88話 セメイト村での葬儀
テオとシャラの故郷、セメイト村。
日も落ちたその村の中央広場。そこに人が集まり、巨大なかがり火のようなものを囲んでいる。
故郷へと連れ帰った、テオの両親……スコットとサマーと遺体が燃やされていた。二人の遺体に大量のピナの葉を積まれ、そこに火をかけて一晩中燃やし続ける。二人の魂を安らかに天へと送るための、セメイト村独自の風習だ。
乾かさぬまま火をつけたピナの葉は、異常なほど長時間燃え続ける。まるまる一晩燃え盛り続けるその炎を、遺族が見守り続けるのだ。
テオとシャラが、その炎を見つめ続ける。互いの金髪が赤い炎に照らし出され、星の出た夜空に浮かび上がっていた。
シャラはテオに寄りかかり、未だしゃくりあげ続けていた。そんなテオの目からも、涙がとめどなく溢れ続けている。
炎を取り囲んでいる村人達も、沈痛な面持ちで炎を見上げていた。
(父さん、母さん……)
次々と流れ続ける涙を拭きながらも、テオは自身の手に握られた一束の髪束を見下ろした。指一本分程度の量で結わえられたその金色の髪束は、父スコットのものだ。泣きじゃくるシャラの手にある茶髪の髪束は、テオの母であるサマーのもの。
ピナの葉で燃やし続けると、後には文字通り骨も残らない。そのため、遺族はこのように火葬前に髪束をひと房分切り取り、それを保管する。
「――申し訳ありませんでした。テオさん、シャラさん」
そんなテオとシャラの前に、プラチナブロンドを揺らす女性が近寄った。ここコリンス王国の直属騎士団、その白魔導師隊の副隊長であるテナイアだ。
テオは再び袖で涙を拭い、寄りかかっているシャラを気遣いながらもテナイアへと向き直る。
「っ……いいえ、テナイアさんが謝ることでは」
「いえ。私も職業柄、こういうことはそれなりにあります。ですが……やはり、慣れません。お二人の命を奪ったのは、私のようなものです」
声を抑えながら、目を伏せたテナイアが答える。蘇生魔法のことは村人には伝えていない。ゆえに、スコットとサマーは召喚師解放同盟の手によって殺されたと村人達には通達していた。
「貴方のためとはいえ、私は貴方の両親を奪ってしまいました。……本当に、申し訳ありません」
「大丈夫、です。……いつまでも引き摺ってはいられませんから」
なんとか気丈さを保とうとしながら、テオが震え声で答える。実際テナイアを責めるつもりはなかった。蘇生魔法を使って貰った身で、彼女を責めるような立場ではないことも承知している。
――テオ。悪ぃ、ちょっとだけ替わってくれ――
「あ……」
突然心の中に響いた、自分の声。直後、テオは自分の意識が沈んでいき、替わりにもう一人の自分が浮上してくるのがわかった。
「テオ? ……マナヤ、さん?」
「悪ぃ、シャラ。用が済んだらすぐテオと交替するからよ」
一瞬ふらついたテオを不安げに見つめたシャラが、彼の表情を見てそれが『もう一人のテオ』であることに気づく。
「――みんな、マナヤだ! 聞いてくれ!」
そのマナヤが声を張り上げる。その場にいる全員の視線がマナヤに集中した。
「マナヤさん? 貴方は、何を」
「大丈夫です、テナイアさん。あの事までは公言しません」
にわかに慌てるテナイアを落ち着かせるように手のひらを向ける。『あの事』というのはもちろん、蘇生魔法の事だ。
腕にしがみついていたシャラが離れたのを皮切りに、前に進み出て炎の近くへと歩み寄る。
「みんな! ……俺は、村のみんなに言っとかなきゃいけねぇことがある! 俺は、異世界人じゃなかった!」
そのまま村人達を見回しながら、全員に声が届くように話し始めた。村人達がやや困惑気味に顔を見合わせ始める。
「騙すつもりじゃなかった! 俺も今まで、自分は異世界人だとばっかり思ってたんだ! でも、違った!」
拳を握りしめ、一瞬目を伏せる。すぐに覚悟を決めたように顔を跳ね上げた。
「俺は、テオのもう一つの人格だ! 異世界に行ったテオが、異世界に馴染めるように作られたってだけの人格だ! 元はみんなと同じ、この世界の人間みたいなもんだ!」
静まり返っていた民衆がざわつき始める。少し唇を噛みながらも、マナヤは続けた。
「なのに俺は、自分を異世界人だと勘違いして……みんなに偉そうな態度を取っちまった! 自分は格が違うと、そんな風に思いこんじまってた! ……本当にすまなかった!」
そうしてマナヤは目を閉じ、両膝を地について胸の前で祈るように両手を握った。
自分の全身がかすかに震えているのがわかる。
マナヤは穴にでも入りたい気分だった。自分は異世界人だからと、異世界かぶれになって村人達にまるで『格上』かのように振舞っていた。今思えば、見当違いも甚だしい。罵声を浴びせられることも覚悟していた。
「……謝る必要などありませんよ、マナヤさん」
「ジュダ、さん」
そこへ最初に声をかけてきたのは、白髪の中年男性。セメイト村の召喚師達を統括している男、ジュダだ。
「あなたは我々召喚師を掬い上げてくださった。落ちぶれるしかなかった召喚師に、希望を示してくれた。その事に変わりはありません」
そう言ってジュダは、マナヤへと軟らかく微笑みかける。
「そうですよ! 異世界人じゃなくたって、マナヤさんはマナヤさんじゃないですか!」
「あんたはスタンピードからこの村を救ってくれたじゃないか! 南の開拓村だって!」
「今さらテオ君のもう一つの人格だからって何も変わらないわ! あなたはちゃんと、私達の救世主なんだから!」
周りの村人も、口々にマナヤを認めていく。召喚師だけではない、それ以外の村人達もだ。マナヤが恐れていたような罵倒を放つような者は、誰も居なかった。
その様子を満足げに見渡したジュダがマナヤに向き直る。
「お聞きの通りです、マナヤさん。あなたが異世界人でないということなら……あなたが、れっきとしたセメイト村の一員であること。それがはっきりしたというだけのことですよ」
「……ッ」
「胸を張って下さい。今さらあなたを認めないような我々ではありません」
「……ああ! わかった! みんな、これからも頼むッ!」
隠しきれぬ喜びで、なんとか目元から熱さが溢れないようにしながら叫ぶマナヤ。そんな彼の様子を、テナイアとシャラも微笑ましげに見つめていた。
「……悪かったな、シャラ、今テオに替わ――」
シャラの方へと向き直ってそう言おうとするが、シャラがマナヤの唇に人差し指を当ててそれを止めた。
「もうちょっとだけ、待って下さい。マナヤさん」
「シャラ?」
「――どうぞ、アシュリーさん」
シャラの視線が自分の背後に向いていることに気づき、慌てて振り返る。その先に居たのは、赤毛のサイドテールを炎に煌めかせているアシュリーだ。
「……いいの? シャラ」
「はい。ちゃんとマナヤさんとお話してください、アシュリーさん」
やや戸惑いがちに尋ねるアシュリーに、数歩下がりながら答えるシャラ。儚く微笑んだアシュリーがマナヤのすぐ傍へと歩み寄った。
「……アシュリー」
「マナヤ。……ご両親のこと、ごめんなさい」
「お前が謝ることじゃねえだろ。俺が油断したせいだ」
「ううん。あたしにはもっとできることがあったはずだった。体を張ってでも……アイツを止めれば良かった」
やや俯き気味のアシュリーが唇を噛むのが見えた。
「そうすればあんたは……それに今頃、きっとスコットさんとサマーさんは……」
「お前が自分を責めるのはそれこそお門違いだろ、アシュリー。……お前がそういう性格なのは知ってるけどよ」
震え声になっていくアシュリーを見つめながら、マナヤはかつての会話を思い出していた。マナヤが南の旧開拓村跡地でフロストドラゴンを倒し、この村で祝宴を挙げていた時のことだ。
『だからね、あたしはどんな些細な事でも、こう考えるようにしてるの。あたしがあの時こう動いていれば、回避できたんじゃないか。あの時あたしがああしていれば、こんな悪い方には動かなかったんじゃないか。そんな風にね』
そう、アシュリーは言っていた。
「お前はお前で、責任を背負い過ぎなんだよ。俺が言うのもなんだが、なんでもかんでも自分一人でどうにかできるなんて考えんな。俺達は……神じゃねえんだ」
「マナヤ……っ!」
たちまち涙を浮かべたアシュリーが、突然マナヤに抱き着いてきた。
「ア、アシュリー?」
「怖かった……あの時、あんたが……っ!」
苦しいくらいにマナヤを抱きしめてくるアシュリー。その体が震えているのがわかった。
「スコットさんとサマーさんがっ……亡くなったのに……っ」
「……アシュリー」
「あんたがっ……せめて、あんたが生きててくれたのが……っ」
「いいんだ。……ありがとな、アシュリー」
アシュリーを落ち着かせるように、アシュリーの背に自分の腕を回す。そのまま、ポンポンと彼女の背を優しく叩いた。
「っ……こ、子ども扱いしないでよ。年下のくせに」
「な、なんだよお前が抱き着いてきたんだろうが」
「う、うるさいっ」
一泊置いて正気に戻ったのか、慌てて体を引き離すアシュリー。涙を拭いながら、照れ隠しのようにお互い悪態を付き合った。
「あ、の。マナヤ」
アシュリーがやや目を逸らしながら、小声で恥ずかしげにマナヤに呼び掛けてくる。
それを見たマナヤはハッとして、くるりとシャラの方へと振り向いた。
「悪ぃ、時間を取らせたなシャラ。今テオに替わるからよ」
「え? ちょっ、マナヤ?」
「え? あのマナヤさん、まだ早――」
アシュリーとシャラが戸惑っている間に、マナヤは目を閉じる。ぐらりと一瞬彼の体がふらついたかと思うとすぐに目を開いた。もうその時、彼の表情は軟らかくなり優しげな目つきの少年になっていた。
「……あ、あれ? もう終わったんですか?」
一瞬戸惑ったテオだが、周囲を見回してさして時間が経過していないことに気づいた。シャラとアシュリーが複雑そうな表情をしているのが見える。
「マナヤさん……酷いです」
「な、何よ、勝手に引っ込んじゃって」
「え、あの、二人とも?」
何故か不貞腐れたような声に、自分の前後から挟まれるテオ。前方と後方を交互に振り向きながら戸惑うしかなかった。
「テオさん。マナヤさんは今、眠っていますか?」
「テナイアさん? えっと、いえ、マナヤはまだ起きてるみたいですけど」
理解できない状況ながら、テナイアの問いかけに胸に手を当ててマナヤの様子を探りながら答えるテオ。
するとテナイアがこくりと頷き、シャラとアシュリーにも視線を向けながら神妙な表情になった。
「後ほど、お三方に話しておきたいことがあります。マナヤさんも含めて」
***
「……ただいま」
「ただいま……」
炎がようやく消えた時には、既に日が登り切っていた。
残った灰を、村の白魔導師が祈りを捧げながら黒魔導師の魔法で散らす最後の処理が終わり、テオとシャラは久方ぶりの家に帰宅した。
『おかえり、テオ、シャラちゃん』
『おかえりなさい、テオ、シャラちゃん。疲れたでしょう?』
一瞬、居間の机に座っているスコットとサマーの姿を幻視してしまう。シャラが口元を押さえながら涙を零してしまい、テオも俯いてぽたりと雫を床に滴らせる。
――父さん、母さん。やっと、帰ってきたよ。帰って、これたのに……っ!
次から次へと溢れる涙を何度も拭いながら、壁沿いに置いてある棚へと歩く。その棚の中ほどに、スコットとサマーの遺髪をそっと置いた。
「――失礼します」
「お邪魔、します」
続けてテナイアとアシュリーも入ってきた。アシュリーは入り口近くで目を覆っているシャラの背を、そっと撫でる。
テオははっと顔を上げ、慌てて台所へと歩き水の錬金装飾と窯を使ってお湯を沸かし始めた。それに気づいたか、シャラもおずおずとテオの方へと近づいてくる。
今はお互い、その顔を直視することができなかった。悲しさを増幅させてしまう気がして。
「……どうぞ」
テオとシャラが、テーブルに向かって座っているテナイアとアシュリーにお茶を出す。既に泣き腫らした上に一睡もしていない目のまま、自身らも席についた。
「それでテナイアさん。話、というのは……?」
三人を代表してアシュリーが問う。テオとシャラの様子では、話が進みそうにないと考えたのだろう。
テナイアが一瞬唇を結び、そして再び口を開いた。
「私が、スコットさんとサマーさんを犠牲にしてまでテオさんとマナヤさんを救った理由です」
俯いた状態のまま、テオとシャラの体がピクリと震えた。二人を気遣うような視線を向けつつも、テナイアは言葉を紡いだ。
「先日説明した通り、スコットさんとサマーさんは伝説の『共鳴』すらも発動されました。そんなお二人を生贄として、テオさんとマナヤさんを蘇生させたのは……王国としても、テオさんとマナヤさんが必要だったからです」
「それは……『共鳴』を扱える戦士よりも、テオとマナヤの方が重要だったという事ですか?」
アシュリーがおずおずと訊ねる。『共鳴』というのは、記録に残っている王国史でも数え切れる程しか使用者が確認されていない。それほど貴重な者達を引き換えにしてでも甦らせるほどの価値を、王国はテオとマナヤに見出していることになる。
テナイアがアシュリーに目を向け、こくりと頷く。
「その通りです。王国は、”神託”の救世主を探していました」
「神託、って、確か……」
「はい。蘇生魔法で甦った者が神の言葉を頂くこと。王国は三年前でも王城で蘇生魔法を使い、甦った者の神託を秘密裡に記録しています」
それこそが、マナヤが神の言葉を通して自身の正体を知った経緯だ。
「その三年前の”神託”は、このような内容でした。『近く、世界を救う召喚師が、救世主として降臨する』」
テオとシャラが、そこに来て顔を上げる。からからになった口を開くテオ。
「もしかして、それが……僕と、マナヤですか」
「ほぼ間違いないでしょう。ゆえに、私達は貴方を死なせるわけにはいきませんでした。救世主たる貴方がたが死んでしまっては、本当にこの世界を救う手立てが無くなってしまう可能性が高かったのです」
そこまで説明してから、罪悪感を宿した表情になったテナイアが少し目を伏せる。
「実のところ、当初はお二人が救世主であるかどうかは半信半疑でした。”神託”の内容を何らかの方法で知った召喚師解放同盟が、それにかこつけてテオさんをスパイとして送り込んできた……そんな可能性も考慮していました」
「……」
「ですが、テオさんもマナヤさんも、召喚師解放同盟相手に懸命に戦って下さいました。ですから、私もディロンも……貴方がたを信じることにしたのです」
考え込むように黙って俯いたテオを見据えて、テナイアが続ける。
「テオさん。そして、マナヤさん。……今まで、疑っていて本当に申し訳ありません」
「……いいえ、もっともな判断だと思います」
机の上に出して手を、拳にして握りしめるテオ。
「テオさん。今後私とディロンは、貴方とマナヤさんの護衛に就きます」
「え? ご、護衛? 僕達のですか?」
突然そんなことを言いだしたテナイアに、テオは思わずどもってしまう。
「現状、貴方がたは神からの使徒も同然。召喚師を救うための旗印でもあります。貴方が救世主であるとわかった以上、何としてでも貴方がたを守り切らねばなりません」
「で、でもだからって、わざわざ王国直属騎士団の方が……」
「必要なことです。召喚師解放同盟が貴方の生存を知ったとあらば、必ず貴方の命を狙ってくるでしょう」
真剣な表情でそう訴えるテナイアに、テオはもちろんシャラとアシュリーの表情も強張った。
「だからこそ、私達が護衛につくのです。召喚師解放同盟を取り締まるべく出向された、私達が」
「召喚師解放同盟……」
アシュリーが眉間にしわを寄せ、その名を呟いた。マナヤを殺し、間接的にスコットとサマーを死なせた組織。
アシュリーの目が憎悪に染まった。




