83話 召喚師の真実
周り一体が、明るい雲のようなものに包まれている空間。
ふと気が付くと、テオはそんな空間にいた。自分が立っているのか浮いているのかすらわからず、上も下もわからない空間。そんな何もない空間で、テオは独り目を開いた。
「え……何、が? ここは、一体……?」
慌てて周囲を見渡すも、上下左右どこを見ても光る雲が広がるばかり。青い空がどこかに覗いているわけでもなく、ただただ雲のようなものに一人ぽつんと囲まれている。ふと、テオは気づいた。
――ここ、何か見覚えが……
何故か以前、このような場所に来た覚えがある。けれども一体いつどこで見たのか、思い出せない。
「――転生した時にも、一度来たな。ここ」
唐突に、自分の横から自分の声がした。
慌てて振り向くと、先ほどまでは居なかったはずなのに一人の少年がテオの横に立っていた。自分と同じ、ややウェーブがかった金色の短髪――
「えっ!? ぼ、僕……!?」
その少年の姿はテオと瓜二つだった。ただ、表情と目つきだけが違う。
「よう、テオ。こうやって面と向かって話すのは、初めてだな」
「えっ!? ……も、もしかして」
「ああ。俺が、お前の体に宿っていた……マナヤだ」
そう言ってテオに向き直り、申し訳なさそうに失笑してみせる。
「ど、どういうこと!? どうして、マナヤさんと……?」
「……テオ」
混乱してどもりながら問いかけるテオに、マナヤは顔を伏せた。そして。
「すまねぇッ!!」
マナヤは突然、頭を下げて両手を地に着く。土下座だ。
「ま、マナヤさん!?」
「俺が、ドジっちまった! 俺は……お前を、死なせちまったんだッ! すまねぇッ!!」
肺から無理やり絞り出すような声で、マナヤはテオへと謝罪し続ける。
「お前を死なせないために……ッ! お前を救うために、俺は転生してきたのに! なのに結局、俺はしくじっちまった……!」
「ちょ、ちょっと待って、マナヤさん!」
頭を下げたままひたすら謝り続けるマナヤ。死なせちまった、というマナヤの言葉に、テオは戸惑いながらも彼に問いかける。
「じゃあ、もしかして僕は……僕達は」
「……ああ。きっとここは、天国……いや、神サマの居場所、とでも言うべき場所、だ……」
自分が、死んでしまった。テオはそれに気が付いてしまった。
少し燐光に包まれた自身の両手を見下ろしながら、ぽつりとテオが呟く。
「……ごめんなさい、マナヤさん」
「なッ!? なんでお前が、謝んだよ!?」
バッと顔を上げながら講義するマナヤ。
「俺がドジっちまったからお前は死んだんだ! お前が謝ることじゃねえだろ!」
「そんなことないよ! マナヤさんが居なければ、僕はとっくに死んでた! 君が居てくれたから、僕はシャラとも仲直りができたんだ!」
「――最後まで守り切れなきゃ、意味ねぇだろうがッ!!」
八つ当たりするように俯き、拳を地面に叩きつけようとするマナヤ。もっとも地面らしいものは無いため、振り下ろした拳からは何も音が立たない。
《――そのようなことはない。其方が生まれたことには、意味があった――》
突然、その場に響くような荘厳な声が放たれた。
ハッとテオとマナヤが斜め上へと顔を向ける。その先にキラキラとした光の粒子が収束し……金色の長髪を靡かせた、神秘的な風貌の男が姿を現す。足元どころかさらにその先まで伸びるほどのその長髪は、ふわりと横に広がっている。
「あなた、は……」
「……神さん。また、あんたか」
戸惑うようなテオの呟きに続き、マナヤが予想していたと言わんばかりにその男を見上げた。
「か、神様!?」
《――そうだ。私は、其方らが住む世界を管理する神――》
テオが慄き一歩後ずさりする。そんなテオを尻目に、マナヤは改めて立ち上がり神を見上げた。
「悪ぃな、神さんよ。俺はあんたから受けた使命にゃ、応えきれなかった」
《――其方は、まだ使命をこなす意思がある。そう捉えて構わぬな?――》
「はっ、死んじまった俺がどうやってまた使命をこなすんだよ。別の人間にでも転生させるってのか?」
《――いいや。其方とテオは、このまま現世へ甦るのだ――》
「は?」
「え? よ、甦る?」
神の言葉にマナヤが訝しみ、同時にテオも戸惑ったように聞き返す。
《――そうだ。そしてそのための代償も、既に受け取っている――》
「だ、代償……って、何だよ」
震え声の状態で、マナヤが恐る恐る問いかける。
そんなマナヤを、そしてテオをも見下ろし、悲しげな表情になった神が左へと指さした。
《――この者ら二人の魂が、その代償だ――》
指さした先に再び金色の粒子が収束し始める。そしてそれは固まり……二人の人物を象った。
「と、父さん!? 母さん!」
「な――スコットさん! サマーさん!?」
テオとマナヤが驚きの声を上げる。
金色の燐光に包まれたスコットとサマーがゆっくりと目を開き、そしてテオとマナヤを見やって微笑んだ。
「……テオ。それに、マナヤ君か。そうか、私達は逝く前に、最後にお前たちと話をすることができるのだな」
「テオ……マナヤさん。最後に二人と、会いたかったわ。良かった……」
嬉しそうな、けれども切なげな表情で、テオとマナヤの二人へと歩み寄るスコットとサマー。
「父さん、母さん! ど、どうして二人まで、ここに……」
「――ま、まさかッ!? おい神さん、まさか俺たちの代わりにこの二人が死ぬなんて言うんじゃねえだろーな!?」
戸惑うテオに対し、マナヤが弾かれたように神へ振り返り、打ちひしがれた表情を見せる。
《――その通りだ。地上の者の蘇生魔法により、二人の魂を材料にしてテオの魂を修復する――》
「なッ」
予想通りの言葉を投げかけられ、マナヤが憤慨した。
「ふざけんな! 何が『材料』だ! なんでよりによってテオの両親が死ななきゃならねぇんだよ!」
《――死した者の魂は、その瞬間から崩れていく。崩れた魂を修復するには、別の者の魂を素材にして、破損個所を補わねばならん――》
「だからって何で二人分なんだよ! 補うだけなら一人分でもいいじゃねーか! どうしてテオ一人を甦らせるのに、代わりに二人も死ななきゃならねぇんだ!」
《――魂の形は、人によって異なる。魂の修復にあたっては、一致するパーツを見つけねばならぬ――》
「一致するパーツ、だと!?」
《――そうだ。一人の魂だけを材料にしても、一致する箇所が少なすぎて修復しきれぬ。ゆえに崩れた魂一つを修復するにあたり、最低でも二人分の魂を使い、一致箇所を補い合わねばならぬ――》
「な、何だよ、それ……ッ!」
なおも神に食って掛かろうとするマナヤ。だが、いつの間にかマナヤの近くまで歩み寄ってきたスコットが、彼の肩に手を乗せた。
「いいんだ、マナヤ君。私達はそれを承知の上で自ら生贄になったのだからな」
「な……スコットさん!」
「大丈夫よ、マナヤさん。あなたと……テオが、生き返ってくれるなら。私達は喜んでこの魂を差し出すわ」
と、ふわりと背後からマナヤを抱きしめるサマー。
けれどもマナヤは、それを振りほどくようにして彼女に振り向く。
「大丈夫なわけあるかッ! だったら俺は一体、何のために来たんだよ! 俺はあんたらを! テオの両親を守るために、わざわざ転生してきたんだろうが! あんたらが死んだら、あのスタンピードであんたらを救った俺の努力は何だったんだよ!!」
ぼろぼろと涙を零しながら激昂するマナヤ。果たしてそれは悔し涙か、それとも逝ってしまうテオの両親を悲しむ涙か。
しかし今度は背後からスコットが、マナヤの頭にポンと手を置く。
「いいや。君は充分に結果を出してくれたさ。私達の村を、セメイト村の皆を守ってくれた。シャラちゃんも救ってくれた」
「テオのことも、マナヤさんは助けてくれたわ。あなたのおかげで、テオはシャラちゃんと結ばれることができた。――ありがとう、マナヤさん」
と、サマーもマナヤの頭を撫でながら感謝の言葉を述べる。
「……父さん、母さん……」
そんな中、テオがよろよろと両親に歩み寄った。それに気づいたスコットとサマーが、今度はテオを抱き留める。
「……すまないな、テオ。まさかこんなに早く、お前を置いて逝くことになるとは」
「ごめんなさい、テオ。でも、それでも……私達は、あなたに生き延びて欲しいの。シャラちゃんのためにも」
「父さん……母、さん……っ!」
両親もテオも、とめどなく涙を流しながら抱き合う。
そんな三人の様子を見たマナヤが、睨みつけるように神へと向き直り……そして今度は神に向かって、土下座をした。
「――頼むッ! 頼みますッ! どうか、この二人だけは! スコットさんとサマーさんだけは、死なせないでくださいッ!!」
恥も外聞も捨て、頭を地面に何度も打ち付けるようにしながら懇願し続けるマナヤ。
そんなマナヤを神は心底悲しそうに、そして心底申し訳なさそうに見下ろした。
《――すまない。この二人が犠牲にならねば、テオは救えぬ。私としても、まだ其方らに死んでもらっては困るのだ――》
「だ、だったら! 代わりに、俺の魂を使って下さい!」
「ま、マナヤ君! 一体何を!」
マナヤの捨て身の懇願をスコットが慌てて止めようとした。けれどもマナヤは土下座を続けながら必死に懇願し続ける。
「頼みます、頼みますッ、神様ッ……! せめて俺の魂で、どちらかだけでも! スコットさんかサマーさんか、どちらかだけでも、生かしてください……ッ!!」
「マナヤ、さん……」
必死に、涙声になってもなお懇願し続けるマナヤの姿に、テオは悲痛な表情を浮かべた。
けれども神はそんなマナヤを見下ろし、告げる。
《――不可能だ――》
「な、なんでですかッ!? 二人分の魂を使えばいいんでしょう! だったら、片方は俺のだって……!」
弾けるように顔を上げながら、マナヤが叫ぶように問いかける。そんなマナヤに悲しげな表情を深めた神はしかし、淡々とした声で告げた。
《――其方には、魂が無い――》
「……は? な、何だよ、それ……ッ」
わけがわからない、というような顔でわなわなとマナヤが問い詰める。
「だ、だって、俺は元の世界から魂ごと呼び込まれたんだろ!? テオの中には、あいつと俺の二人分の魂がある! だから俺たちは、二重人格みたいになっちまってたんだろ!?」
《――マナヤ――》
神はマナヤに目を向け、そしてテオとその両親らにも順番に目を通し……そしてマナヤに視線を戻して言葉を続けた。
《――そもそも私は、異世界から魂を呼び込んでなどいない――》
「え……」
その言葉に、マナヤが茫然とする。
《――私が唯一、やったこととは――》
そこまで言ってから、神はテオへと目を向けた。
《――テオ。私は其方を異世界へと転移させ……知識を学ばせてから、再びこの世界に呼び戻した。それだけだ――》
「えっ!?」
急にそのようなことを言われ、テオが面食らって素っ頓狂な声を上げてしまう。
マナヤがテオの方を振り返り、信じられないという顔をして見つめた。
「ま、待って下さい! ぼ、僕は異世界になんて行ってません! そんな記憶はありませんよ!」
慌ててテオは神にそう言い放つ。
《――本当に、記憶は無いか?――》
「……えっ?」
《――其方には、あるはずだ。其方の世界のものではない、異世界の記憶が――》
「そ、それは、ありますけど……」
マナヤがテオに降りてきてからというもの。テオは時折、マナヤの世界の記憶が頭に浮かぶことがあった。けれどもそれは、マナヤの記憶を断片的に覗いているだけのはずではなかったのか。
《――よく思い出してみるのだ。其方の記憶は、其方のものであるはずだ――》
「そ、そんなこと言ったって、僕には本当に――ッ!?」
突然。
フラッシュバックのように、テオの脳裏にいつだかの記憶が浮かび上がる。
『――これが、全モンスターのステータス一覧だ。これ、覚えられるか?』
知らない声。知らない部屋。
不自然に真っ白で、金属製の家具や、色とりどりな布に覆われた一室。
見たことも無い服を着た人が、聞いたこともない言語で、自分に語り掛けてくる。
……何故か、聞いたことも無いはず、読んだことも無いはずの字を、自分は理解できる。
「これ、は……」
初めて見た、異世界の記憶。セメイト村で初めてモンスターのステータス表を見た時に浮かんだ記憶だ。
『――少しずつで良いよ。この表を、覚えていくといい。きっと役に立つさ。
……テオ』
――!!!!
「……そう、だ……僕は……」
わなわなと震えながら、テオは頭を抱えてうわごとのように呟く。
「……テオ?」
「テオ? どうしたの?」
スコットとサマーが、様子のおかしいテオの肩に手を置き顔を覗き込んでくる。
「僕は、フミヤさんに、会って。……彼から、『ニホンゴ』を学んで……そして……!」
どんどん記憶が甦っていく。
テオは、スタンピードで『ミノタウロス』の斧に殺される直前に、この雲だらけの空間に来た。
目の前にいる、この神様と話をした。
神様との契約に従い、異世界へと渡り、誰かの部屋に直接転移させられた。
右も左もわからない異世界で、その部屋の住人である『フミヤ』と出会った。
その『フミヤ』に、異世界の言語を教えてもらった。
ある程度の意思疎通ができるようになって……テオは、『サモナーズ・コロセウム』をプレイした。
《――そうだ。テオ、其方は私と一度会っている。そして、異世界へと渡った。三年間、異世界で召喚師の戦い方を学び……そして、こちらの世界へと呼び戻されたのだ――》
がくり、とテオが膝をつく。完全に当時の記憶を取り戻したのだ。
体を震わせながら、自分の体を抱きしめるように両腕を回す。テオの両親が、そんなテオを心配して彼の肩に手を置く。
「……ちょ、ちょっと待てよ」
そんな中、茫然としていたマナヤが神に向き直った。
「だったら……俺は、何なんだよ! 俺は一体どこから来たんだよ!!」
《――マナヤ――》
そして神は、またしても申し訳なさそうな顔をマナヤに向け……告げた。
《――其方は、異世界人ではない――》
「な――」
《――其方は、テオのもう一つの人格――》
そう言って神は再びテオへと視線を向ける。
《――異世界での生活に耐えきれなかったテオが、自らの心を守るために。『自分は異世界人だ』という設定のもと、テオ自身が作り出した、テオの副人格だ――》
感想欄ほか、人目につく場所でのネタバレはお控えください。
次回、全ての始まり。
第0話……いえ、第1.5話と呼ぶべきでしょうか。




