72話 スレシス村戦闘準備
時間は少し遡り、テナイア達がトリケラザードと共に跳ばされた直後。
彼女らは、二発分の跳躍爆風によって凄まじい加速を得て、とんでもない距離を吹き跳ばされていた。
そして落下へ転じ、木々の中へと突っ込んでいく。
黒魔導師が悲鳴を上げ続けるも、着地自体はクッションでもあるかのようにふわりと舞い降りることができた。マナヤがかけておいた反重力床、モンスターを地面から浮かせる補助魔法のおかげだ。
「ここは……」
地面に降り立ったテナイア達は、周囲を見渡しておおよそのあたりをつける。この場所は『間引き』の時にもよく通ってきた場所だ。おそらくここからなら、スレシス村はそう遠くはないはず。
「急ぎましょう。今なら、『召喚師解放同盟』の者たちよりも先んじることができるかもしれません」
テナイアの提案に、建築士、黒魔導師、ライアンが一斉に頷く。ただ、ライアンは後ろめたいのか少し戸惑い気味だ。
しかしそれを言及している余裕はない。テナイア達は、見覚えのある道を全力で走り出した。
***
「テナイア! 無事だったのか!!」
「ディロン……!」
村に戻ってくることができた四人は、なぜか防壁のそばでざわざわと人が集まっている場所を見つけた。そちらへと向かうとディロンの姿が見え、テナイアが思わず駆け寄る。人前にも関わらず、二人は抱擁した。
「テナイアさん!?」
「テナイアさん! 無事だったのですね!」
そこに集まっていたアシュリーとシャラも、彼女の姿を見て安堵する。
「良かった……お前が殺されたなどと聞いたから、どうしたものかと」
「ご覧の通り私は無事です、ディロン。……私が殺された、というのは?」
ディロンの問いかけにテナイアが眉を顰める。
すると、群がっている人の中から乱暴な声が届いた。
「な……お前ッ!? なんでお前、生きて……ッ!」
青髪の剣士、ダスティンだ。テナイアの姿を見てわかりやすく狼狽え、どもっていた。
「おいダスティン! なんだよ、その白魔導師は死んだって言ってたじゃないか!」
「そうよ! 召喚師に殺されたって言ってたじゃないの! あんた、一体何を見たっていうのよ!」
群衆の中からヤジが飛ぶ。ダスティンはおろおろとしながらも、答えることができず歯をガチガチと噛み鳴らしていた。
「説明願おうか、ダスティン。マナヤによってテナイアが殺された、などと言っていた理由を」
「あたしも聞きたいわね。マナヤが一体何をしたですって? 今この場で、もう一度言ってみなさい?」
ディロンが般若の形相でダスティンに詰め寄る。アシュリーもそれに続いた。
「ち、ちがっ……あ、あの召喚師野郎にそこの女が襲われたのは、事実だッ!」
「どうなのだ? テナイア」
「いいえ。私達を襲撃したのは、『召喚師解放同盟』。その手引きをしたのは、そこのダスティンです」
ディロンの問いかけに、テナイアは冷徹に答えた。
「て、適当なこと言ってンじゃねぇッ! お、俺が手引きしたなんて、何を根拠に――」
「――ダスティン! アンタ、よくもアタシ達を裏切ってくれたわね!」
「おうおうダスティン! 俺たちをはめたこと、落とし前をつけてもらおうじゃねえか!」
なおも苦し紛れの言い訳をしようとするダスティンに、追いついた女性黒魔導師と男性建築士がダスティンを罵倒する。
二人の姿を確認した群衆が、さらに沸いた。
「ブリジット! アンドリュー! お前たち、無事だったのか!」
「なによ、やっぱりダスティンのいう事はデタラメだったのね!」
「説明しなさいダスティン! あなたは、この三人に一体何をしたのですか!」
もはや言い訳の余地を無くしたダスティンは、白い顔で尻餅をつき、ガタガタと震えることしかできない。
そこへ、テナイアが一歩進み出た。
「お待ちください。ディロン、緊急事態です。我々はすぐに応戦準備を始めねばなりません」
「テナイア? 何があった」
「私達は、この村に警戒を呼び掛けに来ました。『召喚師解放同盟』が、間もなくこの村を襲います」
テナイアの言葉に、スレシス村の住人がざわめく。そこへ、テナイアが再び言葉を継いだ。
「皆さん。簡単に説明しますが、皆さんに恨みを持つ召喚師が集まった反社会的勢力が、『召喚師解放同盟』です」
「なんだって! じゃあ、やっぱり召喚師なんてロクな連中じゃないのか!?」
テナイアの言葉に、召喚師への反感を口にする者が出てくる。しかし、テナイアは首を振った。
「いいえ。今の皆さんならば、もうお気付きでしょう。もうこの村の召喚師は、皆さんの味方であると」
「で、でもあんた、さっき……」
「はい。ですが、今この村に所属している召喚師達とは切り替えてください。……あの連中はもはや、人の心を失った獣たちです。この村の召喚師達は違います。それはもう、皆さまもお気付きなのでしょう?」
諭すようなテナイアの言葉に、群衆は静まり返ってお互いの顔を見合わせる。中には、かつての召喚師達への態度に今さら罪悪感が湧いてきたのか、バツの悪そうな顔をしている者もちらほら見られる。
そんな様子を見て、今度はディロンが進み出た。
「皆の者、その話はまずは後回しだ。テナイア、襲撃はどの方角から来ると考える?」
「そのままこの村へ直線的に襲撃してくるなら、南東からでしょう」
「わかった。総員、戦闘準備して南東の防壁へ集合せよ! 村の各部に伝令を回し、戦闘可能な者達を招集! また非戦闘要員に呼び掛け、最低限の護衛をつけ避難区域へと誘導せよ!!」
周囲にそう命じると、ディロンは黒いエネルギーの塊を左手の上に収束し、いまだ腰が抜けているダスティンを冷たく見下ろす。
「ひっ――」
「緊急事態ゆえ、お前に構っている人的余裕はない。村人や騎士隊所属の者を陥れた男を、戦いで運用することなどできない」
ディロンが集中し、頭上に掲げた手の上で黒いエネルギーの塊がどんどん大きくなっていく。
ダスティンは涙と鼻水を垂れ流しながら後ずさりする。
「た、助けて……」
「お前はマナを奪った上で拘束させてもらおう。処分は、追って下す。生き残りたくばせいぜい有益な情報を吐くことだ。――【エーテルアナイアレーション】!」
大の大人と同じほどの直径になった黒いエネルギーを、ダスティンに叩きつけた。
悲鳴を上げながらダスティンが頭を押さえて転げまわる。『エーテルアナイアレーション』、敵からマナを削る精神攻撃魔法だ。強制的にマナを消される苦痛は、心の弱い人間には耐えがたい。
そのままディロンは、容赦なくエーテルアナイアレーションを何度も叩き込み続ける。ダスティンが苦しみのたまう姿を見て、テナイアが悲し気に目を伏せた。
「奴を拘束して、連れていけ」
ダスティンから完全にマナを削りつくした後、苦しみに震えて転がっているダスティンを見下ろすディロンは、集まってきた騎士隊にそう命じた。二人の騎士隊員が進み出て、ディロンの両腕をおさえ、連行していく。鎖で拘束し、監禁しておくのだろう。
「……身から出た錆、ってやつね」
口ではそう言うアシュリーも、さすがに心を痛めているような眼差しでそれを見送る。
「テナイアさん! テオは、テオはどこですか!?」
一方、シャラは思い出したようにテナイアに問い詰める。
「テオさんは、今はマナヤさんと交替しています」
「マナヤ!? マナヤが戻ってきたの?」
その名を聞いて、アシュリーも身を乗り出した。
「はい。今、彼は『召喚師解放同盟』のツートップと戦っています。私達を逃がすために」
「……助けにいかなきゃ!」
「アシュリーさん、私も行きます! テナイアさん、場所はどこですか!?」
アシュリーとシャラが奮起する。その様子を見たディロンが一度割って入った。
「二人とも、まずは冷静になれ。……地図を」
ディロンが衛兵の一人に、地図を持ってこさせるように命じた。その地図を地面に広げ、テナイアは特定の地点を指す。
「ここです。南東の、山脈の手前にあった岩場。多くの岩山が乱立していました」
「行くしかないですね! シャラ!」
「はいっ!」
パシッ、と手のひらに拳を叩きつけるアシュリー。シャラもシャラで、肩にかけた錬金術師専用の鞄を肩にかけなおし気合を入れる。
「二人とも、私も同行しよう。『召喚師解放同盟』の創始者たるトルーマンとの闘いとあらば、私が行かぬわけにはいくまい」
「ディロンさんも? ありがたいですが……」
王国直属騎士団の者が来てくれること自体には、素直に頼もしさを感じるアシュリー。だが、襲撃が間もないと思われるこの状況で彼が村を離れても良いのだろうか。
「テナイア、本来の指揮官が到着するまでの間、ここの指揮代理を頼む。私はアシュリーとシャラを連れてマナヤの援護、およびトルーマンの追撃に向かう」
「ディロン、よろしいのですか?」
「ああ。テナイア、お前は本来の指揮官に託したら村の錬金術師の元へ向かえ。……マナが減少しているのだろう」
ディロンにはすぐにわかった。今のテナイアには、さしてマナが残っていないことが。
「……了解しました。ですが、マナを回復したら速やかにそちらへと援護に向かいます」
「ああ、頼んだぞテナイア」
現状の自分自身が役立たずなことは自覚しているテナイア。だが白魔導師がいないチームというのは、不安定だ。かといってトルーマンら相手に半端な白魔導師を送るわけにもいかない。ディロンを守るためにも、テナイアはすぐに後を追うつもりだった。
「それから、ディロン」
「何だ?」
「彼こそが、『本物』です。もはや疑いようがありません」
「!」
「ですがその事実が、彼自身を苦しめる可能性もあります。……彼を支えてあげてください」
「……わかった」
意味深な言葉を交わす二人。だが、すぐにディロンは気を引き締めアシュリーとシャラへと顔を向ける。
「アシュリー、シャラ、準備はいいな」
「ええ! じゃあシャラ、景気づけも兼ねて一つ、お願いね!」
「はい! 【キャスティング】」
シャラは三つの錬金装飾を鞄から取り出し、それらを上に放り上げた。無数の輪が連なったチャームがついたブレスレットが三つ、生き物のように三人の胸元へと向かい、それぞれ装着される。
――【俊足の連環】!
「よし、進むぞ!」
「はい!」
「はいっ!」
そうして三人は、風になったかのようにすさまじいスピードで、森の中へと突撃していった。
***
(皆さん……ご武運を)
それを見送ったテナイアは、すぐに気持ちを切り替える。まずは、村の者に『魔力の御守』を提供してもらわねばならない。
「――ぎゃっ!」
と、防壁の上から悲鳴が聞こえた。
テナイアが見上げると、城壁の上に陣取っていた弓術士が膝をつき、苦しんでいる。バチバチと彼の身体が帯電しているのが見て取れた。
「四大精霊……『シルフ』!」
テナイアが歯噛みする。四大精霊の中でも、電撃を司る『シルフ』の攻撃だろうとあたりをつけたのだ。
四大精霊は、数あるモンスター達の中でも、特に攻撃射程が長い。その上、発生型の攻撃をしてくるので回避のしようがない。索敵に優れた弓術士が気づかなかったということは、狩人眼光で射程を延長しているのだろう。
「ぐあっ!」
「きゃあっ!」
さらに、その防壁上のあちこちから同様に悲鳴が上がる。炎に包まれる者や、黒いエネルギー――闇撃に包まれる者もいた。
「四大精霊の集団!?」
その様子を見上げたテナイアが戦慄する。超長射程の四大精霊が、複数襲ってきている。状況は深刻だ。
「総員、速やかに戦闘配置へ! 相手は『四大精霊』です! 弓術士を中心に攻撃準備! 黒魔導師は弓術士への付与魔法優先、白魔導師は弓術士へ結界を張ってください!」
テナイアが周囲の状況を見渡しながらも、皆にそう指示を出す。
射程が伸びた四大精霊が相手となれば、頼みの綱は同じ最大射程を持つ『弓術士』の攻撃だ。黒魔導師の攻撃魔法では届かない。弓術士に付与魔法をつけて火力を確保し、白魔導師で弓術士達を守るしかない。
「ダメです! 手ごたえがありません!」
騎士隊の弓術士が、テナイアへと報告した。
弓術士の索敵によると、前方の森の中から撃っているらしい。だが、気配のする位置へと放った弓術士の矢が木々の中に消える瞬間に突然、左右へと軌道が逸れてしまい当たらないのだという。
その報告を聞いてテナイアが唇を噛む。すると、そこへ三人の者達が辿り着いた。
「――テナイアさん!」
「貴方たちは、セメイト村の……」
呼びかけにテナイアが振り向くと、そこに居たのは彼女を見返してくる、緑ローブを纏った見覚えのある三人。
セメイト村から派遣された召喚師。カル、オルラン、ジェシカの三人だ。
「状況は聞きました。相手は四大精霊だそうですね」
オルランが落ち着いて、城壁の上を見渡す。
「ご名答です。今、弓術士を主体にして対応させています」
「しかし、今の話を聞くに竜巻防御がかかっているのではありませんか?」
オルランの言葉に、テナイアも納得するしかなかった。
弓術士の攻撃が、逸らされる。軽い射撃攻撃の軌道を逸らしてモンスターを守る、補助魔法『竜巻防御』の効果であることはほぼ間違いない。
「そういうことなら、俺たちに任せて下さい!」
「モンスターとの戦い方なら、私達が一番心得ています!」
手のひらに拳を打ち付けながら自信満々に語るカル。ジェシカもぐっと両拳を握って主張した。
「……貴方たち召喚師で、どうにかできるのですね?」
「はい。『召喚師解放同盟』なる、召喚師の集まりがこの事態を引き起こしていたと聞いています。ならば、その尻ぬぐいをするのも我々召喚師の仕事だ」
オルランがテナイアへと覚悟を決めた顔でそう告げた。カルとジェシカもそれに続く。
目を閉じて一瞬だけ逡巡したテナイア。だがすぐに目を開き、三人に命じた。
「了解しました。貴方がたの御力、存分に振るって頂きます。……ですが、忘れないで下さい。これはもはや貴方がた召喚師達だけの問題ではないことを」
「ええ、それは俺たちが一番承知してますよ」
それに笑顔で答えたのは、カルだった。他二人も頷く。
この三人は、セメイト村で他『クラス』の者達とも交流し、連携の重要性を一番良く分かっている三人だったからだ。
「結構です。……頼みましたよ、召喚師の皆さま!」
「はいッ!」




