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土日に投稿しようと言ったにも関わらず水金で投稿する作者がいるらしい
僕らが通う東風高校から、お互いの家がある場所までは1キロちょっとくらいしかない。ものの徒歩十数分で着いてしまう。
だが、話したいことを話すにはそれで充分。いっそのこと腹を割って話し合って、僕もこの気持ちに踏ん切りをつけたい。いつまでも傷を負ったままでいられるほど僕はタフガイじゃあない。
曇り空の夕暮れはお世辞にも綺麗とはいえない。様々な色が混じり合って、どことなく不安になる模様が半球状のキャンパスに自由に描かれていた。空模様の荒れ具合から察するに、きっと明日の天気は雨だろう。梅雨という時節柄、雨の日の割合が多くなるのはしょうがない。
思えば下校を共にするのは何年ぶりだろうか。小学生の時分は毎日一緒に登下校していたが、中学に上がってから頻度が減り、今ではめっきり行われなくなっていた。昔は楽しかったなあ。同じ石ころを蹴飛ばし続けて家まで持って帰れた方が勝ち対決とかしていたな。懐かしい。
「……」
「……」
学校を出てから、僕らの間には静寂が居座っている。目を合わせて、逸らして。口を開きかけて、閉じて。手を伸ばしかけて、引っ込めて。試行錯誤はもう何度目だろうか。
そんな僕らと対照的に、環境音はやけに騒がしく感じた。車の通る音も、吹き抜ける風の音も、川のせせらぎの音も。救急車が少し遠くで、嘶きのようなサイレンを鳴らした。
「ヒロ……はさ」
僕らの間に巣食っていた静寂を優しく押し除けたのは梨穂の方だった。僕はそっちを見やって、言葉の続きを待つ。泳ぐ目、震える口唇。きっとまだ、言いたいことが整理できていないのだろう。
やがて、意を決したように、彼女は再び声を出した。
「もう、私のこと、好きじゃない?」
僕は危うく立ち止まりかけた。自分の聞いた言葉と、彼女の言った言葉が同じものかどうか確かめたかったからだ。確かに彼女は今、僕の恋愛感情について、問うてきた。それならば、聞き間違いじゃないならば。
「……なんだよ、それ……」
なんの確認だというのだ。確かに好きかどうかと言われればまだ好きである。振られたくらいでこの千年の恋が冷めるはずもない。
それよりも、僕はこの質問の意図が分からなかった。質問を脳内で咀嚼すればするほど分からなくなった。梨穂は確かに一度、僕を振った。それは紛れもなく僕を恋愛対象として見ていないからであり、故に、僕から向けられる好意など、どうでもいいはずなのである。寧ろ、それに対して嫌悪感を抱いていたってなんら不思議ではない。
「それを聞いて……なんの意味があるの?」
質問に質問で返すのは御法度ではあるが、この場合意図が読めなかったので致し方ない。
「意味……とか、そんな理屈っぽいことじゃなくて」
会話の終着点が見え出す頃には、互いの家がある場所からおよそ100メートルくらいの位置まで来ていた。会話と歩行が連動しているかのようだった。きっと僕らはあと、100メートル分の会話をして、それで今日は終いになるだろう。
梨穂は僕の横で、紡ぐべき文言を拵えている真っ最中だ。互いに歩みは止めない。後残り50メートル……40メートル……と、どんどん終着点は近づいてくる。別の例えを持ち出して言うなら、それはさながら爆弾のようでもあった。導火線に火をつけ、じわりじわりと、そこへ近づいていき、
「なんか……モヤモヤするから」
やがて、どかん。
「……は?」
文字通りそれは爆弾発言に他ならなかった。互いの家の前、目的地まで0メートル。会話の終着点である。否、こんなものが終着点であってたまるものか。梨穂はそれを伝えるために、僕を呼び止め、機会を伺っていたというのか。
彼女はそれだけ言い残して、駆け足で二軒並んだ手前の方の家、自宅へ向かい、ドアを開けて帰宅した。
僕は分からなくなった。そりゃあ全てを理解できるだろうなんて自分を過信してはいないが、かと言って何も理解できない程僕は馬鹿じゃない自信がある。
……のに。今の僕はフェルマーの最終定理を証明せよという問いに挑んで解けぬまま散っていった、数多の数学者のような気分だった。
「……なら……なんで……どうして振ったんだよ……」
閑散とした住宅街。醜い夕暮れに照らされた僕は、一人、誰に呟くでもない文句を譫言のように、湿気を多く含んだ空気に溶かそうとした。生憎空気は飽和状態だったらしく、その言葉は溶けることなく僕の脳内に残り続けた。