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【改稿前作品】別人格は異世界ゲーマー 召喚師再教育記  作者: 星々導々
第三章 流血の純潔と女剣士の願い
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91話 王宮からの提案

「……ん」


 朝になって、テオが目を覚ます。やや寝ぼけ眼のまま、寝具からゆっくりと体を起こした。


「あ……」


 そしてそこで、思い出す現実。


 ――そうだった。父さんと母さんは、もう……


 先ほどまで見ていた夢の中。父と母が生きている夢だった。

 いつも通り、起床したら両親がいる夢。その夢の中で、テオは二人が生きていることに何の疑問も抱かず、幸せに過ごしていた。いつも通りの朝を迎え、いつも通りの『間引き』や畑仕事をし、そしていつも通り両親のいる夕食を摂る。少し前まで、当たり前だった暮らし。


「……テオ」


 隣で同じく起き上がったシャラが、掠れ声でテオに呼び掛けてきた。もう声色だけでわかったテオは、そっと彼女の肩を抱く。しゃくりあげこそしなかったが、シャラはテオの肩に頭を乗せて腕にそっとしがみついてきた。


 きっとシャラも、同じような夢を見たのだろう。


「おはよう、シャラ」

「……うん、おはようテオ」


 しばらくそうやって寄り添った後、意を決したように朝の挨拶を交わす。ちゃんと現実に戻らなければならない。涙まではもう流れなくなったことにどことなく寂しさを感じつつ、寝具から降りた。



 ***



「――テオさん、シャラさん、ご在宅でしょうか」


 今日はテオらの『間引き』仕事が無い日。朝の牧場での手伝いを終え、昼食を食べ終わった頃に来客だ。聞き覚えのある女性の声に、一瞬シャラと顔を見合わせたテオはすぐに表の扉へと向かう。


「はい。テナイアさんでしょうか? ……あ、ディロンさんも」


 扉を開けた先に立っていたのは、予想通りの白魔導師テナイア。そして彼女の隣には、久方ぶりとなる黒髪の短髪を横に流した黒魔導師、ディロンの姿があった。


「先ほど、ここに到着した。久しいな、テオ。シャラもいるのか」

「あ、はい。お久しぶりです。……どうぞ」

「こんにちは、お久しぶりですディロンさん」


 すぐに二人を迎え入れるテオ。シャラも席から立ち上がって挨拶をした。

 二人に席を勧め、お茶を出す。


「テオ、シャラ。両親のことは本当にすまなかった」

「……ディロンさん達が気にしないでください。お二人のせいじゃありません」


 席に着くやいなや、真剣な表情で謝罪してくるディロン。テオがやや俯きがちにそう返すが、ディロンは納得せずに続けた。


「君たちを召喚師解放同盟の件に巻き込んだ時点で、こうなる可能性はあった。それを我々も承知の上で、私は君達を守り切ることができなかった。これは明確な私の落ち度だ」

「私からも、もう一度謝罪させてください。……本当に、申し訳ありませんでした」


 そんなディロンに続き、隣に座ったテナイアも謝罪をしてくる。


「わ、わかりました、受け取りますからどうかそれ以上は」

「その、あまりその件を引きずらないでください。その方が私達も、その」


 慌てるテオに、シャラも同調してくる。

 あまり謝罪を繰り返されても、また、両親が居ない辛さを思い出してしまうだけだからだ。その雰囲気を察したか、ディロンとテナイアも目を伏せてこくりと同時に頷く。


「わかった。この話はここまでにしよう。……今日は、君達にいくつか別の話があって訪ねさせてもらった」

「別の話……ですか?」


 まだやや戸惑いがちにテオが訊き返す。ディロンは一瞬テナイアと目を合わせた後、テオとシャラに向き直って話し始める。


「まず、私とテナイアは正式に君とマナヤの護衛に就くことになった。王国上層部の決定だ」

「はい」


 事前にテナイアから聞いていた話ではあったので、素直に受け入れる。大げさな気もするが、今後の自分達の重要性を考えると納得はできる。


「スレシス村の方は、騎士隊ならびに臨時の教官が常駐して、村人達を一から鍛錬し直す形になった。なにしろ二十年ほど前からぬるま湯に浸かっていたらしいのでな」

「二十年前から……?」

「そうだ。召喚師解放同盟が初めて結成された頃から続いていたらしい」


 スレシス村周辺では、召喚師解放同盟の手によってモンスターの発生が抑えられていた。彼らは周辺の瘴気を人為的に集束していたらしい。村から離れた場所にある『神殿』の辺りに濃い瘴気を作り、高位のモンスターを生み出して召喚師解放同盟の手駒を増やそうとしていたようだ。


「一世代分もの間、モンスターの数が異常に少ない状態に慣れきっていた。最新の世代はもちろんだが、村人全体も大半がなまっていたのでな。しばらくは訓練を行いつつ、騎士隊が中心となって間引きを行うことになるだろう」

「あの妙な『神殿』……あれは、どうなったんですか?」


 ディロンの説明からふと気になって、そう訊ねてみる。


 マナヤが召喚師解放同盟と戦った際、黒く禍々しい壁面で造られた神殿跡のような場所。テオとマナヤが『神』から聞いた話では、邪神の器をこの世界に顕現させるためのものであるらしい。騎士隊はその神殿の調査も行っていたと聞いている。


「詳しくは調査中だが、壁面に古代文字に酷似した文字が記されている箇所があった。現在、専門のチームに解読にあたらせている。同様の神殿が存在しないか、国内を捜索中だ。秘密裏に諸外国にも捜索の依頼をしている」

「別の神殿に、召喚師解放同盟がいる可能性があるんですね」


 というシャラの指摘に、ディロンが頷いた。

 召喚師解放同盟は、スレシス村近くにあった神殿は放棄したという。エネルギーを抽出していたのか、詳しい目的は定かではない。

 だが、彼らにとってあの神殿はもう用済みになったことは間違いない。であれば、今度は別の『神殿』を新たな拠点としている可能性が濃厚だ。


「そして……ここからが、本題だ」


 一口お茶を飲んで落ち着いたディロンが、少し眉間にしわを寄せてテオとシャラを見つめる。


「テオ。君には改めて、王都に来てもらいたい」

「え……」


 テオの表情が固まる。そんな様子を察して、小さくため息をついてからディロンは続けた。


「王宮からの提案だ。召喚師の戦い方を広めるにあたって、マナヤには王都の学園で召喚師の候補生達に戦い方を教えてもらいたいとのことだ。来年度までとは言わん、短期だけでも良いので召喚師候補生達を鼓舞してもらいたい」


 思わずテオはシャラと顔を見合わせた。二人とも、顔に宿す感情は同じ。曰く、『両親のこの家を離れたくない』。

 ディロンが無表情に努め、テオらへと語り掛ける。


「君達の気持ちは百も承知だ。ゆえに、これはあくまで王国からの提案であり、強制ではないことは明言しておこう。君達が拒否したいというのであれば構わぬし、懲罰が下るわけでもない。学園へと来る場合、シャラの同行も当然許可される。アシュリーにも提案する予定だ。彼女が『召喚師との連携』を追求していることは把握している。おそらくその連携方法は今後にも役に立つ」

「……」

「そしてここからは、我々個人の意見だ」


 ディロンの雰囲気が変わった。テオとシャラは共に静かに顔を上げて彼を見つめ返す。


「君達は一旦、この家から離れた方が良いかもしれない」


 えっ、と顔を強張らせるテオとシャラ。慌ててテオがディロンに訊ねた。


「そ、それはこの村が危険ということですか? 召喚師解放同盟に狙われるとか――」

「いや、そういう話ではない。君達の()()()の問題だ」


 そう返答すると、ディロンはテナイアへと視線を移した。ゆっくりとテナイアが頷き、ディロンの言葉を引き継ぐ。


「失礼を承知で、指摘させて頂きます。お二人はこの家に残っている、亡くなったご両親の面影に囚われてしまっているのではありませんか」

「っ……」

「私も、お二人とこれまでこの村で顔を合わせてきましたが……思いつめているお二人の姿が、快方へ向かっているようにはとても見えないのです」


 テオもシャラも、顔を伏せるしかなかった。実際この家に戻ってきてからというもの、死んでしまった両親のことばかりが頭をよぎり続けてしまっていたからだ。両親と過ごしていた記憶を、否が応でも呼び覚まされてしまい、その都度辛さを覚えてしまう。


「ご両親の家を離れたくない気持ちを、ないがしろにするつもりはありません。ですが、辛い気持ちを引きずり続けるよりは……一度この村から距離を取って、気持ちを切り替えることも重要ではないかと愚考します」

「……テナイア、さん」

「お二人が……そしてマナヤさんが。皆さまが悲しみ続けるのはご両親の望むところではないはずです」


 ――父さん、母さん――


 ぎゅ、と両拳を握りしめるテオ。テオとマナヤが蘇生される時、父と交わした最後の言葉を思い出していた。



『泣いてばっかりいるんじゃないぞ?』



「……少し、考えさせてもらってもいいですか」

「ああ、決めるのは君達だ。ゆっくり考えてから答えを出すと良い」


 テオのその返事を聞いて、ディロンは珍しく優しげな口調でそう言い放つと席を立った。同時にテナイアも立ち上がる。


「私はテナイアと同じく、騎士隊用の宿舎に泊まる予定だ。君達の護衛を兼ねる関係上、『間引き』を始めとするこの村での仕事で顔を合わせることも多くなるだろう。その気になったらいつでも知らせて貰いたい」

「……はい」


 ディロンの説明に短く返し、テオは扉を開けて去っていく二人を見送った。




「……テオ」


 扉を閉めた後、シャラが不安そうに涙を湛えながらテオの袖をつまんでくる。


「ごめん、シャラ。僕だってこの家から離れたくない。でも……」


 俯いてしまったシャラを、正面からそっと抱きしめる。しばらくして、彼女の嗚咽が聞こえ始めた。


「……ごめんね。僕一人じゃ、シャラを支えきれなくて、ごめんね……」


 ふるふると、テオの肩口に目元を押し付けたまま首を振るシャラ。


 かつてシャラが彼女の両親を失った時。テオはシャラに、親の分の温もりを分けるつもりで彼女を慰めた。自分の両親をシャラに分けてあげたいとすら思っていた。

 そして今、自分自身も両親を失った悲しみに暮れる中、二度も親を失ったシャラを救いきることができない。テオが抱きしめるだけでは、もうシャラの心を癒しきってあげることができなかった。

 今のままでは、傷の舐め合いをしているだけだ。


(気分を入れ替えることも、必要なのかもしれない)


 まだ、両親の気配が残っているような気がする家。

 そこを離れる決意が定まらないながらも、テオは震える心でそれを考慮しはじめた。

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