エピローグ-3
翌る日は快晴といって差し支えない天気だった。雲は西の空に点在しているだけで、それ以外は見事な群青。高校生の男女が青春を楽しむにはおあつらえ向きの状況である。
そして今日、瀬上くんこと瀬上颯星くんは一世一代の大勝負に出る。詳細を聞いたら放課後に、とのことだったので、それまでは平穏な日常である。
騒がしいクラスの一角。残念なことに僕には気軽に話せる人間が梨穂と瀬上くんしかいないので、その二人が他の人と話している際はこのように読書をして過ごしている。今読んでいるのはSFやミステリーを集めた短編集である。文章が理路整然としていて、それでいて内容が濃く、読み応えがある。
一話読み終えたのでちらりと梨穂の様子を窺うと、星野くんをはじめとしたグループで話している。うーん、星野くん、少し梨穂との距離が近くないか?おい星野近いぞ離れろ。
「わり、俺ちょっとトイレ行ってくるわ、行こうぜ裕介」
「うーい」
呪った効力があったのか星野くんは離席していった。めでたしめでたし。ちなみに裕介は神田くんの名前である。ついでに言うと星野くんは真之とかいうクソかっこいい古風な名前をしている。当人はあんななのに。
するとそのタイミングで梨穂もそこから離脱し、こちらへ歩いてきた。隣に腰掛け、白雪のように白く、また柔らかい手で僕の手を掴んで、ぷにぷにと指をつまむ。くすぐったいが、その様子が可愛らしかったので少し耐えてから問うてみた。
「……なに?」
「……宏人を補給しにきた」
「……そっか」
どうやら梨穂は僕を水分か何かと勘違いをしているらしい。まるで劉備と諸葛孔明の関係のようである。
とはいえ学舎でおいそれと互いを求めるなんてことはできるはずもないので、課題がどうだとか、昨日の夕飯がどうだとかといった、他愛もない話をするだけにとどめている。
「そういえば、瀬上くんっていつ言うの?」
不意に、梨穂が声を小さくして訊いてきた。僕はちらりと瀬上くんの様子を見る。メガネの男子に勉強を教えている真っ最中だ。
「放課後、って言ってたよ」
「そっか〜……なんかこっちまで緊張してきた……」
彼女は苦笑いを浮かべ、そわそわと落ち着かない様子だった。確かに僕ら二人は、その恋路の行末が気になる立場にある。現在が午前8時過ぎくらいなので、およそ9時間後には決着がついているはずだ。
×
時間はホームルームをする頃合いになった。注意事項等を美原先生が述べて、普段ならもう学校に用事はなくなる、そんな時間帯である。
しかし今日に限ってはまだ残る必要性がある。というのも下衆な考えにはなるが、恋路の行く末を見たいという欲が出てきたのだ。
学級委員が号令をかけ、それぞれがそれぞれの放課後を謳歌しようと、動き出す。僕はそれに混じって、彼の元へ移動した。彼はいつになく、どことなく緊張しているような、しかつめらしい顔をしていた。
「瀬上くん、これから……いよいよ?」
話しかけると、瀬上くんはよそ行きのような笑顔を浮かべた。
「おう、屋上に呼び出したから、そこで言う」
屋上で、というのはいかにも彼らしい。しかし、そこに美男美女が二人、というのはあまりに絵になりすぎる。
僕は彼の緊張をどうにかして解いてあげられないかと思案した。めぐる思考は飛蚊症のように、文字列を空間に刻んで、ふわふわと漂った後消えて。
そして残ったものを参考に、僕は行動を起こした。
「瀬上くん、深呼吸しよう。めっちゃ緊張してるでしょ?」
「……あはは。よく分かるな……」
そうして、彼は深呼吸をした。手持ち無沙汰のまま待っているのもアレなので、僕も深呼吸をすることにした。いやなんでだよ。
スーハーすること数秒。先ほどよりは落ち着いたようである。
「どうにも、その時が来ると思うと……な」
苦笑いを浮かべる彼に、僕は背中を軽く叩いて、口を開く。
「昨日、僕に決意表明をしたろ?その覚悟をもう一回呼び戻せよ」
昨日彼は確かに『それでも告る』と言ったのだから、緊張する必要などないのである。あの覚悟は、失敗したっていいから伝えたいという思いから生まれたもののはずだから。
彼は先刻のまじめ腐った表情から、明るいものへとそれを変えた。
「……思い出したわ、振られてもいいからっていう気持ち。ありがとな、宏人。持つべきものは心の友だな!」
そうして、彼はジャイ○ンの台詞のような文言と共に安定のサムズアップをしてきた。これから覗き見をしに行く僕にとって、そのサムズアップも笑顔も良心を痛めるものとなってしまった。そうじゃん僕覗き見するんじゃん。焚き付けた手前、今更やっぱやめといた方が、なんて言えるはずもない。え?覗き見をやめろって?
……ごもっともじゃねえか。
日間ランキングに載ったのが嬉しくてつい書いた作者がいるらしい
ちなみにまじでありがとうございます