第1章 第2話 殺人事情
「先輩、騙されないでくださいね。先輩に気づかれず、鉄製の扉を開けた。そんなの並大抵の殺し屋でもできないことです。何よりれんげたちの正体を聞かれた以上、生きて帰すわけにはいかない。そうでしょ?」
「ち……ちが……! 私影が薄くて……絶対に誰にも言わないから……!」
どこかから取り出した拳銃を渡してくる蓮華と、必死に弁明する田村。まぁ何はともあれ。
「とりあえず話を聞こう。殺すのはそれからだ」
蓮華と田村が同時に息を吐く。片方は呆れて、片方は安堵。わかりやすくて助かる。
「清水智之……知ってるよね」
田村の語りに頷く。うちのクラス……というより2年全体。いや、この学校で一番の問題児。暴力やカツアゲは当たり前。よくない噂に事欠かない最悪の連中だし、俺をいじめているグループの中心人物でもあり、さっき俺を蹴り飛ばしたのもそいつだ。そして、
「あ、れんげの彼氏……」
「え!? その……ごめんなさい……」
「いえお気になさらず。あれと付き合ってるのは悪い連中に近づくためですので。ベタベタ触ってきて彼氏面してくるんでほんと迷惑してます」
「で、清水がどうした? 殺したいってことだろうが……」
訊ねると、田村が一度生唾を飲み込む。そしてその口が唇を噛み、やがて開かれる。
「私の姉が……清水に、襲われました」
……それは。
「警察に言えよ。犯人がわかってんだろ?」
「男の人にはわからないよ……。無理矢理襲われる恐怖も、それを告発する屈辱も……」
確かにこの日本の性犯罪の起訴率はおそろしいほどに低い。それを証明するかのように、俺がそういう事情に駆り出されることはそれなりに多い。ようするに罪と罰が釣り合っていないのだろう。だからこそ表に出ないし、だからこそ、俺がいる。
「事情はわかった。じゃあ殺してくる」
「……え? そんな、簡単に……」
あっけないと思ったのだろうか。自分から依頼してきたのに田村はあっけにとられている。
「さっきのと同じだよ。お前にはわからない。人が死ぬことの日常も、それを実行する容易さも……」
「ちょーっと待ったぁ!」
せっかく話がまとまりそうだったのに、余計な奴が口を挟んできた。こうなるのはわかりきってたから早く殺しに行きたかったんだが。
「殺人の動機はわかりました。ですがこっちも仕事ですので、ねぇ?」
「……お金なら、払う。すぐには用意できないけど……身体を……売ってでも……!」
「話が早くて助かります。では殺人と後処理も含めて1000万ほどいただくので、それを稼ぎきるまで我々が斡旋する施設に……」
「黙ってろよ」
ようやく蓮華が口を閉じた。いや、口は閉じられないか。俺に渡してきた拳銃の銃口が、蓮華の口内に収まっているのだから。
「俺の将来の夢、知ってるよな?」
「ん……! んん……!」
青ざめた顔でコクコクと頷く蓮華。首だけではない。全身が小刻みに震えている。俺なら本気で引き金を引けるとわかっているのだろう。普段生意気なこいつが完全にビビっているのを見るといじめる奴の気持ちもわかってくる。わかりたくなんかないが。
「冗談だよ。俺がお前を殺すわけないだろ?」
「はぁ……っ、はぁ……っ」
銃口を引き抜くと、蓮華は腰を抜かしたのか床にへたり込んだ。銃口と口にはまだ唾液の糸が引いていて汚らしい。
「こ……殺せるでしょ……あなたなら……!」
「そう簡単には殺せないだろ。俺とお前の関係じゃ」
「あの……今さらなんだけど……本当に2人は……殺し屋……なの……?」
本当に今さらだが大事なことだ。ふざけ合って殺し屋なんて言っています、では済まない話をしているのだから。
「俺はそうだよ。蓮華は違うけどな」
「余計なこと言わないで……なんでもありません……」
また蓮華が口を開いたので銃口を向けると、慌てて手で口を覆う。俺だってそこまで冷血ではない。明かすのは必要最低限だけだ。
「信じられないなら後でニュースを確認してみるといい。警備会社社長が殺されたって……蓮華、後始末はちゃんとやってるんだろうな」
「やってますよ……そんな大きなニュースにはならないはずです。あの車に乗っていたのは全部うちの社員なんで。少なくとも銃殺なんて話は絶対にあがりません」
「だそうだ。悪いけど証明することはできない」
「社員……? 殺しの会社があるの……!?」
「日本の死者や行方不明者が年間何人いると思ってんだよ。ちゃんと処理すれば完全犯罪なんて簡単だ。退職代行なんかが仕事になる時代だぞ? 世の中色んな稼ぎ方があるんだよ」
「先輩……それ以上は言わないでください……れんげが殺されます……」
そして下っ端が切られやすいのはどの会社でも同じ。犯罪請負会社『インセクト』。その末端である蓮華の首は半分取れかかっていると言っても過言ではない。だからこいつは俺に接触してきたのだが。
「わかりやすく言うと蓮華は派遣会社の新入社員で、俺は替えの効くフリーター。中抜き大国万歳って話だよ」
適当に話を切り上げようとしたが、田村の顔は訝しんだままだ。でもこれ以上は言えない。俺も蓮華も、一言では片づけられない事情を抱えているのだ。
「まぁ安心しろよ。俺たちが何者であろうと、やることは変わらない。悪いことをした奴に報いを与えるだけだ」
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