館の老人
「あの……」
人気のない山道
時計は新しい1日を刻もうとしている頃
若い男がスーツの着た老人に話しかけていた。
「お待ちしておりました。ささどうぞ」
男は丁寧な口調で若い男を連れていく。
「本当なんですよね?」
「えぇ心配はございません、もうすぐですよ。」
男の不安を読んでいたのか、決まって落ち着いた口調で話を返す。
二人は扉の前に行くと、老人は扉を開け、男はなにも言わずに入っていった。
老人はため息をついた。
天を仰ぎ、先程の男の安否を祈った。
「また来てしまったか」
老人は来た道を戻っていく。
朝
「失礼いたします、バトラーでございます」
老人がそういい、大きな館の扉を開けた。
「やっぱりか」
老人は地面に無造作にされた衣服を拾い、丁寧に畳んだ。
「昨晩はどうでしたか?」
老人が誰もいない階段に向かって問いかける。
すると階段の上の置いてある花瓶が大きな音を立てて割れた。
「そうですか、なかなか骨があったようで…」
老人は少し嬉しそうに顔をほころばせ、割れた花瓶を片付けた。
「新しい花瓶をお持ちいたします」
老人は別の部屋に入った。
そして先程割れた花瓶と全く同じデザインのものを再び置いた。
「では私はこれで……」
老人は館を後にした。
「今日は……」
街の路地裏、老人と40代ほどの男が話している
「あぁ、今日は一番辛いかもな」
「それはどういう意味で…」
詰め寄る老人に男は1枚の紙を見せた。
「まさか……とは思ったんだが、やっぱりな」
紙は履歴書で、二十歳ほどの男の写真が貼られていた。
「なぜとめなかった!」
老人は男の胸ぐらを掴み、激しく抗議した。
「私の大事な大事な……話と違うじゃないか!」
「けどそれが坊っちゃまの意思、なんだろ?
」
老人は手を離し、写真を手にした。
「最近の坊っちゃまは様子がおかしい、私が言う」
「自分のやってる事わかってる?」
「わかっているさ」
老人は路地を飛び出し、館の方向へ歩いて行った。
「孫思いだこと……」
数秒後、男も路地から出て、反対方向へ歩いて言った。
「失礼いたします」
老人は再び館の扉を開いた。
「少しお話がございます」
そういうと左奥にある観葉植物がサワサワと音を立て、激しく揺れた。
老人は大きく息を吸い、呼吸を整え言った。
「最近の坊っちゃまはどこかおかしいです。以前まで月に一回のペースだったのが、最近始は週に一回、それも今日も入れれば五日連続、それに年齢も若くなっておりますし、罪も重ねていない真面目な人ばかり……」
少し息を荒らげる老人
息を落ち着かせている。
パリーン
左の扉の向こうから、何かが割れる音がした。
「坊っちゃま、私がしたことは大罪です。ですがこれ以上坊っちゃまに罪を重ねられてもらうのは、私にとっても耐え難い苦痛、私をお食べになり、一緒に……」
キッチンにいる老人は両手を広げ、少し上を向く。
「………」
何も起こらない。
坊っちゃまと呼ばれた何かは居なくなってしまったようで、老人は割れたお皿を拾っている。
「ダメだったか……」
23時
森の中に佇む館に明かりはなく、遠方からでは視認は不可能である。
「じいちゃん!?」
昨晩と同じく、若い男がやってきた。
じいちゃんと呼ばれた老人は、孫の前に立ち、肩を掴んでこういった。
「いますぐここから離れるんだ、家に帰りなさい」
「何言ってるんだよじいちゃん!俺バイトがあるからって……」
「こんな山奥でバイトなんてあるわけないだろ!」
「じゃあじいちゃんはなんで……」
男は目を伏せる。
老人はハッとして、肩から手を離した。
「そうだな、話そう、お前のお兄ちゃんの話を」
「お前が生まれる三年前、祥彦、お父さんとお母さんの間には子供ができた。初めての妊娠で二人は大慌て、それでも産むことを決めたんだ、海理という名前をつけてな。」
「でも俺に兄なんて……」
「あぁ、産声をあげる前に死んでしまったよ、二人はとても悲しんだ。それと同じ、いやそれ以上に私が悲しんだ。そして降霊の儀を執り行った。」
「降霊の儀?」
「死者の魂を現世にとどめる術だ。もちろん行っていいわけが無い。だからこんな人目につかない館に海理を呼んだ。海理は館を依代とし、現世に留まることが出来た。だが人の姿になるには生贄が必要だった。」
「俺の他にも生贄になったの?」
「あぁ、だがイレギュラーがおこった」
「俺なんだね」
老人はなにも言わす頷いた。
「なら行くしかないよね」
「話を聞いてなかったのか!行ってしまったら、魂を吸われるのだぞ!」
「俺のお兄ちゃんなんでしょ、なら心配ないじゃない。お兄ちゃんならわかってくれるって」
老人が掴んだ手をそっと離し、館へと歩いていく。
老人は悟った
どんな手をつかっても男の歩みを止めることは出来ないと
老人はへなへなと座り込み、孫の無事を祈るしかできなかった。
「おじいちゃん!」
館から男が出てきた。
「太刀彦!」
孫の名前を呼び、抱きしめる。
「大丈夫だったのか?」
「うん、お兄ちゃんが助けてくれたんだ」
孫の回答に、眉をひそめる老人
「海理は私が降霊して、お前を殺そうと……」
「そんなわけないよ。だって花瓶が飛んできたときにお兄ちゃんが守ってくれたんだよ。」
「海里は?」
「消えていっちゃった。それとおじいちゃんによろしくって」
老人の顔はまだスッキリしていない。
「どんな性格だった?」
「うーん、多分優しいよ、少なくとも花瓶を割るような人じゃないよ」
死んだものの性格は分からないが、老人が思う海理と孫が思う海理とでは違いがあるように老人は感じた。
「じゃあ今まで私が世話をしてたのは……」