エピローグ-1
後日談です。あと数話続くと思われます。
脳が理解を拒んだ時、その情報は何処を漂うのだろうか。僕の場合、視界内をチラチラと泳ぎ出した。飛蚊症のように浮かんだ文字列を何度見ようと、生憎それが指し示す意味は分からずじまいである。
「かわーしまに、告白しようと思ってる」
「言い方が変なのはさておき……本当に?」
「大真面目」
冗談なんてのは混じろうはずもない真剣な顔つきで、瀬上くんは僕に宣言した。放課後のドクナ・マルド——夢野久作の作品名のようなファストフード店で、一人の少年は決意を固くした。
僕は理解できないというか、形容し難い心持ちに襲われていた。三週間ほど前にその川嶋さんを振った張本人がどの面下げてこの話を聞けば良いのだろうか。
というか考えてみれば、つい先日川嶋さんは僕との交際を匂わせるような発言をしたばかりである。無論それは嘘だったと広まったわけだが、それについて彼はどう思っているのだろうか。
色々考えた末に、僕は全部ひっくるめて言うことにした。
「僕……この前、川嶋さんとちょっといざこざがあったじゃん?」
「?おう?」
「実はあの顛末についてなんだけど…」
僕は川嶋さんとの間にあったことを話すことにした。口は重いが、なんの前情報も与えずに、決意を固めた少年を送り出すことは、僕にはできなかった。
「……かわーしまに、告白されたんだよね」
言い方をつい真似てしまった。あまり僕の口よろしく重々しく言うのは空気がピリつくかなと思案を巡らせた末の選択だが、もしかしたら間違えたかもしれない。
「……」
「黙ってて、ごめん」
頭を下げて机の上に置かれたポテトやハンバーガーと睨めっこ。瀬上くんの顔は窺い知れない。
しかしやがて、
「……なーんだ!そういうことか!」
「え?」
見れば、ポテトを咥えて合点がいったと言わんばかりに笑っていた。
「いやー、自分の中で納得のいくことがあっただけだよ、気にすんな」
「そ、そう……?」
僕は困惑した。尋常、良かれと思っての行動とはいえ、決意に水を差すようなそれは好ましくは思われないと思ったからだ。
「忠告してくれたんだよな、ありがと。でも、それでも俺は告るよ」
「……そっか。それなら、止めないよ。頑張ってね」
「おう。寧ろ、お前を好きになるなんて川嶋さんは余程見る目があるじゃねえか」
「え、ああ、ありがとう…?」
褒められた……という解釈をしたが、半信半疑のため微妙な反応を見せてしまった。
放課後、窓際ということもあり、西陽が机上に差し込んでいる。窓の外では車が渋滞を起こしていた。帰宅ラッシュというやつだろう。
「明日、俺は告る」
「……そうか。頑張ってね」
改めて決意を表明した少年の顔は、幸せに満ちた笑顔だった。