Epilogue ~ふたり~
明くる日のスレシス村。
テオ達は、荷物をまとめてスレシス村を発つことにした。スコットとサマーの葬儀をするためだ。スレシス村の方で葬儀することを村長が申し入れてきたが、丁重に断った。せめて故郷の地で二人を弔ってやりたい。それがテオ達全員の思いだった。
スコットとサマーの遺体を載せ、荷物も積み込み終わった。テオ達にディロンが話しかけてきた。
「私はしばらく、この村に残る。召喚師解放同盟の拠点にあった不気味な神殿の調査もあるが……何よりもまず、召喚師以外の村人にも戦い方を一から指導しなおしてやらねばならん」
と、自身の後方をちらりと横目で見る。
テオ達の出発を見送りに村人達が集まってきていた。そしてその中から、おずおずと村長と村長補佐が歩み出る。
「……皆様方。この度は、誠に申し訳ございませんでした」
「私達の傲慢さを、痛感致しました」
と、二人がディロンとテオ達に膝をつき、胸元で祈るように両手を組む。スコットとサマーの活躍と、その死。それを知らされて、この二人もこれまでの行いを省みたようだ。
テオは、そしてシャラとアシュリーも、それにどのように返事するべきかわからない。彼らはまだ、スコットとサマーの死から立ち直りきれずにいた。
ディロンがそんな村長と村長補佐を見下ろす。
「二人には、この村の今後を心配して貰わねばならない。今、この村でまともにモンスターと戦えるのは召喚師しかいないのだ」
「……っ」
息を呑む二人。
ディロンはもはや容赦しなかった。『召喚師は無能』、それがディロンが権力任せに召喚師の優遇を唱えることができなかった理由だった。召喚師の有用性が村人達にも実証された今、彼は何に憚られることなく公人として命を下すことができる。
「マナヤに、そしてセメイト村の召喚師達に鍛えられた彼らが、今やこの村では唯一のまともな戦力。この先はもはや、怠慢は許されない。召喚師達の力を目標にして、彼らに追いつくべく訓練に励むことだ」
「……はい」
項垂れた二人に、ディロンが頷く。
「シャラ!」
その声にシャラが振り向く。人だかりの中から、茶色いショートヘアの少女が走り寄ってきた。ケイティだ。後ろにティナもついてくる。
「……ケイティ」
「シャラ! ……その、ごめんなさい。私……私……」
涙ぐんだ目で、シャラへと何かを伝えようとする。だが、何も言葉にならないようで俯いた。
そんなケイティに、泣き腫らした目をしているシャラが寂し気に微笑んだ。
「ううん、いいの……ティナちゃんと、仲よくね。……後悔、しないように……っ」
「しゃ、シャラ」
言葉を続けようとして涙が溢れてしまったシャラの肩を、ケイティが支える。
人だかりの中から、騎士隊二人に連れられたライアンが進み出てきた。その後ろには、召喚師解放同盟の襲撃に加わった三人も連行されている。
その四人を見据えて、ディロンが村長らに通達した。
「この四人は囚人として王都へと護送する。召喚師解放同盟に関わった者達だ」
「待って、ライアンさん!」
ティナが慌ててライアンへと駆け寄る。ライアンは悲しげにかぶりを振った。
「いいんだ、ティナ。オレはそれだけのことをした」
「そ、そんな! ライアンさんは私達を助けてくれたじゃないですか! 昨日だって!」
「いいや。……オレは、マナヤさんを殺そうとしたんだ」
「っ!?」
ティナが目を見開く。そんなライアンから視線を外し、テオを見据えてライアンは続けた。
「復讐心に囚われて、そのために命じられるまま、マナヤさんを襲うよう召喚モンスターに命令した。……まあ、結果的にマナヤさんを助ける形になったんだけど」
「ライアン、さん……」
「だから、いいんだティナ。オレは、人を殺そうとした罪を償わなきゃいけない」
「――ライアンっ!」
その時、人だかりの中から二人の人影が現れる。壮年の男女だ。
「っ! と、父さん、母さん」
「ライアン……っ、生きてて、くれていたんだな……!」
「ライアン……! あぁっ、ライアン……!」
ライアンの両親だ。涙を堪えきれずに二人ともライアンに縋りつく。騎士隊の者達も空気を読んで一歩下がった。
「父さん、母さん……ごめんな、オレ……」
「いいやッ……俺達こそ、すまなかった……ッ、お前の苦しみに、気づいてやれなかった……!」
「ごめんなさいライアン、許して……許して……っ」
お互いに縋りつく三人。その三人の姿に、テオは自分の両親を重ねて目を伏せた。
やがて両親と別れたライアンは、他三人の召喚師と共に護送するための馬車へと詰め込まれる。そこへ、ディロンの方を向いたティナが必死の形相で問いかけた。
「あ、あの、騎士隊の方! ライアンさんはどうなるんですか!?」
「彼は一度は召喚師解放同盟に与したが、直接手を下したことはない。昨日の襲撃においても召喚師解放同盟の者達を捜索するのに貢献したと聞いている。連中の組織構成や行動理念などについても、情報を持っている可能性が高い。情状酌量の余地もある。情報提供の内容次第では、重い罪には問われないだろう」
「そ、そうですか……他の三人は?」
「そこの三名はライアンと違い、実際に襲撃に手を貸している。騎士隊の者にまで手をかけんとした以上、国家反逆罪は免れるまい。……もっとも、ライアン同様に多少は情状酌量もあり、召喚師解放同盟の顔を知っている。ライアンの供述の裏付けを取るためにもあの三人は必要だ。極刑とはなるまいが、後は裁判と司法取引次第だ」
「っ……」
「まあ、彼に関しては重罪は確定だがな。純然たる悪意で村人を陥れている。情状酌量の余地すらない」
ちらりとディロンが目を向けたのは、ダスティンを乗せている別の馬車だ。中で彼は厳重に拘束されている。
そこでディロンは、村長の方を向いて低いトーンで語る。
「ただし、覚えておくことだ。私はダスティンが単独で召喚師を陥れることができたとは考えていない。『間引き』の最中にダスティンと召喚師が二人きりで別行動を取ることなど考えられん。……再度同じ事が起こるようなことがあれば、覚悟をしておけ」
ダスティンに協力した者、あるいは見て見ぬふりをした者が村人にいる。そのことをディロンは示唆しているのだ。その場にいる村人全員が顔色を青くした。
「……肝に、銘じておきます」
がくがくと震えながら、跪いた村長が声を絞り出した。
「お三方。そろそろ、出発します」
テナイアが馬車の中からテオ達に声をかけた。ディロンはこの村に残るが、報告要員としてテナイアは一緒に駐屯地へと戻ることになったのだ。
テオ達は無言のまま馬車に乗り込んでいった。
「あ、あの、マナヤさん! いえ、テオさん!」
ティナがその背中に声をかけた。ゆっくりとテオが振り向く。
「……私達のせいでご両親を亡くしてしまって、ごめんなさい」
「……ううん、君たちのせいじゃない」
ややかすれた声で、テオが答える。
それに対し、ティナは訴えかけるような目でテオを見据えた。
「テオさんとマナヤさんは……皆さんは、まぎれもなく私達の救世主なんです!」
「……っ」
「私達は、決して忘れません! あなた達が召喚師を救ってくれたことを! あなたのご両親が私達を、この村を守ってくれたことも、決して忘れません!!」
彼女の言葉に、テオは儚げな微笑みを返すだけに留め……馬車へと乗り込んだ。
***
走る馬車の中、テオ、シャラ、アシュリー、テナイアは皆無言だった。皆、一様にして沈んだ表情で俯いている。
スレシス村に来訪した時の、賑やかだった馬車の中が懐かしい。
「――テオさん」
そんな静寂を破ったのはテナイアだった。皆の視線が彼女に集中する。
「一つお伺いしたいことがあります」
「……はい」
「蘇生される中、貴方は神と会話をしませんでしたか?」
ビクッとテオが体を震わせる。そんなテオの様子にシャラが戸惑い気味に声をかけた。
「テオ?」
「その様子ではテオさん、やはり貴方は”神託”を受けているのですね」
「神託? どういうことですか、テナイアさん」
確信めいたテナイアの台詞に、アシュリーが狼狽えながら問いかける。
「これは、国家機密です。そのつもりでお聞きください」
「は、はい」
「蘇生魔法を受けた者は、高い確率で神と会話することがあります。神が私達人間に伝えたい事柄がある、そういう時には蘇生魔法で甦った者達が”神託”を受けていると私達は解釈しています」
「神託……それじゃあ、テオとマナヤも?」
「おそらく。神が異世界からマナヤさんを遣わしたという点もあります。今回お二人に伝えてきた事柄も、重要なものである可能性が高い。テオさん、どのような神託を受けたのか……お聞かせ願えませんか」
今度はテオに視線が集中した。ぎゅっと両拳を握りしめるテオ。
「……わかりました」
そうして、テオは語った。神との会話のことを。そして、マナヤの正体を。
「マナヤが……テオの、副人格……?」
アシュリーが愕然として、震える声で呟いた。シャラも驚きに目を見開いている。
テナイアがどこか納得したように、悲しげに目を伏せた。
「マナヤさんが妙に自分自身を後回しにしていた理由が、ようやくわかりました。”テオさんを守る”……ただそのためだけに生まれた存在、だったからなのですね」
「そ、そんな!」
テナイアのその言葉に、アシュリーが顔を跳ね上げ抗議の声を上げる。
「……させない」
しかし俯いたテオが、小さく、けれども決意を秘めた声で呟いた。
「テオ?」
「彼の人生を、そんな寂しいものになんて、させない」
戸惑うシャラの声に、テオは今度は力強くそう言い切った。
そしてテオは目を閉じ、そっと自分の胸の中央に手を当てる。
「……聞こえてるんでしょう? マナヤ」
自分の胸の奥にある、何か温かいものへと向けて語りかけた。
「君は、ずっとずっと僕を守ってくれていた。異世界で、僕の心を守ってくれて……戻ってきてもまた、僕の代わりに戦って、僕と村を守ってくれた」
本来それらは、テオが一人でやらなければいけないはずの事だった。
「君はずっと、僕を優先してくれていた。召喚師を育てるって使命のために、君自身の全てを賭けて」
だからマナヤは、それだけを生き甲斐として生き続けていた。
「でも君は、もうそんな遠慮はしなくたっていいんだ。君は、君自身の幸せを追い求めてもいいんだ」
母との最後の会話を思い出す。
『お互い、自分をないがしろにしちゃダメよ。テオ、マナヤ。ちゃんと、幸せになってね』
二人ともが、幸せになること。それを両親も望んでいたから。
「それが、父さんと母さんが願った想いでもあった。だから……君は、君のための人生を生きていいんだ」
テオは殊更、それを強く願うようになった。なぜなら。
「……だって、君は」
テオはゆっくり目を開く。
次に思い起こすのは、父との最後の会話。
『テオ。マナヤ。兄弟同士、仲良くな。……泣いてばっかりいるんじゃないぞ?』
涙を拭い、弱々しく微笑む。そして両腕で自身の身を抱いた。
「君は、僕の弟なんだ。ただ一人残った……僕の、最後の肉親なんだ」
――最後の家族を、僕は大事にするんだ。絶対に。
揺れる馬車の窓から差し込む、夏の朝日。
テオの体にも、移ろいゆくその木漏れ日が断続的に差していく。彼の体を優しく、愛おしく撫ぜるように。
そんな、不思議な安心感をもたらす日差しを受けて……
胸の中の温かいものも、熱く震えるのを感じた。
第二章はここまでです。
次話は三章の下書きを書き終わるまでしばらくお待ちください。
 




