【17】契約
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思い返せば、融希は何かと無駄なものを買ってきては「どうだ、かっこいいだろ?」と、よく俺に自慢をしてきていた。
マイナーなアニメで登場した魔法の道具のレプリカとか、妙に光を反射する素材で出来た数珠みたいなものとか。かっこいいの判定が若干中二病的だったような気もするが、そんな親友の収集癖のせいで、あの部屋は常に物であふれかえった物置状態となっていたのであった。
俺と融希とで共有していた家具や道具以外の遺品は、大多数が家族の手によって回収されていった。けれども中には、思い出として――あるいは、部屋の奥底に眠っていたために回収し損ねた余り物として、俺の手元に残った物もある。
小刀『誄歌』。木製の鞘に納められた、刃渡り14cmの小刀もまた、その残された遺品の一つであった。
法律的に、持っていることそのものがアウトなのは重々承知の上だ。まあ、こんな小刀では傷一つ付けられない少女を部屋に置いている時点で今更な話ではあるが。
いうなればこれは、決意の証。あの日足りなかった覚悟を、形で示すための道具。
――自らが犯す罪から、目を背けないためのお守りのようなもので。
鞘から刃を取り出し、抜き身の状態で小刀を握りしめる。
廃れた立体駐車場には、当然のことながら電気など通っていない。
辺りを見回しても、規則的に打ち立てられた柱と、煤けた廃車が数台見当たるだけ。一歩一歩踏みしめるごとに、靴音は吹き抜け同然の屋内で反響し、幾重もの音が重なり合って鼓膜を揺らす。
暗闇のせいか、緊張のせいか、肺を締めつける息苦しさに、思わず目を落としてしまう。
視線の先、親友の形見である『誄歌』が、ひび割れたコンクリートの隙間から零れる淡い月明かりを反射して、銀色の刀身を鈍く光らせていた。
「よお、少年。よくここを見つけられたな」
立体駐車場の最上階。その中心で首狩りは、逃げも隠れもせず、堂々と俺達を待ち構えていた。
「……操力探知。セレーネは、一度覚えた操力を手掛かりに、周囲に同一の操力を持つ人間がいるかを探知することが出来るんだ」
「……ああ、あん時か。俺の操力線に触れた時に、記録したってわけね」
「そういうことだ」
操力線。それが、あの異常なまでに頑丈な操力の糸の名前なのだろう。
「はっ、流石は『デュナミス』様ってところかね? まあ探知なんざ、機械の十八番見てーなもんか」
「セレーネを……っつ……!!」
セレーネを機械呼ばわりされ、思わず我を忘れ怒鳴ってしまいそうになるが、理性で感情を抑え込み、辛うじて冷静さを取り戻す。
ここで怒りに身を任せてしまえば、意図的に扇動してくる首狩りの思う壺である。己のなすべきこと――己が何をするためにここに立っているのかを思い返し、極限まで感情を殺して、首狩りの目を見据える。
「……知らないふりをしているが、本当はお前もわかってたんだろ? わかっていたから隠れずに、俺らを待ち伏せていた」
「あー……半分正解ってところか。確かに、俺はお前らを待ち伏せていた。だが、それは隠れることを諦めたからってわけじゃなくて……俺は、お前らを殺すために、わざと見つかってやることにしたんだよ」
そう言って首狩りが、君の悪い笑みを浮かべる。
殺すために待っていた。その言葉に、俺は二度目の邂逅を――張り巡らされた操力線を思い出し、青い糸の出現を最大限に警戒する。
しかして、首狩りの手から操力線が放たれることはなく――――刺客は、予想外の方向から姿を現した。
「環様!!」
刺客の存在に、真っ先に反応したのはセレーネだった。彼女はどこからともなく現れた黒い影を迎撃するため、俺と刺客との間に割って入り、刺客の突撃を正面から受け止める。
「ぐっ……!!」
衝突と同時に火花が飛び散り、鈍い呻きと激しい炸裂音が耳を劈く。
刺客と、それからセレーネの動きは、人間の動体視力で追える領域を完全に超えており、彼女達が短時間にどれだけの攻防を重ねたのかは観測できない。が、立て続けに生じる振動と甲高い金属音が、高速の世界で繰り広げられる戦闘の凄まじさをありありと物語っていた。
「…………はあっ!!」
気合の込められたセレーネの叫びと共に、刺客が首狩りの方向に吹き飛ばされる。しかし、身軽な動きで受け身を取ったその刺客は――真っ白な外装に流線型のボディをした人形は、一切ダメージを負った様子がなかった。
「そいつは……操人形だと……!?」
「その通り! それもただの操人形じゃねえ。こいつは、ただ戦うことに――人を殺すことにのみ特化した、最低最悪の改造人形だ!!」
「改造された操人形……!?」
人を殺すために作られた操人形……そんなものが、この世にあっていいのか!?
「それなりに苦労したんだぜ? なにせ、こいつを手に入れるのに三日もかかっちまったんだ。だが……その苦労に見合うだけの性能は、あるみてーだな」
戦うための構造として通常とは違う素材で作られているのか、人間を超越した力を持つセレーネの一撃を以てしても、その真っ白なボディには傷一つ付いた形跡が見られない。
対して、今の攻防で貯蔵した操力の大部分を使用させられた――全力を投じることを余儀なくされたセレーネは、俺が初めて出会った時と同じくらいの疲労を露わにしていた。
力の差は一目瞭然だった。あの改造操人形は、間違いなくセレーネより強い。
間違いなく――――今のセレーネよりも強かった。
「さて……一つ、いいことを教えてやろう。今日の俺は、まだ誰も殺してないんだぜ。つまりは――――」
――――遠慮なく、お前を殺すことが出来るわけだ。
首狩りの指先から、操力線が伸びる。人を殺すことだけを記録した白い暴力が、瞳を赤く光らせる。
絶望的なまでの戦力差だ。けれども、眼前に死を突きつけられてなお、俺の脳は極めて冷静に――冷徹に世界を見ることが出来ていた。
殺されるかもしれない。死んでしまうかもしれない。
だが、それがどうした。そうなる覚悟を決めて、俺はここに立っているのだ。
「……セレーネ。お前との約束を、今ここで果たすことにしよう」
一人と一体の敵からは目を離さずに、俺は左手だけを伸ばしセレーネに呼びかける。
「……よろしいのですか? その約束は、環様の平穏を――未来を奪う選択となるのですよ?」
「構うもんか。平穏を捨て、日常を捨て――異常に身を堕とす。それだけの覚悟は、とっくの昔に出来ている」
二度、死を目の当たりにした。二度、己の無力さを実感した。
親友と死に別れる痛みを知った。
先輩を悲しませる痛みを知った。
想い人を泣かせる痛みを知った。
そして、己の弱さに心が痛んだ。
もう一度だって、大切なものを失いたくなかった。
もう二度と、あんな思いはしたくなかった。
もう三度も、無力感に苛まれたくはなかった。
だから俺は、覚悟を決めた。
己の全てを投げ打つ覚悟を――首狩りを殺すその覚悟を。
「契約だ、セレーネ」
「……了解です、マスター」
彼女の指先が、俺の指先にそっと触れる。
人間と人形――操力と操力とが呼応し、水滴が落ちたような音がかすかに耳に届く。
刹那、契約の感覚――操人形セレーネという存在の感覚が、全身を流れる操力に乗って一気に四肢を駆け巡り、まるで彼女が己の一部になったかのような錯覚を覚えるほどに、俺の体は明確に、セレーネという少女の存在を理解し――そして、その全てを受け入れていた。
「……契約は完了いたしました。これより、この身の全てはマスターのためにございます。たとえ神託が死を告げようとも、世の理に叛こうとも、己が存在の全てを賭して、生涯付き従うことをここに誓いましょう」
そう言ってセレーネは片膝をつき、深々と頭を下げる。
それは、およそ戦場ではありえない隙だらけの行為であったが、視線を完全に外した状態でなお、改造された操人形ごときに負けたりはしないと、そう直感が告げるほどに、今の彼女は生気で満ち溢れていた。
「お前まさか、その人形と契約したのか……!?」
「ああ、その通りだ」
「まじかよ……っはははははははははははは!! こいつは傑作だ! よもや、自ら『デュナミス』と契約するような物好きが、この世界に存在するとはなあ!! お前は、その人形と契約することの意味を理解してんのか?」
「しているつもりだ。理解もして、覚悟も決めて――お前を殺すために、俺はここに来た」
「いいや、お前はまるで理解出来ちゃいねえ! 『デュナミス』という存在についても、契約が意味することについても、何も知りやしねえ! だが、それなのに、その癖に、俺を殺すためだけに、己の人生を溝に捨てるその覚悟……最高にイカレてやがる!!」
首狩りは笑う。頬を邪悪に歪ませ、心の底から愉快そうに、高らかに声を上げて嘲笑う。
「おい、お前。名前はなんだ?」
「……外海環だ」
「そうか、いい名前だな。俺は、上縄十三ってんだ。これからお前を殺す殺人鬼の名前だ、よく覚えておくといいさ」
「……ああ、一生忘れることはないだろうよ」
親友を殺した、日常を殺した――俺の全てを台無しにした、最低最悪の殺人鬼。
そして――これから俺が殺すこととなる人間の名前として、その名は一生、忘れることも出来ず、俺の心に居座り続けることだろう。
小刀を握りなおす。首狩りの――十三の一挙一動を見逃すまいと、限界まで見開かれた瞳で操力線を捉える。
隣に立つセレーネもまた、重心を低く落とし、いつでも行動に移れるように体勢を整え、じっと暗闇の先を見据えていた。
「なあ、環。お前は、俺の完全犯罪を二度も邪魔しやがったんだ。おまけに、お前を殺すために、三日間人を殺すことを諦めさせられた」
十三の手の動きに合わせ、操力線と操人形が動きを見せる。
「その分よ……せいぜい俺を楽しませてくれよなあ、環!!」
そして、殺人鬼の放った怒号を皮切りに、最後の戦いの火蓋は切られる。
セレーネと操人形はほとんど同時に床を蹴り、互いに最高速度で中心へと迫っていく。
緋色の眼が光線を残し、蒼色の髪が粒子を散らす。
自らの意志を持たない人形。自らの意志を持つ少女。
共に戦うために作られたもの同士、二度目となる衝突。
決着は――――一瞬の出来事であった。
加速しきった一人と一体が、寸分の狂いもなく同時に中央へと辿り着く。そしてそのまま、互いにスピードを緩めることもなく、質量に速度が上乗せされたセレーネと操人形の拳が空中でぶつかり合い――――
――――次の瞬間、操人形の機体は、跡形もなく砕け散っていた。




