99話 連携の実演
アシュリー主導のもと、召喚師の生徒達は中庭へと移動した。
七本の塔はそれぞれ、剣士、建築士、弓術士、黒魔導師、白魔導師、召喚師、そしてそれ以外の希少クラスの講堂として使われている。さらに各塔を仕切る壁で囲まれた六つの中庭が、各『クラス』の実習用のフィールドとして利用されていた。中央の塔が担当している希少クラスは、戦闘面での実習がほとんど為されていないため、中庭が用意されていない。
召喚師用の中庭に出ると、そこにはいつもは無い人間大の金属の筒が並べられていた。直径も人間の頭四つ分程度ほどありそうだ。それらが何本も地面に突き立てられ固定されている。
剣士の訓練用に使われる的だ。剣士側の教官に依頼し、特別に用意してもらったものである。
「さて、それじゃ始めましょっか。マナヤ、頼んだわよ」
「お、おう」
サバサバとした感じでマナヤにそう指示するアシュリー。やや戸惑いつつもアシュリーが位置につくのを目で追い、慌てて自身も彼女のやや後方へと移動する。
それを確認したアシュリーは、赤いサイドテールを優雅に振り乱しながら振り返り、生徒達を仰ぎ見た。爽やかなその姿に、生徒達が眩しそうに目を細める。
「さてっと。最初に断っておくわ、この戦術はあたしも今練習中なの。だから命中精度にはまだ難があるし改良の余地もあるでしょうから、そこんとこ注意ね」
苦笑するような顔で説明する彼女は、肩をストレッチするように準備運動を始める。一体何をするのか見当もつかない生徒達が、怪訝そうな表情で互いの顔を見合わせていた。
パンッと気合を入れるように手を叩いたアシュリー。
「いつでもいいわよ、マナヤ」
「【トリケラザード】召喚!」
アシュリーの掛け声に合わせ、甲殻に覆われたトリケラトプスのようなモンスターを召喚する。
今度は生徒達は怯えない。室内ならともかく、実習フィールドで召喚の練習をすることは当然のことだからだ。
「いくぞアシュリー!」
「ええ!」
短く応えたアシュリーが、傍らのトリケラザードに手を伸ばし、おもむろにその尻尾をむんずと掴んだ。
「――セイヤアァァァッ!」
さらにそのまま振り回し、金属筒へ向けて豪快に投げつける。
「【火炎獣与】!」
瞬間、マナヤは勢いよく投げ飛ばされていくトリケラザードに火炎獣与をかけた。トリケラザードの角が炎を纏い真っ赤に燃え上がる。そしてそのまま、角を先頭にトリケラザードが金属筒に激突した。
――ズゴォォンッ
「うわっ!?」
「えっ!?」
ぶつかった轟音に思わず目を瞑った生徒達も多かったが、次の瞬間驚愕の声が上がった。
トリケラザードの三本角が、金属筒を真ん中からへし折っていた。赤熱し荒く砕けた断面を覗かせ、ゴォンと重厚な音を立てて筒の上半分が地面へと落下する。
トリケラザードの攻撃は本来、意外なほど威力が無い。元々このモンスターは防御用で、頑丈さが最大の売り。角で突き刺すその攻撃は速度も遅く、敵に対するダメージはほとんど出ない。火炎獣与を加味しても、この金属筒のマトに当てたところでせいぜい表面が少し凹めば御の字だろう。
しかしこの一撃は、金属筒を完全にへし折っている。
「やたっ、やっぱり地上からだと当てやすいわね!」
アシュリーが嬉しそうにガッツポーズを決めた。生徒達がマトとアシュリーを交互に見比べる。
「ま、こんなわけでな。モンスターを『道具』として見りゃ、こうやって剣士用の飛び道具代わりにも使えるってこった。召喚師の補助魔法の効果も乗せられるしな」
マナヤの説明に、生徒達が口をあんぐりと開けて見入っている。
上空からアシュリーが剣士の膂力で投げつけたこと、そしてマナヤの火炎獣与の効果も乗った。これにより、トリケラザードとは思えぬ破壊力を生み出した。
「……これは」
生徒達の背後から見守っていた、監視役らしい地味な格好の三人が感嘆しているのがわかる。
剣士用の投擲武器というものは、一応存在はする。が、それは拠点防衛用のものだけだ。どう考えても携行に向かず、かといって小型化しても威力には期待できない。
だが、モンスターを投擲武器として使えれば、攻城兵器級の投擲武器をいくらでも持ち歩けることになる。
そこへ、アシュリーが付け加えるように口を開いた。
「もっとも、実戦じゃあこんなうまくはいかないわよ。モンスターとの闘いは森の中や視界が通らない場所が多いからね。モンスターを投げるなら図体が邪魔だし、弓術士でもないのに地上から狙うのは結構難しいわ」
ほう、と監視役三人組が感心した顔になる。彼らもそういう可能性には思い至っていたのだろう。それを知ってか知らずか、アシュリーは笑顔を見せてシャラへと振り返る。
「ってわけでシャラ、お願い!」
「あ、はい! 【キャスティング】」
すぐさまシャラが、手に準備していたブレスレットを投擲した。それは生き物のようにアシュリーの右手首へと飛んでいき、通り抜けるようにするりとその手首へと装着される。玉を抱えた兎のようなチャームが輝いた。
――【跳躍の宝玉】!
それを確認したアシュリーがニッと笑う。
「これがあたしが練習中の、応用戦術よ! ――マナヤ!」
「ああ、トリケラザード、【戻れ】」
すぐにマナヤがトリケラザードを自身の場所へと引き戻す。さらにアシュリーから離れた位置へとトリケラザードごと移動した。距離を測り、ちょうどいい立ち位置を決めてトリケラザードを【待て】命令に切り替える。
「よし、いくぜアシュリー!」
「はぁっ!」
マナヤの掛け声に合わせてアシュリーが跳ぶ。青空を舞う赤い影を生徒達も慌てて目で追った。
タイミングを合わせ、マナヤが右拳で地面を殴りつける。
「【跳躍爆風】!」
破裂音が発生し、トリケラザードが一気に上空へと跳び上がる。その先にはちょうどアシュリーが空中で待ち構えていた。召喚師の女性生徒から鋭い悲鳴が上がる。
「はああああっ!」
が、空中でその尻尾を見事キャッチしたアシュリーが、そのままトリケラザードを振り回す。先ほどへし折れた筒とは別のマトに向かって投げつけた。
着弾と同時に凄まじい土煙を巻き上げる。同時に地面もぐらぐらと揺れ、生徒達がよろめき何名かは尻餅をついた。
「……あー、さすがに一発で成功ってわけにはいかないかぁ」
着地したアシュリーが残念そうに眉を下げる。今度のトリケラザードは金属筒の的には当たらず、傍の地面に衝突していた。トリケラザード周辺にちょっとしたクレーターのような穴ができ、金属筒の地面に埋もれていた部分が少し露出している。
「マナヤ! もう一回! もう一回だけだから!」
「あーもう、わかったっての! あと一回だぞ!」
子供のような懇願をしてくるアシュリー。生徒達の前だからというのもあるだろうが、先刻までの気まずさが嘘のようだ。思わず苦笑しながら、再びトリケラザードを呼び戻した。
……結局、あと三回ほどトリケラザードを投げつけたアシュリー。最後の一発をなんとか当てることができて、ようやく満足したようだ。
「――ふー。まあ見ての通りまだ命中精度には難アリだけど、こんな感じよ。空中からなら、障害物がある場所でも投げやすいからね」
アシュリーが妙にすっきりしたような顔で汗を拭いながら、爽やかに説明する。
投げつける度に凄まじい音でクレーターができるため、中庭は中々の惨状になっていた。轟音と振動もあったからか、上を見上げると城壁内の通路や塔の窓から見物人がこちらを覗き込んできているのが見える。
北東の塔が召喚師の指導用だが、北端の塔は中で剣士候補生達が学んでいるはず。覗き込んできているのは、剣士の生徒達だろうか。また、中央の塔からも何人かが覗き込んできているのが見える。
(うまいこと、この実演がパフォーマンスになりそうだな)
中庭で派手にやらかして、生徒達に見せつける。最初からその効果には期待していた。早速次の段階に入る。
「よし、次だ。今度はもうちょっとわかりやすい例だぞ。文字通りモンスターを『武器』として使う」
「武器として……って、さっきだって投擲武器として使ってたじゃないか」
マナヤの説明に生徒の一人がツッコミを入れる。ニッと笑みを浮かべてそちらへと目線を向けた。
「いや、考えてもみろ。剣士は剣を振るう時、何を使う?」
「え? えーと……ぎ、技能?」
「そうだ。さっきモンスターを投げた時、アシュリーは技能を使ってなかったろ?」
「そ、そりゃそうさ。剣を振るう時、ってあんた今言ったろ」
剣士という『クラス』は、あくまで近接武器でしか技能を発動することができない。ゆえに投げつける場合、技能の力を乗せることはできない。
マナヤは、再び金属筒の前に立つアシュリーへと歩み寄った。
「と、いうわけでだ。アシュリー、どれがいい?」
「そうね。ギャラリーが遠目に観察してるみたいだし、わかりやすさ優先でナイト・クラブあたりいきましょっか」
「おう。【ナイト・クラブ】召喚、【火炎獣与】」
彼女の傍らに、銀色の甲殻を持つ巨大なカニが出現した。さらにマナヤが手をかざし、カニのハサミが炎を纏う。
「じゃ、いくわよ! よく見てなさい! ……あっそうそう、あんた達は危ないからちょっと下がっててね」
塔から覗いているであろう者達にもわかるように、大きな声で宣言するアシュリー。さらに召喚師の生徒達をもう少し下がらせる。
彼女はカニの正面に立つように移動すると、後ろ手にナイト・クラブの足一本を引っ掴んだ。
「――【エヴィセレイション】!」
次の瞬間、アシュリーはナイト・クラブを丸々持ち上げ、それを思いっきり金属筒に向かって振り下ろした。
炎を纏ったハサミが金属筒に上から叩きつけられ、マトは赤熱し爆散。内部からズタズタに引き裂かれ、溶けた金属片が飛び散りる。
「な……」
「も、モンスターを使って技能を!?」
これを観察している者達全員が、今の光景に瞠目しているのがわかる。
今彼女が使った技能『エヴィセレイション』は、斬りつけた相手の切断面から外側へ向け衝撃を叩き込み、断裂する技だ。
「……と、いうわけだ。見ての通り、モンスターを『武器』とみなして技能を使うことができる。普通、生きた動物を武器代わりにして技能を使うことはできねぇ。これは剣士の皆さまの方が良くご存じだと思うがな?」
塔の上から見下ろしてきている者達へ、あてつけるように言い放つマナヤ。
「召喚モンスターを生き物じゃねえ。こいつらは『道具』なのさ。言った通り、剣や弓と同じだよ。だからこいつらを武器扱いして『技能』を使うことだってできる。召喚師の補助魔法を技能に乗せることだってできるのさ」
生徒達がお互いの顔を見合わせ、ヒソヒソと小声で言葉を交わし合っている。目の前の召喚師生徒達だけではなく、塔の上で様子をうかがっている生徒達も同様だ。
監視役の三人も、各々が顎に手を当てたり腕を組んだりして考え込んでいる。
「納得したか? よし、じゃあ一旦講堂に戻るぜ。お前らにモンスターのステータス表を見せてやる。召喚モンスターってのは元々、『召喚師の武器』だからな。まずは『駒』としてのモンスターの性質をしっかりと理解するんだ。さ、行くぜ」
***
「お疲れ様です、マナヤさん」
「おう、ありがとなシャラ」
あれからマナヤは、生徒達にモンスターのステータス表を写させた。明日以降はそれを主体にしてステータスを覚えさせることをまずは優先させる予定だ。
モール教官と別れ講堂から廊下へと出たところで、シャラが労ってくる。
「……マナヤ」
続けてアシュリーも廊下へと出てきたところで、マナヤに話しかけてきた。
「……お前も、ありがとな。アシュリー」
「マナヤ。あたしは諦めないわよ」
やや戸惑いつつ、アシュリーの方を向かないように今日の礼を言う。が、彼女は凛とした声できっぱりと言い放ってきた。
「あんたが消えちゃうなんて、あたしは認めない。何としてでも、あんたを繋ぎとめてみせる」
「……」
言葉が見つからずに押し黙っていると、アシュリーはこちらを向かずに自分を追い越し、さっさと先へと歩き去っていってしまった。
「マナヤさん、私もそう思います」
横からシャラが、顔を覗き込んでくるように訴えかけてくる。
「今日、召喚師の生徒達を立派に説得したじゃないですか。テオにもできなかったのに」
「……ありゃ、たまたまだろ」
「いいえ。異世界で育ったマナヤさんだから、あの説得ができたんです」
二人して足を止める。やや俯くマナヤに、横から懸命にシャラが説き伏せようとしてきた。
「私達ともテオとも違って、あなたはモンスターに襲われない世界しか知りません。だからモンスターを『駒』や『道具』として見ることに、何も違和感を抱かない」
「……」
「そんなマナヤさんの言葉だからこそ……『道具』だって心から信じてるマナヤさんだからこそ、生徒達に響いたんです。テオと統合しちゃったら、同じ事をしてもきっと、あれだけの説得力はなかった」
大きくマナヤが息を吐いた。シャラがやや儚げに微笑む。
「あなたが残ることは、決して無駄にならないはずです。……アシュリーさんのためにも、考えておいてください」
「……考えるだけは、考えとくよ」
そうして、二人は再び歩き出す。
生徒の状態は、大まかにはわかった。が、現状でテオはマナヤの記憶を自由には読めない。今後の教育方針はマナヤが立てるしかない。
――テオに交替するのは、もうちょっと後だな。
まずは忘れないうちに、早く明日以降の教育方針を書面にまとめなければ。マナヤは宿へ帰る足を速めた。
『召喚獣との絆』を推す召喚師系の作品が多い中、敢えて逆に敵役が言いそうな『召喚獣は道具』と扱うことを正義とするスタイル。
……モンスターにガッツリ人が殺されてる世界じゃないとできないことですが。




