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【エピローグ】ぼくらのプロローグ

【エピローグ】


 後日談。復讐に失敗した男の、終わらなかった人生のお話。

 どれだけ普通な夜を過ごそうとも、どれだけ異常な夜を過ごそうとも、人の意志など関係なく、時は平等に流れていく。


 日が昇れば朝になる。今日が終われば明日が始まる。

 そして明日になれば、学生たる俺は学校に向かわなければならないのだ。


 翌日。十三との戦闘からまだ五時間程度しか経過していないというのに、太陽の光は容赦なく降り注ぎ、寝不足な俺の体力を絶え間なく削っていく。

 戦いの興奮でなかなか寝付けず、結局一睡も出来なかった俺にとって、直射日光は何よりも応える攻撃であった。


「……この中を歩いて行かなくちゃならないのか」


「本日も学校に向かわれるのですか?」


「ああ。これからは、休日以外は毎日学校だよ」


「……そうですか」


 玄関口まで見送りに来てくれたセレーネが、目線を落としてしゅんと寂しそうな顔をする。

 なんだ……昼飯が用意されているのか心配なのだろうか?


「心配しなくても、昼飯はちゃんと冷蔵庫に入ってるよ」


「あ、いえ、それもまあ少しは心配していましたし、とてもありがたいのですが……そうではなくて……」


「ん、違ったのか?」


 はて、どうやら彼女、珍しくも食事以外の事柄で頭を悩ませていたらしい。

 一体何事だろうかと待っていると、セレーネの口から思いもよらない言葉が飛び出してきた。


「その……これから毎日、マスターと一緒にいられる時間が減ってしまうと思うと……少し、寂しく思えてきて……」


「……………………」


 予想の斜め上どころか垂直にぶっ飛び過ぎた台詞に、思わず口をあんぐりと開けたまま何も言えなくなってしまった。

 何この子、かわいくないですか?


 なんだか急にセレーネのことがペットみたいに見えてきた。犬も猫も飼ったことなんてないけど、これが飼い主の気持ちという奴なのだろうか。

 謎の庇護欲に駆られるままに頭を撫でてやると、セレーネは少しむず痒そうに目を細めた後、パシッと袖で俺の手を叩き払った。


「……え、なんで? なんで俺、手を振り払われたの? 今ってそういう流れじゃなかった?」


「なんとなく、ここで受け入れたら私の立ち位置が危ぶまれる気がしたので。それに、ご飯がペットフードになる気がしたので」


 流石に、そこまで獣な目では見てねーよ……見てなかったはずだ。うん。

 しかし、なんだろう。こういったくだらない会話のやり取りも、なんだか懐かしく思える。


 かかとを引いて靴を履きながら、俺は悪友と交わしたやり取りを――融希との思い出を振り返る。

 あいつと過ごした時間が――喜怒哀楽の全てが詰まったこの部屋。少し前まで融希が寝ていた場所に、今はセレーネが居着いている。


 あの頃の記憶をそのままに、俺はまた、新しい一歩を踏み出そうとしている。


「……なあ、セレーネ。これで本当に、正しかったのかな」


 それは、一睡も出来ない間に幾度となく考えたこと。

 復讐の道を捨て、日常に帰ることを選んだ。その選択は、はたして正しかったのか。


「……正しいかどうかは、私にはわかりません。ですが、この選択が間違っていなかったことだけは、断言することが出来ましょう。だって――――」



 ――――今の環様は、こんなにも明るい顔をしているのですから。



「……本当にありがとうな、セレーネ。お前がいてくれたおかげで、俺はこうしていつも通りに戻ってくることが出来たんだ」


「当然の事をしたまでですよ。だってマスターは、私のマスターなのですから」


 マスター。その言葉に、今度は俺の方がむず痒い思いになってくる。

 マスターだなんて、そんな偉そうな呼び方をされる身分ではないんだけどな。


 けれども、それが今の俺達の関係で――これからも続いていく、新しい日常の形。


「これからもよろしくな」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 そう言ってセレーネは珍しく、朗らかな笑みを頬に浮かべたのであった。




   ***




 眠い目を擦りながらの登校。その最中、俺はずっと昔のことを――融希との日々を思い返していた。

 これから永遠と引き摺らないようにするためにも、今日だけはあいつのことを考えると決めたから。


 別れとか、手向けとか、それほど深いものじゃないけど。

 それは新しい日常を迎えるための、儀式のようなもの。


 流石に、会話の全てを思い出すことは出来なかったし、覚えている会話も大概ろくなものじゃなかったけど。

 それこそが俺達の生きた証で――融希と共に生きた証だから。


 忘れてはいけない記憶。心に刻むべき思い出。

 それらを胸に今日もまた、未来への一歩を踏み出すのだ。


「……お、双月だ」


 通学路を半分ほど歩いたところで、この時間にしては珍しい少女の姿を発見する。


「おはよう、こんな遅い時間に登校とは珍しいな」


「んー? あ、環か。おは……よ……!?」


 後ろから小走りで寄って、肩をポンと叩き声をかける。双月は振り返って俺の顔を視認すると、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしてその場で硬直してしまった。


「どうした? そんな珍妙な顔をして」


「……あなた、本当に環よね?」


「他の誰に見えるってんだ」


 まったく、数年の付き合いだというのに、失礼なことを言う美少女だ。俺には双子の兄弟もいなければ、ドッペルゲンガーを雇った覚えもないというのに。

 ……なんか今、デジャヴを感じたな。


「驚いたわ……まさか環の方から声をかけてくるなんて。大丈夫? 熱とかないわよね?」


 普段の俺がどう思われているのか、非常によくわかる返しであった。

 まあ確かに、普段俺から声をかけることなんてほとんどなかったけど。どうして今日になって声をかけようと思ったのだろうね。


 それは、単なる気まぐれに過ぎないのか。あるいは――何かが俺の中で、変わろうとしているのか。


「……ねえ、環。何かいいことでもあった?」


「いいこと……? まあ、いいことっちゃいいことはあったが……急にどうしたんだ?」


「なんか昨日に比べて、晴れやかな顔になってる気がしたからさ」


 ――そっちの表情の方が楽しそうで、私は好きだよ。

 なんて、雲一つない抜けるような青空よりも晴れやかな笑顔で、恥ずかしげもなく言ってのける双月。


 さっきのセレーネにした感覚が抜けてなかったからか、その満面の笑みのかわいさに、思わず彼女の頭を撫でてしまいそうになるも、既の所で左手が右手を掴み取り、抑えることに成功した。

 ……今のは危なかった。あのまま双月の無垢さに流されていたら、触れてしまいかねない勢いだった。


 けど、双月がこっちの方がいいというのなら、しばらくは明るい表情でいられるように努力するとしよう。

 日常が新しくなったのならば、俺もまた、新しく生まれ変わるべきだろうから。


 帰ってきたいつも通りの世界で、平和に過ごせるように。


「なあ、双月。生きてるってのは、楽しいものだな」


「何を変なこと言ってるのよ。……けどまあ、確かにそうね。生きているのは、楽しいことよ」


 町は平穏を取り戻した。何もかもいつも通りに、俺達の物語はこれからも続いていく。

 緩やかに穏やかに、平穏に平常に、ちょっぴりのスパイスを混ぜて、楽しく愉快に何事もなく、世界は今日も回っているのであった。


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