89話 救世主認定
時を同じくして、コリンス王国の王都ヴァルディオン。
霊山城、という異名がついている王城『ガルト城』。王都の中央に、城壁と盛土を使って山のように聳え立って王都を見下ろしている真っ白い石で造られた城だ。万が一モンスターが侵攻してきた際にも、城壁を破壊しようとした程度では城内に侵入できないようにするための構造。
その王城の一室、赤い絨毯の上で縦長の四角状に並べられた長机。その長机には十七人の煌びやかな衣服を纏う者達が座っていた。短辺の上座に座っているのは王国の宰相。向かって右側の長辺に座っている八人は王国の大臣たち。向かって左側の長辺に座っている残り八人は、奥から騎士団長、錬金術師隊長、剣士隊長、建築士隊長、弓術士隊長、黒魔導師隊長、白魔導師隊長、召喚師隊長。すなわち、騎士団の幹部達である。
その長机の少し奥、宰相の背後にある一際立派な椅子に、コリンス王国の国王、ジャミソン・ヴェンジックス七世が腰掛けていた。
「それでは、デルガド聖国との対応については以上となる。次の議題は件の”神託の救世主”について。ジーク・スヴァルタス騎士団長」
「はっ」
宰相が議会を取り仕切る中、そのすぐ近くに座っていた騎士団長が指名されて立ち上がる。それを合図に、使用人が手分けして出席者の前に本を一冊ずつ、さらに資料も数枚並べ始める。
「以前より報告が上がっていた、セメイト村に所属しているテオという召喚師。彼に宿ったとされている、別世界から転生してきたという『マナヤ』なる男の意識。その真偽について、私とグレゴリー・ソルバイト召喚士隊長が直々にマナヤを詰問させて頂きました」
騎士団長の説明に伴い、初老の召喚師隊長もゆっくりと頷く。それを皆が確認したのを見届けた後、騎士団長も頷き説明を続けた。
「異世界からの来訪者、という点については追及したところで結論も出ないことでありますので、ここでは説明を省かせて頂きます。重要なのは、彼のもたらす知識とその活用について。諸侯らのお手元に配った、マナヤが書いたとされる”召喚師の教本”をご確認下さい」
その説明と共に、騎士団長を除く全員の手が本へと伸びた。
「その教本には、あらゆるモンスターの細やかな情報のみならず、これまでの常識を覆すような召喚モンスターの運用法が記されておりました」
「しかし、果たしてこの運用法とやらは信用できるのかね?」
騎士団長の向かいに座っている大臣たちの一人が、懐疑的な声を上げた。
「そのテオという少年が、召喚師解放同盟の一員である可能性は見過ごせまい。都合もタイミングも、何もかもが良すぎる」
「そうだな。このモンスター運用法とやらが、召喚師解放同盟の都合の良いように召喚師達を誘導する策略である可能性がある」
「我が国の召喚師達が皆、その運用法を学んだとして。それが召喚師解放同盟の企みであったら何とする」
大臣たちが口々に疑問を呈する。召喚師隊長以外の騎士団幹部も眉を顰めていた。
そんな中、騎士団長が両手を机に付いて再び口を開く。
「はい、私も結局その疑念を完全には晴らせず終いでした。ですがことここに及んでは、もはやそのような事は関係が無いのです」
「関係が無い、とは?」
妙に自信に満ちた騎士団長の言葉に、宰相が疑問を挟んだ。
「お手元の教本、その十七ページをご覧ください」
騎士団長の指定に、国王を含めその場にいる全員がマナヤの教本を開いた。パラパラと本の冒頭付近でページを捲る音だけが部屋に響く。
「――ま、待ちたまえ! これは、まさか!」
大臣のうちの一人が、思わず本を開いたままがたりと席を立ちあがってしまう。
そちらへと視線を向けた騎士団長がゆっくりと頷いた。
「はい。”最上級モンスター”含め、全てのモンスターの性能。攻撃の内訳や攻撃頻度、移動性能、果てには耐性の全てを百分率で記して一覧にされております。特に『シャドウサーペント』というのは、おそらく現時点で国外でも封印例の無い、あの水龍のことであると思われます。これが意味するところがおわかりでしょうか」
諸侯らがざわざわと互いに小声で話しかけながら戸惑う中、騎士団長はより一層神妙な表情を作る。
「仮に、件の『マナヤ』が召喚師解放同盟の一員だったとしましょう。だとすると、召喚師解放同盟は”全ての最上級モンスター”を既に手にし、それらの詳細な情報を検証する段階に至っていることになります」
そう言った騎士団長の視線を受けた召喚師隊長が小さく俯いた。
何しろ、このコリンス王国の召喚師が保有している最上級モンスターは、たったの四体。二体ずつを召喚師隊長、および副隊長でそれぞれ保有している状態だ。出現が稀なのはもちろん、他のモンスター群と同時出現することが多い、討伐後に召喚師が生き残っておらず封印できないことが多い、という事情故の数である。
だが、この教本に記されている最上級モンスターは……八種。
「召喚師解放同盟は、既に最上級モンスターを最低でも八体保有している。ジーク殿はそう言われるのか」
「お察しの通りです。マナヤが召喚師解放同盟であるならば、の話でありますが。マナヤが召喚師解放同盟の者であるか否か……それはもはや、議論する意味がないのです」
宰相の言葉に、騎士団長が頷く。
「何しろ彼がクロであるというならば、召喚師解放同盟の戦力はそれほどまでに整っているということに他ならない。おそらく各”最上級モンスター”を一体ずつ、には留まりますまい。各”最上級モンスター”を複数体ずつ確保しているでもない限り、これほどの詳細な情報を得られないはずです。マナヤを信用するしないに関わらず、王都は既に危機を迎えている……我々に残された選択肢は、もはやそう多くは無いのです」
それはすなわち、既に召喚師解放同盟がいつでも王都に攻め上がることができる戦力を得ているという事に等しい。仮にマナヤが召喚師解放同盟であるならば、ではあるが。
「し、しかしそれは論理が逆であろう」
続く騎士団長の説明に、別の大臣が慌てるように口を挟んだ。
「その理屈は、このモンスターの情報が真実であると仮定した場合の話だ。これが召喚師解放同盟が捏造した情報であるというならば、これは連中による我々王国を脅すための策略とも考えられる。マナヤという男を信用させるために」
「――ふむ、ジーク騎士団長」
しかし部屋の奥に腰掛けていた国王が、考え込んでいた顔を上げて唐突に騎士団長へ確認する。
「確か、セメイト村南部にあったかつての二十六番開拓村……あの場所に出現したフロストドラゴンを、セメイト村所属の召喚師達だけで抑え込んでいたという報告があったはずだな」
安定していない開拓村には、独自の名前がついていない。そのため、そういう開拓村は便宜上つけられた番号で呼ばれる。
「はい。事前にマナヤからフロストドラゴン含めて全モンスターの性能、および対処法を叩き込まれた恩恵であったそうです」
「では、少なくともフロストドラゴンについては正確な情報であったと判断して良い、か」
騎士隊長の返答を聞いて、腕を組んで目を閉じる国王。先ほど抗議を上げた大臣が目を見開いて王に進言する。
「お待ちください国王陛下! 我々を陥れるためにフロストドラゴンの能力のみ真実を伝えたという可能性もありましょう! 真実の中に虚偽を混ぜるのは謀略の基本でございます!」
「落ち着け、ドレイクス卿。余とてそれだけでこの情報を全て信用できるとは考えておらん。有益な情報を無視すれば損をするだけだと言っている」
「しかし陛下、それで召喚師解放同盟の思う壺にはまってしまっては……!」
「陛下、よろしいでしょうか」
王と大臣が議論を交わす中、騎士団長が口を開いた。
「ドレイクス卿の仰る通りです。この情報をいきなり鵜呑みにするのは危険が大きいと考えるべきでしょう。ですが同時に、この情報から得られるメリットも大きい。実際、セメイト村所属の召喚師達は明確に戦力が上がっているのです。資料をご覧ください」
そう言って騎士団長は、先ほど教本と一緒に配らせた資料から一枚取り上げて掲げた。
その資料は、セメイト村での『間引き』定期報告書。日ごとに遭遇したモンスター数と種類、そして負傷率や封印率が細かに記載されている。『マナヤ』が現れてから九日後を境に、セメイト村での負傷率が下がり続け、封印率は激増を続けている。
手元のそれらを確認した諸侯の唸る声が聞こえた。
「我々が今後するべきは、この情報のどこに虚偽が織り交ぜられているか。この情報が召喚師解放同盟の策略であったとして、どのように裏をかくべきか。この教本の内容を精査しながらそれを検討し、その上でこの情報を有効活用していく手段を模索すべき……」
そこで一度言葉を切った騎士団長の台詞に、諸侯らが頷く。
「――と、先日までの私であれば、そう言っていたでしょう」
しかしそう続いた言葉に、その場にいる者達の大半が首を傾げた。納得するように笑みを浮かべていたのは、黒魔導師隊長と白魔導師隊長の二人だ。
眉を顰めた王が騎士団長に追及する。
「今は違う意見を持っている、と言いたげだな」
「はい、国王陛下。マナヤこそ、まさしく”神託の救世主”に相違ない。それが私の結論です」
その様子に、大臣たちが再びざわめき始める。宰相が騎士団長を見据えて尋ねた。
「なぜそのような結論に至ったのか、説明を願いたい」
「はい。……こちらを、陛下に」
騎士団長が、懐から折りたたまれた書状を宰相に手渡した。その内容をさっと確認した宰相が、驚きに目を見開く。そしてそれを国王の側仕えへと手渡し、国王の手へと渡った。
「スレシス村から召喚師の補充を、という要請に応じてスレシス村へと向かった、件のマナヤ。彼の監視に当たった黒魔導師隊副隊長ディロン・ブラムスによる報告書です。白魔導師隊副隊長テナイア・ヘレンブランドとの連名で」
微笑を浮かべている黒魔導師隊長と白魔導師隊長が小さく頷いて応じた。その様子を尻目に、騎士団長が説明を続ける。
「その報告書には、こう記されておりました。スレシス村近隣にて、召喚師解放同盟と激突。マナヤは同盟によって囚われの身となったテナイア・ヘレンブランドを救出し、単独で召喚師解放同盟の首謀者トルーマン、およびその右腕であるヴァスケスの二人を相手に互角の勝負。スレシス村を襲った召喚師解放同盟の面々は、マナヤの教育を受けたスレシス村所属の召喚師達が主体となって撃退に成功したと」
「召喚師解放同盟の中核を担う者二人がかりを、たった一人で渡り合ったというのか!?」
大臣からも驚きの声が上がる。
召喚師というのは、本人の実力による差が出にくい。戦力が召喚モンスターに依存しているためだ。所有モンスターの格に余程の差が無い限り、数で劣勢となった召喚師が勝てる見込みは無いというのが定説だった。何しろ二対一などということになれば、相手は単純計算で二倍の戦力を召喚できる。
ましてや相手は、召喚師解放同盟の中心人物二人。強力なモンスターを従えている相手であったことに疑いの余地はない。マナヤはそんな二人を相手に互角に戦ったというのだ。
騎士団長が頷く。
「はい。さらにディロン・ブラムスが直接確認した限りでは、最上級モンスター『ダーク・ヤング』をトルーマンが操っており、それをマナヤおよび彼と同じ村所属の剣士であるアシュリーという者と共同で処理したそうです」
「……では、召喚師の魔法援護を受けた最上級モンスターを、たった二人で?」
「マナヤはその際、ヴァスケスを主に相手していたので援護程度しかしなかったそうです。ディロンも一度付与魔法で介入はしたそうですが、ほぼ剣士アシュリーを主体に、無傷で倒したと」
一、二撃で歴戦の剣士すら即死し、並の建築士一人や二人程度では勢いを削ぐことすら難しい攻撃を放つ。それが最上級モンスターである。
トルーマンによる補助魔法援護まで受けているそれを、たった二、三人で倒したのだという。
実の所、近接攻撃型のモンスターには大まかに二つのタイプがある。攻撃を回避することは不可能に近いタイプと、頑張れば回避も可能なタイプの二種類だ。『ヴァルキリー』や『鎚機SLOG-333』は前者、『黒い仔山羊』は後者にあたる。最上級モンスターで唯一、回避可能なタイプであったダーク・ヤングが相手だったからこそ、アシュリーでもどうにかすることができた。マナヤの情報の恩恵だ。
大臣たちが顔を見合わせる中、騎士団長はここからが本題だと言わんばかりに身を乗り出した。
「その戦いの中、召喚師解放同盟が『人の身に瘴気を纏う』奇妙な力を使ったそうです。その攻撃を受け……マナヤは一度、命を落とした。テナイアが彼を蘇生させるべく、マナヤの両親を代償として蘇生魔法を使ったと」
ざわめきが一層大きくなった。国王も報告書を一通り読み終わった後、再び最初からその内容を読み返している。騎士団長が熱を持ったような声で話し続けた。
「我々コリンス王国を陥れるためだけに、マナヤが……テオが、両親を犠牲にまでするとは考えにくい。召喚師解放同盟の切り札らしきものを曝け出した功績もある。犠牲になった彼らの魂に賭けて、ディロンとテナイアはマナヤを真なる救世主と信用することに決めたそうです。あの二人が信じた彼を、私も信じてみたくなりました」
「しかし、彼を信用して万一のことがあれば……」
やや戸惑いながらも、先ほども抗議の声を上げたドレイクス卿が異論を唱える。それに騎士団長が頷いた。
「そのご意見もごもっともです。そこでディロンとテナイアが彼の監視兼護衛に就くとも報告がありました」
「……マナヤが我々を裏切ることあらば、二人が責任をもって彼を処理するということか」
「はい。加えて、マナヤが本当に召喚師解放同盟の一員であった場合に備えて……二人は、自身らの特殊求刑措置令を受け入れると。二人の認諾書をこちらに預かっております」
そう言って騎士団長が、さらに二枚の書状を掲げた。一同の顔に戦慄が走る。
特殊求刑措置令というのは、特定条件を満たした重罪人を、裁判無しで国王の判断のみで極刑にすることができるという制度だ。無条件での極刑を受け入れることと引き換えに、親族や部下まで連座される事を回避することができる。
その認諾書に既に自身らの署名をしてあるディロンとテナイア。それらの書類に最後に国王が署名することで、二人は”無条件で処刑される”ことになる。
マナヤが裏切り者であったなら、二人も自らの死刑を受け入れる。それだけの覚悟を、ディロンとテナイアが表明したということだ。
「……黒魔導師隊に、白魔導師隊。あの者達の上司である二人の意見も聞きたい」
宰相が顎を撫ぜながら、名指しした二人へと話を振る。妙齢の女性である黒魔導師隊の隊長がまず口を開いた。
「私の自慢の弟子が、それほどの覚悟を決めてまで『マナヤ』を信じた。ならば私も、ディロンの覚悟に殉ずるまでの話です」
「同じく。テナイアが彼に救われ、そして彼を蘇生させることさえも決断した。それが正しいことであったか否か……神が証明してくださるでしょう」
続いて白魔導師隊長の男性も同意する。黒魔導師隊長も白魔導師隊長も、二人の上司として事前に報告書の内容を把握していた。
大臣たちが押し黙る中、宰相が後方へと目を送る。国王がゆっくりと頷いた。
「よかろう。ディロン副隊長ならびにテナイア副隊長の覚悟に敬意を表し、現時点をもって暫定的にマナヤを”神託の救世主”と認める。同時に、今後は召喚師解放同盟の追滅に全力を注ぐ」
「ありがとうございます、陛下」
騎士団長が立ち上がり、右掌を胸に当てて国王に向かって一礼した。黒魔導師隊長、白魔導師隊長、そして召喚師隊長がそれに続く。
大臣達もほぉっと肩の荷が下りたような溜め息を漏らした。これまで”神託の救世主”が含まれている可能性を考慮し、召喚師解放同盟の者を無暗に殺すことが禁止されていたからだ。これで、王国をひっかきまわしている連中を遠慮なく始末することができる。
「ついでといっては何ですが、もう一つ提案したいことがございます」
「何だ?」
続いて騎士団長が宰相へ向かって発言した。宰相よりも早く、国王がそれに答える。
再び国王の方へと向いた騎士団長がこう続けた。
「マナヤを、召喚師の教官として学園に迎え入れることは許されますか」




