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昼休憩。教室の自席、黒板を正面に一番右後ろの席に僕は座っていた。廊下の喧騒が直接聞こえ、あまり物事に集中するのには向かない。
梨穂はクラスの中心で、普段仲良くしている友達と話している。美男美女揃いのそこは一見すると、まるでドラマの中の世界のようである。そこに僕のような人間が介入することはない。美しい世界は美しいまま、保全されるべきであるから。
「つか、最近梨穂ってあんま三崎君と話してなくね?」
「あ、確かにー。なんかあったの?」
「……っ!別に、何もないよ……」
そんな保全されるべき世界に、梨穂の友人の一人の言葉によって、崩壊の警鐘が鳴り始めた。それを止めるには梨穂に嘘をついてもらうしかないが、生憎彼女は嘘がつけない性格だ。
とはいえ僕にできることなどないので、静観するほかなかった。無理矢理に弁解しに行ってもあいが、却ってそれが事態を悪化させることもあるので、この選択が最善手であろう。
しかしどうやら、僕は選択を間違えたらしい。
「あ、宏人!もしよければ、お昼一緒に食べない?」
「……川嶋さん……」
僕の席のすぐ右後ろにあるドアから、川嶋さんが声をかけてきたのだ。僕は振り返って、彼女とやりとりをする。クラスの連中の数名は彼女の存在に気付いたようで、彼女と不釣り合いな僕とを見て、好き勝手に推測交じりの話を始めた。
「川嶋さんがいいなら、是非」
うざったい複数の視線を無視しつつ、僕は彼女の誘いを承諾した。
「……!やった!じゃあ、いこ?」
「ああ……うん」
あまりに眩しい笑顔で促されるものだから、僕は弁当も持たずに着いていきそうになってしまった。あと袖を摘んでくるの破壊力がすごい。
「ちょっと待てい!!!」
「え?」
教室を出るか出ないかのところで、星野くんが僕ら二人を呼び止めてきた。二人してその声の方へ振り返った。
「単刀直入に訊く!お前らは付き合っているのか!?」
「え?うーん……」
星野くんはかなり大きい声で問うてきた。おかげでクラスメイトのほぼ全員がこちらに視線を向け、耳を傾けている。それは先程僕云々の話をしていた梨穂たちも同様だった。全員が全員、その答えを待ち望んでいるかのようだった。
僕は首を捻る川嶋さんを横目に、強く否定してとっとと昼飯にありつこうと思った。
しかし、その算段は、
隣のその人によって崩されてしまった。
「……付き合ってる、かも」
「は!?」
「「えええー!?」」
川嶋さんが不適な笑みを浮かべながら投下した爆弾発言は、僕を含め教室中に被害をもたらした。困惑の声がそこかしこからけたたましく聞こえてきた。見れば、驚く者、嘆く者、怒る者、悲しむ者、喜ぶ者……ああ、きっと混沌という言葉はこの状況を言い表すためにあるのだろう。
そこで僕は冷静に思考を巡らせていたことに遅ればせながら気がついた。僕は否定をしようとしたが、
「行くよ!宏人!」
「え、ちょっと!」
離されていなかった袖を引っ張られ、否定することは叶わなかった。僕は去り際に梨穂の顔を見ようとしてやめた。今の僕を見る彼女の目に宿っているのは、軽蔑、或いは侮蔑の二文字だろうと推測したからだ。そんな目を向けられているのを視認してしまったら、僕はきっと耐えられないだろうから。誤解を解こうにも、僕は彼女が取り合ってくれるか、その一点が心配だった。
保全されるべき世界は既に、僕と彼女が恣にしてしまっていた。