「一敬礼 雨と共に、ようこそ駐在所へ」
これは最初で最後の恋でした・・・。
たわいもないモノかもしれないけれど、今となっては
それはかけがえのない宝物と同じような
そんな大切なモノ。
当時は、それがどれだけ大切だったかなんて分かりもしないで
何度も傷つけあっては笑って仲直りして、その毎日の繰り返しが続くと思っていた。
当たり前の日々、当たり前の場所、当たり前に居てくれた君・・・。
時間が戻せるのなら戻して素直に君への言葉を送りたい・・。
後悔ばかりが募るけれど、それでも僕は君のことを・・・。
きっと・・・僕らは出会わなければ良かったなんて思わない程
暖かな「恋」というものをした。
そんな何処にでもある小さな僕らの物語りは、こうやって話してることで
思い出となり形となる・・・。
あの頃は本当に不器用で・・・素直にもなれず
互いに葛藤しながら、それでも互いの手を握り前を向いて歩いていた・・・。
今ならもっと器用にできたんじゃないだろうか?と思う程に
手探りだらけだった過去を想い、そっと目を閉じる。
......
「どこから話そうか・・・
僕らの出会いから話したほうがいいかな?」
穏やかな木漏れ日が差し込む部屋の中には人影が二つ並び
窓の外へと顔を向けている一人の老人と、その老人を見つめている一人の青年。
青年が老人に向かって何か言ったのだろう
皺くちゃになった手を擦りながら老人は閉じた目を開き
優しく目を細めると、目の前にいる青年に向かって問いかけた。
問いかけに、しっかりと頷く青年の姿に老人は微笑みを浮かべ
「よっこいしょ」と言いながら深く椅子に腰を掛け直すと
青年に椅子へ腰掛けるように促しながら、自分を見つめる青年に向かって
優しく語りはじめた・・・。
「あれは・・・確か新緑が綺麗な時だったかな・・・」
・・
・・・
・・・・・
段々と暑さも増してきた5月末。
曇り空をダルそうに見上げながら紙に書かれた指定の場所へと向かう途中のこと
視界には見慣れない田舎町が広がり、歩いている道沿いの田んぼには水が張られ
緑が鮮やかな稲が生え揃い、遠くへと視線を動かすと、山の緑も稲に負けず鮮やかだ。
今は雨は降っていないものの、その分じめっとする湿度の高い暑さに
カッターシャツの袖を捲りながら足を止めると
微かに聞こえてくる乗って来た列車の音がとても遠く、ぐるりと見渡してもその列車の姿は無い。
そして・・・人の気配も無い。
「人っ子1人居ない!!!!」
手にした勤務先となる場所が書かれた紙をクシャ!と握り絞めながら呟きつつ
どこを見ても田んぼと山しかなく道路にも車さえ通らなく
かれこれ駅から1時間は歩いてるのに誰とも会わずに居て
本当にこんな田舎に人がいるのだろうか・・・何度も住所を見返したが
簡単に書かれた地図も当てにならない状態だ。
目的の場所について尋ねようにも、聞ける相手に出会わず
ただただ歩き続けるだけしか無い選択肢にガクッと肩を落とした。
そしてまた歩きだしながら、数日前までの自分は都会にある交番勤務に努めていたのに
どうしてこんな事になってしまったのだろうと
延々と続く目の前の一本道を見ながら、原因となった出来事を思い出したが
心当たりすら全く無く首を傾げつつも果てしなく続く補そうされてない道を
革靴の土踏まずの所を痛みを感じつつも歩き続けた。
....
今年警察学校を出て交番に勤務し2か月目のことだった。
突然、上司の部長から呼び出しがあり
まだ不慣れな事はあるけれど大きな失敗をしたという事もないので呼ばれる理由が分からずまま
何事かと思い緊張しながら部屋に入ると、挨拶もそこそこに部長が呼び出した理由を語った。
「急にで悪いんだが・・異動してほしいんだ。
そこの交番に居たのが腰を患って勤務に出れなくてな・・・
全く困ったもんだよ、
すまないが暫く応援に行ってくれないか。」
理由と共に差し出された勤務先が書かれた紙に視線を落とすと
全く聞いたことすら無い場所の住所と簡単な地図が書かれていた。
「あの・・・いつからですか?」
恐る恐る聞くと部長はにこやかに一言、しかしハッキリとこう言った。
「明日からだ。」
急すぎて頭も回らないまま急いで帰宅し、引っ越しの準備もままならぬまま
最低限の物をキャリーバックに詰め込み必要な物は現地で買えばいいやと思いながら
新幹線に乗り、それからバスに乗り数時間揺られ汽車に乗り継ぎ
・・・ということで今の状況に至るわけだ。
知らない場所という事もあったけど、いわゆる都会の街から出たことがなく
普段通りの感覚でこの場所へと来ていて、移動手段なんて考えなくても
あるものだと思い込んでいたのがそれが甘かったと実感したのは
汽車に乗るという人生初めての事を目の当たりにした事により目が丸くなりつつ
駅員に聞きつつ汽車に乗り数時間、体が痛む程ガタゴト言わせながら揺られ
もより駅に着きバスの時間を見ると5時間に1本とかあり得ない現実を突きつけられ
住んでたところでは当たり前だったタクシーすらも無い。
どうやら町というよりは、過疎化した村に近い状態に降り立ち
勤務場所まで歩いていたのだったが、あまりにも周りの変わらない景色に
途方に暮れ始め、もう帰りたい気分になりながらも歯を食いしばり
こうしていても現状が良くなるわけではなく、重い足を動かし再び歩き始めるのだった。
暫く歩いていると遠くの方で建物らしき物が見えてきたことに感動すら覚え始め
足早になりながら、建物があるということは人がいるかもしれないし
運が良ければ車を所持していたりという期待を抱き、キャリーバックを転がすスピードを上げつつ
思わず逸る心に、こうゆうのを希望というものだろうかと思いながら足早く歩き始めた時
同時に、この世は神様なんて居ないと思った・・・。
ザーーーーーー
勢いよく雨が降り出してきたのだ。
いわゆる夕立に近い土砂降りを食らい一瞬で服はびしょ濡れになり
水分を含んだ服は重さを増し雨の激しさで視界が白いカーテンを引かれたように
見えずらくなりつつ慌てて見えてた建物に向かって走りだすが、
雨の勢いは更に強くなり雷まで鳴り始めていた。
タッタッタッタッ・・・
これでもか!てなぐらい猛ダッシュをすると
さっきは遠くに見えてた建物との距離がどんどん縮まっていき、もうそこまでと来たところで
ドンッ!!!
と、大きな地響きがするほどの雷が山に落ちたことが分かるほどの音が鳴り響いた。
雷鳴と共に情けもない声が出てしまい、恥ずかしさと打ち付けてくる雨にムカつきを覚えながら
先ほど見えてた建物へと走りこんだ。
「ハァハァ・・・・。」
息が途切れ途切れの中、玄関先で中に向かって声をかけてみた。
「ごめんくださーい。誰かいませんかー。」
雨音と雷鳴でかき消されそうだったので大きめな声でもう1度声をかけてみると
奥の方からゴソゴソと音が聞こえると共に人が現れた。
「あーはいはい。」
と返事があり、タオルで頭を拭きながら男性が出て来た。
「あのすみません、少しだけ雨宿りさせてもらえませんでしょうか?」
外の酷い土砂降りの雨を指さしながら申し出ると
その建物の中に居た男性は外を見比べながら爽やかな笑みを浮かべ「どうぞ」と言い残して
再度奥へと入って行った。
雨を凌げる事になり、ふぅと一息つくと雨に濡れた髪が鬱陶しく感じつつ
邪魔だなと、前髪を搔き上げてると奥から乾いたタオルを持ってくる男性の姿が見えた。
一言だけ言い残して奥へ引っ込むから何やろと思ってたら
タオルを取りに行ってくれていただけらしく、少しだけ心がほっこりとした。
「急に降ってきましたからね、どうぞお使いください。」
そっと差し出された真っ白なタオルを受け取り雨で濡れた顔を拭うと同時に
ふんわりと柔軟剤のほのかな香りがし、どこか不安だった心が少しだけ休まった。
この何とも言えない爽やかな石鹸のような香りが心地ちよく、何だかんだで今までイラついていた心が
次第に落ち着きに代わり、改めてタオルを貸してくれた男性に頭を下げると共にその顔を確認した。
「ありがとうございます。急に降り出してきたので・・・助かりました。
この雨、止むといいのですが行かなければ行けない所があるので」
「どこへ行かれる予定だったんですか?」
濡れた頭を拭き終わったらしく男性は急須にお湯を入れながら聞いてきたので
雨で文字が滲んだ紙を見せつつ
「かすみ駐在所に行きたいんですが、何分初めてくるので・・・」
と付け加えながら説明をすると男性はお茶を急須から湯飲みに注ぎながら
差し出し、男性は自分用の湯飲みでお茶を啜りながら
「だったらここですよ」
と爽やかな笑みを浮かべながら告げた。
その言葉に驚きながら雨を避けつつ外に出て建物を見ると「かすみ駐在所」と書かれた看板に
交番のシンボルの赤い電球もあったことを見逃していたようで目が点になってしまった。
突然の雨や雷に慌てて何も見ずにここに入ってしまったとはいえ
入った後の部屋の中に様子からも気づけなかった自分に対し、額を手で押さえて肩を落としていると
男性が、ここを探していた理由に気づいたのだろうか、椅子から立ち上がり
右手をスッ・・と上げ敬礼をし
「自分は霧島 譲 巡査長です」
ハッキリとした通る声で名を告げたのをに反応しよくよく見るとずぶ濡れだが
警察官の服を着ていたことすら見逃していた。
深く溜息を零して建物の中に戻り、椅子へと腰を重く下ろすと男性は敬礼の手を
下ろしながら顔を覗き込む体制になりつつ
「もしや!派遣されて来た方でしょうか!
いや~佐々木さんギックリ腰をしてヘルニアになっちゃって
勤務できないから代わりの方をと頼んでたんですよ。
ほんと参っちゃいますよね~
あ、佐々木さんてのはここの駐在所の巡査部長でしてね、来年定年なんですが
少しぐらい早めの休みをもらうと思って休まず働いてきたので
腰のこともありましたので休んでもらい、新しい方を勤務させてくれと本部に
お願いしてたんですよ~」
霧島巡査長と名乗った男はベラベラと内情を話してきた。
おしゃべりな人なんだろうか、まだ続く話しに相槌を打ちながら湯飲みの暖かさを手に感じながら
目の前で話す霧島巡査長を頭のてっぺんから足元まで見ると
隙の無いいわゆるイケメンという顔付きに背は高く180はあるだろうか?
背と同様にガッチリとした骨格、姿勢はとてもよく真っすぐそうな性格を表しているようだった。
女子が硬派イケメンとかいい騒ぎそうなぐらいな整った顔付きで田舎臭さは無いものの
どこか抜けてる感じも否めなかった。
そうやって見てると目が合い、暫く見つめあう形になり沈黙が続くが
霧島巡査長の爽やかそうなのに瞳の奥では鋭く光るものがあり
1度獲物を捕らえたら離さないような視線に思わず息を飲んでしまうほどだった。
時が止まったような一瞬の間。
いつしか雨の音が消えはじめ、雲の隙間から日差しが差し込んで来ると
その光が駐在所の窓を通して室内を照らし、
今だ髪に残る雨の滴がキラキラと太陽の光を反射して輝いた。
「止んだようですね、改めて霧島巡査長です」
「僕は天ヶ瀬 朔です。階級は巡査です」
と自己紹介を軽くしてきたのでこちらも軽く自己紹介をすると
そっと手を差し出してきた霧島の笑みを浮かべ
「そうか!まだ成り立てだな、これから宜しく!天ヶ瀬」
そう言い、手をガッツリと握り握手を交わした。
この時から物語りは始まりの時計を動かし始めた・・
チクタクと・・・
To be continued・・・・