70話 覚醒召喚師、大将戦
トルーマンは火竜と氷竜の戦いをよそに、膝をついているヴァスケスへと歩み寄る。
「これは何事だ、ヴァスケス。お前ともあろうものが、なぜここまで追い詰められている」
「トルーマン様……申し訳ございません。あの少年、どうやら本当に件の『マナヤ』だったようです」
「何?」
と、トルーマンがマナヤ達の方を睨む。その顔つきと覇気を確認したか、納得するように首肯した。
「なるほど、出し抜かれたのは私達の方だったということか。……それで、こやつは?」
「……加入など、しないでしょう。奴は我々とは相容れません」
「そうか。仕方があるまい。……この小僧は私が相手をする。お前は作戦を前倒ししろ」
「……状況を見て、既に命じております」
「なるほど。――お前たち、見ての通りだ! この小僧は私が抑える! お前たちは行け!」
まごまごしていた召喚師達に叫ぶトルーマン。
まずいとは思うマナヤだが、この状況ではスター・ヴァンパイアをそちらへ向かわせることができない。より近くにフレアドラゴンが居るからだ。今『行け』を命じても、フレアドラゴンへと向かっていっていしまうだろう。
召喚師達は一斉に動き出し、森の奥へと入っていった。彼らの消えていく方向は……スレシス村方面。
「……【トリケラザード】召喚! お前ら、こいつに乗れ!」
マナヤが自身の背後に、甲殻に覆われたトリケラトプスのようなモンスターを召喚し、テナイア達に命じた。
「の、乗れって、どういうことだ!?」
「ま、まさかモンスターに乗れっての!?」
「良いから言う通りにしろ! 多分狙いはスレシス村だ! お前らを、スレシス村の方向へ跳ばす! 村の連中にこのことを伝えろ!」
油断なくトルーマンとヴァスケスを睨み据えながら、マナヤは叫んだ。
最上級モンスターを持っているトルーマン相手となると、何をしてくるかわからない。あのフレアドラゴンなどをあの村へと行かせれば、どれだけの犠牲が出るか。この男は何が何でもマナヤがここで抑え、連中の『作戦』とやらはテナイア達に阻止してもらう必要がある。
「……皆さん、彼の言う通りにしましょう。私達はスレシス村に警告と援護に行く必要がありそうです」
冷静に状況を分析したテナイアが、建築士と黒魔導師、そしてライアンを見渡して言った。マナヤの戦いぶりを見て、彼ならばトルーマンとヴァスケスの二人がかりとも、ある程度は持ちこたえられそうだと感じたのだろう。
元より、今の彼女達は『魔力の御守』一つでなんとか持ちこたえてきただけだ。長期戦に耐えられるほどマナが残っていない。この状況下で、これ以上マナヤを援護すること自体が厳しい。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君一人でトルーマン様とヴァスケス様二人を相手にするのは――」
あの二人の強さを知っているらしいライアンが、慌てた様子で反論する。しかし――
「――【猫機FEL-9】召喚!」
トルーマンが猫機FEL-9を召喚した。マナヤが彼の位置を見て舌打ちする。フロストドラゴンが、その猫機FEL-9へと首を向けた。
「【猫機FEL-9】召喚! ……早く乗れ! お前ら、邪魔だ!」
マナヤも同じく猫機FEL-9を召喚し、立ち位置を少し調整した。
「な、なんだと――」
「アンタ、ちょっとばかり強いからってそんな言い草は――」
建築士と黒魔導師が反発しようとする。が、トルーマンが手をかざした。
「【跳躍爆風】!」
「【跳躍爆風】!」
トルーマンの猫機FEL-9が跳び、フロストドラゴンを跳び越えようとした時。マナヤも跳躍爆風で自身の猫機FEL-9を跳ばした。
がぉん、と空中で猫機FEL-9同士が激突し、互いに弾き返される。二体の猫ロボットはフロストドラゴンとフレアドラゴンの間に落下した。
「何?」
その光景を見たトルーマンが片目を吊り上げた。
二体の猫ロボット目掛けて、フロストドラゴンもフレアドラゴンも共にブレスを放つ。もし、マナヤが猫機FEL-9を弾き飛ばしていなければ、テナイア達はアウトだった。
彼は、囮となる猫機FEL-9をマナヤ達の居る場所へ放り込み、今のようにフロストドラゴンの攻撃をマナヤ達へ誘爆させることを狙っていたのだ。かつて、マナヤの弟子達がフロストドラゴンと戦った時にもやっていた戦術。
しかしマナヤはそれを察知し、自身の猫機FEL-9を跳ばし空中で衝突させてそれを阻止した。この世界の者達からすれば、人間業とは思えぬコントロールだ。
「皆さん、行きましょう。私達がここに居ては、マナヤさんがフロストドラゴンを全力で使えません」
テナイアが他の三人を説得する。
マナヤからしてみれば、邪魔だというのは本当だ。先ほどのように、いつトルーマンらが誘爆を狙って囮を跳ばしてくるかわからない。フレアドラゴンを跳ばしてくる可能性すらある。マナヤはそれに常に気を遣い、彼らを守りながら戦わねばならなくなる。
自分達が邪魔になっていることに歯噛みしながら、彼らはこわごわトリケラザードの上に跨った。だがテナイアは一旦マナヤへと顔を向け、懇願するように彼に伝える。
「マナヤさん! 自分を必要以上に犠牲にしてはなりません! 良いですね!」
それにマナヤが、ニッと笑って応える。
「――しっかり捕まってろ! 【跳躍爆風】、二連! 【反重力床】!」
テナイア達が跨っているトリケラザードを跳躍爆風で跳ばし、そして空中で二回目。
四人を乗せたトリケラザードが、凄まじい勢いでスレシス村の方向へと跳んでいく。更に『反重力床』をかけて軟着陸できるようにしてやった。悲鳴のようなものも聞こえるが、知ったことではない。
「さて、ようやく本気でやりあえるな。トルーマン、とかいったか?」
火竜と氷竜のブレスが交差する中、マナヤとトルーマンが睨み合った。
「……ふん。さすがに火炎防御を使われると、どうにもならんな」
ちらり、とトルーマンが自身のフレアドラゴンを見る。フロストドラゴンにかかった火炎防御により、白い氷竜は一方的にフレアドラゴンを追い詰めていた。
「いいだろう。貴様の実力、見せてもらうぞ。【送還】――退け!」
トルーマンは、フレアドラゴンを送還するや否や、ヴァスケスを連れて森の奥へと逃げ込んでいく。その後をフロストドラゴンのブレスが襲うが、木々を凍らせ氷の刃でハリネズミ状態にするにとどまった。
――フロストドラゴンの制圧力を封じる気か。
マナヤはそう察した。ああいった狭い場所ではフロストドラゴンが動きづらいし、氷のブレスが遮断される障害物も増える。長射程広範囲のフロストドラゴンの利点が活かせない。
(だが、乗るしかねぇな)
マナヤの役割は、連中をここで足止めすることだ。ここで追わなかった場合、トルーマンらに撒かれてスレシス村に行かれてしまいかねない。そうなれば本末転倒だ。
相手に地の利がある場所で、しかも二人がかり。それならばマナヤを仕留める、あるいはモンスターを奪える可能性がある。そう、相手に思わせなければならない。
「【跳躍爆風】! 【戻れ】」
マナヤはフロストドラゴンを森の中へと一気に放り込んだ。そしてスター・ヴァンパイアは『戻れ』命令にして引き連れ、マナヤ自身も森の中へと入っていく。
フロストドラゴンが左方へ氷のブレスを吐いているのを見つめながら、マナヤは森の奥へと足を運んだ。
そこは、何か真っ黒な石でできた建物の壁のようなものが立ち並んでいた。天井は崩れているのか元々無かったのか、壁だけしかない。壁自体の高さは三メートルほどか。
そういった壁が森の中に立ち並んでいるように見える。何かの遺跡、あるいは神殿の跡地のようにも見えた。だが壁は真っ黒な上に禍々しい文様があり、とても神聖な神を崇めるためのものには見えない。
と、マナヤが周囲を見渡していた時。
「――召喚【岩機GOL-72】、【行け】」
左奥の壁の向こうから、トルーマンと思われる重厚な声がした。そこから身長三メートルほどはあろう、全身が分厚い岩で覆われた人型ロボット『岩機GOL-72』が姿を現す。両腕が不釣り合いに太く作られており、巨大な岩塊の拳で攻撃する上級モンスターだ。
フロストドラゴンが氷ブレスを叩きつけるも、何の影響も受けずにズンズンと近寄ってくる。
召喚のチョイス自体は悪くない、とマナヤは分析する。
見た目通り、岩機GOL-72は全身が堅固で斬撃は効かない。そして、冷気にも完全耐性がある。氷の刃、つまり『斬撃+冷気』という攻撃方法を持つフロストドラゴンの攻撃を完全防御できる、数少ないモンスターなのだ。
――なら、これならどうだ!
「【戻れ】! 【グルーン・スラッグ】召喚、【行け】!」
マナヤはフロストドラゴンに攻撃を辞めさせ、入れ違いにグルーン・スラッグを召喚し岩機GOL-72へと向かわせる。グルーン・スラッグには『打撃攻撃』は効かない。一方的に岩機GOL-72を攻撃できる。
「甘い! 【電撃獣与】!」
トルーマンが壁の裏から岩機GOL-72に電撃獣与をかけた。岩石巨人の両拳が、強烈な電撃を纏う。グルーン・スラッグには打撃は効かないが、電撃のダメージは防げない。
そこで、マナヤがとった行動は――
「【火炎獣与】」
「なに?」
マナヤの選択に、トルーマンの戸惑う声が聞こえる。電撃の防御魔法ではなく、火炎獣与ときた。
確かに火炎は岩機GOL-72の弱点。しかし、素の攻撃力が低いグルーン・スラッグに火炎獣与をかけたところで、電撃獣与のついた上級モンスター『岩機GOL-72』に適うはずがない。火力が違いすぎるのだ。
もっとも火炎獣与は『過熱』という、攻撃命中の度に機械モンスターの動きを止める効果を持つ。なので、防ぐに越したことはない。
「【火炎防御】」
――引っ掛かったな!
トルーマンが火炎防御を使ったのを見て、マナヤが計画通りと言わんばかりにほくそ笑んだ。
電撃を纏った岩機GOL-72の拳が、グルーン・スラッグの肉体を焦がす。グルーン・スラッグの触手が岩機GOL-72を覆い、岩の身体を少しだけ溶かす。グルーン・スラッグの攻撃が持つ、『鎧殺し』の異名の元となった能力。敵の装甲を溶かして軟化させる能力だ。
「【跳躍爆風】! 【フロストドラゴン】【行け】!」
マナヤはすぐさまグルーン・スラッグを跳躍爆風で吹き跳ばし、一時避難させた。さらにフロストドラゴンを再び岩機GOL-72へと向かわせる。
フロストドラゴンの氷ブレスが、装甲の溶けかけた岩の巨人を飲み込んだ。
「ふん、装甲を溶かしたくらいで……な、何!?」
トルーマンが鼻で笑おうとした時、彼の目は驚愕に見開かれた。フロストドラゴンの攻撃で、想定以上に岩機GOL-72の体が損壊したのだ。
グルーン・スラッグの攻撃で岩機GOL-72の装甲が溶け、斬撃攻撃が効くようになってしまったのはわかる。だが、その程度ならばたいしたダメージにならないとトルーマンは踏んでいた。肝心の『冷気』が通らなければ、氷の刃による物理威力はさしたる問題ではないはずだ。
なのにフロストドラゴンの氷ブレスが、予想以上に岩機GOL-72に効いたのだ。
(やっぱり、耐性消失の事は知らなかったみてーだな!)
マナヤはこのために、わざわざグルーン・スラッグに火炎獣与を使い、トルーマンの火炎防御を誘ったのだ。冷気耐性を消すために。
補助魔法の仕様だ。火炎防御で火炎耐性を与えると、一時的に逆属性である冷気への耐性が消えてしまう。
今の岩機GOL-72は、グルーン・スラッグの攻撃により斬撃防御を消され、火炎防御によって冷気耐性をも消されてしまっている。フロストドラゴンの攻撃が100%通る状態になったのだ。
「……【跳躍爆風】!」
と、背後から突然声がして慌ててマナヤが振り向く。トルーマンへの対処に忙しくて、ヴァスケスの方に気が回っていなかった。
ヴァスケスが、いつの間にやら召喚していた猫機FEL-9を放り込んできていた。マナヤの近くに着地してくる、猫のロボット。
それに伴い、フロストドラゴンが猫機FEL-9の方……すなわち、マナヤの方へと首を向ける。今から氷竜を『戻れ』命令にしても、間に合わない。
「チッ、同士討ち狙いか! 【次元固化】」
咄嗟に、フロストドラゴンに無敵化魔法『次元固化』をかけて攻撃を封じる。その間に、マナヤのスター・ヴァンパイアが猫機FEL-9を破壊した。
「よくやったぞ、ヴァスケス! 叩き潰せ、GOL-72!」
フロストドラゴンをうまく封じ込めた、そう思ったのだろう。壁から堂々と姿を現したトルーマンの岩機GOL-72が、スター・ヴァンパイアへと迫る。だが、マナヤは……
「【猫機FEL-9】召喚、【戻れ】」
自らも猫型ロボットを召喚。すぐさまそれに『戻れ』命令を下し、自身の周りを回らせる。その状態でマナヤは岩機GOL-72を引き付けるように近寄り、つかず離れずで不規則に動き回った。
『猫バリア』だ。
トルーマンの岩機GOL-72が、うろちょろする猫機FEL-9に攻撃を放とうとする。が、鈍重な岩の巨人では複雑に動いている猫ロボットを捉えることができず、岩の拳は空を切るばかり。
「なっ、何を――」
困惑するトルーマン。彼の岩機GOL-72は執拗に猫機FEL-9を追い回し、その間一方的に攻撃し続けるマナヤのスター・ヴァンパイア。
だが、そこへヴァスケスが横やりを入れた。
「【花機SOL-19】召喚!」
同じく壁から姿を現したヴァスケスが、ラフレシアを象った機械『花機SOL-19』を召喚していた。それを見てマナヤが再び舌打ちする。
花機SOL-19は、極太のレーザーで敵を焼くモンスターだ。マナヤの周囲を回っている猫機FEL-9に撃たれれば、近くに居るマナヤも巻き込まれる。
――くそ、シャラが『吸炎の宝珠』を着けてくれりゃ!
彼女がいれば、瞬時に『吸炎の宝珠』を装着させてくれただろう。だが居ないものねだりをしても仕方がない。
「【跳躍爆風】! 【火炎防御】、【行け】」
反射的に猫機FEL-9を跳ばし、さらにそれに火炎を防ぐ魔法をかける。花機SOL-19と、その近くに落下した猫機FEL-9が交戦しはじめる。
囮である猫機FEL-9が離れたことで狙いを変える岩の巨人。岩機GOL-72が、マナヤのスター・ヴァンパイアと正面激突した。
「【秩序獣与】!」
トルーマンにより、岩機GOL-72に神聖属性の攻撃力が付加される。
その状態で、岩機GOL-72とスター・ヴァンパイアの攻撃がお互い同時にヒットした。
――バシュウ
相打ちになり、粒子と散って同時に魔紋へと還る岩の巨人と星の精。
「【封印】」
「【封印】!」
すぐさま、両者が自らのモンスターを回収する。
(くそ、仕切り直しか)
「……トルーマン様、ここは私が! 【ガルウルフ】召喚!」
ヴァスケスが下級モンスター『ガルウルフ』でマナヤの猫機FEL-9を倒そうとしてきた。猫機FEL-9とガルウルフでは、攻撃力に優れるガルウルフの方が有利だ。
――トルーマンとやらのために、時間稼ぎをさせる気か!
マナヤのフロストドラゴンは、次元固化のせいでまだしばらくは動けない。頭の中で瞬時に計算したマナヤは、覚悟を決めてヴァスケスの花機SOL-19へと自ら走り寄った。
「【撃機VANE-7】召喚!」
マナヤは花機SOL-19の至近距離に中級モンスター『撃機VANE-7』を召喚する。人の頭ほどの大きさがある下向きのドリルが、プロペラで飛んでいるという形の機械。
撃機VANE-7が、空中から花機SOL-19へ落下するように突撃した。ドリルのように尖った衝角が花機SOL-19を破壊し、魔紋へと変える。この異常な破壊力が撃機VANE-7の売りだ。
直後、ガルウルフがマナヤの猫機FEL-9を倒していた。しかし、撃機VANE-7の第二撃がガルウルフを上から叩き潰し、魔紋へと変える。
「ちっ、【封印】」
ヴァスケスが舌打ちしつつ花機SOL-19の魔紋だけ回収し、後退した。
撃機VANE-7は強力な反面、動きは鈍い。人間の足でも振り切ることが充分に可能だ。だからこそヴァスケスは距離を取ったのだろう。
「【待て】」
マナヤも深追いさせることはせず、『待て』を命じて静止させた。マナ温存のため、倒された自身のモンスターは回収しない。
――膠着状態だ。




