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結局質問攻めにされたのは2限後の休憩までで、昼になる頃には全員興味が失せたのかそれについて聞いてこなくなった。
ホームルームが終わり、放課後。各々が動き出す。いつもは中学から仲のいい瀬上くんと帰っているが、彼は委員会の用事で遅くなるらしく、一人で帰ることがほぼ確定してしまっている。別段辛いことではない。一人には慣れている。
さて帰ろうと荷物を持って立ち上がると、
「ね、ねえ、ヒロ」
「……っ!梨穂?どうしたの?」
梨穂がわざわざ僕の席にまで来て、話しかけてきた。何日ぶりに言葉を交わすだろうか。心底驚いたが、僕らの内情など知らぬ周りから見れば幼馴染み同士が会話する普段の光景なので、努めて冷静に返事をする。こいつを卒なくこなすのは少ししんどい。
「ちょ、ちょっと来て!」
「え、あ、うん」
いきなり右手を掴まれ、僕は教室から連れ出された。僕らがいなくなった後の教室からは、まるで男女の間柄を仄めかすかのような下世話な野次が飛んできていた。大方星野くんあたりが騒ぎ立てているのだろう。こっちの事情も知らないで。
場所を移した先は階段の前だった。梨穂は辺りを確認すると、話し始めた。
「……随分川嶋さんと仲良くなってるね……」
「いや、別に仲良くなってはないよ」
朝の一件は本当にただの相談で、そこに邪な感情など一切ない。
「あと……最近話しかけてくれないし、連絡もくれないじゃん」
「それ……は、一応振られた身だし、あまり今はそういうことをしない方がいいと思って」
「……それは……そうかもしれないけど……うー……」
梨穂は頭を抱え、もどかしさを孕んだ表情を見せた。何だと言うのだろう。もう僕らは振って振られた関係で、ここから進展することなどないというのに。
「……話も進まなそうだし、とりあえず帰ろうよ」
「……え?」
「どうせ家同じ方向でしょ?だから、一緒に帰ろ。もし話すなら、帰り道でいいし」
「ああ……うん」
これから二人とも帰るというのに、わざわざバラバラで帰るのもおかしな話なので、僕は階段を降りながらそう言った。どうせ1キロちょっとを歩く間は一緒なのだから、話したいことがあるならその時に話せばいい。
そうして僕と梨穂は帰路を共にすることになった。
×
「あれ、宏人?」
「あ、川嶋さん……」
階段を降りたところでたまたま、川嶋さんに遭遇した。朝ぶりの名前呼びに、僕の胸が再び脈打つような気がした。
「……部活?」
「うん。美術部で使う絵の具が足りなくなったから、補充しに……その子は?」
川嶋さんは僕の後ろをついてきた梨穂を見て、きょとんとした顔を浮かべた。
「あ……えっと……中谷梨穂です!」
「ふーん……例の人かな?」
川嶋さんは僕たちを見ると小声で何かを言った。そこで少し寒気を覚えたような気がした。寒気を覚えるには、もう季節柄おかしいのに。
「よろしくね、中谷さん。じゃ、私行くから。またね、宏人」
「うん」
去り際に手を振ってきたので、思わず振り返してしまった。
「ヒロ……」
「ん?」
梨穂は僕の肩を軽く叩いて、先に足を進める。
「何でもない」
「……そっか」
僕の方へ振り返って、苦笑いを浮かべてそう言った。それについて言及しても良かったが、詮索をするのも憚られた。以前の笑顔とは似ても似つかないその表情は、できることならさせたくなかったし、見たくもなかった。きっと、梨穂の笑顔を歪めてしまった人間は言うまでもなく僕であろう。