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エピローグ-4

 それはそれとして屋上に向かう。気づかれぬようにスパイもかくやといった隠密行動を取る。


 屋上に出る際には担当教員に申し出る必要があるわけだが、瀬上くんはしっかりしているらしかった。態々(わざわざ)職員室に寄ってから、そこへと続く階段がある方へ進み出した。


 屋上へと続く階段の手前の壁に隠れ、様子を窺う。その階段の壁には窓がなく、ドアを開けるまでは薄暗いのがその空間の常であった。ここで川嶋さんと話し合ったのも遠い昔に感じられる。


 瀬上くんはそのドアを開け、仄暗い所から一転、群青の支配下——それでいて夕陽の橙色を少し加えた——である晴々とした空間に足を踏み入れた。


 恐らくこの後ここに川嶋さんが来るはずだから、バレないようにしなければ。どこかいい身の隠し場所はないかとあたりを見る。


「何してるの?」


「うわぁ!?」


 背後から声をかけられ、僕は心臓がこの皮膚を突き抜けて飛び出るかと思った。そいつは飛び出ることはなかったが、僕の胸でドクンドクンと一際でかく脈打つようになった。


「って、梨穂か……びっくりした」


 声のした方を慌てて見るとそこにいたのは梨穂だった。今日は委員会で一緒に帰れないというので、彼女には別段何も言わずに瀬上くんの後をつけてきたわけだが、それが仇となってしまった。


「なーに?なんかやましいことでもあるの?」


「え、えーっと……あはは」


 我ながら狼狽(うろた)えすぎた。もっといい反応の仕方があったと思う。


「そこ、誤魔化さない」


「……はい」


 どうにか誤魔化そうと思ったが、それが要らぬ紛擾(ふんじょう)の種になってはいけないと考え、僕は正直に話すことにした。


 そうして事情を説明すると、梨穂は呆れたような顔を浮かべた。


「あんまり人のプライバシーを詮索するもんじゃないよ……」


 (おっしゃ)ることはごもっとも。この上なく、正論すぎるくらいに正論だった。僕は考え直した。やはり、彼と彼女の問題に首を突っ込みすぎるのは不粋極まりない。


「……うん、そうだね。やっぱやめる。気にはなるけど……ね」


「え……」


 そう言って、僕は帰ろうかなと下へと続く階段へ足を運ぼうとした。


「……梨穂さん?何故(なにゆえ)右手をお掴みになられているのです?」


 僕の右手は彼女に自由を奪われた。というか僕の体ごと自由を奪われてしまっている。さてこの行動を起こしたからには、その理由を説明してもらう必要がある。彼女の口からは、何が語られるのだろうか。


「……それ、はそれとして……気にはなる……よね」


「……さっきの詮索云々はどうなったの?」


 彼女の言動は全くもって矛盾してしまっている。おかげで考え直した末起こした(すい)な行動は徒労に終わってしまった。


「……!待って、誰か来る」


 そこで、梨穂は誰かの足音が近づいてくるのに気がついたらしい。恐らくは川嶋さんのものだろう。このままここに居続けるのはまずい。


「と、とりあえずこっちに!」


 どうしようかと思っていると、握られた右手にぐわんと引力が加わった。梨穂に引っ張られるまま(いざな)われた先は…



×



 かつ、かつと足音が人の気配のない廊下に響いて、やがて階段を踏みしめるそれへと音色を変えた。およそ5ミリほどの隙間から見ると、確かにそこに川嶋さんがいた。こちらには気づいていない様子である。


「……多分、気づかれてはいない、はずだけど……」


「そ、そっか……」


 それよりも、僕は今現在の状態のほうが気がかりであった。僕ら二人の間にある距離は多めに見積もっても十数センチしかない。互いの息遣いが直接わかるような距離感である。


「「……」」


 聡明な方々はすでに察していることであろう。


「……どさくさに紛れて変なところ触んないでね?」


「……頑張ってはみるよ」


 ——僕らは掃除用具入れに身を隠していた。互いの距離が近いのはそのためである。先刻よろしく鼓動が早まって、汗がたらりと頬を伝った。顎にそれが溜まって、そして、落ちて。互いの匂いが混ざり合って、クラクラするような香りが鼻腔を刺激して、僕は思わず呼吸を止めて。


「……ん」


 人二人がやっと入れるくらいの狭い密室に、僕と梨穂は二人。変なところを触るなと言われたが、しかし至る所が触れ合って、否、そんなことを考える余裕もないほど、理性は状況に屈してしまっていた。僕らは見つめあってから、そして、


「……もう行ったから、出てもいいんじゃない?」


「あ、ああ、うん!そうだね!」


 屈した理性を叩き起こして、僕はゆっくりとドアを開けた。蒸れた空気は一気に放出され、僕らは無機質な空間へぶっきらぼうに投げ出された。


「……」


 気まずい沈黙が僕らを襲った。普段部屋でもそんなことは滅多にしないからである。昨日抱きしめられたわけではあるが、真正面で密着するのと、後ろから、というのはまるで異なっている。前からだと情報が視覚的にわかる分、より意識してしまうからだ。


「あ、せ、瀬上くん達がどうなってるか確認しようよ」


「う、うん」


 僕らはなんとか気持ちを切り替えて、階段を登ることにした。

【悲報】モチベ上がりまくって書きまくったせいでエピローグが数話で終わらなそうな件について()

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