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【2】操人形研究部

   ***


「操力というのは、ただの電池の代用品などではない。人間に秘められた潜在能力を解き放つための重要なファクターであると、私は常々そう考えているよ」


 そう言って古護先輩は、部室内のホワイトボードに三頭身くらいの人間の絵を描きだした。


「そもそも操力とは何か。近年、ようやく専門的な分野である操力学が出来始めてはいるものの、その実態の多くは謎に包まれているこの力。亜理栖くん、君は操力についてをどういうものだと思っているかね?」


「ふえっ!? 私ですか!?」


 呆然と講釈を聞いていたところに話を振られ、双月は慌てて首をかしげながら答えを考える。


「うーん……人間の体内に眠る生命エネルギーを視覚的に具現化したもの、というのが一般的な論ですよね?」


「その通りだ。生命エネルギー……すなわち、人間の潜在的な力の塊、これが操力の正体であるというのが一般的だ」


 艶やかな長髪を靡かせ、眼鏡(伊達)をわざとらしくクイッと上げながら、先輩はまんが日本昔ばなしに出てきそうな簡易的人間絵の中に、丸で囲った操力という文字を書き加える。


「学術的には操力とは、代謝の過程で発生するエネルギーの副産物であると考えている。あくまでも操力とは余剰的なものであり、それらを効率よく扱うのは人間の仕事ではなく、機械の仕事であると」


 人間の仕事ではなく、機械の仕事である。それは、操力に対して世間がとるスタンスであり、冒頭にも先輩が話した通り、操力が電池の代用品と呼ばれる所以でもあった。


「故に現代の操力学は、操力を如何にして効率よく運用するかに重きが置かれている。それは、ここ数年の操力機器の目覚ましい性能向上からも窺い知ることが出来よう。そして、それ自体は素晴らしい事であると私も思う。操力機器が進化するということは、操人形研究部の部長たる私としては、歓迎すべき事態だ。……しかし!!」


 急な気合の入った声と共にホワイトボードを叩かれ、俺達三人は反射的に肩を飛び上がらせてしまう。が、演説に熱くなっている先輩はそんな些細なことなど気にも留めず、目を爛々と輝かせながらノリノリで言葉を続ける。


「私は、操力を副産物などとは思わない。むしろ逆だ。人間の代謝活動こそが副産物であり、操力の生成こそが主であると――操力こそが人間の活動を助ける最大のエネルギーであると、私はそう考えるよ。そして故に、操力は単に電池の代用品などに収めていいような代物ではないと――より深く、より探求を進めることで、人間の潜在能力を活性化させるための重大なファクターになりえると、私は常々から! つ・ね・づ・ね・か・ら! そう思っているのだよ!」


 息を切らしながらも立て板水にまくし立てた先輩は、語りの終わりと同時にマスコット人間の周囲にオーラみたいなのを書き足した後、ペンを床に落ちない程度に力強く机に投げつけ、ものすごいしたり顔でこちらを見てきた。


「いや、そんな『どうだ!』みたいな顔されましても……」


「蒼維先輩……私達その話、もう百回は聞きましたよ……」


「あら、そうだったかしら?」


 毎回口上や趣向を変えてはいるが、結局は操力潜在能力論に行きつく古護先輩の講釈。俺、双月、融希、そして部長である古護先輩の四人で構成させる操人形研究部にとってこの始まりの挨拶は、もはや恒例行事とも言えるものとなっていた。

 操力。それは、人間が生まれながらにして持つエネルギーの総称。


 俺が生まれるよりもはるか昔から発見されていながら、未だ謎の多い力。俺たちの部活動――操人形研究部は、そんな未知なる操力についてを研究するという知性あふれる活動を行っているのである。

 ……まあ、知性あふれるなんて見栄を張ってはみたものの、実際に行っているのは操力機器――操力を主な動力として動く機械を、研究と称していじくりまわしているだけなんだが。


 古護先輩は、操力は電池じゃないって熱く語っていたけれど、しかしながらここは、操力を電池として使って遊ぶことを目的とした部活なわけで。

 なんというか、皮肉な話である。

 もっとも、そんな矛盾を抱えた状態で部長を務められるだけはあって、先輩はまるで気にしていなかったけど。


「なんだっていいわ。私が何を語ったかなんて些末なことについてを語っている暇があるならば、少しでも操力についてを語りましょう」


「いや、ですからさっきまさにその操力について話してたじゃないですか!」


 その都合の良い記憶力といい、素晴らしき胆力である。さすがはミス・文楽学園残念美人賞受賞者。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。黙っていれば息をのむような美人なんだけど、操力が絡むとどうも様子がおかしくなる酔狂人。それが我が操人形研究部部長、古護蒼維こもりあおい先輩なのであった。


「やめなさい、環。先輩の奇人さにいちいちツッコミを入れてたら、それだけで部活の時間が終わっちゃうわよ。蒼維先輩も、マリコンのエントリー時期が近づいているんですから、環をからかわないでください」


 マリコン――マリオネットコンクールは、操力機器を使ったロボットコンテストのようなものであり、俺達操人形研究部も今年から満を持して参加しようという話になっているのだが、


「ほう……そうかそうか、つまり亜理栖くんは『環にばっかり構ってずるい! 私にも構ってください!』と言いたいわけだな」


 部員に相談もなく強引に出場を決めた当の本人は、まるでそのことを意識していないようだった。


「違います! あと私そんな高い声出してません!」


 ぶりっ子成分特盛な声真似に、双月は声を大にして異議を唱える。


「もー! 融希も何か言いなさいよ!」


「よっ、さすがは美少女古護先輩! 今日も傍若無人っぷりがキレッキレですね!」


「煽るな、そこ! あとさりげなく胸を触ろうとしないでください、古護先輩!」


 隣に立つ俺の陰に隠れ、慎重に、しかし素早く伸ばされていた手が、驚異的な反応速度で察知した双月によって軽く払われる。


「何、恥じることはない。たとえ君の胸が控えめであろうと、私はそれを平等に愛せる。そう、それは三者三様、十人十色、千差万別で異なる人間の操力を愛するのと同じように!」


「どさくさに紛れたって触らせませんから! 残念美人先輩!!」


 あーうん。そういえば、操力関係なく先輩は、いろいろと振り切った感じの残念美人でしたね。

 恥ずかしそうに耳まで真っ赤にしながら、終わらないボケの連鎖にツッコミ続ける双月。ミイラ取りがミイラになるとはまさにこのことであろう。


 限りなく不毛でいて、しかしながらどうしようもないほどに愛おしきこの日常。

 学校が苦手でも、クラスメイトに馴染めなくても、それでも俺が足を外に運ぼうと思える、優しい友人との素晴らしき非生産的な日々。


 何も残されていなかった俺に、神様が授けてくれた奇跡のような関係。

 願わくばこの日常が、永遠に続きますように。


 なんて、そんな柄でもないことを考えながら、いつも通り、何の変化もなく、幸福な時間を過ごすのであった。


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