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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第三章 流血の純潔と女剣士の願い
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96話 急転

 テオはほとんど記憶に残っていない、白い壁。こげ茶の木製本棚、ガラス張のテーブル。金属の棒で土台が作られ、滑らかな布とふわふわとした毛布に覆われた寝具。押し入れの中には色とりどりの衣服が入っており、いくつかは椅子にも乱雑に放られている。


 そんな部屋の中で自分は、大量のボタンが規則的に並んだ板に触りながら、文字と映像を映し出す横長の画面を見つめている。


『――一人殺せば人殺しで、百万人殺せば英雄?』


 自分の口から、そんな言葉が発せられた。画面に書かれている文字を読んでいるようだ。

 その後、自分の視界が横に滑った。移動した視線の先に居るのは、黒い短髪に黒い瞳の男性。優しそうな顔つきのそれが、困ったような笑みを作っている。


『ああ、まあ戦争で人が当然のように殺されてることを揶揄した言葉だよ。昔の映画で使われたらしいな。真に受けるんじゃないぞ?』


 そんな風に、諭すように教えてくる。


 ――あれ、どうして僕はこの人を……この場所を知ってるんだっけ?


 霞がかかったような頭の中。しかし、自分の体と口は勝手に動いている。


『ふーん。サモナーズ・コロセウムでランカーになれるくらい上手くなるにゃ、PC(プレイヤー)を百万人は倒さなきゃいかん、って指摘だってことでいいか』

『……ゲームと現実(リアル)をごっちゃにするんじゃないぞ?』

『んなこたわかってるよ! 言葉の綾だって。それより史也(ふみや)兄ちゃん、ダブルスのラダー手伝ってくれよ!』

『はいはい、わかってるって。()()()


 と、視界が滑ってもっと大きな光る画面の前へと移る。

 色とりどりに光っている、その大きな画面。自分の手から、なにやら複雑な形の機械を触っている感触が返ってきた。


 ――まなや? 僕の名前って、まなやだったっけ?


 知らないはずなのに、なぜか自分はそれを良く知っている。全く疑問に思っていない。

 そうして、画面の中で誰かが戦っていた。自分が良く知っている、モンスターを操っていた。



 ***



「……う」


 慣れない感触の毛布とシーツに包まれた寝具で、ゆっくりとテオが目を開く。窓にかかっているカーテンの隙間から、かすかに朝日が差し込んでいた。


(そうだった。昨日、王都に着いたんだった)


 起き上がると同時に、すうっと記憶が戻ってくる。先ほどまで何故か『当たり前』と思っていた、夢の中のあの光景。それが『異世界』のものであると、目覚めた今はちゃんと認識できる。


 昨晩、シャラやアシュリーと王都の中を歩いている時、三人のガラの悪そうな男たちに捕まったのだ。その時、急に意識が沈んでマナヤと交替したらしい。気が付けば日はとっぷり暮れていて、宿の部屋にいた。気が付いてすぐに傍らにシャラが居て、ほっとしたのを思い出す。


 辺りを見回し、いつもよりも綺麗な部屋の中であることを確認。

 石造りの壁や天井ではなく、木製に白い塗料が塗られた部屋の中。夢の中で見た部屋の中と雰囲気がどことなく似ている。


(……そうか、扉だ)


 ちらりと、寝室の扉が目に入った。

 村で暮らしていた時は、寝室に扉などついていなかった。建築士の石材を操る能力で造られた一般の家は、石では作れない『扉』は後付けするしかない。わざわざ木材で手作業で作成・取付することになる。だから、扉は玄関と裏口にしかついていないのが普通だった。

 寝室どころかほぼ全ての部屋をきっかり扉で区切り尽くされている、どことなく閉塞感を感じる間取り。そんなこの寝室の中が、あの異世界での生活に少し似ている。


「……テオ?」


 片手で頭を押さえるテオに、隣から呼び掛けてくる声が聞こえた。隣で眠っていたシャラが起き上がってきて、心配そうにテオを見上げてくる。


「おはよう、シャラ」

「また、あの夢を見たの?」


 ぎこちなく笑って見せるテオだったが、シャラは少し怯えたような表情のままテオの顔を覗き込んできた。


「……うん。また夢の中で僕は『マナヤ』になってた。ちょっと前までは、僕自身の記憶しか夢に見なかったのに」


 小さくため息をついて、テオは少し下に俯いた。


 テオは、神に連れられて異世界へと渡ったことがある。つい最近までテオ自身もすっかり忘れていたのだが。

 そのため、三ヶ月程度ではあるがテオ自身が異世界で生活していた。フミヤという人物に面倒を見てもらい、召喚師の戦いを”遊戯(ゲーム)”で教えてもらったこともある。

 その時の記憶を、以前もテオは断片的に思い出すことがあった。


 けれども最近見る夢。

 明らかに、今度こそテオ自身が経験したことがないはずの出来事を夢に見るようになった。フミヤも自分を『マナヤ』と呼んでいる夢だ。

 かつて怖れていた、自分のものではない記憶を思い出すという現象。正体がわかっている今だからこそ、あの時ほど恐れてはいない。が、セメイト村を発ったころから急に『マナヤ』の記憶を見るようになった理由がわからない。


「大丈夫だよ、シャラ。僕はまだ僕のままでしょ?」


 不安そうな顔をしていると、シャラも不安にさせてしまう。そう考えて明るい顔を作ってシャラに視線を返した。


「……うん。私の知ってるテオのままだよ」


 シャラも少し表情が緩んで、切り替えるようににこりと笑みを向けてくる。


「さ、起きよう。宿の人たちが朝食を用意してくれるのって、便利だよね」

「そうだね。今までずっと私達が自分で用意してたから」


 用意や後片付けを他人任せにできる。気楽に朝食を摂ることができるそんな環境に感謝しつつ、テオとシャラは着替えるべく共に寝具から降りた。




 宿の食堂で、アシュリーやディロン、テナイア達と朝食を共にした後。


「さてっと、まだ今日いっぱいは自由にできるのよね。召喚師に教導する準備とかはいいんだっけ?」

「はい、アシュリーさん。召喚師候補生の皆さんが今どこまで教わっているのか、確認してからですね。じゃないと今後の教導方針も決まりませんから」


 テーブルでシャラ、アシュリーと一緒にくつろぎながら、そんな他愛ない話をしていた。

 と、そこへ。


 ――コンコン


「あっ、はい」


 扉をノックする音が聞こえて、テオが立ち上がり扉を開けに行く。


「テオ。シャラとアシュリーもそこに居るのか?」

「あ、ディロンさん。テナイアさんも。どうぞ」


 扉の向こうに立っていたのは、つい先ほども朝食を共にしたディロンとテナイアだ。今後の相談だろうか、そう判断して二人を部屋に招き入れる。


「……申し訳ありませんが、テオさん。席を外しては頂けませんか?」

「え……」


 唐突なテナイアの指示。どうして、と体が硬直してしまった。テナイアが少し目を伏せて後ろめたそうに続ける。


「シャラさんとアシュリーさんの二人に、内密の話があるのです。テオさんに、というよりは、マナヤさんには知られたくない話が」


 ちらりと、シャラとアシュリーに視線を移すテオ。アシュリーは全く心当たりがないようで不思議そうな顔をしていたが、シャラの方は顔が強張っている。


 ――マナヤ絡み、か。


「……わかりました。僕はロビーに待機していますね」


 話の内容は気になったが、内密ということであれば出しゃばるべきではない。そう判断し、テオは素直に席を外すことにした。


「その、ごめんねテオ」

「大丈夫だよ、シャラ。話が終わったら呼んでください」


 後半はディロンとテナイアへと伝えながら、テオはドアノブを掴み部屋を出て、後ろ手に扉を閉めた。



 ***



「あの、話というのは? あたしが聞いても良い話なんでしょうか?」


 テオが去った部屋の中で、アシュリーが怖々とディロンに訊ねていた。

 シャラは少し震えながらも、二人に椅子を勧める。テナイアの表情から、シャラには話の内容に見当がついた。昨晩、マナヤやアシュリーと別れてディロン、テナイアと共に宿へと帰還した後、彼らに相談した内容についてではないかと。


「はい。シャラさんだけではなく、アシュリーさんにも伝えておくべき内容であると判断しました。……マナヤさんの事です」


 テナイアが主導となって話を始める。マナヤの、と聞いてアシュリーがさっと真剣な表情へと変化した。そのテナイアの目が、今度はシャラへと向けられる。


「シャラさん。もしやとは思いますが、今朝もですか?」

「は、はい。今朝もマナヤさんの記憶を夢に見たと言っていました」


 深刻そうな雰囲気を感じて、シャラは胸が緊張で締め付けられるのを感じた。

 そうですか、とテナイアが少し視線を横に外す。


「……恐れていた事態が、現実になり始めているのかもしれません」

「恐れていた事態、ですか?」


 アシュリーがやや身を乗り出しながら訊ねた。その顔にも不安そうな表情が浮かんでいる。シャラも自身の心臓がばくばくいっているのを感じながらテナイアを見つめた。


「マナヤさんがテオさんの副人格である、と聞いた時から危惧はしていたのです」

「危惧……」


 声が掠れる。自分の口の中がからからになっているのを、シャラは感じていた。

 迷うように目を閉じていたテナイアは、やがて目を開いてシャラとアシュリーの顔を直視しながら告げる。



「テオさんとマナヤさん。二人の人格の『統合』が、始まっていると思われます」



 自分の顔から血の気が引いていく。隣で身を乗り出しているアシュリーも、息を呑んでいた。


「と、統合、というのは……」


 顔を引き攣らせ、絶望するような懇願するような複雑な表情で、アシュリーが訊ねている。ディロンが腕を組み、重苦しい表情で目を閉じているのが目に入った。

 テナイアが軽く息を吐き、再び口を開く。


「言葉の通りです。テオさんの人格から、一度分離して独立したのがマナヤさんの人格。そのマナヤさんの人格が、再びテオさんの人格一つに戻ろうとしているのです」


 ひゅっ、とアシュリーの口から不自然に息が漏れる音。テナイアが気遣うようにアシュリーへと顔を向けて、詳しい説明を始めた。


「元々多重人格というのは、主人格……すなわちテオさんが過酷な環境による多大なストレス、もしくは受け入れがたい現実などに直面した際に起こる現象です。主人格の心が壊れてしまわないように、自分の中に別の人格を作り上げる。辛い状況をその別人格に肩代わりしてもらうことで、主人格の精神の崩壊を避ける。そういった心の防衛反応です」


 努めて淡々と、テナイアが語り続ける。


「もっとも、通常は多重人格などそう簡単に発生することではありません。ただ、感情の解放が何らかの形で抑圧されている場合、多重人格を発症しやすいと言われています」

「感情の……解放、というのは?」


 震える声で、シャラが恐る恐る訊ねた。


「人は辛い現実を目の当たりにした時、何らかの方法で悪感情を解放しようとします。怒りの言葉を放ったり、涙を流し続けたり。多くの場合、それらを人前で行うことで初めて感情を解放することができると言われています」


 一旦言葉を切ったテナイアは、ふっと表情を陰らせる。


「ですがテオさんは、言語が通じない異世界へと渡ってしまった。その当時、テオさんがどこまで異世界の言語を操れていたかは計りかねますが……おそらく、その感情解放できるだけの言語知識が無かったのではないでしょうか。だから感情を溜め込み続け、吐き出すことができなくなり……そして、交替人格の形成に至った。それが、私の推測です」


 その場に居る全員が、押し黙ってしまった。宿の外から響く、喧噪や足音、鳥の鳴き声がはっきりと聞こえる。自身の息遣いすら煩わしく感じた。


 シャラは、テオの当時の状態を想像して心が締め付けられる。

 風土が違い、文化が違い、食事が違う。言葉すらロクに通じない人と一緒に過ごすしかなく、不満があってもそれを吐き出すことができない。そんなテオの苦しみを思い浮かべてしまい、思わず両腕で自らの身を抱きしめる。


 しばし後、テナイアが再び話しはじめた。


「そのように形成される交替人格ですから、主人格の精神が安定すると共に元に戻っていくケースもあるのです。人格が消滅するか、あるいは統合されるか」

「しょ、消滅!?」


 アシュリーが急にがたりと立ち上がった。両手をテーブルについて、わなわなと震えている。テナイアがそちらに目を向けた。


「はい。消滅の場合は、その交替人格の記憶がもろとも消えることが多い。統合の場合は、記憶も全て主人格へと引き継がれることが多いのです」

「……ま、マナヤは」

「テオさんがマナヤさんの記憶を夢に見ている。これは記憶がテオさんに移っていっている……つまり、消滅ではなく統合の可能性が高いと考えて良いでしょう」

「でも! 統合されたら、マナヤはどうなってしまうんですか!」


 絶望するような形相で、アシュリーが悲鳴のように訊ねる。テナイアは僅かに顔を伏せた。


「……交替人格の性格は、主人格が普段は理性で抑制している側面が表に出たものだと言われています」

「つ、つまり……?」

「マナヤさんの人格がテオさんに統合された場合、『マナヤさんらしさ』は再び抑制され……()()()()()()。そういう意味では、残酷ですがマナヤさんは『いなくなる』にも等しい、とも言えるでしょう」

「そ、そんな!」


 ――その時。


「っ! 誰!?」


 アシュリーが突然何に気づいて、扉の方を睨みつけた。キィ、と軋むような音を立てて扉がゆっくりと開いていく。


「――テオ? ……じゃ、ない、マナヤ!?」

「マナヤさん!?」


 アシュリーに続き、シャラも驚いてがたりと椅子を鳴らしてしまう。

 背を扉にもたれるような形で姿を現したのは、ややウェーブがかった短い金髪。そしてその目つきは、軟らかいテオの物ではない、鋭いもの。


 その目が、底知れぬ冷たさを宿していた。

22時頃にもう一話投稿します。

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