92話 各々の覚悟
翌日。テオは召喚師用の集会所でこの村の召喚師達に話した。テオとマナヤが、王都の学園に講師として誘われていることを。
「それも、いいかもしれないな。テオ君」
「え……ジュダさん?」
一通り話した後、静まり返った集会所の中でぽつりとジュダが漏らした。白い髪をした中年の召喚師で、セメイト村の召喚師を取りまとめている者だ。現在はマナヤが束ねていることも多いのだが、マナヤが不在の時は今でもジュダが彼らのまとめ役になっている。
「はっきり言おう、テオ君。君も、マナヤさんも。あれからずっと活気が感じられなかった。まるで、少し前までの我々を見ているようだ」
「……」
「親を亡くした人というのは、私も何人か見ている」
六年前と二年前に発生した、モンスターの襲撃。その際にそれなりの数、村人にも死人が出ていた。
「だが今の君達は、そんな人たちと比べても落ち込みすぎだ。君達の両親が召喚師解放同盟に……人に殺されたことに、関係しているのか?」
ジュダが続けてそう訊ねてくるが、テオは押し黙るしかなかった。
実際には両親は、死んでしまった自分の体を蘇生させるために生贄となった。蘇生魔法のことはおおっぴらにはできない。
だがもしテオらが気持ちを引きずっているとしたら、『自分達の不手際で』という気持ちが強いからなのか。自分を生き返らせるために、死ななくても良かったはずの両親が命を捧げてしまったから。
黙りこくるテオを見て、ジュダが小さくため息を吐く。
「すまない。余計なことを訊いたか」
「い、いえ」
「だがテオ君。今の状態を引きずり続けることが良いことだとは、とても思えない。『沈んでばかりいられない』……我々が、他ならぬマナヤさんから教わったことだ。君達も一度、環境を変えてみてはどうだろう」
ジュダの提案に、テオはかつてシャラが両親を亡くした時のことを思い出した。
親を失った子供が孤児院に引き取られるのは、子どもを新しい環境に置かせるためであるらしい。新しい環境に慣れようと躍起になることで悲しむ暇を少なくする。そうして環境に適応していくうちに、自分の中の悲しみにも適応できるのだとか。
シャラの時は彼女自身が半狂乱になって孤児院行きを拒否した。しかし亡くなった親の生活感が残る家に居続けることは、子どもが立ち直るのを遅くしてしまうケースが多いそうだ。
実際、シャラは自分の家に拘り続けた結果、家に帰る度に泣きはらしていたようだった。テオの両親と共に食事を摂るようになったのも、せめてシャラの気を紛らわすための何かが必要であると、孤児院の院長に助言されたからだ。
と、誰かがポンと後ろからテオの右肩を叩いた。思わず振り向いた先にいたのは、茶髪の若い男性召喚師。
「カル、さん?」
「なあに、村に戻ってこないわけじゃないんだろ? 気持ちの整理がついたら、またここに戻ってくればいい。君の故郷はここしかないんだからさ、テオ。聞こえてるかわかんないが、マナヤさんも」
「そうですよ。どうせですから、テオさんとマナヤさんがいつもの調子を取り戻したところを見せに来てください!」
「ジェシカさんも……」
緑髪のおかっぱ女性も、テオの左肩にそって手を添えてくる。それを皮切りに、他の召喚師達も口々にテオを激励した。
「ちゃんと、テオ君達の家は俺達が守っておくからよ!」
「戻りたくなったら、いつ戻ってきたっていいんです。せっかくだから羽ばたいてみてはどうですか?」
「お父上とお母上のためにも、もう昔みたいに塞ぎこんではいられないんじゃないか?」
「どうせなら、マナヤさんと一緒に王都で名を上げてきてくれよ! 召喚師の英雄テオとマナヤを輩出したこのセメイト村をな!」
「みなさん……」
少し前まで、本当に沈んだ表情しかできなかった召喚師達。その彼らが未来に希望を持っている。その希望を以て、テオを後押ししてくれている。
胸の中に、暖かいものが広がっていく気がした。
「……っ」
と、その時突然テオの体がふらつき、意識が沈んだ。そしてもう一人の人格が……マナヤが、表に出てくる。
「マナヤさん、か?」
「……ジュダさん。他の皆も」
それに気づいたジュダが代表して訊ねると、マナヤが皆を見渡して拳を握った。
「聞いてたよ、全部な。……ありがとな」
「気にすることはないさ。俺達に最初に活気をくれたのはマナヤさんの方じゃないか」
カルがぐっとサムズアップしながら、明るくマナヤに話しかける。そんな彼に苦笑してから、マナヤはことさら真剣な表情を作る。
「テオの心は、決まったみてぇだ。俺は……まあ、召喚師の立場を上げるためには、どの道必要なことだからな」
「そうか。後の事はまかせてくれ。もう前までの私達ではないからな」
マナヤの決意表明に、自信に満ちた顔でジュダが頷いた。他の召喚師達も続いて頷く。
しかしそれを一通り見渡してから、マナヤは意を決したように一旦目を閉じる。
「けどひとつ、懸念事項があるんだよ。召喚師解放同盟のことだ」
「召喚師解放同盟……」
カルとジェシカ、そしてオルランの三人が顔をしかめる。彼ら三人は、召喚師解放同盟の所業を良く知っているからだ。スレシス村では、この三人がスレシス村所属の召喚師達も引っ張って、召喚師解放同盟との激突に参加していた。
「あいつらが、俺に復讐をしてこないとも限らねえ。そうなったら……この村が危ない」
「それこそ、私達に任せてもらいたい」
そこへ真っ先に口を開いたのはオルランだ。その瞳が怒りに染まっている。
「スコットさんとサマーさんを殺したあの連中は、私とて許せない。奴らが来るというなら、我々の手で連中を制裁してやる」
「そうですね、徹底抗戦です!」
「この村が襲われたのだって、あいつらのせいだって言うじゃないか。だったら、俺達にとってもあいつらは仇みたいなもんだ」
そんなオルランに、ジェシカとカルも同調している。他の召喚師達も、気持ちは同じなようだ。
そんな言葉を聞いて、マナヤは目を開いて拳を前に突き出す。
「ありがとな、お前ら。でも相手は野良モンスターとは違う。補助魔法やら命令やらを駆使してくる、召喚師が相手なんだ。俺達が留守の相手に、この村が奴らに好き勝手されたらたまらねぇ」
召喚師達が、固唾を飲んでマナヤを見据える。皆、覚悟が決まったという表情をしていた。
「だからこれから、いつぞやのスパルタ再開だ。これから数日間かけて、お前らに叩き込む」
「叩き込むというのは、やはり……?」
ジュダがほぼほぼ確信を持ったような目で訊ねる。それにマナヤは頷いて、こう続けた。
「ああ。お前らに『対人戦』を……敵の召喚師と戦う方法を、教える」
***
同刻、セメイト村中央の孤児院の一室。
シャラが青い髪をポニーテールに纏めた少女と一緒に、錬金術の練習をしていた。シャラより三つ年下の、同じ錬金術師である少女ユーリアだ。
「今日はここまでにしよっか、ユーリアちゃん」
「うん、シャラお姉ちゃん」
ユーリアが、出来上がった布をばっと広げながらシャラに答える。シャラに手取り足取り、錬金術による布の製作を教わっていたのだ。細かい製糸と、それを器用に操って綿密な布を織る。そういった専門の機械があまり開発されていないこういう村では、錬金術師の主な仕事の一つとなっている。
「あの、シャラお姉ちゃん、何かあったの?」
「……え?」
唐突に心配そうな顔でそう訊ねてきたユーリアに、シャラは一瞬顔を強張らせてしまう。
「だってシャラお姉ちゃん、帰ってきてからずっと元気が無かったけど……今日は、いつもよりもずっと、悲しそうな顔してる」
少し躊躇しながらもそう続けたユーリアに、作った布を畳む手が止まるシャラ。
自分の妹分にまで、心配をされてしまった。ちゃんと感情を隠せていない自分自身が嫌になる。
「だ、大丈夫だよユーリアちゃん。私はちゃんと――」
「誤魔化さないで。……そんなシャラお姉ちゃん、見てられないもん」
笑ってごまかそうとするシャラだったが、自分を見つめてくるユーリアの不安げに揺れる瞳が痛ましい。はっと息を呑んで、しかしシャラは思わず目を逸らしてしまった。
「シャラさんは、テオさんと一緒に王都へ誘われているのだそうですよ」
「え?」
突然、隣室からこちらの部屋に入ってきたのは妙齢の女性。白髪の混じってきた、ウェーブがかった黒髪を頭の後ろにまとめている彼女は、この孤児院の院長を務めているアーデライドだ。彼女もシャラ達と同じ錬金術師である。シャラが錬金術師になりたての時、アーデライド院長によく教わっていたものだ。
彼女の説明にユーリアが目を丸くする。
「あ、アーデライドさん! どうしてそれを!」
「ごめんなさいね、シャラさん。アシュリーさんから聞いたのですよ」
慌てて非難するような声を上げるシャラに、アーデライド院長は少し目を伏せつつそう釈明した。孤児院の裏手ではまさに今、件のアシュリーが師であるヴィダと共に訓練をしている。
「シャラお姉ちゃん、王都に行っちゃうの?」
「……行っていいのかどうか、わからないの」
気遣うようなユーリアの質問に、シャラはぐちゃぐちゃになった心のまま、曖昧な答えを返すことしかできない。
「ディロンさんとテナイアさんは、行った方が良いって言ってる。私達の気持ちを切り替えられるだろうからって。……でも」
「シャラさんは、義両親の家を離れるのが辛いのですね」
「……っ」
アーデライド院長の指摘にシャラが目を伏せる。
シャラが実の両親を失った際、両親の家を離れるのが嫌で泣き喚いたことがある。院長はそれを覚えているのだろう。
「……シャラお姉ちゃんは、行くべきだと思う」
少し思いつめたような声をしたユーリアが、顔を上げてシャラに言う。
「ユーリアちゃん?」
「シャラお姉ちゃんがまた行っちゃうのは、ちょっと寂しいよ。だけど……シャラお姉ちゃんが元気ないままなのは、もっといやだ」
ズキリ、とシャラの胸が痛む。ユーリアは涙が零れそうになった目で、けれど気丈に笑顔を作りながらシャラの顔を覗き込んだ。
「私は、大丈夫だよ。シャラお姉ちゃんに教わったことは全部やる。アーデライドさんに教えてもらって、もっともっと錬金術師として頑張る。シャラさんが居なくなった分も、頑張れる」
「ユーリアちゃん」
「だから……シャラお姉ちゃんには早く、元気になって欲しい。前までの元気なシャラお姉ちゃんに戻って……帰ってきて?」
ぽす、とシャラの胸元に飛び込むように抱き着くユーリア。そんな彼女の後頭部を優しく撫でながら、シャラも感極まって涙が滲み出す。自分の妹分に、こんなにも心配をかけてしまった。
アーデライドも優しく微笑み、諭すような声でシャラに告げる。
「シャラさん、決めるのは貴女です。行きたくなければ、行かなくても構いません。でも、貴女が立ち直る一助になるのであれば……私は応援しますよ」
「ユーリアちゃん……アーデライドさん……ありがとう」
ユーリアの体を抱き返しながら、シャラは二人に礼を述べる。
――私はもう、親離れしないといけないんだ。
***
「それっ」
「【ライジング・フラップ】」
ヴィダが石の固まりを前方に放り投げると同時に、その石目掛けてアシュリーが翔ける。剣を一閃させ空中を飛ぶ石を一瞬で正確に両断しつつ、アシュリーはかなり前進した位置に着地した。
「よし、次はこれだ。はぁっ」
今度はヴィダは杖を使って片脚しかない体を器用に支えつつ、一抱えほどの大きさの岩を上空へと一気に放り投げた。それを見上げたアシュリーが剣を後ろでに構えると、その剣が二種類のオーラに包まれる。
「――【ライジング・ラクシャーサ】!」
一気にアシュリーが空へと跳び上がり、光り輝く剣で空中の岩を砕く。轟音を立てて剣から巨大な衝撃波が立ち上り、岩を粉微塵にした。衝撃波は勢いを失わずなおも駆け上り、上空に消えていく。
「驚いたぞアシュリー。すっかり使いこなしているようだな」
アシュリーが華麗に着地を決めると、アシュリーの師匠である黒髪隻脚の女性『ヴィダ』がからからと上機嫌に笑っていた。
今しがたアシュリーがやったのは、剣士の技能を同時発動する技法。最初のものは『ライジング・アサルト』と『スワローフラップ』の同時発動、次のものは『ライジング・アサルト』と『ラクシャーサ』の同時発動だ。
「でも、まだ二つ同時が限度なんですよ。これじゃ、師匠の必殺技はまだ完全再現できないからなぁ」
アシュリーはやや苦い顔でそれに答える。
真のライジング・ラクシャーサは、『ライジング・アサルト』『スワローフラップ』『ラクシャーサ』の三つ全てを乗せる技だ。
そんなアシュリーに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてヴィダはアシュリーの胸元を拳で軽く突く。
「なぁに、二つの同時発動ができさえすれば後は時間の問題だ。要は、慣れだよ」
「つまり、練習を続けるしかないってことですね」
「そうだな。三つ目となると、正直コツなど無いと私は思うぞ。地道にその感覚を磨き続けることだ。仮にも私の奥義なのだからな、段階も踏まず簡単に完全再現などされてたまるものか」
「あはは」
苦笑しながら、アシュリーは剣を一旦納める。そしてベンチにかけてあったタオルを取りに行った。
「それで、アシュリー。お前は王都に行くのか?」
ヴィダが杖を使ってベンチの方へと歩み寄る。振り向いたヴィダは、少し表情を陰らせて答えた。
「マナヤが行くっていうなら、あたしも行くつもりです」
「つまりは、マナヤとテオ……あとは、シャラ次第か」
ちらりと、孤児院の裏口扉を横目で見るヴィダ。しかしすぐに視線を戻す。
「だが召喚師と剣士の連携が、まさか召喚モンスターを武器代わりに振り回す事だとはな。考えもしなかったぞ」
「マナヤが言ってたんですよ。召喚師にとって、モンスターは『道具だ』って。だからもしかしたらと思って」
汗を拭いたアシュリーが、サイドテールを振り乱すように頭を振る。さらしとした毛先が日の光を受けて煌めいた。
「それができれば確かに恩恵は大きいな。なんでも、『技能』を乗せることもできたそうじゃないか」
「ええ。うまくやれば、剣士の技能と召喚師の補助魔法を両方受けられます。かなりの威力向上ですよ。目下の問題は、命中精度ですね」
「剣ほど正確には扱えんか」
「さすがに。攻撃方向も合わせなきゃいけませんし、投げつける時も結構狙いにくいですね」
モンスターは、手にした武器を振り下ろすもの、振り上げるもの、体の一部を叩きつけるものなど様々だ。モンスターを投げつける時、モンスターが攻撃を行う際の動きを、投げつける角度に連動させる必要がある。
「だが剣士がモンスター投げを飛び道具として使えれば、戦略の幅は広がるな。そういう使い方は、身体能力の高い剣士でしかできん。はっはっは」
豪快に笑ったヴィダだったが、しばしの沈黙の後重苦しく口を開いた。
「スコットとサマーか……惜しい二人を亡くしてしまった」
「……師匠」
アシュリーも顔を曇らせる。ヴィダは、スコットやサマーとほぼ同年代だと聞いていた。
「タイラーもジェイミーも、そして私の夫も、私を残して逝ってしまった……長年の友が居なくなるのは、いつになっても慣れんな」
「……」
タイラーとジェイミーというのは、シャラの両親の名である。特にシャラの母であるジェイミーは、ヴィダと同じ剣士だっただけあって交流も深かったようだ。
アシュリーが唇を噛む。ヴィダに伝えるわけにはいかない、マナヤも一度死んだなどということは。アシュリーも同年代に近い者を失う悲しみを一時は味わったということは。
「師匠は……どうやって立ち直れたんですか。旦那さんを亡くした時」
しかし抑えきれず、ふとそう訊いてしまった。少し怪訝な顔を下ヴィダだったが、すぐに寂しげな笑みに変わって空を仰ぐ。
「悲しみを、覚悟に変えることだ」
「覚悟に、変える?」
「そうだ。二度と後悔しないようにすること。悲劇を繰り返させない覚悟、残された大切な者を守り抜く覚悟、同じような悲しみを他の者に味わせないようにする覚悟、何でもいい」
残された大切な者を守り抜く覚悟。その言葉を聞いて、アシュリーの脳裏にマナヤの顔が浮かぶ。
表情の変化に目ざとく気づいたか、ヴィダが意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ほう? お前にもとうとう、そういう相手ができたか」
「し、師匠! あたしは別に――」
「マナヤの奴は、強敵だぞ。落とすなら全力を尽くすことだ」
ニヤリと笑ってそう言うヴィダに、アシュリーの表情が凍り付く。
「え、あ……」
「なんだ、違ったのか? お前とそういう関係になるのは、アイツくらいのものだと思ったが」
さらりとそう口にするヴィダ。
アシュリーは思わず頬を紅潮させてしまう。自分はそんなにわかりやすかっただろうか。
「……師匠は、あたしが気持ち悪くないんですか」
「何がだ?」
怪訝な顔で聞き返すヴィダ。声を震わせながら、アシュリーは問い続ける。
「マナヤは、テオのもう一つの人格です」
「らしいな」
「存在しない人を好きになったあたしのこと、気持ち悪くないんですか」
そう訊いた瞬間、ヴィダの眉間に皺が寄る。
「お前は、マナヤをそんな風に見ていたのか?」
「ち、違います! でも……」
「だったら、堂々としていろ。先ほどのお前の問いは、お前自身がマナヤを気持ち悪がっていると言っているようなものだぞ」
ハッと息を呑み、バツの悪い顔になるアシュリー。ヴィダは柔らかい微笑みを作り、杖を立てかけてアシュリーの隣に腰掛けた。
「あいつは、一人の人間だ。元はテオのもう一つの人格かもしれんが、あいつを『存在しない』などと思っている者は、この村にはいない」
「……師匠」
「お前とあいつがくっつくことに、異など唱えるものか。あの男にも心の支えは必要だろう。……まあ、シャラが何と言うかはわからんがな」
「シャラは……認めてくれました。というか、シャラから言い出したことなんです」
「ほう? ならば躊躇うことなどあるまい」
ヴィダが面白そうにクスクスと笑いながら、アシュリーから視線を外して感慨深げに正面を見やる。
「一人の男の体を、二人の女が取り合うのか。三角関係というやつだな」
「し、師匠!?」
「傍から見ればそうなのだから仕方があるまい? 実際には四角関係……いや、ただの夫婦二組なのか? ややこしい人間関係になったものだな」
笑いながら言うヴィダに、アシュリーは顔を真っ赤にして俯いた。
「さて、アシュリーをからかうのはこれくらいにして、訓練再開といこうか」
「あっ! 師匠、やっぱりからかってたんですね!」
「半分は本心だぞ? 今まで散々、男からの求婚を断り続けてきたお前の行き遅れを心配していたのは確かなんだからな。やっと『その気』になったお前に、ハッパの一つもかけたくなるさ」
まるで親子のような会話が繰り広げられる中、ベンチから立ち上がった二人。アシュリーの心は、先ほどよりはずっと晴やかになっていた。




