76話 窮地に駆けつけた援軍
一方、森奥の召喚師解放同盟の拠点。フロストドラゴンに乗ったままのマナヤが、トルーマン相手に睨み合っていた。
ズキンズキン、とマナヤの腹の傷が痛む。『ギュスターヴ』にやられた腹の穴が、まだ塞がらない。『治療の香水』の光は消えかかっている。今、まともに攻撃を食らうとキツい。安全のためにも、マナヤはフロストドラゴンから降りるわけにはいかなかった。
(くそ、地味に面倒なことになってきやがった)
マナヤが毒づく。
ヴァスケスの方は、マナヤのヴァルキリー相手に下級・中級モンスターを相手にして時間稼ぎをしていた。ヴァルキリーにかかっている『野生之力』の効果が、時間経過で薄まってきている。野生之力は獣与系魔法と同様、時間経過で威力が低下していくタイプの魔法だからだ。
内心焦るマナヤに、トルーマンが苦々しげに問いかけてきた。
「……貴様、そのような戦い方を一体どこで身に着けたというのだ」
「答えてやると思うのか?」
どうせ話しても信じるまい。そう考え、トルーマンの質問を一蹴する。
「貴様の目を見ればわかる。貴様は、人殺しなど経験したことはあるまい」
「あ?」
「にも関わらず、貴様は召喚師との闘いがこなれすぎている。腑に落ちん」
「……」
「それとも、王国はそれほどに召喚師を殺す方法を研究しているということか? 貴様のような小僧に、それほどの技術を叩き込んでまで」
ニヤリと下卑た笑みを浮かべ、ゆっくりと起き上がるトルーマン。
「やはり、この王国は腐っている。召喚師を奴隷か何かだと考えている。そのような王国に、お前が従うのは何故だ?」
「知ったことかよ」
「貴様とて、召喚師になったことで見下されたはずだ。なのに、何の義理があって他『クラス』の味方をする」
「だから、知ったことじゃねえよ。俺は別に見下されたことなんか無ぇからな」
「何だと?」
トルーマンが眉を顰めるが、実際マナヤ自身は召喚師だからと見下されたことなど、ない。せいぜいダスティンに難癖をつけられたことくらいだ。
日本育ちのマナヤは、この世界で召喚師が迫害されていることなど情報でしか知らない。マナヤ自身が体験したことではないので、彼にとっては割と他人事だ。むしろこの世界に来た時点で、マナヤはセメイト村の村人には英雄扱いされていたほどだ。
しばし眉を顰めた後、トルーマンが嘲るように笑った。
「……温室育ちか。それで、現実を知る知らないなどと、よく私に吼えられたものだ」
「……」
「まあ、いい。……おかげで、時間が稼げた」
「なんだと?」
今度は、マナヤが訝る番だ。
「――【狼機K-9】召喚」
突然、ヴァスケスともトルーマンとも違う方向から、声がする。
慌ててマナヤが振り向くと、別の召喚師が狼機K-9をフロストドラゴンの足元へと送り込んできていた。フロストドラゴンがそれに氷のブレスを放つが、機械モンスターゆえにあまり効いていない。
「チッ、フロストドラゴン【戻れ】、グルーン・スラッグ【行け】!」
一旦フロストドラゴンの攻撃を中断し、待機していたグルーン・スラッグを向かわせるマナヤ。そのままフロストドラゴンに攻撃させ続けても良かったはずなのだが、痛みに霞む頭で判断が鈍っていた。
「【自爆指令】」
「なっ!?」
そこへ、その新たな召喚師は狼機K-9に『自爆指令』をかける。五秒後に、爆発することになる。
(俺としたことが!)
この位置で自爆されたら、マナヤ自身も巻き込まれる。
フロストドラゴンの攻撃を中断させず続けさせていれば、自爆前に倒せていたかもしれない。今からまた攻撃させていては、間に合わない。
「【跳躍爆風】ッ!」
仕方なく、咄嗟にフロストドラゴンに乗ったまま跳躍爆風をかけ、フロストドラゴンごと跳んで逃げるマナヤ。直後、先ほどまで居た場所が轟音と共に大爆発する。
「づっ……」
着地したフロストドラゴンから、衝撃で転がり落ちてしまうマナヤ。体の痛みで、クッションとなる反重力床をかける余裕が無かった。
「――【跳躍爆風】!」
そこへさらに別の人間の声がする。四人目だ。マナヤの近くに着地したのは……猫機FEL-9。
マナヤのフロストドラゴンが、マナヤの方へと首をもたげる。
「クソッ、【送還】! 【粘獣ウーズキューブ】召喚ッ!」
思わずフロストドラゴンを送還してしまい、代わりに防御に優れた『粘獣ウーズキューブ』を召喚するマナヤ。
――他に召喚師が、二人来やがった!?
トルーマンとヴァスケスを入れれば、合計四人。
これらを全員相手にしなければならないのか。しかも、『治療の香水』が切れかかり、瀕死の状態の今。
……そこへ。
「【合獣キマエラ】召喚!」
ヴァスケスの声が響く。彼の目の前に現れたのは、羊と蜥蜴の頭が追加された獅子のようなモンスター。
上級モンスター、合獣キマエラ。口から強烈な火炎ブレスを放つモンスターだ。
ただの火炎攻撃モンスターであれば、火炎防御を自分のモンスターにかけて防げばいい。
だが、このモンスターは火炎ブレスの『出が早い』モンスターであり、自陣モンスターが少ない状況だと対応が間に合わない。だから『サモナーズ・コロセウム』でも『召喚師狙い』によく使われていたモンスターだ。
――まずい!
慌てて懐をまさぐり『吸炎の宝珠』を取り出そうとするマナヤ。だが、遅かった。
「【跳躍爆風】!」
ヴァスケスが、容赦なく合獣キマエラを跳ばしてくる。
マナヤの近くに、合獣キマエラが着地した。そのトカゲの口が開き、中に炎が溜め込まれる。
(ダメだっ……死――)
「――【キャスティング】!」
その時。
突然右後方から光がマナヤへと飛んでいき、右手首に装着された。
――【吸炎の宝珠】!
直後、マナヤが火炎ブレスに呑み込まれる。しかしダメージは無い。
「――【ドロップ・エアレイド】!」
さらに、右後方の空から赤い影が舞い降りた。凄まじい勢いで合獣キマエラへと飛び込み、その剣で獅子の体を大きく斬り裂く。
「【バニッシュブロウ】!」
そのまま、光輝いた剣で合獣キマエラを殴りつけるアシュリー。合獣キマエラが土煙を残しながら、一気に後方へと押しのけられる。
「マナヤ、無事!?」
「アシュリー!?」
その赤い影は、赤いサイドテールのアシュリー。マナヤを気遣いつつ周囲を素早く確認している彼女に、マナヤが驚いて呼び掛けた。
「マナヤさん! 大丈夫でしたか!?」
さらに、光が飛んできた方向からセミロングの金髪を揺らして走ってくる、シャラ。油断なく『衝撃の錫杖』を構えながら、マナヤに駆け寄ってきた。
「シャラ、お前まで……」
先ほどの炎ブレスで無事だったのは、シャラが錬金装飾を渡してくれたからだ。マナヤが想像していた以上に、ナイスアシストだった。
見ると、シャラの右手首には『森林の守手』がはまっている。周囲の状況を感知できる錬金装飾だ。これでマナヤの位置を把握したのだろう。
「……二人とも、助かったぜ。俺としたことがドジっちまった。【火炎防御】」
前方で合獣キマエラと戦いはじめたヴァルキリーへ魔法援護しつつ、二人へ感謝の言葉を告げる。
なぜここに居るのか問い質したい所だが、悠長に話をしている場合ではない。
「貴様……他『クラス』ごときが、よくぞ我々の邪魔をしてくれたな! 【岩機GOL-72】召喚ッ!」
トルーマンが鬼気迫る表情でアシュリーとシャラを睨みつけ、新たに『岩機GOL-72』を召喚する。
シャラは青い顔をしているが、アシュリーは意に介さずに前方へと一気に踏み込んでいった。
「【シフト・スマッシュ】」
アシュリーの刀身が斧型のオーラに覆われ、岩機GOL-72へと叩きつけた。
岩の巨体が後方へと押しやられ、アシュリーを狙った岩拳は空を切る。
「マナヤさん、酷い怪我! それに『治療の香水』と『増命の双月』が……」
一方シャラは血まみれのマナヤの姿に、そして彼の両足首にはまっている二つの錬金装飾を見て、困惑する。想像以上にこれらのマナが損耗していたからだ。特に『治療の香水』はもう限りなくカラになっていた。マナヤがかなりの手傷を負い続けたことを物語っている。
「……悪ぃ。でも、無茶はしてねえよ」
「……本当ですね?」
やや非難がましくマナヤを睨みつつ、シャラは鞄から新しくマナが満タンの『治療の香水』と『増命の双月』を取り出し、交換してくれる。
新たに碧の燐光がマナヤを包み込み、深い腹の傷をさっそく癒し始める。
「【送還】、【フライング・ポリプ】召喚!」
「ちっ」
しかし、ヴァスケスが合獣キマエラを送還し、新たに『フライング・ポリプ』を召喚した声が耳に届き、マナヤはすぐにそちらへ顔を向ける。
マナヤのヴァルキリーが虚空に向かって槍を振り上げた。同時にその場所に旋風が巻き起こり、下品な笑い声が響いた。旋風の中から突然、人間の三倍ほどのサイズを持つ巨大な寄生虫のような姿をしたモンスターが姿を現す。
ヴァルキリーは旋風によってそのモンスターに急激に引き寄せられ、その勢いに振り回されて槍の攻撃を外してしまう。
上級モンスター『盲目のもの』だ。極寒の真空を操ることで敵を引っ張りまわしつつ、さらに笑い声による精神攻撃をも同時に行ってくるモンスター。
さらに普段は透明で、攻撃する瞬間しか姿が見えない。スター・ヴァンパイアと同じ透明化能力だ。
「シャラ、二番!」
「はい!」
右手首を出してシャラに命じると、迷うことなく反応してくれる。ぱっと目的の物を出し、『吸炎の宝珠』と交換でマナヤの右手首に装着した。
――【伸長の眼鏡】
「【秩序獣与】、【精神防護】」
補助魔法の射程が伸びたことで、フライング・ポリプに引き寄せられ離れたヴァルキリーをも援護できるようになった。
ヴァルキリーに神聖な光を付与し、さらに精神ダメージを防ぐ魔法をかけるマナヤ。
「――【跳躍爆風】!」
「くそっ、またか!」
そして、左方から再びモンスターが飛んでくる。さきほど狼機K-9を自爆させていた、三人目の召喚師だ。マナヤが降ってきたモンスターに目をやる。
だが、そこには二体のモンスターが着地してきていた。『イス・ビートル』と『ガルウルフ』。
続いて、『狼機K-9《ケイナイン》』に『ヘルハウンド』。
そして、二体目の狼機K-9《ケイナイン》、二体目のガルウルフがさらに跳んできて、合計モンスター六体。
一度に二体、モンスターが跳んでくる。跳躍爆風で跳ばすことができるのは、一度に一体だけのはず。つまり……
(そうか、さっきFEL-9《フェルナイン》を跳ばしてきた、四人目の召喚師もいたんだったか)
マナヤは敵が跳んできた方向を指さす。
「アシュリー! シャラ! 森のあの方向にゃ最低二人の召喚師が隠れてる! 気をつけろ!」
そして迫りくる六体のモンスターに向き直る。トルーマンとヴァスケスを同時だけでもキツいのに、さらに別に二人の召喚師が迫ってきている。アシュリーとシャラが来てくれたとはいえ、やることが多すぎる。マナヤはとりあえず囮だけでも召喚しようと手をかざす。
「――【ゲイルフィールド】」
と、突然聞こえてきた声と同時に、その六体のモンスターが紫色の旋風に巻き込まれた。突如、モンスターらの突進速度が一気に鈍る。
「【プラズマブラスト】」
さらに、その紫色の旋風に雷が咲き乱れる。モンスターの群れは身動きもままならぬまま電撃に撃たれ続け、それだけで魔紋へと還っていった。
「無事でいてくれたか、マナヤ」
「……ディロンさん」
いつの間にやら、マナヤの傍らにディロンが立っていた。先ほどの紫色の旋風と電撃は彼の魔法だろう。
「【応急修理】……貴様、ディロン」
「久しいな、トルーマン。まさか、お前とこうやって直接対決できる日がまた来ようとは」
トルーマンが岩機GOL-72を治癒しながら、ディロンを睨めつける。ディロンの方は無表情を崩さず、左方のモンスター達を警戒しながらもトルーマンへ視線を送った。
「……【サーヴァント・ラルヴァ】召喚!」
「ちっ、アシュリー戻ってこい!」
トルーマンが唐突に『サーヴァント・ラルヴァ』を召喚した。マナを削る笛を使うそのモンスターに警戒し、アシュリーに撤退を呼びかけるマナヤ。
マナヤがその場にモンスターを待機させつつ、トルーマンらを睨む。
四対四。仕切り直しだ。




