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【8】ナイトスカイウォーカー

   ***


 復讐をする、なんて高らかに宣誓してはみたものの、具体的に何をするのかと問われれば、よくわからないという答えしか用意出来ていなかった。


「とりあえずは、あの男を見つけることから始めよう」


「当てはあるのですか?」


「……わからない。片っ端から当たってみるしかないな」


「行き当たりばったりなのですね」


 若干白い目で見られつつも、契約の件があるセレーネは素直に従って、外出の準備を進めてくれる。といっても、彼女は人類が活動可能な環境であれば寒暖対策を取る必要がないそうなので、スウェットからその辺にあったジャージに着替えるだけだったが。

 俺も俺でまた、適当に防寒だけを考えて服を着込み、財布とスマートフォンだけを持って部屋を後にした。


 ひとまずは、夜の町を徘徊してみよう。ああいった人間であれば、昼ではなく夜に活動するだろうから。

 そんな浅はかな考えで寮を飛び出した俺は、さてまずはどうやって捜索を行おうかと考えたところで、一つ尋ねておくべきことがあったと思い出した。


「そういえば、お前ってどれくらいのスペックがあるんだ?」


「スペックですか……そうですね……」


 セレーネは目線を左上にそらして何かを思案しながら、俺の腰と太ももに手を回しそっとお姫様だっこをしてくる。


「え、何?」


「大体この程度ですかね?」


 次の瞬間、俺の体は未だかつて感じたことがないほどの重力を受けながら、春の夜空に浮かび上がっていた。


「……………………」


 二階建ての屋根も屋上も、航空写真でしか見たことのない世界が、眼前に広がっている。高さにしておよそ十メートルか。スカイダイビングなど未経験な俺の人生初の生身の自由落下は、人間の許容量を超えた重力に全身で悲鳴を上げながら、ただただ唖然として口をぱくぱくさせることしか出来なかった。

 時間にして数秒ほどだが、体感にして数時間。人類の領域を逸脱した跳躍は、知らない民家の屋根に設置することで終了する。


 あれだけ高く跳び上がっていたはずなのに、着地の際には一切の音が立たなかった。


「外海様より操力をいただいたばかりですので、大体これくらいの活動は継続して行えます」


「なる……ほどな……実践するんだったら、その前に……何か声を、かけてほしかったな……」


「申し訳ございません。以後、気を付けます」


 変わらぬ無表情のまま、ぺこりと頭を下げるセレーネ。その目には反省の色はあれども、悪意のようなものは欠片も見受けられなかった。

 おそらく彼女は、まさか人間がこの程度の跳躍にも耐えられないほど貧弱だなんて、思ってもいなかったのだろう。純粋に、純然たる忠誠心に基づき、仮のマスターである俺の要求を満たすため、実践してみせたのだ。


 そこにあるのは善意であり、それによってマスターが被害をこうむるなど想定すらしていなかった。

 人間の弱さを、彼女は知らなかったのだ。


 ここにきて、ようやく俺は知らしめられた。彼女が――人間にしか見えなかった少女が、半信半疑だった未確認物体が、紛れもなく操人形なのだということを。

 それと同時に、降って湧いたこの身に余る力に――己が抱えようとしている価値の重さに、戦慄した。もはや運命と錯覚してしまいそうなほどの偶然の中で仲間にしたこの大いなる力を、己の私怨のために――復讐のために使おうとしているのだと、今さらながら気付かされた。


 新聞紙を丸めてチャンバラをしていた子供たちの輪の中に、ぽんと刀剣が投げ込まれたような――だめだ、こんなつまらない言葉の羅列しか、頭に浮かんでこない。

 空想を無理矢理現実にさせられてしまったような、魔法を求めたら銃器を返されたというような、とってつけたようなリアリティ。


 なまじその力の片鱗を体感してしまっただけに、思考を逃避させることも出来ない。絵空事じゃなく、本気で復讐を遂げられてしまいそうなだけの暴力は、跳躍時に感じた重力をはるかに上回る重圧となって、俺の心臓を強く締め付けた。


「どうかしましたか、外海様?」


「……いや、なんでもない。ちょっと夜風が身に染みただけだ」


「はあ……なんか、かっこいいこと言おうとして逆にかっこ悪いって感じですね」


「ずっと思ってたけどさ、お前って結構毒舌だよな」


 けど、それでも俺はやり遂げると決めたんだ。必ず、あの首狩りに復讐すると。


「まあいい、捜索を始めよう。ただし、次の跳躍からは俺の体でも耐えられるくらいの速さにしてくれな」


「かしこまりました」


 そうして俺は彼女に抱えられ、再び夜の街へと飛び立つ。この日、俺達はあの男を見つけることが出来なかったが、一歩ずつ、確かに現実のものとして首狩りの影に近づくことが出来ていると、そう実感することが出来た。




   ***




 日が昇るぎりぎりまで捜索を続けていたにも関わらず、翌朝は普段通りの時間に目が覚めてしまった。

 ここ数日、異常なまでの長時間を惰眠に費やしていた反動か。全身には未だ倦怠感が残ってはいたが、脳がこれ以上の睡眠を拒絶し目を瞑ることすら許してくれなかったので、仕方なく体を起こすことにする。


 腕を上げて全身を引き伸ばすと、ぽきぽきと小気味よく骨が音を立てる。完全に疲れがとれたわけではないが、それでも、久しぶりの健全たる時間での起床は、心地の良いものであった。


「おはようございます、外海様」


「うわっ……おう、おはよう……」


 俺の動きに反応したのか、上段で目を覚ましたセレーネがベッドから身を乗り出し、重力に逆らう形で下段をのぞき込んできていた。

 長い髪がだらりと垂れ下がってたから、一瞬悪霊の類かと思ってびっくりしたぞ。


「外海様。さっそくで申し訳ないのですが、昨夜消費した操力の方を補給させていただけないでしょうか?」


 逆さまになろうが変わらぬ無表情で、朝ご飯感覚で操力を求めてくる。


「もうなのか? 丸一日は持つって話だっただろ?」


「確かにそれくらいの時間は持ちますが、その度多量の操力を回収し、再び外海様に倒れられてしまっても困りますので。それに」


 梯子を経由せず、軽やかな――というか蛇みたいな動きで、上段から身を投げ出して直接下段に飛び込んできたセレーネ。


「うおっ……!」


 慌てて体を傾けることでボディプレスは回避するが、彼女は俺の動きなどまるで気にすることなく、布団を這うように動いて俺に覆いかぶさってくる。


「ちょ、お前、何をして……!!」


「それに、外海様の操力って、けっこうおいしいのですよ」


 そう言って眼前にまで迫る彼女の瞳は、獲物を狩る肉食動物のそれそのものであった。




 操人形の操力の補給には、大きく分けて二つの方法があるらしい。

 一つは、契約による方法。セレーネが説明していた通り、不可視の線で繋ぐことで常に操力を補給するというもので、コンセント式のやり方といったところだろうか。


 そしてもう一つが、強制的に徴収するという方法。人間から一度に大量の操力を抜き取り体内に蓄積というもので、充電式のやり方といったところだろうか。

 どちらも操力を補給するという意味合いでは変わらないが、充電式に比べてコンセント式――契約による補給の方が、彼女にとってのメリットが多いということらしい。


 安定して操力を得られるのは勿論のこと、普段は制限されている身体機能の上限開放であったりなど、スペック面での性能が向上するというメリットもあるのだとか。

 しかしその反面、デメリットも存在する。一つは、不可視の線で繋ぐという性質上、マスターと一定距離以上離れられなくなるというもの。この不可視の線というのは物理的な性質を持たないため障害物などに遮られるということはないのだが、それでも一定以上離れてしまうと線が維持出来なくなってしまうため、必然的に行動を共にしなければならなくなるのだそうだ。


 そしてもう一つ。これが操人形のマスターとなる上で、最も大きなデメリット。

 一度交わした契約は、絶対に解除することが出来ない。


 繋いだ線を断ち切る手段は、存在しないのだ。


「もっとも、私が知らないというだけで、契約を解除する方法は存在するのかもしれませんけど。少なくとも、私がその方法を知らないということだけは確かです」


 ふりかけのかかった白飯をもっちゃもっちゃと食しながら、口の空いたほんのわずかな時間を使って淡々と説明するセレーネ。

 ていうか、こいつめっちゃ飯食うな。朝からお茶碗山盛り三杯とか、食べ盛りの男子高校生でも遠慮する量だぞ。


「ですので、お願いした私が言うのも変な話ですが、あくまでも徴収による方法を選び契約は行わないというのは、非常に正しい選択です。私と契約するということは、すなわちもう後には戻れないということなのですから。もっとも、外海様の願いを叶えました暁には、きちんと契約していただきますが」


「……安心しろ、ちゃんと約束は守る」


 真剣な眼差しで話していたので、俺も真面目に答えを返しはする。が、その真剣さも口元にご飯粒をつけながらだったので、なんとも締まらない気分であった。

 そうして操力と栄養の双方を補給し終え、食器の片付けやらを済ませて一息ついたところで、ふと、なんとなくセレーネの方を見て一つのことを思った。


 そういえばこいつ、替えの服とか持ってるのか?

 今の服装は昨日のスウェットの上下をそのままという状態だが、流石に何日もこの恰好でいてもらうというわけにもいかないだろう。かといって、別の洋服に着替えてもらおうにも、彼女は着替えはおろか、手荷物の一つさえ持っていた覚えがなかった。


「セレーネ。お前さ、着替えの服とかって持ってるか?」


「服ですか? それでしたら、外海様と遭遇した際に着用していたものはありますが」


「それ以外でだ。あの服を何度も着るってわけにはいかないだろ」


 それに、最初に会った時はそこまで気が回らず気付かなかったが、彼女が元々着ていた服は、おおよそ女の子が着るには忍びないくらいボロボロだったし。いくらセレーネが体温調節の必要がない操人形であるとしても、流石にあの服をもう一度着せるわけにはいかなかった。主に、見栄え的な意味で。


「でしたら前にも言いました通り、私には少しのお金とこの身しかございません」


 つまりは、着替えは持ってないってわけか。


「ちなみに、その少しのお金ってのは具体的にいくらなんだ?」


「大体一万円です」


「…………よし」


 ならば、今日の昼にやることは決まりだ。

 寄りかかっていたベッドの柵から背中を離し、思いついたアイデアが萎んでしまう前に、勢いづけて立ち上がり行動に移す。


 クローゼットから外向けの着替えを取り出し、ついでにセレーネに着せる用の上着も取り出す。夜の捜索時ならまだしも、人目に付く場所でスウェットの上下はまずいからな。融希がユニセックスのアウターを持っててくれて助かった。


「どこかにお出かけするのですか?」


 俺が服を取り出した辺りで、セレーネがそう問いかけてくる。


「ああ、ちょっくら買い物にな」


「そうですか。道に迷ったり途中で転んだりしても泣かないように、気を付けて帰ってきてくださいね」


「はじめてのおつかいか。てか、お前も一緒に来るんだよ」


「……え?」


 完全に予想外の返答だったのか、きょとんとした顔でこちらを見てくるセレーネ。


「なんだ、そんな顔も出来るんじゃねーか」


 引っ張り出したアウターを投げつけ、顎で着るように促す。


「洋服、買いに行くんだよ。いつまでもそのスウェットでいるわけにもいかないだろ」


 そこまでを言ってようやく理解したのか、セレーネは掴んだ上着をじっと見つめた後、再び目線を上げて見つめてきた。


「……いいのですか? その、私などに時間を割いていただいても」


「たいしたことはない、どうせ昼の時間はあの首狩りも出てこないだろうし。それに、お前とは今後とも付き合っていくことになるかもしれないんだ。恰好くらいは、ちゃんとしてもらわないとだからな」


 その瞳があまりにも無垢だったもので、例に洩れず俺は二秒で目線を逸らしてしまったが、一応それっぽく取り繕った理由は伝えることが出来た。

 さて、セレーネの反応はいかほどか。首は九十度右に回したまま、眼球の動きだけで彼女の様子を確認してみると、いつの間に立ち上がって移動していたのか、彼女の顔が頬に息の吹きかかる位置まで接近していた。


「おうわっ!!」


 なまじセレーネの背が高く身長差がほとんどないためその距離感は必要以上に近く感じられ、俺は思わず叫びながら仰け反ってしまった。


「……な、なに?」


 バクバクと音を立てる心臓を落ち着かせながら、なおも変わらぬ無表情で見下ろしてくるセレーネにそう問いただすと、彼女は目をぱちくりと瞬かせた後、一言、


「ありがとうございます、外海様」


 ぺこりと頭を下げながらそれだけを告げて、玄関の方に歩き去ってしまった。


「感謝、されたんだよな……?」


 相変わらず――てか、出会った時からずっとではあるが、考えの読めないセレーネ。

 ほんの一瞬だけ、彼女の感情表現を垣間見ることが出来た気がしたが、やはり鉄仮面の如き剥がれぬ無表情の内側を読み解くことは、まだまだ難しそうであった。



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