表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

異世界記録員サトウ 〜新人のスズキとエルマーレの王女①〜

「……誰もいないんだ」


 異世界から帰還した僕は、実家へと戻った。

すでに空き家となり相当の年月を過ごした我が家は、傾いてくたびれていた。


あれからどれだけの月日が過ぎただろうか。

異世界へ転移している間に、人々は見慣れない携帯電話を使い、違和感のある服装に身を包んでいる。


ーー四十年。


それは文化を変えてしまうほどの年月。

近隣住民へ訊ねると、僕の家族は数年前に事故で他界していた。


蜘蛛の巣を払いつつ家の中を進んでいくと、何年も放置されて色褪せたアルバムを見つけた。

幼い頃の僕と、笑っている家族の写真。


出産時の写真に、入園式の写真……。

頬を流れたひと雫は、乾いたそれらを申し訳程度に湿らせる。


アルバムを手に取り家を出た僕は、あてもなく歩き続け、やがて海の見える町へ辿り着いた。

それから数日後、ニュースが報じるんだ。


『昨夜未明、男性の遺体が発見されました』


その日、僕は世界に別れを告げた……はずだった。


『ああ、可哀想なサトウ……私の元で新たな人生を歩めばいい』


中空に浮かんでいた魂の炎へ、神の慈悲が届く。

眩い光で影しか見えないそれは、軽く腕を振った。

すると光が集結し僕の肉体は再構成された。


「あなたは……僕に何を求めているんですか?」

『数多の神々が作り上げた世界を記録しなさい。神々を満足させることができれば、サトウは全てを取り戻せるでしょう』

「全て……」

『失われし時も、失われし家族も、失われし人生も』

「わかりました。あなたの望むままに……」


今でもあの日の夢をみる。

何年経っても耳に残る優しげな声が、かろうじて世界と僕を繋いでいるんだろう。

果てのない記録員としての生活を、あれから僕は続けているーー。



♢♢ ♢♢ ♢♢ ♢♢



 ーー朝は気だるい。

ベッドからよれよれと立ち上がり、眠気覚ましにシャワーを浴びて、コーヒーを片手にパンを焼く。


テレビから流れてくるニュースを聞き流し、朝食をとりながらスマホをチェックする。

どうでもいい同僚からのスタンプや、飲み会の案内などを既読した。


背広に着替えて鞄を手に取り、姿見で全身を確認する。

眉毛にかかる黒髪、黒縁の眼鏡、その奥に死んだ魚のような眼……。

典型的な社会に疲れているサラリーマンである。


「はぁ……行くか」


ため息を残し、安アパートを出て最寄りの駅に向かう。

希望溢れる若者が慌ただしく改札へ駆けてゆく。


僕のように気だるげな人間も少なくはない。

改札がまるで地獄の門のようにみえているのだろうか、足を止めている若者は明日にでも飛んでしまいそうな空気を醸し出している。


人間社会とはストレスとの終わらない戦争だ。

仕事サイコー! みたいなテンションの人間もいるが、残念ながら僕は共感できない。


ヒトは太陽とともに起床し、腹が減ったら飯を食い、適当に遊んで眠くなったら寝る。

それこそが一番の幸せな生き方である。


なのに、人生とはかくあるべきだ、なんて宗教めいた考え方がヒトの生き方を狭めているのだ。


そんなことを考えながら、改札を抜けて階段を降りていく。

階段のなかばで引き返して、迷惑そうな人々をすり抜けて入口へ戻った。

それを二度繰り返し、三度目は下までおりきる。


すると、誰もいない真っさらな空間に到着し、ポツンと正面に一つだけ改札がある場所へ着く。

前に改札の横を抜けたらどうなるのだろう? と思ってやってみたのだが、駅の入り口へ飛ばされるだけであった。


この改札は、僕のような特定の人物が、ある場所へ向かうためのゲートである。

顔写真とルーン文字で記された僕の名前と生年月日、全体にうっすらと魔法陣が浮かび上がっているカードを鞄から取り出し、改札のスキャンに通した。


 ぶぅん、と虫の羽ばたくような音が鼓膜を揺らす。

その直後、僕は駅のホームに立っていた。


『第零番』と記された看板の下へ行くと、真っ黒な電車が到着する。

電車へ乗り込むと、どこかで見かけた記憶がある人々が、思い思いに腰掛けていた。


「おはようございますっ! サトウさん!」

「……ヤマダさん。おはよう」

「相変わらず暗いですねぇっ。あははっ」


亜麻色の括った髪を揺らし、透き通る茶色の目を細めてヤマダさんは僕の隣に座った。

ヤマダさんはスマホを取り出して流行りのゲームをしながら、視線を移さずに問いかけてきた。


「そういえば、今日から新人さんが入るの知ってます?」

「へぇ、そうなんだ」

「興味ゼロですねぇ。なんでも、魔王を倒した英雄だとか」

「いや、だいたいそうじゃない? 僕らの職場は」

「あははっ。確かに!」


 電車は他愛もない会話を続けている僕たちを運ぶ。

やがてトンネルを抜けると電車は空へと進路を変えた。


窓から視界いっぱいに飛び込んでくる景色は、高所恐怖症ならば耐えられないだろう。

半透明な線路をはしり、電車はやがて白亜の建物を正面にとらえた。


まるで中世ヨーロッパの城を再現したかのようなそれは、僕たちが働いている『世界記録図書館』だ。

この世界を含む、平行線上に存在する数多の世界を記録し、保管する施設。


運営しているのは……神々。

そこで働いている僕たちは『使徒』と位置付けされている。


電車が止まり、ぞろぞろと降りてゆく流れに乗って進み、建物まで数十メートルはある大理石で作られたかのような道を歩いた。


「飲み会のお誘い、見ましたか?」

「あー……見たよ。あまり気が乗らないメンバーだよね」

「レコーダーさんは変わり者が多いですもんね」

「それ、僕のことも含んでる?」

「当然じゃないですかっ。あははっ!」


ーー異世界記録員。

通称『レコーダー』は、各世界へ出向き神々の指定した場面を記録する役割だ。


その昔、謎の動物の出産から子育てを見届けるミッションを与えられた時は、心底気が狂いそうになったものだ。


鳥の頭、豚の体、牛の模様の生物なんて、見ていても意味がわからないし、シンプルに気持ち悪い。


「じゃ、わたしはあっちなので!」

「はい。いってらっしゃい」


昔のことを思い出しながら歩いていると、気がつけばエントランスに着いていた。

だだっ広いエントランスは、外観と等しい色のタイルが敷き詰められていて、正面に受付、東に大きな青いクリスタル、西に同サイズの赤いクリスタルが宙に浮かんでいる。


魔法陣が刻まれた青いクリスタルが、レコーダーの各部署へ移動するゲート。

赤いクリスタルは人事部や経理部など事務関連の部署へ移動するゲートだ。


人事部へ向かったヤマダさんに背を向け、僕は青いクリスタルへ移動する。

右手を添えながら「四八課」と言うと、魔法陣が発光して視界がグニャリと歪む。


やがて視界は元に戻り、四八課の看板が壁に貼り付けられたドアの前へ移動した。

ドアを開けると六つの作業机が対面に並んでおり、四人がすでに席に着いている。


「おはようございます」

「おや、ずいぶんと重役出勤だな」

「遅刻はしてませんよ」

「課長である私より遅いことが問題なのだよ」

「勘弁してください」


頭の薄くなった中年男性は、開口一番に嫌味を言う。

四八課の課長、オオワダ。


賄賂とごますりで成り上がったとか、よくない噂が多いベテランだ。

嫌味が収まり、僕はドアに一番近い机へ。


「朝から災難だね」

「……もう慣れました」


僕が手荷物を片付けてパソコンを立ち上げていると、隣の席から身を乗り出してサイトウさんが話しかけてきた。

肩口までの艶やかな黒髪、幼さの残る顔立ち、弾けんばかりの胸元の主張が強い彼女は、僕の先輩にあたる。


「……これ、よかったら食べてね」

「……どうも」


サイトウさんは毎朝、飴を一粒くれる。

今日は苺味のようだ。


「あー、諸君! 聞いてくれ!」


全員が作業を開始しようかという瞬間、オオワダ課長はわざとらしく咳払いをした。

そして、ドアから若い男が顔を出した。


「どうもーっす」

「あー、スズキくん。こっちへ」

「うぃーっす」


チャラついた金髪、ピアス、ホストのようなスーツ。

ひと目でわかるチャラ男は、オオワダ課長の横に立ち自己紹介を始める。


「スズキ・ショウタです。よろしくっすー」

「あー、スズキくんは今日から赴任してきた有望株だ。みんな、しっかりと仕事を教えるように」

「あ、俺の教育係はそこのお姉さんがいいっす」

「ん? サイトウくんか……」


サイトウさんは課内唯一の女性である。

筋肉が自慢のゴウダさん、常に青白い顔をしている細身のホソタニさん、そして僕は眼中にないようだ。


サイトウさんは助けを求めるかのように、チラチラと何度もこちらへ視線をおくる。

その視線に気づいてか、オオワダ課長は僕をじっと見つめながら口を開いた。


「……よし。教育係はサトウくんにお願いしよう」

「えーっ!? マジっすかー!?」


非難の声をあげたスズキくんは、こちらをみて深いため息を吐いた。


「じゃあ、業務に取り掛かろう。早速だがサトウくん、キミに仕事だ」


書類を僕へ持ってきたオオワダ課長は、スズキくんを呼び寄せた。


「では、仕事の詳細はサトウ君に聞きたまえ」

「……了解っす」


自分の机へオオワダ課長が戻り、スズキくんは僕が手渡された資料をまじまじと見つめる。


「エルマーレ王国記録指令……っすか」

「うわぁ……よりによって記録指令か……」

「ダルいやつっすか?」

「仕事は全部ダルいんだけどね。調査指令と記録指令があってね。調査指令は比較的早く終わるんだよ。記録指令は指定された期間、記録を続けなきゃいけないから」

「すげー時間がかかる、と」

「そういうこと」

「マジっすかー。今日合コンなのに」

「諦めた方がいいね。とりあえず、移動しようか」

「どこへ行くんすか?」

「エントランスだよ。とにかく着いてきて」

「りょーかいっす」


サイトウさんが可愛らしく手を振っていたが、それに返事をする気力もわかずにエントランスへ向かった。



♢♢ ♢♢ ♢♢ ♢♢


 エントランスへ着いた僕とスズキくんは受付へ向かった。

受付にはまるで人形のような絶世の美女が佇んでいる。肌は真っ白で、異様に長い金髪が印象的だ。


「四八課、サトウです。こちらの受付をお願いします」

「承知いたしました。お一人ですか?」

「いえ、こちらのスズキくんも同伴です」

「ちぃーっす!」

「……」


受付嬢、ララァさんは軽い口調で挨拶をしたスズキくを値踏みするように眺めた。

彼女は職員の等級を判断する特別な目を持っている。


「新人……Fクラスですか。大丈夫ですか?」

「今回の仕事はDクラスですが、あくまで彼は研修なので」

「サトウさんがついていれば大丈夫ですね。では、承認いたします」


僕たちの書類に特殊な印鑑が押され、受付横の隠し扉が開いてゆく。

スズキくんはそんな所に扉があると思わなかったのか、やや大げさに驚いてみせた。


「行こうか」

「う、うっす」


スズキくんを促して奥へ進むと、テーブルを挟んでソファーが二つ備えてある部屋に着く。


「座って。これから仕事について説明するから」

「了解っす」

「まず、僕たちに与えられた指令は『エルマーレ王女の処刑記録』で、記録する期間は一年間」

「一年!?」

「あくまで向こうの時間で、だね。どれくらいこちらの時間が進んでいるかは、戻ってみないとわからない」

「一日経ってない場合もあるんすか?」

「あるよ。十五分の時もあったし」

「異世界って不思議っすね」

「時間軸が違うからね。そんなもんだと覚えてて」

「了解っす。願わくば合コンに間に合いたいっす」

「それは運次第。次に、スズキくんがもってる魔法やスキルなどについて」

「おお! それなら自信しかないっすね。俺の最上級破壊魔法……」

「そういうのは封じられるから」

「ええっ!? 死にますよ!?」

「僕らは死なない。そして、結末を変えてはいけない。あくまで記録者。物語が変わるような干渉はできないんだよ」

「変わるような干渉をしてしまったら……どうなるんすか?」

「んー……良くてトイレ掃除。悪ければ消滅」

「ペナルティの範囲が広すぎる……!」

「そこは神の匙加減だね。変えてしまっても神が満足する結末であればボーナスがでたりもする」

「そういうもんすか……」

「簡単にまとめたメモを渡しておくよ」

「ありがたいっす」


スズキくんに説明しながらまとめた、おおよそのあらすじと注意点を書いた用紙を手渡す。


ーーーーーーーーーーーー

『エルマーレ王女の処刑』


 絶対王政の背景で、庶民たちの苦しみは限界に達した。クーデターにより、王族や貴族は殺されてゆく。

そして贅沢の象徴であった王女、エルスタリアは人々の手によって断頭台へ。

エルマーレ王政最後の一年間を潜入して記録し、神へ届けるべし。


・自身の目が記録機となり、映像として保管される

・その世界の何らかの存在へと変化する

・自身が持っている力は殆どが無力化される

・神の思惑をくみとり行動すべし


ーーーーーーーーーーーー


「何か質問は?」

「何らかの存在へと変化する……ってのは、どういうことっすか?」

「その世界において存在するであろうキャラの一人になるってことだね。門番かもしれないし、盗賊かもしれないし」

「そういうことっすか。記録対象者から遠ければ遠いほど難易度が高くならないっすか?」

「おー。よく気づいたね。今回はDクラスだから、そんなに対象から遠くないと思うよ」

「Aクラスとかだと、どんな感じなんすかね」

「むかし僕が受けた依頼だと、虫からスタートだったなぁ」

「虫……」

「虫だけに無視されまくってね。大変だったよ」

「色んな意味で笑えないっす……」

「まあ、新人がミスをしても寛容な職場だから。習うより慣れろってね」

「了解っす……」

「じゃあ、そろそろ行こうか」


ソファーから立ち上がった僕たちは、部屋の奥にあるクリスタルへ移動した。

クリスタルへ書類を近づけると吸い込まれ、直後に足元へ魔法陣が展開される。


「じゃあ、またあとで」

「えっ? 待ち合わせ? どこ……」


スズキくんの台詞が終わる前に、僕の視界はブラックアウトした。



♢♢ ♢♢ ♢♢ ♢♢


「おい! 交代の時間だぞ! 起きろっっ!!」

「えっ? ああ、わかりました」


 野太い声がしたあと、頭を軽く叩かれて僕は目を覚ました。

体を起こしてあたりを見渡すと、小汚い部屋にベッドが四つ並んでいる。


僕を起こしにきた人物は鉄の鎧と兜、槍を手にしており、見た目から兵士であると予想できた。

さて、問題はどの程度の位であるか……ということ。


ベッドの傍らには僕のものと思わしき鎧一式が置いてある。

平凡などこにでもありそうな鉄の鎧だ。


とりたてて紋章やら身分を表すものはついていない。

『交代の時間』と言っていたから、おそらく門番あたりだろう。


鎧一式を身につけて、僕は薄暗い部屋の奥にある螺旋階段を上った。

簡素なテーブルが幾つかと、兜を外して寛いでいる男達がいる。


「おい、サトゥー。お前は北の門だ」

「了解です」


門番長らしき中年の男は、蓄えた髭を弄りつつ指示を出す。門番はそれぞれ任された場所へ向かう。

東西南北それぞれの門は、交代で一日中見張っているようだ。


「今日はサトゥーと一緒か」

「ガナンさん、よろしくお願いします」

「ま、気楽にやろうぜ。お前も五年目だろ? 要領良くな」


どうやら、この世界では五年目の門番兵としてキャラ設定されているらしい。

初めてみたのに名前を覚えていたり、謎の思い出があったりするので、昔はよく混乱したものだ。


スズキくんは今ごろ、頭の中がゴチャゴチャになっているに違いない。


ガナンは十年目の門番兵で、癖のある金髪と無精髭、酒ばかり飲んでいそうなやつれた顔をした男だ。

門番の宿泊施設は、中央にある城から少し歩いた場所にある。


どこの門へ行くにしても、歩いて二十分ほどだ。

王城に近いほど貴族の位は高く、門へ近づくにつれ庶民の家や商店などが増えてゆく。


有事の際、最初に被害を被るのは庶民だろう。

北門へ向かう大通りから裏路地へ進めば、日の当たる場所から弾かれた貧困層が路上を家にしている。


北側は特に貧困層が多く、治安もイマイチだ。


「ん? どうかしたか?」

「いえ、なにも」

「……気にしなければ何もないのさ。俺らはただの門番。何も見なくていい」

「そういうもんですかね」

「そういうもんさ。人生なんて」


横目で裏路地を見ていた僕に気づき、ガナンはヘラヘラと笑ってみせた。

あらゆる惨劇を目の当たりにしてきたので、特に思うことはない。


この世界は僕と関係ない物語。

さて、スズキくんもそうやって割り切れていればいいのだけれど。


『サトウさん! 今、どこっすか!?』

『ああ、スズキくん。テレパスの使い方、わかったんだね』

『最初に教えといて欲しかったっすよ! メモの最後の方に小さく書いてあるんで気づかなかったっすよ!』

『いや、キミにこの仕事を楽しんでもらおうと思ってね』

『嘘だッッツツ!!』

『まあ、夜にでも合流しようよ。場所は北東の広場で』

『……了解っす』


同時に仕事へ来たものは、テレパスという力で脳内で会話することができる。

それを敢えて教えなかったのは、ちょっと痛い目にでもあえばチャラさが抜けるかな? と思ったからだ。

あと、ちょっと面倒だったのもある。


彼がどこにいるかは知らないが、少なからず命の危険はなさそうだ。

もしそんな状況なら、悠長に僕と会話をする余裕なんてないからだ。


 北の門は高さおよそ三メートル、横幅は五メートルほどで、門の端から町全体を囲うように石壁が続いている。

僕は左側、ガナンは右側に立ち、門を訪れる人の検問

を行った。


商人、旅人、冒険者……。

多種多様な人々が門を訪れる。


僕たちはそれぞれが持つ身分証を確認し、犯罪歴の有無をリストで調べて問題がなければ通していく。

アナログな手法で効率的ではないが、文明レベルを考えると仕方がなかった。


 この世界にも魔法は存在しているが、大掛かりな術式を用いたり特殊な魔道具を必要としたり、詠唱ひとつで発動できるタイプのそれではない。


検問も魔道具を使用すれば効率化できるだろうが、門番へ与えるには高額すぎて二の足を踏む。

そこまでの信頼を得られないのだ。門番という立場は。


「あー、疲れたなぁ」


数えるのも嫌になるくらいの人数を検問し、夕陽があたりを赤く染め始めたころ、ガナンは疲れをあらわにした。


「そうですね。そろそろ交代の時間じゃないですか?」


一時間ごとに空になる砂時計が門の脇に八つ並んでいる。

全てが空になると、それは反転して新たに八時間を数え始める仕組みだ。


「あと……十五分くらいだな」

「頑張りましょう」

「早く酒が飲みてぇ」


時計でもあればわかりやすいけど、それは貴族などが使う高級品で、もっぱら庶民は砂時計や体感で時間を判断している。

貴族が持つものは、庶民の手に行き渡らない。


それそのものがステータスであり、権威となるからだ。

ガラスの食器や、貴金属、上質な布など、庶民の制限は多い。


「おーい。交代だぜー」

「おっ。ようやくかぁ。帰ろうぜサトゥー」


ガナンと世間話をしていたら交代の門番がやってきたので、僕たちは宿舎へ向かった。

宿舎へ戻り着替えを済ませ、ガナンと町外れの酒場へ移動する。


「ふぃーっ。お疲れー」

「お疲れさまです」


生ぬるい葡萄酒で乾杯し、干し肉を煮付けたものとパンを口へ運ぶ。

濃いめの味付けが葡萄酒にあっており、初見でも美味しく食べることができた。


「そういえば、知ってるか?」

「えっ?」

「大きな声では言えないんだが、国の財政が思わしくないらしい」

「そうなんですか……」

「王族の浪費が凄いんだとよ」

「それだけで傾くんですかね?」

「さあな……噂ではヤバい魔術に金を注いでるとか、他国の土地を買い漁ってるとか……おっと」


ガナンは途中で会話を切り、わざとらしく木のコップで口元を隠した。

酒場へ入ってきたのは、門番長アゴイルと庶民の中では裕福そうな男。


「ん? ガナンとサトゥーじゃねえか」

「どもっす」

「お疲れさまです」


アゴイルと男は、僕たちの隣のテーブルに向かい合って座り、酒と食べ物を注文した。


「この二人は部下ですか?」


艶のある男の声。よくよく見れば、顔立ちもかなり整っており、ウェーブのかかったセミロングの髪が似合っていて、動作にも品がある。


まるで貴族のようだ。


「キリアスの旦那。こいつはガナンとサトゥー。まあ、下っ端だが有能なヤツらさ」

「ほほう。それはそれは……よろしく」

「褒めても何もでませんぜ」

「ありがとうございます」


満更でもなさそうに酒を煽ったガナンは、どうせならば一緒にのまないか? と、二人へ提案した。

アゴイルとキリアスは一瞬視線を合わせ、申し合わせたかのように頷く。


「すみません。僕はこの後、用事があるのでお先に失礼します」

「なんだ? 女か?」

「アゴイルさん、それは野暮ってものですよ」

「サトゥーにそんな甲斐性なんてありやせんよ」

「違いねぇ」

「勘弁してください。それじゃ、失礼します」


豪快に笑う二人と、笑いを堪える男前へ愛想笑いを残して、僕は自分の酒代を置いてその場を去った。

酒場を出てすぐ、スズキくんからテレパスが入る。


『待ち合わせ場所に来たんすけど、どこっすか?』

『ああ、ごめん。少し捕まっていてね。すぐ向かうよ』

『了解っす』


東西南北へ十字に通る大通り、それらの端を繋ぐように外壁に沿って作られた道を北へ歩いていると、巡回中の警備兵とすれ違った。


彼らの鎧には、国王軍の紋章が胸元に描かれている。

僕たち門番兵は彼らの下、準国王軍にあたる。


警備兵は僕を気にすることすらなく、さながらノルマをこなすだけのライン作業よろしく、淡々と巡回ルートを進んだ。


 北東の広場は庶民の憩いの場だ。

外灯と整備された噴水、二人用のベンチが等間隔で円を描くように並んでいる。


この広場はかつて有力な貴族が住んでいた屋敷があったが、お取り潰しによって更地となり、王女の誕生にあわせて整備された。


同様の広場は北西、南西、南東にも存在している。

王女誕生のパレードで町を一周する際に、庶民を集めるために作られた。


若い恋人たちが語らう場所なのか、ベンチのほとんどはカップルで埋まっている。


スズキくんの姿を探して広場を歩いていると、ちらほらと嫌な視線が突き刺さった。

カップルから見れば不審者なのだろう。


『スズキくん、どこらへんにいるの?』

『噴水の裏手あたりっすよ』


彼らしき姿が見えずウロウロしていると、外灯からの明かりが届きにくい噴水の裏手に人の姿があった。


「……スズキ……くん?」

「もーっ! 遅いっすよ!」


スズキくん、いや……スズキ()()と呼ぶべきか。

金髪のボブヘア、蒼眼の大きな瞳、豊満な胸が強調されたメイド服。

初見でスズキくんであるとは到底気づかないだろう。


「サトウさんは普通なんすか……納得いかないっす」

「それはほら、アラフォーが女性化してもねぇ……って感じなんじゃない」

「えっ!? サトウさんてアラフォーなんすか!?」

「まあ、それはどうでもいいじゃない。とりあえず、空いているベンチへ行こうよ」


噴水から離れ、僕たちはベンチへ移動した。

不思議と女性らしい動きで、スカートの裾を気にしつつスズキくんは座る。


「初めての仕事が女性キャラとは……なかなかヒキがいいね」

「ぜってー面白がってるっしょ……」

「そりゃね。久しぶりに笑ったよ」

「真顔で言われても……。まあ、いいっす。それより、サトウさんはどんな感じっすか?」

「僕は門番だね。立場的には遠からず近からずって感じだよ」

「俺は王女担当メイドの一人っす」

「そりゃ、ご機嫌な立場じゃないか」

「ぜんっぜん! ご機嫌じゃないっすよ! やれアレが食べたい、それがやりたい、これが気に食わないってワガママばっかり!」

「まあ、普段の王女の様子は任せるよ。僕も機を見て国王軍へ入り込むからさ」

「サトウさん……はやくきて、ね?」

「ぶりっこはやめてください」

「えーっ! 可愛くないですか!?」

「僕は本来のキミを知っているからなぁ」

「ふーんだっ!」


僕の態度に苛立った様子で立ち上がったスズキくんは、ずかずかと足音を鳴らして距離をとる。

そして、両手を腰のあたりで握りしめながら叫んだ。


「後で惚れたって言ってもしらないんだからねっ!」

「……はいはい」

「ムキーーッ!」


そして、顔を真っ赤にして城へと走ってゆく。

ひとり残された僕は夜空を見上げ、三日月へため息を送りながら呟いた。


「……早く帰ってゆっくり寝たい」


もちろん、元の世界へ……だ。

僕は重たい腰を持ち上げて、むさ苦しい宿舎へと歩き出した。

誤字脱字の指摘、歓迎いたします。

読んでくださりありがとうございます。

よければ追いかけてあげてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ