95話 心地よい時間
「あっ! これかわいい! ねえマナヤ、これいいんじゃないかしら!」
「いや、孤児院へのお土産だろ? そんな細工の豪華な飾りが一個二個だけ混じってたら、浮くんじゃねーか」
入った雑貨屋で、孤児院の女の子用にと髪飾りをいくつか選んでいるアシュリー。マナヤは苦笑しつつそれに付き合っていた。
アシュリーが腕に提げている、店に用意されていた針金で編まれた籠。その中に放り込まれている品の数々は、今アシュリーが手に取った物と比べると随分と質に差がある。
「うーん、予算はいっぱいあるから、このレベルで揃えてもいいと思うんだけどな」
「だからって無駄遣いしていいってわけでもねえだろ。他にも土産は見て回るって言ってたじゃねーか」
「まーね……んー、じゃあもうちょっとシンプルなのにしようかしら。でもせっかくだから、これはコレで買うわ。師匠にも似合いそうだし」
結局は買うらしい。
そしてアシュリーは、次々と孤児院の子供たちへの土産を漁り始める。一軒目にして既に、子供たち全員に一つずつ用意すると言わんばかりの勢いだ。
「……しっかし、アレだな」
「どしたの? マナヤ」
「いや。なんつーか、暢気すぎるくらい平和だなと」
平和そのものな店内の雰囲気にふと、心に引っ掛かるものを感じてしまう。
村では今でも、村の畑で採れた野菜や牧畜などを分け合って食いつなぎ、モンスターの脅威に晒される環境下でも懸命に暮らしている人々がいる。にも関わらず、この王都ではそういった脅威はほとんど無い。この王都に住む民は生涯、戦いとは無縁の世界に生きていくのだろう。
「不公平だとは思わねぇのか? 村がモンスター襲撃の防波堤として使われて、王都の奴らはぬくぬく暮らしてるなんて」
「んー? あんまり考えたことないわね。だいたい、王都で暮らすのって大変よ?」
「……なんでだ?」
首を傾げてしまうマナヤ。この雑貨店とて、店員がカウンターの前や商品棚の前などで平和に佇んでいるだけ。間引きだ畑仕事だと駆けずり回っている村の者達ほど、苦労しているようには見えない。
「だって自分の食い扶持どころか、国に納める税だって全部自分で稼がなきゃいけないもの。店を出すのも、勤めるのも大変じゃない」
「そうか? あっちの世界じゃ、みんなそうやってたんだぞ」
「あーそういえば前に聞いたわね。でも、それはマナヤの世界では『そういうこと』を学べるからでしょ?」
と、こてんと可愛らしく首を倒しながら、マナヤを覗き込んでくる。
「こっちじゃ、店を出そうと思ったらまずは先立つものが必要なのよ? 売り物になるものを調達できる伝手がないといけないもの。王都で自分の畑や牧場を持ってるか、この店みたいに工芸品を作れる腕前があるか、はたまた料理の腕が凄く良いか」
「あー……」
アシュリーの説明に、納得顔になってしまった。王都で稼ぐ、ということがこの世界ではハードルが高いのだろう。
自分達は先ほど、セメイト村でしか採れないピナの葉を売ることができた。が、今回は王宮からの要請ということで馬車を出して貰えただけで、本来は特産品などを運ぶための馬車代だってかかる。危険な森の中を進むわけだから、十分な戦力とて必要になる。強力な後ろ盾のない個人で行商をやるというのは、恐ろしく難しいわけだ。
商会を建てたりするのも一苦労だ。先立つものはもちろん、そういうコネクションを見つけるところから始めなければならない。
そも、マナヤのいた世界と違って、こちらの王都学園で学んでいることといえば『モンスターの倒し方』である。経営などについては教わらないし、そちら方面のコネもできないのだろう。
ある意味では、王国がそうやって村人達が『帰ってモンスターを相手にせざるを得ない』状況を作っているのかもしれない。モンスターの脅威に晒されている以上、仕方がないといえば仕方がないことなのだろうが。
「そこの店員さん達だって、そうよ。それぞれのお店に合う接客ができる人じゃないといけないんだし。建築士の人も、センスが良ければ食べて行けるけど、一般人の建築士だって家の修復くらいはできるしね。あとはせいぜい、工芸品を作るお手伝いとして弟子入りするくらいかしら」
「接客くらいなら、どうとでもなるんじゃねーのか? あと弟子入りも」
「店だって無限にあるわけじゃないのよ? 弟子も従業員も、ほとんどの店がもう間に合ってるに決まってるじゃない」
「……求職者と離職者のバランスが取れてないのか」
「ええ。モンスターと戦いたくない、って王都や町に残ろうとする人はそれなりに多いらしいけど、よっぽどの才能がないと適応できないのよ」
それで、この王都にああいったガラの悪い輩が居るということなのだろう。他者から金品を巻き上げることでしか、生きる道を見つけられなかった者達の末路だ。
モンスターと戦う度胸もない腰抜けが、人を脅して金を巻き上げる。そう考えると、同情の余地などカケラもないが。
「ま、シャラみたいな錬金術師なら、王都でも職にあぶれることはないでしょうけど。生活用の錬金装飾は、作るのもマナ充填するのも錬金術師にしかできないしね」
「確かに、かなり高額で錬金装飾が売れたもんな」
――それでもシャラは、村に帰ることを選んだのか。
テオやテオの両親のため、というのはもちろんあったのだろう。だが、一番強いのは『故郷の皆の力になりたい』という感情だったのではないだろうか。
「……結局のところ、故郷に帰って役に立ちたいってヤツが多いってことなんだろうな」
「そうね。実はあたしも、一度は王国直属騎士団にスカウトされたことあるのよ? 学園を卒業した時に」
「は?」
寝耳に水の話を聞かされ、思わずアシュリーを凝視してしまう。
「あたしの時は、人数が多い剣士の中でもあたしがトップだったからね。師匠のおかげよ」
「それでもお前は、帰ることを選んだんだな?」
「そりゃそうでしょ。師匠といい孤児院といい、セメイト村には未練が多すぎるもの。恩返しだってしなきゃいけないと思ったし」
と、ふとアシュリーが儚げにはにかんだ。
「もし、王都に残ってたら……あたしは、あんたに会えてなかったかもしれないわね」
「……」
「あの村に戻ってきて、ホントに良かったわ」
「……そういう恥ずかしいセリフを、なんでさらっと吐くんだよ」
思わず自分の顔が紅潮してしまうのを感じて、慌てて顔を背けるマナヤ。クスッとアシュリーが小さく笑う声が聞こえた。
(……ん? あれは)
その時、急に一つの品が目についた。
「――あ、マナヤ! さっそく出番よ、こういう玩具って男の子は好きかしら?」
「あっ……あ、ああ、今行く」
丁度、アシュリーが少し離れた棚からマナヤを呼んできた。やや後ろ髪を引かれる思いながら、マナヤは彼女の元へと向かった。
***
「うん、とりあえずはこんな所かしらね。あとは別のお店を見て回って決めましょっか」
「まだ回る気かよ!」
と、籠いっぱいに飾り物や玩具などを入れたアシュリーに、思わずマナヤが突っ込んだ。孤児院にいる全員分をとりあえず選んだのだが、一人一つでは少なすぎるとでも言うのだろうか。
「お前、親になったら絶対に自分の子供を甘やかすタイプだろ」
「そうかしら?」
軽口を叩きつつも、会計のためにカウンターへと共に向かおうとする。
「貸せ」
「えっ」
突然、マナヤはひょいっとアシュリーの手から籠を取り上げ、さっさと先にカウンターへと向かっていった。アシュリーが一瞬硬直する。
マナヤはその隙に、一つの品をこっそりと手元の籠へと放り込んだ。
「これ、お願いします」
「はい、お買い上げありがとうございます」
「あ、え、ちょっと、マナヤ?」
にこりと笑顔を向けた女性店員が、それぞれの値札を確認する。アシュリーは後方で、なぜか狼狽えていた。
店員は、板のような魔道具を使って何かを指先で打ち込んでいく。電卓のようなものだろうか。
「随分と、沢山お買い上げですね? 故郷の方へのお土産ですか?」
「へっ? あ、はい。俺のっつーか、連れのですけども」
突然、にこやかに店員が話しかけてきて驚く。
「子ども向けのものが多いですね。親戚や友人のお子さんが多いのですか?」
「いえ、連れが世話になった孤児院への土産物だそうで」
マナヤの中では、会計の店員というのは寡黙に淡々と仕事をこなす、という印象が強かった。しかしこの店員は、さも当然のように作業しながら世間話を続けてくる。村で、物々交換で出来合いの料理を貰うときと同じような雰囲気だ。
そういえば先ほどの食事処で会計するときも、店員が一言二言程度の世間話をしてきた。ほぼ見ず知らずの客にも気軽に話しかけることは、この世界では普通のことなのだろうか。
「ふふっ、そうですか。……お若いのに、素敵な旦那さんですね?」
と、店員の最後の一言はアシュリーへと向けたものだ。「はひっ!?」とアシュリーが素っ頓狂な声を上げている。マナヤも思わず顔が赤くなってしまった。
「へ、あ、いや、旦那っつーか――」
「はい、お会計九七spと八〇cpになります」
「あっハイ」
慌てて訂正しようとするも、微笑ましげなものを見る目になった店員が遮るように会計を伝えてくる。出鼻をくじかれたマナヤは、とりあえず自分の革袋を取り出した。先ほど食事処の中で、周りの目を気にしつつも分配したお金だ。マナヤ用とテオ用の二つに分けており、当然自分用の方を取り出す。
「えっ、ま、マナヤ? あの、あたしのお金で買うから――」
「いいから、会計くらい男にやらせろ。かっこ悪いだろうが」
自分で買おうとするアシュリーを押し切って、マナヤが会計を済ませる。
女性と二人で買い物に来ておいて、男の自分が後ろで突っ立っているだけでお金も出さないなど、男のすることではない。かつて史也に教わったことだ。
「はい、お釣りの二〇cpです。お幸せに」
と、ニコニコと極上の笑みをマナヤとアシュリーに向けてくる。奇妙な雰囲気になりつつも購入したものを自分の背袋に入れ、店を出た。
あたふたとアシュリーがその後をついてくる。
「……あの店員、俺達が姉弟か何かだとは思わなかったのか? テオの体、まだ十六歳なんだが」
恥ずかしい気持ちを隠すように、そうつぶやく。さすがに、自分がアシュリーよりも年下であることくらいはわかりそうなものだ。
ちょっとぐらい年上の女性と結婚するということも、そう珍しいことではないのかもしれないが。実際、テオはアシュリーと三歳しか違わない。
「……あれだけのことしといて、今さら何言ってんのよ」
と、恥ずかしさに目を伏せたまま、アシュリーが拗ねるような声で言う。
「あれだけのこと? 何だ?」
「あーもう! やっぱり気づいてなかったのね!」
顔を赤らめたまま、やけっぱちのように頭を掻いてマナヤを睨みつけてくる。
「あんたの世界じゃ知らないけど! 男が女性の荷物を持ったり代わりにお金出したりするのは、結婚相手に対してだけなのよ!」
「ハァッ!? いや待て、俺はそういうつもりでやったわけじゃ――」
「あんたさっきの食事処じゃ、別々に会計してたじゃない! なんでこういう時だけそういうムーブかますのよ!?」
「いやだって、アレは全員が金を出すからワリカンは自然なことだろうが! でもここは違うだろ!」
往来で衆目に晒されつつも、思わず言い争いをし始めてしまう。
実のところ、マナヤとしても代わりに会計をするのは『良い口実』と考えてやったことではあった。懐に入った一つの品を意識しつつ、羞恥に思わず頭を掻きむしってしまう。
「いいマナヤ! あんた、軽々しく女性に対して勘違いさせ――」
と、そこで急にアシュリーが言葉を切った。視線だけ斜め上へと向けるように考え込んでいる。
そして何かを閃いたのか、ニヤリと半眼で何かを企んでいるような笑みを向けてきた。
「そうね。せっかくの機会だからマナヤ! あんたに『普通の』接し方っていうのを教えてあげるわ」
「お、おう。ありがたいが、今の笑みは何だ」
「そうと決まれば、さっそくあっちの店で実践ね!」
嫌な予感がしつつも、アシュリーについていった。
そうして二人は、概ね穏やかな時を過ごした。
「はいマナヤ、別人アピールするためにまずあんたが先に店に入る! で、そっとあたしの手のひらを自分の手に乗せるようにしてあたしをエスコートすること!」
「こ、こうか?」
「ふふっ、見て下さい店長。あのお客さん、お嫁さんのことすごく大事にしてますよ」
「おいアシュリー」
「じゃあマナヤ、会計が終わったら、店を出る時に一礼! あたしも一緒にやるからね」
「ちょっと待て、今度こそ本当に大丈夫なんだろーな?」
「ははは、お客さんオシドリ夫婦っぷりを見せつけてくれますねぇ!」
「おいアシュリー!」
「じゃ、これ試着してくるから、マナヤはあたしの手の甲に口づけして見送りしてね!」
「お前ぜったい遊んでるだろ」
「遊びに来たのよ? 何を今さら」
「意味が違ぇよ! 『俺で』遊んでんじゃねえ!」
「せっかくだしマナヤ! 宿に戻ったら『おかえりなさいませ、お嬢様』って感じで、あたしの代わりに扉を開けてね」
「よーし戦争か? 戦争だな?」
……概ね。
なお、そう教育した史也の思惑としては
史也「口調が乱暴なんだから、せめて振る舞いくらい紳士っぽさを身に着けてくれ……」
とのこと。




