77話 乱戦開始
「……絶妙に散らばられているな」
相手には聞こえない声量でディロンが呟くのが、マナヤの耳に届いた。
おそらくトルーマンら四人の配置のことを言っているのだろう。黒魔導師であるディロンは範囲攻撃魔法が使える。四人全員が範囲魔法に巻き込まれないように、敵は適度な距離を空けて散らばっているのだ。
彼らも、他『クラス』との戦い方を研究しているということか。
「見下げ果てた男だ、ディロンよ。そのような小僧に同胞殺しの技術を覚えさせているとは」
距離を保ったトルーマンが、ディロンへと言葉を投げかける。
眉を顰めたディロンに、今度はマナヤが小声で伝えた。
「あいつ、俺のことを対召喚師専門の殺し屋として育てられたと思い込んでるみたいッス」
「……なるほど」
それに納得したディロンが、トルーマンへ答弁する。
「誤解があるようだが、彼は王国の思惑とは無関係だ。召喚師の扱いを改善するために協力してもらっている、ただの一般人だ」
「ふざけたことを。ただの一般人がなぜ召喚師戦にあれほど精通している。我々以上に危険極まりない男だぞ、そやつは」
そう言ってトルーマンがまっすぐマナヤを指さす。
「その小僧、人畜無害な者の振りをして我々の拠点へと潜り込んできて、到着すれば大暴れだ。それがあくまでもただの一般人であるなどと主張するつもりか」
「……」
「挙句、召喚師として蔑まれたことなど無いと嘯く。貴様らが、その小僧をこのために育成した何よりの証拠だ」
ちらり、とディロンがマナヤの方へ視線を向ける。おそらく、テオと交替しての状況であるということを察したのだろう。
「答えてやる義理はないが、あえて言ってやろう。彼は、その類まれなる実力で召喚師として目覚ましい活躍をした天才だ。お前たちがセメイト村にスタンピードを誘発させた時、それを食い止めた功労者が彼だ。お前たちに覚えがないとは言わせん」
「……ぬう」
「つまりは、お前たちのおかげで我々は彼を見出すことができたということだ。彼が召喚師として蔑まれる前に、我々は彼の功績を後押しし、セメイト村で召喚師の印象を変えることに成功した」
「……」
トルーマンが黙りこくってしまう。
ふっ、と小馬鹿にするような表情を作ってみせるディロン。彼もわかっているのだ。ここでトルーマン達を挑発し、引き留めておく必要があると。
ディロンの言い分は、ある意味では正しい。スタンピードを抑えるというデビューを果たし、そこから召喚師として蔑まれた過去が無いのは、マナヤ視点ではそのまま真実だ。違うのは、ただマナヤが異世界からの転生者であるという点のみ。
「彼が我々に協力してくれるようになったのは、お前たちがセメイト村を襲うという失態を冒した道の終着点だ。彼の功績でセメイト村はもちろん、このスレシス村の召喚師も変わりつつある。お前たちが、復讐などと勝手なことを言っている間にな」
「貴様……ッ」
「そして、ここでお前を仕留めれば全てが終わる。覚悟しろ。スレシス村を騒がせ、そしてこれまでも繰り返してきた暴虐三昧の報い、今こそ受ける時だ」
両者の雰囲気が、一触即発になる。
いよいよ緊張感が漂い始める中、ディロンが小声でマナヤ達に話しかけてきた。
「マナヤ。君とアシュリーでトルーマンとヴァスケスを抑えられるか。後方の雑魚二人は、私が受け持つ」
「ディロンさん! まさか、こんな時に!」
彼の提案に、なぜかアシュリーが非難めいた声を上げた。
「勘違いをするな、アシュリー。例の件で君に気を遣っているわけではない」
「……っ」
「知っての通り、私は『黒魔導師』だ。範囲攻撃能力は高いが、単体への戦闘力は剣士には及ばない。トルーマンやヴァスケスのような、少数の上級、最上級モンスターを使ってくる相手には、剣士の方が有利だ」
「……なるほど」
「後方の召喚師二人は、見たところ上級モンスターなどを扱えるわけではなさそうだ。召喚モンスターの数で押すような輩ならば、私が一網打尽にできる。君とマナヤで、強力なモンスターを操るあの二人を抑えて欲しい」
そしてディロンは、ちらりと最後尾で錫杖を構えているシャラへも視線を向けた。
「シャラ、君は我々三人を錬金装飾で援護して貰いたい。錬金術師である君自身は、戦闘能力が高くない。状況を見て、援護が必要な場所へ臨機応変に動いてほしい。それから敵の動きも察知し、不審な動きがあればすぐに教えてくれ」
「……はいっ」
ぎゅ、と錫杖を握りしめながらシャラが頷いた。『森林の守手』を装着している今の彼女は、弓術士に近い索敵能力を獲得している。
「マナヤ。召喚師との戦い方を熟知している君が、この戦いの中核となる。必要であれば、私にも遠慮なく指示をしてくれて構わない。敬語も不要だ。……任せたぞ」
「……ああ、任された」
マナヤが、油断なくトルーマンを睨めつけながら口に弧を描く。小さく頷いたディロンは「これが最後だ」と前置きして続けた。
「君たちは、連中を追い詰めるだけで良い。トドメは私が刺す」
「……?」
「人を殺めた者は、人間ではなくなる。君たちまで手を汚す必要は無い」
それだけ言うと、ディロンはすっと手を前に差し出す。魔法の発動準備だ。
「――【行け】!」
トルーマンとヴァスケスが、共にモンスター達に突撃命令を下す。瞬間、マナヤがとっさにシャラに命じた。
「シャラ! 全員に七、九、十四!」
「【キャスティング】」
七番は生命力を高める『増命の双月』、九番は怪我を持続的に治癒する『治療の香水』、十四番は精神攻撃を無効化する『吸邪の宝珠』だ。
マナヤの指示に、素早くシャラが錬金装飾を放つ。
――【吸邪の宝珠】!
シャラ自身含め、全員にそれぞれ一つずつの『吸邪の宝珠』が装着された。マナヤには、既に左手首に装着されている。
召喚師と戦う上で一番重要なのは”マナにダメージを負わない”ことだ。特に『ショ・ゴス』や『レイス』、『十三告死』などを使われるとたまったものではない。精神攻撃はなんとしてでも防ぐ必要がある。そのための『吸邪の宝珠』だ。
シャラが『吸邪の宝珠』だけを放ったということは、おそらく既に全員に『増命の双月』と『治療の香水』が行き渡っているのだろう。
「【行け】! 【跳躍爆風】!」
マナヤもモンスター達を突撃させ、跳躍爆風で粘獣ウーズキューブをトルーマンの岩機GOL-72の位置へと跳ばした。
粘獣ウーズキューブが岩機GOL-72に至近距離から強酸を浴びせる。その強酸で、岩の巨人の装甲が溶けていく。グルーン・スラッグと同じ攻撃能力だ。
「【秩序獣与】!」
トルーマンが秩序獣与をかけ、岩機GOL-72の巨大な拳が神聖な光をまとう。その光に叩き潰され、粘獣ウーズキューブの身体が半壊した。
「【バニッシュブロウ】!」
そこへアシュリーが飛び込み、剣を叩きつけた。
装甲が溶けている岩機GOL-72は剣の斬撃をモロに食らって岩を飛び散らせ、そして技能の効果で再び後方へと押し戻されていく。
「ヴァルキリー、【戻れ】、【行け】! 【精神防御】、【秩序獣与】!」
マナヤはその間に、ヴァルキリーを細かく操作してヴァスケスのフライング・ポリプへとぶつける。さらに精神攻撃への防御、そして神聖属性の攻撃力を付加する。先ほどと同じ流れだ。
「【キャスティング】」
――【増幅の書物】!
シャラが魔法の性能を増幅する錬金装飾『増幅の書物』をディロンに投擲する。
「【プラズマブラスト】」
それを受けたディロンの雷撃範囲魔法が、後方の召喚師が跳ばしてきたモンスター達に降りかかろうとする。
が、その瞬間に木々の間から二人の人影が躍り出た。
「【電撃防御】!」
その瞬間、先頭のモンスター二体が青い防御幕に覆われる。躍り出てきたのは、このモンスター達の召喚主たちだった。
(こいつら、防御魔法の使用が適確だ!)
マナヤがそちらへ目を向け、歯噛みする。
洞窟があった辺りでマナヤが戦った有象無象の召喚師達とはまるで違う。防御魔法の使用タイミングもわきまえている、明らかな手練れだ。さしずめ召喚師解放同盟の精鋭というところか。
「シャラ! ディロンの十四を十五に!」
「【キャスティング】」
すかさずマナヤが指示することで、シャラが水色の宝珠がはまった錬金装飾を投擲した。
――【吸嵐の宝珠】!
ディロンの『吸邪の宝珠』が一時的に外れ、代わりに電撃を無効化できる錬金装飾が装着された。
敵モンスターにかかった電撃防御により、ディロンの『プラズマブラスト』が跳ね返されてディロン自身を飲み込む。しかし、その錬金装飾のおかげで全くダメージを受けていない。
「【ダークスフィア】」
即座に放たれたディロンの次撃。真っ黒な闇撃のエネルギーが半球状にモンスター達を圧し閉じ込め、その体を砕いた。
「私のもう一つの切り札、見せてやろう。【ダーク・ヤング】召喚!」
と、そこへトルーマンが再び召喚する。巨大な紋章の中から現れたのは十メートル近い高さを持つ、幹の太い巨大な木のような陰。しかし、根の代わりに三本のごく短い足が生え、枝葉にあたる部分には極太の触手が数本蠢いている。幹の部分も真っ黒で禍々しく、鋭い牙が並んだ巨大な口のようなものが幹にいくつも開いていた。
『冒涜系』の最上級モンスター、『黒い仔山羊』だ。
それを見て取ったアシュリーが小さく舌打ちし、岩機GOL-72に向き直り大きく上に剣を振りかぶる。剣にどんどんとオーラが溜まっていった。それに気づいたディロンが、即座に呪文を唱える。
「【インスティル・ファイア】」
頭上に掲げられたアシュリーの剣が、凄まじい炎を纏う。岩の巨人『岩機GOL-72』がアシュリーへと間合いを詰めていく。
「【ラクシャーサ】!」
唇に弧を描いたアシュリーが、炎の剣を一気に振り下ろす。高熱を伴う巨大な衝撃波を至近距離から浴びせ、トルーマンの岩機GOL-72を粉砕。ダーク・ヤングと合流される前に始末したかったのだろう。アシュリーも二対一をやるつもりは毛頭なかったらしい。
「【封印】」
しかし、倒れた岩機GOL-72はトルーマンに回収されてしまう。
「アシュリー! そこのダーク・ヤングとはまともにやりあうな! 触手の動きを見て回避を重視しろ!」
ダーク・ヤングに立ち向かいに行ったアシュリーに、マナヤはそう指示を飛ばす。
あの太い触手を叩きつけて攻撃するダーク・ヤングは、強力ではあるが動き自体は緩慢だ。しっかりと見切れば、剣士の足ならば避けること自体はそう難しくない。
アシュリーの動きを見る限り、走行速度を上げる錬金装飾を着けているはずだ。ならば、余裕をもって回避することができるはず。
もっと言えば、マナヤが実際に戦ってみたところトルーマンよりもヴァスケスの方が厄介だと感じた。ヴァスケスが補助魔法などの研究を一番に手掛けているようで、彼の方がずっと使い方が巧い。対してトルーマンは力押しだ。強力なモンスターの性能に頼った戦い方に固執しているような印象を受ける。
なので、あまり補助魔法を効果的に使っている様子が見られないトルーマンの相手は、アシュリーにしてもらったほうが良い。自分はヴァスケスと補助魔法合戦をするべきだろうとマナヤは判断した。
そのヴァスケスの方に目をやるとフライング・ポリプが送還され、『ゲンブ』を使ってマナヤのヴァルキリーとやりあおうとしているのが見えた。ゲンブは元から神聖属性に耐性があり、神聖属性の獣与をかけているヴァルキリーの攻撃が効きにくい。
「【電撃獣与】!」
「【電撃防御】、【魔獣治癒】」
マナヤはヴァルキリーに電撃を付与するが、ヴァスケスはすぐにゲンブに電撃の防御魔法をかけ、さらに治癒魔法もかける。時間稼ぎだけするつもりなのだろう。マナヤは、とにかくヴァスケスがアシュリーにちょっかいをかけないようにしなければならない。
――乱戦だ、こりゃ荒れるぞ!
マナヤは、トルーマンとヴァスケスの両方を常に確認し忙しく動きながら、集中力を欠かさないよう気合を入れ直した。
次回、アシュリー視点でvs黒い仔山羊戦。




