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【3】酢昆布&オムライス色の人生

   ***


「それでは、また明日も君たちが良い操力ライフを送れることを願って」


「蒼維せんぱーい、またあしたー!」


 時間は経過して、完全下校時間から十分後。地平線に差し掛かった太陽が空を赤々と染める時刻、正門から通学路が逆方向である古護先輩とさよならをした俺達は、己の背丈の数倍をも伸びた影を揺らしながら、三人並んで帰路についていた。


「あー、今日も疲れたなー!」


「融希は今日、ほとんど操力を出しっぱなしだったもんな」


「おかげで力が抜けちまって仕方がないぜ」


 融希が手首から先を軽く振って、力が抜けていることを表現する。


「てか、それを言うならお前だって操力出しっぱなしみたいなものだっただろ」


「ほんとよ、何なら環の方が操力を多く使っていたと思うわ」


「そうか? 俺としては、そこまで操力を使った感じはしなかったが」


 確かに、普段に比べたら少しばかり多く使ったような気はするが、二人が言うほどの量は使っていなかったように思う。通常、一度に大量の操力を消費すると、運動後のような軽い倦怠感に襲われるというが、今の俺にはそういった疲れのような感覚は残っていなかった。


「前々から思ってたけど、環の操力ってほんと底なしよね」


「これで操力機器の操作がうまければ、マリコン代表間違いなしなんだけどなー」


「うっ……」


 痛いところを突かれ、俺は思わず苦い顔をしてしまう。

 操力機器の操作は、リモコンやスイッチのようなデバイスを介さない、操力による直接的な操作が基本とされている。故に、操力機器の扱いにはそれなりのセンスが要求されるのだが……どうも俺には、そのセンスとやらが欠けているらしい。


「俺だって、それなりに練習してはいるつもりだぞ」


「まあ、まずは機械を壊さないところから練習していきましょうね」


「流石にもう壊したりはしねーよ」


 そりゃあ、入部当初は操力機器を壊したりもしていたが、流石に一年も経てば操力の操作にも慣れてくるというもの。初めて触れる機器ならいざ知らず、使い慣れた機器であればまずもって故障させるようなことはないだろう。


「そもそも、普通の奴は操力機器をぶっ壊せるほどの操力を流し込めたりはしないけどな」


「ほんとよねー。環の全力の操力を受け止められる機器なんて、あの操人形くらいしかないんじゃないかしら?」


 双月が手で口元を隠しながら、冗談めかして笑いかけてくる。


「かもな。並の操力機器じゃ、まず間違いなくショートしちまうからな」


 融希もまた肘を俺の肩に乗せながら、わざとらしく真っ白な歯を見せてくる。

 二人して操作下手についてをからかわれ、思わずため息を吐いてしまう。が、まあそれもまたいつものことなので、「うっせー、この陽キャラども」と、融希にはがら空きのわき腹に手刀突きで、双月には肩下の手ごろな位置にある頭頂部にチョップで、それぞれ受け答えてやった。


「ぐえっ……環、今日の刺突は何故か内臓に響いたぞ」


 知らん、いつも通りの威力だったはずだ。


「うーん……まあいいか。しかし、操人形ねー……折角操人形研究部なんて名を冠してるんだし、一度くらい本物に触れてみてーよな」


「そうよねー。操人形……ああ、憧れるわ」


 そう言って双月がポケットからスマートフォンを取り出し、画像フォルダの中から一枚の写真を見せてくる。


「見てよ、これ。最近の操人形って、ここまで進化したのよ」


 画面に映っていたのは、真っ白な外装に流線型のボディをした、人型の操力機器――操人形であった。


 操人形。それは、操力の性質――機器の操作を人間の直感的なセンスに委ねるという点を最大限に利用した、最先端にして最高峰とも言える、人型操力機器の総称である。

 人型の操力機器――人型のロボット。従来の二足歩行ロボットには困難とされていた姿勢制御及び重心制御を初めとし、技術的に再現が難しい人間特有の機能を全て操力による感覚的な操作に依存させることで、より滑らかでスムーズな、人間らしい動きを可能とした人型ロボットが、この操人形なのである。


 操作の大部分を操力に依存するという性質上、通常の操力機器に比べて動作に多量の操力を必要とするのが欠点であるらしい。が、人の形を保ちながら人間の数倍の力が出せたり、本来人間が活動困難な場所でも問題なく行動出来たりと、その対価として得られた機能には、技術史を大きく塗り替えるに値するだけの性能が秘められていた。

 しかし、発表当初はもっとごつごつとした、いかにも機械的な外装をしていたものだが、この数年でここまで人の形に近づいていたとは。


「操人形……やっぱ世界中で注目されてるだけのことはあるんだな」


「はあ……私もこうして操人形の隣に並んでみたいわー」


 双月が恋に焦がれる乙女のような顔で空を仰ぎ見る。恋焦がれるというか、夢を見ているというか。

 まあ、発展途上の技術ゆえに、庶民の手に届くのはまだまだ先の話ということを考えれば、夢を見ることしか出来ないというのが、現実的な話ではあった。


 と、そうこう話し込んでいるうちに、俺達はいつもの公園に辿り着く。学生寮に住んでいる俺と融希は、実家から通っている双月とはここでお別れである。

 青く点滅する横断歩道を急いで渡り、俺達と双月とは十字路を挟んで正反対の方向に別れる。


「それじゃあまた明日! 二人とも、寝坊しないようにねー!」


 道路を挟んで立つ双月は、小さな体を精一杯伸ばしてぶんぶんと片手を振り回しながら、笑顔でまた明日と別れの挨拶を叫ぶ。


「おう!」


「じゃあな」


 俺達もまた片手を振り上げてさよならを返し、それからトラックが間を走り去る頃にはもう、三人とも互いに背を向けて各々の帰路を辿り始めていた。


「……あいつさ、いっつも楽しそうに笑ってるよな」


 太ももの前でスクールバッグを握りしめる双月の小さな背中を見つめながら、ふとなんとなく俺はそんな言葉を漏らしてしまう。

 あっ、と失言に気付いたときにはもう時すでに遅し。隣に並ぶ悪友の口元がぐにゃりとつりあがり、その目にはいかにも人の悪そうな、面白いものを見つけたと言わんばかりの好奇の色が浮かんでいた。


「なんだ、環! お前、亜理栖のことが好きなのか?」


「ちげーよ、どうしてそう短絡的な発想で色恋沙汰に結び付ける」


「だってよ、普段からよく言ってるじゃねーか。亜理栖ってかわいいよなーとか、亜理栖と手を繋ぎたいなーとか、亜理栖の小さな胸を揉んでみたいなーとか!」


「言ってねーよ! つか、最後のは口に出してたらやばいだろ!」


「口に出してたら? つまり思ってはいると?」


 ……これ以上余計なことは言わない方がよさそうだと、俺の第六感がそう告げていた。


「つーか、それを言うなら……」


 お前の方はどうなんだよ、と言いかけて、果たしてこれを聞いてしまっていいのかという迷いが、続きの言葉を詰まらせる。

 だってそこは、軽々しく踏み込んではならない未踏の地で、未開のまま蓋をしておきたいパンドラの箱だから。


 いや、別に、何の問題もないはずだ。ちょっとからかわれたから、からかい返すだけのこと。それ以外の他意はない。……ない、はずだ。

 けどもし、もしこれで融希が、双月のことを好きだといったら? あいつのことが好きだとか、愛してるとか、そんなことを告げられたら?


 もしそれを告げられたら、恋敵になってしまうとか、そんなことを心配しているわけではない。そもそものこと、俺は双月に対してそういう感情を抱いてはいない。

 いや、抱いていないという表現だと嘘になるな。抱いてはいないのではなくて、抱けないのだ。


 だって、考えても見てほしい。片やクラスの人気者で、学年でも指折りの美少女。片やクラスの日陰者で、人付き合いに失敗した根暗野郎。こうして友好関係を築けていることすら奇跡だというのに、これ以上何を望めというのか。

 思い上がりも甚だしい。そんな憧れの範疇に収まらない感情は、抱くだけ無駄というものである。


 だから、その点を心配しているんじゃない。そんなことを迷っているのではない。

 俺がきっと、心の奥底で懸念したのは――思い描いてしまったのは、二人が愛しあうことで、今を失ってしまうこと――この日常が失われてしまう可能性だ。


 多分、双月は融希のことが好きだ。数年間、二人を見てきた俺が言うのだから、間違いない――とまで言い切れるほどの観察眼は持ってないけど、十中八九そうであろう。

 ならば、もしも融希も双月が好きだったら? そして、もしもその想いが通じ合って、二人が付き合い始めたら? そうしたら、俺の立ち位置はどうなるのだろう。


 おそらく、何も変わりはしないだろう。二人とも優しいから、こうして下校時には俺も交えて三人で帰ってくれるだろうし、友達として、部活仲間として、これからもずっと仲良くしてくれることだろう。

 けど、だとしても、現状は――今のこのかけがえのない日常は、確実に変わってしまう。融希と双月は二人でいる時間が増えるだろうし、相対的に俺は一人でいる時間が増えるだろう。


 一人になることに不安はない。一日のうち大半の時間を一人で過ごす俺にとって、その程度は誤差でしかない。いや、寂しくなんてないよ? うん。

 だから、俺が恐れているのはただ一つ。そうなった時、俺という人間はどこまで必要ない存在になってしまうのだろうか。


 価値のない俺を、それでも認めてくれる人たち。けど、それも泡沫の夢でしかないことは重々承知している。

 ならばその夢から覚めた時、認められることで成り上がっていた己の真実を――相応の価値を自覚してしまった時、俺はどうなってしまうのだろうか。


「おーい。おーい! 環くーん!!」


 道の真ん中で思いっきり肩を引き寄せられ、そこでようやく融希が名前を呼んでいたことに気がついた。


「なんだ、ぼーっとしちゃってよ。どうせあれだろ、自分が亜理栖のことを好きだなんて、おこがましいにも程がある! とか、そんなこと考えてたんだろ?」


「……よくわかったな」


 思っていたことをピタリと言い当てられ、俺は驚きのあまりついそう漏らしてしまう。


「わかるよ、何年お前の悪友やってると思ってんだ。そういう風に自虐的に考えるの、お前の悪いところだと思うぞ」


 そう呟く融希の声色は、常にハイテンションな悪友にしては妙に神妙で静かなものであった。


「わかってはいるが、どうしようもねーんだよ。お前とは違って、俺はそんなにうまく生きれてねーんだわ」


「……そこ、そういうとこ。そういうところが良くないんだ」


 融希は肩を組んだまま、首と肩を回して俺の目をまっすぐ見つめてくる。その柄でもない真剣な眼差しに眼球を固定され、俺は視線を逃がすことが出来なくなる。


「お前は少しばかり、人と自分とを比べすぎてるんだ。具体的には、人の長所と自分の短所をあえて比べることで、わざと自分の価値を貶めようとしてる節がある」


 主観的な客観的証拠を持ちだし、自分には価値がないと烙印を付けることで、価値がないのなら仕方ないと、そう言い訳をしている。


「他人と比べるな、なんて無理なことを言うつもりはねーよ。俺だって、人のいいところとか、自分の悪いところとかは目につくからな。けど、だからってそれだけで、自分を判断するな。他人と比較することだけで、自分の価値を決めつけるな。自分の価値は、自分で決めるものなんだからさ」


 自分の価値は、自分で決めるもの。

 その言葉は――融希の口から語られたその言葉は、どんな偉人の言葉よりも俺の胸を強く貫いて、しかしながらそれでも、そんな中でも、そうやって幸せな理想を語れるほど清く正しく生きれてないんだよと、卑屈な思いを叫ぶ自分がいることに、俺は心の底から自分に嫌気がさした。


 自分の価値は、自分で決めるもの。ならば、俺が俺に下す判決は、無価値の一言に尽きるだろうな。


「俺はさ、環と亜理栖ならお似合いだと思ってるぜ」


「……嬉しい話だね。けど、残念ながらそれがお世辞だとわからないほど、俺は馬鹿じゃねーよ」


「お世辞じゃねーよ、本心からの言葉さ。なあ、知ってるか? 俺はお前の知らないお前のいいところを、たくさん知ってるんだぜ?」


 そう言って融希は俺の肩から手を離し、視線を夕焼け空の方に移す。


「その一、常に周りをよく見ていて、俺達の誰かが困っていると真っ先に声をかけてくれるところ。その二、ちょいと短気な俺が暴走しかけると、いつだってぎりぎりのところで俺をなだめてくれるところ」


「お前の短気はちょっとどころの話じゃねーだろ」


「うるせっ! その三、亜理栖が日直で黒板を消す時、身長的に上の方が届かないことに気付き、真っ先に届かない部分を消しに行くその気遣いが出来るところ」


「お前、見てたのかよ」


 何気なくやっただけのことを、なんだか大層素晴らしい事であるかのように取り上げられ、なんだか耳の先が熱くなってくるのを感じる。


「その四、この前図書館で亜理栖が高いところの本を取ろうとしてた時――――」


「ってちょっと待て、お前は一体どこまでを知ってるんだ!?」


 休日に近所の市民図書館でたまたま鉢合わせたことまでを持ちだされ、俺は慌てて融希の口を塞ぎにかかる。が、身体能力でこいつに勝てるわけもなく、融希の軽いステップに数秒間ほど翻弄され続け、この動きが無駄な抵抗でしかないという事を思い知らされただけであった。


「なっ、お前の気付いてないいいところ、いっぱい知ってるだろ?」


「それって、いいところっていうのか……? ただ、たまたまやっていただけのことをピックアップしただけじゃん」


「そういうたまたまの積み重ねを、人は長所短所って呼ぶんだよ」


 そう言って融希はポケットから飴玉を取り出すと、俺に向かってほれと投げてくる。


「そうやって自分を責めてないで、もっと自分を楽しんで生きていこうぜ。俺がいい奴だと思ってる大好きな外海環を、あんまりいじめないでやってくれよな」


 そうして融希はわざとらしくウインクまでつけながら、最後はちょっとふざけたような、かっこつけた喋りでそう締めくくるのであった。

 多分最後のは、ちょっとした照れ隠しだろう。融希が締めに使ったのは、そう感じるくらいには歯の浮くような台詞だったからな。


 ……けど、


「……こうやって飴をくれるのは、これが二回目だな」


「あれ、そうだったか? てっきり初めて使う演出だと思ったんだが」


「俺とお前が初めて会ったあの日――今以上に卑屈だった俺に対して、お前が飴玉をくれたんだよ」


 ――そんなつまんなそうな顔してねーで、もっと自分ってのを楽しんでいこうぜ!

 いつだって明るくて、前向きで、楽しそうに生きている融希に、俺はまたしても、同じように説教されて、同じように元気づけられちまったってわけか。


「……ありがとな、融希」


「お、おおう……んなことあったっけか……? まあ、なんだっていいか!」


 お礼の言葉なんて聞いちゃいない、そんな細かい事は気にしないのスタンス全開でそう言い放った融希は、再び俺の肩を掴むと、今度はさっきよりも強い力で体を引き寄せてきた。


「そういや、今日新発売のお菓子があるんだけどよ、寮に着いたら一緒に食わねえか?」


「いつものじゃがりーシリーズか?」


「今度のは酢昆布&オムライス味だぜ!」


「その組み合わせはどうなんだ……?」


 そうして俺達は、変わらない一日の終わりに――そして、これからもずっと続いていくのだろう日常の中で、いつもと同じように二人並んで道を歩く。

 今すぐに自分を変えることは出来ないのだろうけど、きっとこの変わらない日常を過ごしていく中で、少しずつ変えていけることだろう。


 そうしたらいつの日か、自分の正直な気持ちに気付くことが出来るかもしれない。かもしれない、だけどな。


「それじゃあ寮に着くまでは、さっきの話を再開するかねー。環のいいところ、その五! 昨日学食に昼飯を買いに行った時――――」


「って、まだそれ続けるつもりなのかよ!?」


 そんな感じで本日の帰路は、いつだってマイペースでハイテンションな悪友に引き摺られながら、ひたすらに、顔が真っ赤になるまで、自分のいいところについて語られるのであった。


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