75話 スレシス村防衛戦 連携
スレシス村南東の、防壁の外。
多数のモンスターに囲まれた、カルとサフィアが必死に戦っていた。
「――【トリケラザード】召喚! 【次元固化】! よし、これで!」
三体目のトリケラザードを召喚し、配置する。
サフィアの周囲を三体のトリケラザードで囲みきった。その三体全てに『次元固化』がかけられ、無敵化している。これでサフィアが敵に隣接される心配はない。
「まったく、何考えてるんだサフィア!? こんなモンスターの群れに突撃してきて!」
「それはこっちの台詞でしょ、カル! あなた、いっつもこうやって無茶するんだから!」
「仕方ないだろ、召喚師ってのはそういうもんなんだよ! とにかく、サフィアはそこで俺を援護してくれ!」
「わかった、任せて! 絶対にカルは死なせないんだから!」
頼もしい自分の嫁に、ふと顔がほころぶ。だがすぐに気を引き締め、前方を見据えた。
「【猫機FEL-9】召喚、【竜巻防御】、【衝撃転送】! 【戻れ】!」
カルは、モンスターに狙われやすい特殊能力を持つ猫機FEL-9を召喚。それに射撃攻撃を逸らす魔法である竜巻防御、加えてモンスターのダメージを全て召喚師が肩代わりする魔法『衝撃転送』をかけた。
そしてその状態で『戻れ』命令を下す。すると猫機FEL-9が、ぐるぐるとカルの足元を反時計回りに周りはじめた。
「よし!」
その状態で、カルはトリケラザードに囲まれたサフィアの周囲を、走り回りながらうろつく。敵がカルに殺到し、しかし素早く回り続ける猫機FEL-9を捉えることができない。猫機FEL-9を狙って放たれる矢や蜘蛛糸は、竜巻防御の効果で逸らされていた。
マナヤが『猫バリア』と呼んでいた戦術だ。『戻れ』状態の猫機FEL-9を引き連れ、さらに召喚師自身も複雑に動き回ることで、敵を引き付けながらも攻撃を避け続ける戦術。
「――ぐっ!」
「【ディスタントヒール】!」
しかし、時折猫機FEL-9が攻撃を食らい、そのダメージがカルに転送されてしまう。それをサフィアがすぐさま遠隔治癒魔法で治療していた。
マナヤと違い、まだカルはこの戦術を使い慣れていない。だから彼ほど上手くは敵の攻撃をよけきれず、こうして時々ダメージを食らってしまう。
それを、白魔導師であるサフィアが治癒してうまくカバーしていた。
さらに召喚師であるカル自身がダメージを受けることにより、『ドMP』でマナが溜まる。
「【ナイト・ゴーント】召喚!」
溜まったマナを使って、カルは飛行モンスター『ナイト・ゴーント』を呼び出していた。全身黒一色で、角と翼が生えた人間……というより、まるで空飛ぶ悪魔のような容姿をしている。
空中のナイト・ゴーントが、一気に地上の敵へと急降下し爪で敵を斬り裂いた。斬り裂かれた敵は怯んで動きを一瞬止める。
「【電撃獣与】!」
さらにカルは、ナイト・ゴーントに電撃獣与をかけて火力を補強する。これでさらにモンスター達を倒す火力を確保できる。問題となるのは敵射撃モンスターくらいだが、それらは『猫バリア』で引き付けているのでナイト・ゴーントには攻撃しない。
しかし、ここでカルが周囲の状況を少し見誤ってしまった。
(しまった!)
敵エルダー・ワンがカルの猫機FEL-9を攻撃圏内に捉えてしまった。その攻撃から逃がすように移動せんとするが、他のモンスターで進路が断たれてしまっている。このままでは猫機FEL-9が受ける一撃が転送され、カルが大ダメージを受けてしまう。
「【ライシャスガード】」
と、その状況を見て取ったサフィアがすぐさま呪文を唱えた。カルが白い膜のような結界に全身を覆われる。
エルダー・ワンの頭突きが猫機FEL-9に命中する。が、カルへと転送されたそのダメージは結界が肩代わりした。
「だから、無茶しないの!」
「ありがとな、サフィア!」
敵の厄介な一撃は、サフィアの結界が防いでくれる。受けた傷もサフィアが治療してくれる。
敵を引き付けつつ攻撃を避け、別のモンスターで火力を確保。カル自身が攻撃を受けた時はサフィアが治療。一撃の威力が重い敵の攻撃もサフィアが結界で防ぐ。怪我を負ったことで『ドMP』で回復したマナを使い、さらにカルが火力要員を追加・強化する。
この連携が巧いこといき、敵モンスターを最小限の被害でどんどん倒していっていた。
***
スレシス村南南東の防壁の外側。
こちらではオルランとニスティが、召喚師解放同盟の呼び出したモンスターの群れと対峙していた。
「例の作戦を試そう。ニスティ、行けるかな?」
「あいよ! んじゃ、ちょっと下がってな!」
オルランの問いに頼もしい返事を返し、ニスティが地面に手を着いた。その直後、ボコボコとモンスターの群れ手前の地面が盛り上がり、次の瞬間には大きな岩壁が突き上がった。
岩壁は横広範囲をカバーしている。しかし、オルランやニスティの正面にだけ、モンスターがギリギリ一体通れそうな程度の隙間が空いていた。
モンスター達は隙間が空いている部分へと集中し、そこで渋滞を起こした。
「【ジャックランタン】召喚! 三体!」
オルランは、一気にプカプカと宙に浮かぶカボチャのような中級モンスター『ジャックランタン』を三体まとめて召喚した。
一斉に口を開けたジャックランタンたちは、そこから火炎弾を発射する。モンスター群が通ろうとしている隙間へと飛んでいき、そこで炸裂した。
爆炎が、壁の向こうに広がる。ジャックランタンの火炎弾は着弾点で爆発を引き起こし、周囲のモンスターを纏めて焼き払うことができる。
モンスターは、侵攻方向に『全く通れない障害物』がある場合、それを破壊しようとする。しかし、近場に回り込む・入り込む道がある場合は、そちらへの移動を優先するような習性があった。マナヤの教本に書いてあったことだ。
そのため、ニスティは岩壁であえて全ては覆わず、細い通り道だけを残した。これでモンスター達はその隙間のある場所へ殺到し、岩壁を破壊される率を大幅に減らすことができる。建築士がこういった戦闘中に使う即席の壁は、時間をかけて作る壁とは違い、耐久度が低く持続力もないからだ。
「……!」
隙間からヘルハウンドが通ってこようとしているのに、オルランが気づいた。ヘルハウンドは火炎に完全耐性があり、ジャックランタンの炎が通じない。
「ニスティ!」
「任せな!」
オルランの呼びかけで、ニスティが再び地面に手を当てる。すると、隙間を通り抜けてきたヘルハウンドの側面の地面から、突然岩の塊が盛り出た。
「とりゃっ!」
ニスティが掛け声と共に張り手を突き出すような仕草をすると、その岩塊が高速で動きヘルハウンドを側面へと弾き飛ばした。
吹き飛ばされたヘルハウンドの近くには、既にオルランが配置してあったリーパー・マンティスが控えている。
「【電撃獣与】! 【時流加速】!」
即座に、オルランが二つの補助魔法をリーパー・マンティスにかける。バチバチとリーパー・マンティスの両手の鎌が電撃を纏い、さらにその攻撃速度が加速した。凄まじい連撃速度でヘルハウンドを切り刻み続ける電撃の鎌に、ヘルハウンドは動くこともできずに嬲られ、消滅する。
「オルラン! 次来てるよ!」
「わかった、頼んだぞ!」
ニスティの声に振り向くと、また別の耐火モンスターが隙間を通ってきている。オルランが応答し、再び対処するために正面に構えた。
***
スレシス村、東南東の防壁上。
ジェシカとエメルは各々のやり方で、防壁上から狙撃し続けていた。
「【砲機WH-33L】召喚、【電撃獣与】!」
「【ブレイクアロー】!」
敵の竜巻防御の影響を受けない砲機WH-33Lの砲弾を主体に、それを電撃獣与で火力強化して狙い撃つ。
エメルは、『打撃』の攻撃属性へと矢を変化させて射る『ブレイクアロー』というスキルを使っていた。これも竜巻防御を貫通することができる。
「しっかし、これだと近くの敵しか撃てないのが歯がゆいわね」
エメルが射ち続けながら、顔をしかめた。『ブレイクアロー』は、射程がかなり短くなってしまうからだ。
「やっぱり相手は竜巻防御をかけてから召喚モンスターを突撃させてきてますね」
状況を見ながらジェシカも呟く。さすがに召喚師が相手とあって、補助魔法の対処もしなければならない。普段とは勝手が違うことに少し戸惑っていた。
「……じゃ、森の中にとどまってるモンスターには、まだその魔法がかかってないのよね」
「? ええ、多分」
「今こそアレを試すときじゃない? ジェシカ」
「え、アレを? 本気ですか、エメル」
「当然。今使わずして、いつ使うのよアレ。こういう時のために練習してたんじゃない」
エメルが提案し、そしてジェシカと共に何度も練習を繰り返してきた戦術だ。
「もう、わかりましたよ。実戦で試すの初めてですけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、あたしを信用しなさい」
ウインクするエメルに、ジェシカも諦めて嘆息する。
「じゃ、いくわよ! あっちの方角、お願い!」
弓術士の索敵能力で、木々の陰に隠れているモンスターを知覚するエメル。高い木々のすぐ陰に隠れられ、通常ならばどんなに曲射を狙っても撃つことはできなさそうな位置にいるモンスターだ。
右手に持った矢である方向へと指さし、ジェシカに伝えた。
「了解です! 【猫機FEL-9】召喚、【竜巻防御】」
ジェシカは、目の前に猫機FEL-9を召喚師、即座にそれに竜巻防御をかける。
「いいわよ!」
「【跳躍爆風】!」
弓を引き絞ったエメルの合図で、指定した方向にジェシカが跳躍爆風で猫機FEL-9を跳ばす。
ある程度、跳んでいく猫機FEL-9を目で見送ったエメルは……
「……今ッ! 【プランジショット】!」
タイミングを見極めて、上方へ弧を描いて放つ射撃技能『プランジショット』を射った。矢は上へと飛んだあと下降へと転じ、空中にいる猫機FEL-9の右下あたりをギリギリ通り抜ける。
その瞬間、猫機FEL-9にかかった竜巻防御の効果を受け、矢は急速にかくんと右下へと軌道を変えた。
高い木々の枝葉に射線を遮られていた敵モンスター。斜めに降下した矢が枝葉を避けてそのモンスターの頭上に降り、脳天を刺し貫く。エメルの読み通り、突撃前で竜巻防御がかかっていなかったモンスターであったらしい。
「的中! さっすが私! うまく当たるとホンット気持ちいいわー」
「うわあ……いつ見ても謎だけど、本当よくあんなの狙って射てますねぇ」
ガッツポーズを取るエメルに対し、感心しているのか呆れているのか、ジェシカは手を目の上にかざして遠くを覗くようにしながら呟く。
空中を跳ぶ竜巻防御付きのモンスターを利用し、意図的に矢の軌道を空中で変える。それにより、普段は矢で狙えないような位置にいる敵をも貫く。
これが、この二人が考えた連携攻撃だ。
「さっ、次いくわよ! 今度はあっちね!」
「はい!」
エメルが再び弓に矢をつがえ、ジェシカも新たにモンスターを呼ぶ準備をした。
***
スレシス村の南東方面、防壁の各所。
この村所属の召喚師達は、防壁の上に『砲機WH-33L』や『ヴォルメレオン』を召喚し、敵を射抜いていた。
「【電撃獣与】!」
「【応急修理】!」
「【魔獣治癒】!」
それらの射撃モンスターを、さらに補助魔法で援護して維持しながら敵モンスターを処理し続けていた。砲機WH-33Lやヴォルメレオンらは、竜巻防御の影響を受けないモンスターだ。何の支障もなく敵を貫いていた。
防壁があるためか、群がってくる敵モンスターは射撃モンスターが多かった。
だが、より高所に配置してあるスレシス村の射撃モンスター達の方が有利だ。高所から撃ち降ろす攻撃の方が、下から撃ち上げる攻撃よりも威力が高い。セメイト村から来た召喚師の講師たちからそう教わっていた。
「お、おい、召喚師が弱いなんて誰が言ったんだよ……」
「ずっと戦い続けてるぞ、あいつら」
「モンスター同士の戦いなのに、なんで相打ちどころか、こっちが有利なんだ?」
この村にいる戦士達は、特に若年層は複数モンスター戦に慣れていない。そのため、テオ達から教育を受けていた召喚師達はずっと冷静かつ的確に対応し続けていた。
召喚師はマナの回復速度も著しく早い。そのため、息切れすることなく戦い続けていた。
しかも今回、相手が野良ではなく召喚モンスターであるため、敵召喚師が次々と召喚してきてキリがない。
だがそれはスレシス村の召喚師も同じだ。召喚師の封印空間には大量のモンスターがストックされている。その上、近場で補助魔法援護することができるスレシス村の召喚師達の方が、敵に削られることもなく戦い続けることができていた。損耗率は、敵側の方が多い。
「危ない!」
「っ!?」
隣に立っている黒魔導師へと向かう砲弾を、召喚師がその前に立ちふさがって受けた。
息が詰まる召喚師だが、マナが回復していくのがわかる。腹を押さえながらもニッと笑みを浮かべ、そのマナを使って新たにモンスターを喚んだ。
「……お、オレを庇って?」
「か、勘違いするなよ! 召喚師はこうすればマナが回復するからってだけだ!」
などと、照れ隠しに庇われた黒魔導師に悪態をつく召喚師。お互い、今さら仲良くするのもまだ戸惑われるのだろう。
――自分達は、こんな召喚師達に今まで何をしてきた?
何名かの者達は、剣士ダスティンが『間引き』の際に召喚師達を陥れていたことを知っていた。そして、今回は召喚師以外の者も巻き込んでいたということも。
片や、自分達を陥れるような真似をした剣士。片や、モンスターの群れにも臆さず身を挺して村人を守る召喚師。
どちらがより勇敢で信用できる相手なのか、村人たちの目にもつまびらかにされはじめた。
 




