73話 スレシス村防衛戦 遠隔陽動
カル、ジェシカ、オルランが揃って城壁の上に登って状況を確認し、考えを巡らせる。
「さてと。こりゃ、どうしたもんかね」
「障害物の多い有利地形に篭って、四大精霊で狙撃してきている状況。これ、ありましたよね」
「ああ。マナヤさんの教本に載っていた、討論の『お題』の一つだ」
弓術士によると、正面に見える森の中のやや小高い岡地になっている木々の中。そこに四大精霊が何体か潜んでいるらしい。
三人全員の脳裏に、マナヤの教本に載っていた討論ネタの状況、そしてその『模範解答』がいくつか浮かぶ。
「……ここはやっぱり、王道のプランAで行くべきじゃないか?」
「賛成です。『遠隔陽動』戦法ですね!」
「私も異論はないな。あのプランならば、状況を見て他のプランに切り替えることもできるだろう」
全員の意見が一致し、全員が頷き合う。そして一斉に前方をキッと睨み据えた。
「よし、やるぞ! ジェシカ、囮役を頼む!」
「わかりました!」
カルに命じられ、ジェシカは一旦防壁を降りていく。防壁よりもやや後方に陣取るつもりだ。
「オルランさんは、特攻要員の準備を頼む! 俺は、正面から突っ込む!」
「わかった! 気をつけろ、カル!」
オルランは防壁の上を伝って右の方へと走り出した。
残ったカルは、後方のジェシカに振り返る。位置についたことを知らせるため、ジェシカが腕を振ってきた。
「よし、行くぞ! ……ジェシカぁ!」
「【ゲンブ】召喚、【強制誘引】!」
ジェシカが自らの位置に、リクガメのような中級モンスター『ゲンブ』を召喚する。さらに、敵に狙われやすくなる能力を与える補助魔法『強制誘引』をかけた。
「いざとなったら、防御魔法を使えよー!」
「わかりましたー! カルさん、気をつけてー!」
「おう! よし、行くぜ!」
カルは、防壁の前方へと跳び下りる。そして自分が落ちていく方向、つまり下方へ向けて手のひらをかざした。
「【砲機WH-33L】召喚!」
カルの下に召喚の紋章が出現。カルはその紋章に着地した。『紋章防壁』の要領で、モンスターが出現する前の紋章を中継の足場にしたのだ。
直後、人間の胴体程度のサイズをした小型の戦車が出現、カルと共に落下する。
「お、おい召喚師! そんなに前に出たら、危険――」
「【重量軽減】!」
前に出たカルを心配する黒魔導師が話しかけてきたが、カルは気にも留めない。砲機WH-33Lと共にうまいこと着地。さらにその戦車に、三十秒間モンスターの重量を軽くする補助魔法『重量軽減』をかけた。
「【行け】! よしっ――」
「お、おい!?」
そして砲機WH-33Lへ突撃命令を下し、カル自身もそれを追うように走り出した。
車輪で動いている砲機WH-33Lは本来、こういったゴツゴツした隆起の多い荒地を走るのには向かない。しかし重量軽減の効果のおかげで、何の支障もなく走っていた。マナヤの教本に載っていたテクニックの一つだ。
もうダメだと黒魔導師は悲観する。が、不思議なことに、彼や砲機WH-33Lが攻撃を受けている様子がない。
「な、何だ?」
「お、おい、攻撃が止んだぞ?」
「何が起こった? 撤退したのか?」
周囲もざわめき始めた。カルだけではない、城壁の上の兵たちも全く攻撃を受けなくなったのだ。
「【狩人眼光】!」
さらにカルは、攻撃射程を上げる魔法を砲機WH-33Lにかける。これにより砲機WH-33Lが攻撃を撃ち始めた。前方やや右方向だ。
(多分、あの方向に最寄の四大精霊がいる)
作戦通りなら、そろそろオルランが動いてくれるはずだ。召喚師解放同盟の連中も、四大精霊が攻撃をしなくなって焦ってきているに違いない。あと少し、その困惑を後押ししてやれば。
――ザザザッ
突然、森の中が騒がしくなってきた。そして森の中からざわっといくつか、小さな影が飛び出してくる。
四大精霊達だ。黄一色の妖精のような姿をした『シルフ』、直立した姿勢で浮遊している紅いサンショウウオのような『サラマンダー』、ホビットのような姿の『ノーム』だ。『ウンディーネ』が不在だが、あれは水地でなければ活動できないので当然だろう。
オルランが作戦通りにやってくれたのだ。
オルランの担当は、まず側面へと回り込んで密かに狼機K-9を召喚。それに敵から狙われなくなる補助魔法強制隠密をかけて森の中へと突撃させる、というものだ。
これにより、敵は唐突に四大精霊が近接攻撃を受けてパニック。『待て』命令で待機させていた四大精霊を、なんとか攻撃に再参加させようと躍起になって『行け』に切り替えてしまったのだ。
ちなみに四大精霊が攻撃をしなくなったのは、ジェシカの功績である。
防壁の後方に配置した『ゲンブ+強制誘引』。早い話が、この強制誘引の影響で四大精霊は後方のゲンブしか目に入らなくなってしまったのだ。
そのゲンブが四大精霊の射程の『外』に配置されていた。そのため今のようにカルが四大精霊の射程圏内へと入り込んでも、ゲンブしか見えていない精霊たちは攻撃してこない。こちらの射撃モンスターで一方的に攻撃し続けることができる。
マナヤの教本で『遠隔陽動』と書かれていた戦法だ。この戦法を見た時、カル達は目から鱗が落ちたものだ。
そんな状態で、敵は焦って『行け』命令を下してしまった。四大精霊達は射程圏外にいるゲンブに近寄ろうとして、せっかく隠れていた森の中から自ら出てきてしまった。
「【ヘルハウンド】召喚、【行け】!」
カルは、茶色い大きな番犬のようなモンスター『ヘルハウンド』を召喚した。そのヘルハウンドは手近な四大精霊シルフへと飛び掛かり、その爪で斬り裂く。
敵のシルフは、ヘルハウンドからゆっくりと距離を取るように後退していく。しかし素早いヘルハウンドはそれをすぐに追いすがり、斬り裂く。
四大精霊は、敵に隣接されると攻撃せず後退して逃げるという習性がある。だから、ヘルハウンドのような俊敏性の高いモンスターで接近戦を仕掛けてやるのがセオリーだ。
「【封印】」
あっという間にシルフは倒れた。カルはすぐさまそれを封印する。ヘルハウンドはさらに別の精霊へと飛び掛かっていき、カルはその援護と封印に集中した。
「【火炎防御】、【精神防御】! 【魔獣治癒】、【強制誘引】!」
一方、後方のジェシカは忙しくゲンブを補助魔法で援護していた。ゲンブが、前へと出てきた四大精霊達の攻撃のマトになっていたからだ。
敵サラマンダー、シルフ、ノームがそれぞれ、火炎、電撃、闇撃の発生型攻撃でゲンブを集中砲火してくる。だからジェシカは、火炎防御と精神防御で火炎と闇撃を防御していた。『精神防御』は本来、精神攻撃を防御するための魔法だが、精神攻撃と闇撃は近しい属性扱いとなっている。ゆえに闇撃も精神防御で軽減できる。
電撃を使うシルフの攻撃だけノーガードだが、精神防御をかけた以上、電撃防御は意味がない。逆属性である電撃防御と精神防御は両立できない。
なので電撃でダメージを受けてしまうが、そこはジェシカが『魔獣治癒』でゲンブを治癒して凌いでいた。
さらに強制誘引の効果時間が切れる度に、かけなおす。補助魔法は、一度かけると同一のものは重複してかけることができない。かけなおすには、効果時間の終了を待つ必要がある。ジェシカはきっかり三十秒を数えて、タイミングよくかけなおしていた。
「四大精霊が出てきたぞ!」
「よし、片っ端から撃ち殺せ!」
「電撃の範囲攻撃魔法を使う! 弓術士は近づいてきたシルフを狙え!」
突撃してきた四大精霊からの攻撃を受けないことに気づいて、防壁の上にいる弓術士や黒魔導師が一斉に攻撃していた。これだけ近寄ってくれば、黒魔導師でも攻撃が届く。
四大精霊はすべからく耐久力が低い。なので人間が放つ技能や魔法が直撃すれば、大抵は一撃で倒すことが可能だ。
「――うわ、何か違うのが出てきたぞ!」
と、突然防壁の上からそんな声が聞こえた。
そういえば、ゲンブへの攻撃も止んでいる。ジェシカは状況を確認するために一旦防壁の上へと登った。
「これは!」
先ほどの森からはもう四大精霊は出て来ず、代わりに様々な種類のモンスターが一斉になだれ込んできていた。いずれも瘴気を纏っていない。召喚モンスターである証拠だ。
おそらく四大精霊が使い物にならなくなったと悟って、低位のモンスターによる物量で押し込む作戦に切り替えてきたのだろう。ちょっとしたスタンピードのようにも見えて、ぞくりと背筋が冷たくなるジェシカ。
周囲を見ると、スレシス村の戦士達がわかりやすく動揺していた。恐怖に顔を青くしている者達もいる。
この村ではろくにモンスターの襲撃が無かったと聞くし、『間引き』でも単体のモンスターを相手にしかしていなかった。おそらく戦士達は鈍りきっているのだろう。複数モンスター戦をほとんど経験していないに違いない。それが、このスタンピードをも彷彿させる量を目の当たりにして腰が引けている。
と、前線へと突撃していたカルが目に入る。彼は、自身のモンスターを召喚しながら敵の群れに必死に立ち向かおうとしていた。
(囮を放り込んで、カルさんを援護しないと!)
ジェシカは、すぐに防壁の上で手をかざした。
「【トリケラザード】召喚! 【強制誘引】、【跳躍爆風】!」
三本の角が生えた、甲殻に覆われた大きなトカゲが現れる。『囮』化する魔法がかけられた上で、破裂音と共に大きく跳躍した。トリケラザードがカルの元へと跳んでいく。
耐久力だけで言えばゲンブの方が上なのだが、トリケラザードの方が体躯は大きい。その分、敵の進路を妨害しやすくなるはずだ。
「――ジェシカ!」
ふと、彼女の名を呼ぶ声がした。振り向くと、そこには彼女の友人である女弓術士のエメルの姿。さらにその後方には、女性建築士のニスティや、白魔導師のサフィアも駆け寄ってきている。
「エメル! 皆さん! どうしてここに?」
「そりゃだって、召喚師解放同盟とかいう連中が襲ってきてるっていうじゃないの! あたし達も援護に来たのよ!」
「うちの夫だって、この最前線で頑張ってるって言うじゃないか。だったら、あたいだって手伝ってやらなきゃ女がすたるよ! ねえ、サフィア」
「はい、ニスティさん! 聞いたでしょう、ジェシカさん。私達だって、皆さんと一緒に戦います!」
三人とも、召喚師である自分達を助けようと頑張ってくれている。三カ月前までは考えられなかった状況。涙腺が緩みそうになるジェシカだが、気を引き締めて目の前の三人を見渡した。
「わかりました! では、お願いします! オルランさんは多分ここから少し南の防壁近くに居るはずです。ニスティさんは、そちらへ!」
「あいよ!」
「サフィアさん! カルさんはこの先、最前線で戦っているはずです! そちらへ駆けつけてあげて下さい!」
「わかりました! って、カルったらまた無茶してるの!?」
「あ、あはは……」
「ジェシカ、あたしは何をすればいいの?」
「エメル、前方はカルさんとサフィアさんに任せましょう。私達は東寄りの方へ向かって、そちらを切り崩します! ついてきて貰えますか」
「当然!」
四人が、頷き合う。そして、一斉に持ち場へと向かっていった。




