36.夫婦の距離
1年経ってブライアンは寄宿学校を卒業し、アンヌス伯爵家の領地の本邸に戻ってきた。彼はこれから父エイダンについて領地経営の補佐をしながら、後を継ぐ準備をする。
この1年間、エイダンはエスターの住む別邸に行かなかったが、必要があれば使用人を派遣し、管理は家令と執事が代行した。それもブライアンが引き継ぐことになった。
アーサーが乳母と乳兄弟とともに住む2軒目の別邸は、アンヌス伯爵家が管理しなくてよくても純粋に家族としてアーサーに会いに行く者がいればよかったのだが、エイダンやブライアンは仕方ないとしても、ステファニーすら家族の情を彼に持てず、全く会いに行っていなかった。この成育環境は後に大人になってからアーサーの人格に大きな影を落とした。
エイダンとステファニーの距離は、かなりゆっくりだが精神的にも肉体的にも縮まってきていた。ステファニーはエドワードに未練を残しつつも、エイダンが真摯に夫婦関係を築きたいと思っていることに絆されつつあった。彼に抱きしめられそうになると、1年前はまだ本能的に突き飛ばしてしまったり、身体が震えてしまったが、今では頬と額にキスをされたり、手をつないだりはできるようになった。だからステファニーはエドワードを忘れられない気持ちはまだあっても、エイダンと夫婦としての距離をもっと縮める努力をしてもいいと思えるようになってきた。
ステファニーは、結婚後2ヶ月の関係偽装以降、エイダンと寝室を分けていたが、その夜は思い切って彼の寝室を訪ねた。エイダンは妻の姿を自分の寝室の扉の背後に見つけると、わかりやすく動揺していた。
「エイダン、話があるの。入れて頂戴」
「もう夜も遅いし、明日話そう」
「夫婦として大事な話があるの。お願い、勇気を出してここまで来た妻を追い返さないで」
「・・・わかった。私はそこまで狭量じゃないし、意気地なしでもないよ」
エイダンはステファニーを寝室に招き入れ、ソファに座らせた。
「何か飲む?」
「いいえ、ありがとう。それより大事な話をしたいわ。貴方は前にこう言ったわよね。私の心にまだ殿下がいてもいい、貴方が私を妻として愛することを許してほしいって。今も同じ気持ち?」
「ああ。もちろん君が私のことだけを愛してくれればすごくうれしい。でも殿下のことをまだ忘れられない君も愛しているよ」
「私、わからないの。殿下のことを思い出すと胸が苦しいのは本当。でも貴方のことも好きなの」
「本当に?!うれしいよ!いつか君の心の中に私だけがいるようになってほしいけど、ゆっくり待つよ」
「でも・・・貴方のことは好きだけど、エスター様のことを考えると複雑なの」
「ああ・・・ごめん・・・彼女の生活は困らないようにしている。でも今は愛しているのは君だけなんだ。信じて」
「ええ、信じるわ」
「君に触れてキスしてもいい?」
許可を得たエイダンはステファニーの頬におそるおそる手を伸ばして額にキスをした。
「抱きしめても?」
「ええ、試してみて」
エイダンの手がステファニーの頬からすーっと下がって背中に回った。エイダンがステファニーを軽く抱き寄せると、ステファニーも下げた両腕を恐る恐るエイダンの背中に回した。2人とも沈黙しているので、お互いの心臓の音がうるさく聞こえる。どうやらステファニーの拒否反応はもう出ないようだった。
「ステファニー・・・」
エイダンがステファニーの額に唇を落とした。彼の唇の柔らかな感触にも、額にかかる熱い吐息にもステファニーに嫌悪感を起こさせなかった。それを見てとったエイダンは唇を頬に移し、ついにはステファニーの唇に軽く重ねた。ちゅっと小さなリップ音の後、エイダンはステファニーの頬に両手を添えて見つめた。
「君と本当の夫婦になりたい」
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