30.父の正妻
ブライアンは長期休暇になると、アンヌス伯爵家の領地に帰ってきた。本邸と実母エスターの住む別邸に交互に滞在する予定である。久しぶりに会った母エスターの嫉妬とヒステリーがますます酷くなりつつあるのに気付き、心配が半分、うんざりが半分の複雑な心境になった。だが父に母の境遇について相談しても無駄とわかっていたから、意を決してステファニーに話しかけた。
「ステファニー様、母に父を返してあげてくれませんか?貴女は元々公爵家のご令嬢でしたけど、母には両親も実家もなく、父以外に頼る人がいないのです」
「返すって具体的にどうすればいいの?私も帰る場所なんてないのよ。それに離婚なんてよっぽどのことがない限り教会が許さないでしょう?」
ルクス王国を含む大陸諸国で一様に強い権力を誇る教会は、離婚や婚外性交、堕胎を禁止している。もっとも禁止されるとますますしたくなるのが人間の性である。それに教会が利益をあげられるのなら、娼館やルクス王国の側妃制度のような例外も教会は認めている。娼館は、表向きは娼館以外での婚外性交を防ぐためと女性が稼ぐ手段を得るためということになっているが、売り上げの一定の割合を教会に納めなければならない。ルクス王国は側妃制度を認めてもらうために教会に巨額の寄付をして後継ぎを確保する保証を得たが、その代わりに教会の権威にたてつけないようになった。離婚できる例外も定められていて、結婚後8年間子供ができないか、配偶者のどちらかが犯罪者か背教者になった場合に離婚が許される。だから結婚後8年経つ前にどうしても配偶者を排除したい者が教会に大金を『寄付』し、配偶者が背教者という証拠を捏造することもあった。
「ステファニー様は父を愛しているわけではないですよね?それならステファニー様が別邸に住んで母を父と一緒に本邸に住まわせてもらえませんか?酷いことを言っている自覚はあります。でもこのままだと母は精神的に壊れるか、アンヌス伯爵家から追い出されるかのどちらかです」
「引っ越しの件は今度、旦那様に聞いてみるわ。でも心配しないで、旦那様の愛は私にはないから」
「結婚してすぐに子供を作ったのに?それともアーサーは噂どおり不貞の子なのですか?」
「・・・なっ!貴方までそんなことを言うのですか?!」
「すみません・・・」
ステファニーは意を決して秘密を暴露した。
「・・・今から言うことはエスター様には秘密にしておいて下さい。旦那様にも私が貴方に打ち明けたと言わないで下さい。確かにアーサーは旦那様の子ではありません。でもアーサーの父のことは言えません。旦那様はアーサーの出自を承知で私を娶りました。だから旦那様と私は白い結婚なのです。エスター様から旦那様を取り上げることはないので、心配しないで下さい」
「でも父は・・・いえ、何でもないです。どうして母に言ってはいけないのですか?」
「このことは事情があって公表できないのです。ですが、エスター様はこういうことを秘密にしておけない方でしょう?」
寄宿学校の教師や学生、アンヌス伯爵家の使用人達が流す噂から『事情』が何であるのか、ブライアンはだいたい推測できた。ブライアンは母の性格をよくわかっていたから、父とステファニーがアーサーの出自を母に打ち明けられないのも理解できないこともなかったが、父が長年一緒にいる母を信頼していないことには腹がたった。だが、自分と2歳しか年が変わらない女性がこんな重い事情を背負ってしまっていることに気の毒に思わないこともない。でも自分達母子の場所がステファニーに奪われそうなのもやるせないのだった。
守銭奴でえぐい教会です(笑)
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追記:ステファニーによるエイダンの呼称を『旦那様』に変更しました。(2023/1/26)




