80話 スレシス村防衛線 両親の決意
スコットとサマーが、眩い虹色の光を放つ。
『共鳴』。
心を真に通じ合わせた二人の人間の間でのみ使える、『クラス』を超えた奇跡の力。発現する能力は、人それぞれ。
この二人に発動した力は――
「【複製】!!」
二人が同時に叫び、その瞬間に二人の虹色の光が分離する。
分離した光は、それぞれが人の形を象っていった。そして、光が収まった時。
スコットとサマーは、それぞれ二人ずつになっていた。
スコットの分身は、即座にケイティと白魔導師を襲おうをしていたモンスター達へと向かい、充分近づいたところで地面に手をつける。
モンスター達の進路に岩の壁が立ち上り、ケイティらを守った。左方にも高い壁が立ち、コボルド達が放ったであろう矢がその壁に次々と突き立つ。
「えっ……?」
眩い虹色の光に目を覆っていたケイティが、状況を把握できずキョロキョロしている。それを確認したスコットの分身がニッと笑い、即座に二人のサマーへと振り返った。
二人になったサマーは、左右に並んでいた。
右に立ったサマーが弓を構える。そしてそのぴったり左にくっついた二人目のサマーが、その弓に矢をつがえて引き絞る。
そう、二人になれば片腕ずつでも弓を引くことができる。
「【プランジショット】!」
二人が同時に叫び、矢を放つ。
放たれた矢は弧を描き、ケイティらの前に立った岩壁を飛び越えその逆側へと落下していった。その壁に阻まれていたモンスターの脳天へと落ちる。ミノタウロスの断末魔が聞こえた。
二人のサマーがスコットの分身へと目くばせする。
それを受けたスコットの分身は、ケイティの前に立った岩壁に少しだけ隙間を空けた。その隙間から銀色のナイト・クラブの姿が覗く。
「【ブレイクアロー】!」
そこへ二人のサマーによる『ブレイクアロー』が放たれた。徹甲効果を得た強力な矢が隙間を縫って飛び込み、ナイト・クラブの甲殻を貫き、突き通した。
ぐらりとナイト・クラブの体が地に沈み、瘴気紋へと還る。
撃ったサマー自身がその威力に驚いた。ブランクがあるはずなのに、明らかに現役の頃よりも威力がある。
二人に分身したことで、弓は一つとはいえ二人分のマナが込められた『技能』。その威力も相応に向上していた。
茫然とその様子を見守っていたケイティだったが、はっと我に返ってティナを見つめる。彼女の顔色がどんどん土気色になっていく。慌てて、もう一度『治療の香水』にマナを込めようと試みた。
そこへ、風切り音を立てて何かがサマーへと降り注いできた。敵コボルドが壁越しに曲射してきた矢だ。
「サマー、気をつけろ!」
元の位置で壁を維持していたスコットが、サマーの側面から上方を覆うように逆さL字の壁を張る。上から降り注いできた矢は壁に突き立ち、二人のサマーを守った。
サマーがニッとスコットへ笑みを返し、L字壁の横から少し顔を出して二人で弓を引き絞る。放たれた『プランジショット』がコボルドが居ると思しき場所へと飛んでいき、その断末魔が響く。
「はあああっ!」
スコットの分身が裂帛の気合を上げると、侵入してきたモンスター達の前に横長の壁が発生。張り手のようにスコットが手のひらを突き出すと、壁が外側へと一気に移動して敵モンスター達を弾き飛ばす。
「お願い……お願い……っ」
分身したスコットとサマーが奮闘している中、ケイティは『治療の香水』にマナを込めようと必死になっていた。白魔導師も周囲の安全を確保できたことで、懸命に虫の息なティナを延命する。
(お願い……ティナが死んじゃうなんて嫌だ!)
ケイティは、いつだかアシュリーに言われたことを思い出していた。
『あんたにとって、そのティナって子も「家族」みたいなものだったんじゃないの? あんたの故郷のことを覚えてるのは、もうその子しか残ってないんでしょう』
(……私は、バカだ! 召喚師になっちゃったからって、ティナを……たった一人残った、私と同じ故郷の子を!)
ティナは自分を体を張ってまで救ってくれた。自分に唯一できることを、全力でやって。ティナ自身とて忌まわしいと思っているはずの『モンスター』を使ってまで。
ティナを遠ざけた自分を救うために、こうして飛び込んできてくれた。
(お願い! ティナに謝らなきゃいけないの! 連れていかないで……神様!)
ぱたぱたと、涙が地面に、ケイティ自身の手に落ちていく。
もう一度、ティナと話がしたい。一緒にご飯を食べたい。一緒に笑い合いたい。
故郷を無くし、それでもこの村でやっと平穏を取り戻したあの頃を……もう一度取り戻したい。
「お願いっ! 力を貸してっ!!」
――ティナを救うための力を!
鈍い音と共に、ケイティの手に魔法陣が浮かび上がる。
「っ!」
同時に、ケイティ自身のマナが魔法陣に吸い込まれていく感覚。
色あせていた『治療の香水』の小瓶が熱を持ち……そして、碧色に色づく。
「……ティナ!」
――【治療の香水】
すぐさまケイティはそれをティナの首へと押し当てた。するりと通り抜けるようにティナの首へとかかり、ネックレス状に変化する。
碧色の燐光がティナの体を包み込んだ。
「これは!」
白魔導師が感嘆し、次の瞬間改めて顔を引き締める。『治療の香水』の効果と白魔導師の治癒魔法が重なり、土気色になりかかっていたティナの顔色が少しずつ良くなっていくのがわかる。
やっと治癒効果がティナの生命力減少を上回ることができたのだ。傷が少しずつ塞がっていき、ティナに突き立った矢が一本ずつゆっくりと抜け落ちていく。
「ティナ! しっかりして!」
ようやく彼女が治ってきたことに実感を持ち始めたケイティが、体温を取り戻していくティナの手を握って呼び掛けた。
傷もだいぶ治ってきて、ぴくりとティナの瞼が震え……ゆっくりと目を開いた。
「ケイ……ティ……」
「ティナ!!」
涙を零しながら、思わずティナの体にすがりついてしまうケイティ。嗚咽をあげ、しゃくりあげながらティナの名を呼び続ける。
「ティナ……ティナぁ……っ」
「……ケイティ」
「ごめんね、ティナ……私、ティナに、酷いこと……っ」
彼女にすがりつきながら、謝る。
召喚師になってしまった途端、彼女を見捨て、顔を背けてしまったこと。ずっと仲良くしてきて、妹のようにすら思っていたティナを裏切ってしまったこと。
「ごめんなさいっ……ごめんなさい……っ!」
「……謝らないで、ケイティ」
「だって、私っ……もう、ティナにっ、合わせる顔が……っ」
嫌われても仕方がない。何を今さら、と罵倒されてもしょうがない。絶交されても文句は言えない。
それでもケイティは……せめて、ティナに謝りたかった。それがただの自己満足に過ぎなくても。
「……もう、顔、合わせてくれないの?」
「……てぃ、ティナ?」
「やっと、顔、見せてくれたのに……もう、会えないの?」
「だ、だって……私今まで、ティナのこと……」
頬にも赤みが戻ってきたティナが、弱々しくもニコリを笑う。そしてケイティの肩に手を置く。
涙を拭くのも忘れ、少し体を離してケイティがティナと顔を合わせた。
「……いいの。ケイティが……私のケイティが、戻ってきてくれた」
「ティナぁ……っ」
「また一緒に、遊ぼう? ……またケイティと、仲直りしたいよ……せっかく戻れたんだもん」
「ティナぁ……ごめん、ごめんね……っ」
その時、壁の向こうが騒がしくなった。
「――【イフィシェントアタック】!」
凛とした女性の声と共に、モンスターが弾き飛ばされる轟音。
ハッ、とスコットがその声に顔を上げ、その方向にある壁を開く。
「テナイア様!」
二人で弓を構えたまま、サマーがその先に居た白魔導師の名を呼んだ。
「サマーさん! スコットさんも……これは一体!」
突然開いた壁の向こうにいる、テオの両親を確認したテナイアがすぐに入ってきた。
「テナイア様、この子をお願いします!」
「これは……酷い怪我だったようですね。大丈夫、すぐに治します」
スコットに促され、ティナの治療を続けていた白魔導師と協力して治療の手助けをするテナイア。
彼女の手のひらから放たれる治癒の光を浴びて、一気にティナの残りの傷が塞がっていく。
「ティナ!! 良かった、ありがとうございます、ありがとうございます……!」
「助かりました! 私一人では、少しずつ治療していくのが精いっぱいで……」
「……あ、ありがとうございました」
ケイティが、続いて村の白魔導師がテナイアに礼を言う。
ティナもしっかりと体を起こし、同じく礼を告げた。あれだけあった傷がほぼ完全に治り、自分の手や腕を見つめながら目をぱちくりさせている。
テナイアは二人を慈しむように微笑んだ。
「いえ、相当な深手だったようですね。よく持ちこたえて下さいました」
そして、油断なく周囲を見渡す。
テナイアは既にマナを回復させ、ディロン達の元へ救援に向かうつもりだった。しかし道中で野良モンスターの襲撃を発見し、まずこちらへと急行したのだ。
「テナイア様! その召喚師の子はもう動けますか!」
そこへ、二人で弓を引き絞っていたサマーが尋ねる。
そちらへと目を向けたテナイアが、改めて目を見張る。先ほどから気になっていた。スコットとサマーが二人ずつ存在する。
「サマーさん、それにスコットさんも……何故、二人ずつに」
「その、そこのお二人は、あの伝説の『共鳴』を発動されたのです」
「『共鳴』……お二人が」
テナイアの問いに答えたのは村の白魔導師。それを聞いて驚きつつもテナイアは納得し、すぐに頭を切り替える。
「――はい、この子はもう大丈夫です! ティナさんといいましたか。動けますね?」
「あ、は、はい! 大丈夫です!」
テナイアに促されティナが我に返るように息を呑み、すぐに気を引き締める。
ティナの召喚モンスターは、彼女の意識が途絶えた時に自動送還されてしまっていた。慌てて新たに召喚しようと掌を差し出す。
だが、それをサマーが止めた。
「いえ、ティナちゃんは封印に専念して!」
「え?」
「スコット!」
二人のサマーは、弓を引き絞りながらスコットへと声をかける。
その呼びかけに振り向いた二人のスコットは、サマーの目を見てすぐに得心したようだ。
「あれをやるんだな!」
「ええ! きっと、今の私達なら!」
「わかった! ティナちゃん、これからモンスター達を一掃する! 封印を頼んだぞ!」
と、二人のスコットがサマー達の元へと移動する。
「お、お待ちください。お二人は建築士と弓術士、多数の敵を相手にするのは……」
少し慌てた様子でテナイアが問いかけた。
弓術士は単体攻撃に特化しているクラス。そして建築士も、お世辞にも攻撃に向いているとは言えない。集団の敵を相手にするのは黒魔導師の領分だ。
「大丈夫です。サマー、行くぞ!」
「ええ、いつでも!」
しかし自信たっぷりなテオの両親。
二人のスコットが、共に両腕を横にばっと広げた。その瞬間、全方位を囲っていた壁が一斉に動く。モンスター達の背後からも壁が立ち上り、それを操ってモンスター達を強引に押し流していく。あっという間に周囲のモンスター達を、前方の一か所に全てまとめていた。最終的には円形の岩の檻一つにモンスター達を全員押し閉じ込めていく。
「これは……」
その様相にテナイアが瞠目する。周囲を囲まれた状態から、逆にモンスター達を全員岩の牢屋に押し閉じ込める操作技術。その鮮やかな手並みに驚きを禁じ得ない。
さらに驚くべきはその操作距離だ。建築士は基本的に、離れている岩ほど精密には操りづらくなる。にも関わらず、広場の中心からモンスター達の外側に壁を形成するのみならず、それを巧みに操作していた。
「いいわよ!」
「ああ!」
二人で体を支え合いながら限界まで弓を引いていたサマー達が、二人のスコットに合図する。と、スコットの片方がサマーの足元へと手を当てた。途端に岩の柱が立ち上り、二人のサマーを上空へ押し上げる。
「……うん!」
壁に押し閉じ込められたモンスター達を上から一望できる。それを確認したサマー二人は弓を引いたまま、立っている岩柱のてっぺんから斜めに跳び上がった。モンスター達を閉じ込めた岩牢の真上へと華麗に舞う。
「はあっ!」
さらに二人のスコットが裂帛の気合。サマーが立っていた岩の柱が砕け、さらに既に周囲にも散らばっていた砕けた岩も混ざり、それらの破片が全て一気にサマー二人の元へと飛来した。引き絞っている矢の先端へと収束していき、巨大な円錐状の岩の矢じりを成す。
「――【イフィシェントアタック】」
それを見て察したテナイアが、すぐさま呪文を唱えた。次の物理攻撃一撃の火力を大幅に増大させる魔法だ。巨大な岩の矢じりが白い光を帯びる。
「【マッシヴアロー】!!」
眼下のモンスター群に向かって、空中からサマーが威力強化された矢を放った。
光を帯びた巨大な岩の矢じりが、回転衝角のように回りながら射出される。真下にいる、壁に閉じ込められたモンスター達へと。
――大轟音。そして、土煙の竜巻。
岩牢の中へと着弾した岩の矢じりは、爆砕しながらもそのまま岩牢の中で回転し続けた。砕け散った岩の破片もなぜか周囲には飛び散らず、岩牢のあった辺りで竜巻のように吹き荒れる。破片が外へ飛んでいかないように、スコットが制御しているのだ。
岩の矢じりで一撃死しなかったモンスター達も、高速で旋回し続ける岩の破片を連続で浴び続け、その体を砕かれていく。
岩の竜巻が収まった後には、大量の瓦礫と瘴気紋だけが残っていた。
「ティナちゃん、封印を!」
「あっ! は、はい! 【封印】!」
一同が茫然としていた中、ティナがスコットの声を受けたのを皮切りに、慌てて封印を始める。
パンッ、と二人のスコットと二人のサマー、計四人が同時にハイタッチした。そして、虹色の燐光を放ちながら四人から二人へと戻る。
一泊置いて、喝采が辺りを包み込んだ。皆が喜びに沸く。
「驚きました。黒魔導師無しに、モンスターの群れを一掃してしまうとは」
テナイアが手放しにスコットとサマーを称賛した。
「昔、現役だったころの私達の切り札だったのですよ」
「私とスコットで考案したんです。まあ当時は、これほどの規模ではできなかったのですけれど」
照れ笑いをしながら、テオの両親が語った。
岩の牢屋でモンスター達を一時的に押し閉じ込め、サマーが真上へと跳び上がる。矢に岩を収束して巨大な岩の衝角へと変え、モンスター達を押し潰し一掃する。
集団に対応しにくい弓術士と、岩を高速で射出することはできない建築士。二人の弱点を補い合うべく開発した技だった。
「――大丈夫ですか! あっ、テナイア様!」
そこへ、駐留していた騎士隊の者がようやく駆け付けた。テナイアの姿を確認し、左胸に手を当てて一礼する。
テナイアが顔を引き締め、騎士隊の者たちに命じた。
「周囲を警戒しながら、この方々を避難所へ誘導してください! モンスターの襲撃がまた来ないとも限りません!」
「はっ!」
そうして村人達を騎士達が誘導していく。
その中、ケイティとティナがテオの両親の元へと歩み寄った。
「……ありがとうございました。シャラの、義両親でしたよね」
「ありがとうございました、ケイティを……私達を、守って下さって」
そう言って胸に手を当てる礼をする二人を、テオの両親はおおらかにほほ笑みながら受け止める。
「気にしなくていい。シャラちゃんから話は聞いている……君がケイティだったんだね」
「シャラちゃんのこと、よろしくお願いします。ティナちゃんとも、仲良くね」
そう告げるとケイティとティナはもう一度一礼し、騎士隊に連れられて去っていった。
「スコットさん、サマーさん。貴方がたは行かないのですか?」
その場に留まったままの二人に、テナイアが問いかけた。
「……その事なのですがテナイア様。私達も、テオとマナヤさんの元へ行かせていただけませんか」
「お二人が、ですか?」
サマーの提案に、テナイアが怪訝に問い返した。そこへスコットも、決意を固めた表情でテナイアに懇願する。
「私はずっと……テオやマナヤ君、そしてシャラちゃんを送り出すだけの立場でした。息子たちに危険な戦いを任せることしか、できなかった。でも、今は違います」
「スコットも私も、今ならテオ達の力になれます。……お願いします、テナイア様」
真剣な表情でテナイアを見つめ返してくる二人。その決意の堅さ、そして二人の頼もしさを見て取ったテナイアは、ふっと表情をやわらげた。
「……わかりました。『共鳴』に目覚めた方々に力を貸して頂けるのは、心強いところです。ついてきてください」
「はい!」
テナイアの先導の元、三人はマナヤ達が戦っている森の中へと急いだ。




