愕の表情を浮かべていた。敵国の騎士団長が皇宮に?


「大丈夫?怪我は?」彼女は彼の腕に触れ、心配そうに見上げた。


「問題ない」ルシアンは小さく微笑んだ。「モンブランの襲撃は阻止した。だが、彼は戦争を画策している。両国を戦争に導こうとしている」


エリザベスは、その場にいる全員に聞こえるよう、声を上げた。


「皆様、私からの提案があります。アルディア帝国とルーナ王国の架け橋となる通商条約を。戦争ではなく、繁栄の道を選びましょう」


驚くべきことに、レイモンド皇太子が最初に拍手を始めた。続いて、アレクサンダー伯爵、そして会場全体が彼女の提案に賛同の意を示した。


「さすがだ」ルシアンは彼女だけに聞こえるように囁いた。「貴女は復讐よりも、もっと大きなものを選んだな」


エリザベスは彼を見上げた。金色の瞳に映る自分の姿に、彼女は初めて気づいた。そこには憎しみに凝り固まった復讐者ではなく、未来を切り開く強さと優しさを備えた一人の女性がいた。


「あなたが教えてくれたのよ」彼女は静かに言った。「復讐よりも大切なものがあることを」


「エリザベス」ルシアンは真剣な顔で彼女を見つめた。「私は…」


彼の言葉は、会場の歓声に遮られた。シャーロットが突然立ち上がり、涙ながらにエリザベスに向かって深々と頭を下げたのだ。


「ごめんなさい」彼女は泣きながら言った。「あなたの高潔さに、私は恥じ入るばかりです」


エリザベスはシャーロットに向かって微笑み、彼女の手を取った。


「過去は過去。これからは共に帝国の未来を考えましょう」


会場は感動と希望に包まれた。エリザベスは父アレクサンダー伯爵の方を見た。彼の目にも涙が浮かんでいた。


その夜、舞踏会の後、エリザベスとルシアンは皇宮の庭園で二人きりになった。


「怪我は本当に大丈夫?」彼女は心配そうに尋ねた。


「ああ」彼は微笑んだ。「貴女の夢を守るためなら、この程度の傷は何でもない」


「私の夢…」エリザベスは夜空を見上げた。「今の私の夢は、復讐ではなくて、未来を作ること。あなたと一緒に」


ルシアンの金色の瞳が優しい光を湛えた。彼は静かにエリザベスの手を取り、彼女を引き寄せた。


「それは私の望みでもある」


満天の星の下、二人の唇が重なった。それは過去への別れであり、新たな未来への誓いだった。


---


**エピローグ**


一年後、アルディア帝国とルーナ王国の間に「薔薇条約」が締結された。両国の架け橋となる通商条約であり、エリザベスとルシアンの尽力によって実現したものだった。


エリザベスは帝国の経済顧問として、そしてルシアンは王弟として、それぞれの立場から両国の平和と繁栄のために働いた。


ローズクリスタル商会は「ローズ・ノクターン商会」と名を改め、大陸全土に名が知れ渡った。彼女の革新的な魔導具は人々の生活を豊かにし、魔法の力を誰もが使えるものへと変えていった。


「結局、復讐は果たせなかったな」ある日、ルシアンは冗談めかして言った。


エリザベスは微笑んだ。「いいえ、最高の復讐よ。彼らを見返すだけでなく、彼らよりも大きく成長して、恩赦までできるようになった。これ以上の成功はないわ」


彼らの指には、魔法の光を帯びた指輪が輝いていた。


「私はもう過去に囚われない」エリザベスは空を見上げながら言った。「これからは自分の人生を、自分の手で切り開いていく」


ルシアンは彼女の手を優しく握りしめた。


かつて断罪された薔薇姫は、今や新たな花を咲かせていた。棘は残っていても、それは自分を守るためではなく、大切なものを守るための強さとなっていた。


復讐の物語は終わり、再生と愛の物語が始まったのだ。

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恩赦じゃ無いだろって思った。 冤罪だったと判明した訳だから 名誉回復じゃ無いの? 指摘しておきます。 復讐とは別に王子にはやった何らかの責任は取らせるべきでは?そうでなければ犯罪行為を助長する事に…
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