7話 期限の背景
そうして、マナヤは話した。テオの「最後の記憶」を。
炎に包まれたセメイト村の様子を。
何もできない自分を嘆きながらも、テオが必死にスコットとサマーを救おうと踏ん張ったことを。
それでも両親がテオの腕の中で息を引き取ったことを。
「召喚師になってしまったことを、謝りたかった」とまで思っていたことを。
……シャラが、テオを庇って命を落としたことを。
「……テオ」
「……」
テオの父スコットが、両掌を組んで祈るように俯いてしまった。テオの母であるサマーも悲痛な顔で涙を浮かべている。
「召喚師になったからなど、そんなことは……そんなことは、どうでも良かったんだ。お前が元気に生きてくれるなら」
天を仰ぎスコットが漏らす。誰に宛てた言葉であるかは明らかだった。
「……本当にありがとう、マナヤさん」サマーが涙声になりながら、マナヤに感謝の言葉を告げる。「貴方は、そんな未来を変えてくれたのね。……テオの願いを、かなえてくれたのね」
両親を救い、シャラを救い、故郷を救い。
誰よりも守りたい者を救い。
……『何もできない自分』を、変えた。
「でも俺にテオの”代わり”はできねえよ。……少なくとも、スコットさんやサマーさんにとっての、はな」
『テオ』の演技をするような真似は、もうできない。自分はあくまで『マナヤ』なのだから。本当の『テオ』を冒涜するようなことはできない。
だがテオの両親はどちらもかぶりを振った。
「それで構わんよ。君が恩人であることには変わりないんだ」
「自分の家だと思って、ゆっくりしていいのよ。……マナヤさんが良ければ、だけど」
正直言って、そう言って貰えるのはマナヤにとってもありがたかった。いちいちテオの記憶から引き出さなければ常識がわからない現状、生活基盤がしっかりとできるというのは大きい。
「――い、いかん! 私もそろそろ戻らねば!」
と、そこで突然スコットが慌てて立ち上がった。
スコットは『建築士』で、他の建築士達と共に損壊している防壁の修復作業に当たっていたそうだ。昼休憩と、テオの様子を見に戻ってきただけだったのだという。
ちなみにこの世界の建築士というのは、剣士や弓術士と同じく立派な『クラス』の一つだ。
岩を操り、短時間で建物を建てたり修復したりすることができる。この村の建物や家屋も、そうやって建てられたものだ。
生産系の職業かと思いきや、戦闘でも立派に活躍できる。戦闘中に、最前線で岩の壁を張って敵の攻撃や侵攻を食い止める、いわゆる”盾役”のような役割を担う。他にも、地面から鋭い岩を素早く突き出して攻撃する、なんてこともできる。
現役時代には、弓術士である妻のサマーを守る前衛を務めていたらしい。彼が攻撃を食い止めている間に、サマーが矢で敵を屠る。そういう役割分担だ。
「マナヤさん、貴方はどうするの?」
足早に去っていったスコットを見送りながら、サマーがマナヤに問いかけてくる。
「とりあえず明日の準備だな。集会場をおさえて、他の召喚師たちにも段取りをつけて……」
指導のための資料も作らなければならない。
この世界では、アシュリーが言っていた学び舎があるおかげで住民の識字能力もばっちりだ。
「一人で大丈夫なの?」
「テオの記憶を頼りにすりゃ、なんとかなる」
あまり時間が無い。食べ終わった食器をそさくさと台所へ持っていき、マナヤはすぐ身支度を始めた。やることは山積みだ。
***
「ふう」
夕刻。村の中心近くにある学び舎を兼ねた孤児院を出て、マナヤは息を吐く。
学び舎に保管されていた、大量の紙を貰ってきた。明日以降の資料作りのためにも必要なものだ。
ちなみにこの世界にはちゃんとした『紙』がある。工場で大量生産できるわけでもなかろうに、不思議なものだ。
(……それにしても)
すべてが石造りの街並み。日本ではお目にかかれない光景である。
表札や看板に近い物もあちこちにあるのだが、そこに書かれているのは当然この世界の文字。テオの記憶から、マナヤもこの世界の文字も読むことはできる。だが日本語に囲まれていた生活から、突然異世界の言語に囲まれる生活へと急変した。何か不思議な違和感に囚われる。
(この世界の文字が、なにか妙に浮いてるように見えちまうんだよな)
いっそ文字だけでも日本語だったら、まだ違和感は少なかったのだろうか。そんなことを何故か感じてしまう。
「あれ? マナヤじゃん」
「アシュリー?」
そこへ、剣を腰に差したアシュリーが現れる。
「ああ、そういや孤児院出身なんだっけか、お前」
「まーね。時々様子を見に来たりしてるのよ。院長にはお世話になったしね」
と、孤児院の周りにある畑や牧場を見回しながら、感慨深げに語った。
この村では孤児院や畑、牧場などが村の中心に設置され、その周囲に居住区。一番外側に防壁があるという構造になっている。
村全体は防壁に囲われた大きな正十二角形状だ。
孤児院はともかく、畑や牧場などはむしろ居住区の外側に配置されるべきなのではないかともマナヤは思った。だがテオの記憶によれば、どうやらモンスターに頻繁に襲われるこの世界における生存戦略であるらしい。
外側に畑や牧場があると、襲撃で真っ先にそれらがダメになる。一度ダメになった農地や牧草地は、元に戻り安定供給されるようになるまで時間がかかる。モンスターのせいで他所から仕入れるのも難しい。だからこそ畑や牧場を守らなければ、モンスター襲撃後に食糧難になるのだそうだ。
この世界の人間は、十四歳で成人の儀を迎えれば誰でも『クラス』を授かりモンスターと戦う能力を得ることができる。なので、居住区が外側でも住民が自らモンスターを撃退することができるということだ。
(村人全員が、自衛官みたいなもんなのか)
確かにモンスターを撃退する能力が全員に備わっているなら、ある程度納得できる話ではある。居住区そのものを迷路のように使い、モンスター侵攻を遅らせるという目的もあるかもしれない。
加えて、学び舎に通う子ども達が近くにある畑で収穫を手伝ったり、牧場で家畜の世話を手伝ったりすることもできるというわけだ。
実際、畑や牧場で作業をしている子ども達をちらほら目にする。
「あんたはどうしたの? そんな紙束持って」
「明日から召喚師に指導を始めるからだよ。教材を作ってやんねーと」
テオの記憶の限り、この世界ではそもそもモンスターの能力が数値化されていない。
昨日マナヤが戦った限り、モンスターの能力は『サモナーズ・コロセウム』と同じと見て間違いはなさそうだ。となれば、まずはモンスター達の能力を数字で皆に覚えさせ、相性関係を掴ませた方が捗るだろう。
「――ん? アシュリーか?」
「あ、師匠!」
その時、孤児院の扉ががちゃりと開いて人が出てきた。
アシュリーに師匠と呼ばれたその人物は、長い黒髪をたなびかせた、ややヒスパニック系な印象を与える美女だ。
「アシュリーの師匠か?」
「ええ、紹介するわ。あたしの剣の師匠、女剣士のヴィダさんよ」
「ヴィダだ。お前が噂の英雄テオ、いや英雄マナヤだな?」
自信に満ちた勇猛そうな笑顔で、ヴィダがマナヤの方へ歩み寄り握手を求めてきた。
彼女――ヴィダには、左脚が無かった。
左腕に持った松葉杖のようなものを突きながら歩いている。
「英雄はよしてください。つーか、なんでその名前を知ってんです?」
握手に応じながら、マナヤは問いかける。
”マナヤ”の名前を知っているのは、テオの家族にシャラ、アシュリー、そして騎士隊の面々だけだったはずだ。
「騎士隊から、警備の時に周知されたのよ。”別世界からテオに宿った英雄”って触れ込みでね」
アシュリーがくすくすと笑いながらそう言った。
「ちょっと待てぇっ! いきなり言いふらされてんのか俺!?」
「そりゃ、そうでもしないと信用されないでしょ? 英雄になった召喚師なんて」
召喚師の扱いの悪さ、そして戦闘での役に立たなささから、現場を見ていない者には”英雄”などと言われても説得力が無かったそうだ。
そのため、『別世界からやってきて戦った特別な召喚師』ということを認知させ、英雄と呼ばれるに相応しい舞台を用意したのだという。
「私とて、アシュリーから聞かされなければ信じなかったからな。召喚師がモンスターではなく”自分自身”を盾にして、挙句単独で『ヴァルキリー』を倒したなどと言うではないか」
そう言ってヴィダが、こちらを頭から足元までじろじろと観察してくる。
マナヤはあきれて、左手で頭を押さえた。
「そこまでして、なんで英雄になんざ祭り上げようとすんだか……」
騎士隊と話をした時点では、マナヤはそこまで信用されていなかったはずだ。むしろ、荒唐無稽で胡散臭いと思われていた節さえある。
「でもちょうどいいじゃない? 召喚師に戦い方を指導するなら、ハクがついてるに越したことは無いわよ?」
「だから、騎士隊がそこまでしてくる理由がわかんねーんだよ。なんか腑に落ちねえ」
アシュリーがフォローしてくるが、マナヤが行う予定の召喚師への指導は騎士隊の『監視』付きだ。
騎士隊に信用されきってはいないはず。にも関わらず、この根回しの良さだ。何か裏があるようにしか思えない。
「まあ良いではないか」片脚の女剣士ヴィダが言う。「結果として村の召喚師の腕が上がるなら、それに越したことはない。戦力は高い方が良いからな」
「ヴィダ……さんは、召喚師に思うところは無いんスか?」
「無い、とは言えんな。私は見ての通り、モンスターに脚を一本やられている」
そう言って、ヴィダは途中から無くなっている自分の左脚を叩いた。
「だが、それは私が未熟だったというだけのことだ。召喚師の操るモンスターが別物だということもわかっている。お前たち召喚師を責めるのはお門違いだろうよ」
「ヴィダさんが未熟なんて有り得ないですよ! あたしが、あの時動けていれば……!」
過去に何かあったのだろうか、アシュリーがヴィダを必死に擁護する。
だがヴィダはかぶりを振ってアシュリーを諭した。
「アシュリー、お前が自分を責めるのは、それこそお門違いだ。極限状態で本気の命の覚悟ができる者はそう多くない」
「……」
「お前は二年前のあの戦いで、本当の戦いの覚悟というものを知った。その甲斐あってお前はもう、私を超えうる逸材だ。胸を張れ」
とん、とヴィダが右拳でアシュリーの胸を小突く。
「……二年前の戦い?」
テオの記憶にない戦いの話が出てマナヤが疑問に思い、訊ねてみる。
「そうか、お前……いや、テオはちょうど成人の儀で不在だったのだな」
テオの年齢を思い出したヴィダはそう呟いて、語ってくれた。
二年前。丁度『テオ』が成人の儀で村を発った直後、スタンピードほどではないもののそれなりの規模があるモンスター襲撃があったのだそうだ。その襲撃が、ヴィダが片脚を失い、アシュリーにとっては初の”命のやり取り”を実感するような激戦であったらしい。
規模の大きめなモンスター襲撃は六年前にもあった。シャラが両親を失った襲撃だろう。
定期的に間引きも行っていたにも関わらず、六年前と二年前、四年間という短いスパンで大規模な襲撃が発生したことになる。
「そのため襲撃があった南方向へ、開拓村が作られることになった」
「開拓村?」
「マナヤは知らないか。モンスターによるスタンピードを抑えるために、襲撃が多い方向へまとまった人数を送り込み、新たな村として開拓するのだ」
通常のモンスター襲撃とスタンピードの違いは、基本的には規模の問題だ。より物量が多く、かつ尋常ではない数の後続がくるもの。または、物量に加え上級モンスターが含まれるもの。一般にそれらがスタンピードと呼ばれ区別されるらしい。
モンスターは瘴気から自然発生するが、森の中は瘴気が澱みやすくモンスター出現頻度が高い。そのため、知らないうちに大量のモンスターが溜まりスタンピードが発生しやすくなる。
それを抑えるため、ある程度森の中に踏み込んだ場所に開拓村を作り、森の中からこまめにモンスターを処理できるだけの人員を用意しておくそうだ。
「ちょ、ちょっと待て! なんで開拓村なんか作るんだよ? この村の防備を固める方が先決じゃねーのか?」
「仕方がないのだ。数が溜まる前にモンスターどもをこまめに排除することこそが『村』の役割だ。そのために二年前も、溜まったモンスターがある程度掃けた状態のうちに開拓村を作りに出ることになったのだからな」
あえてモンスターが発生しやすい場所付近に開拓村を作り、モンスターが『溜まる』前に村人が間引きで処理できる状態を作る、というわけだ。
その開拓村に人口が増え自給自足が安定したら、正式に『村』として名がつけられる。この村も開拓村から発展し、『セメイト村』の名を得るに至った。
だからこの村は規模の割に『村』としか呼ばれない。この世界で『町』と呼ぶことができるのは、王都と直通街道で繋がっているものに限るらしい。
(――ん?)
すなわち、時系列通りに並べると。
六年前にモンスター襲撃が発生。シャラの両親が命を落とした。
二年前にも再びモンスターが襲撃。この際、ヴィダが片脚を失った。
同年、短期間にそれなりの規模の襲撃が連続発生したため、襲撃が来た南側に、モンスター発生を抑える目的で開拓村を作るべく、戦闘要員含め人員が派遣された。
そして昨日。その甲斐虚しく、大規模スタンピードが発生してしまったということだ。
「っつーことは、南側に作られたはずの開拓村は……」
「壊滅、だろうな。だからこそ、騎士隊も焦っているというわけだ」
ヴィダから予想通りの答えが返ってきた。
(騎士隊が俺への手回しをしてんのは、そのせいか……?)
モンスター出現頻度が高いであろう場所へ開拓村を作りに行くのだ。相当な規模の戦士団だったはず。それが二年程度で壊滅し、今回のスタンピードがここセメイト村までたどり着いてしまった。
騎士隊長がこの指導に『十日間』という注文を付けた理由がなんとなくわかってきた。
まずはこの村を復興し『間引き』で安全も確保。その後、騎士隊はすぐに開拓村があった方向へ進軍するつもりなのかもしれない。スタンピード直後で奥地のモンスター数が減っているであろう、今のうちに。
この村の人員もその時に動員し、軍を補強するのだろう。この世界では、一般人だろうと成人の儀を終えさえすれば立派な戦力だ。
(となると、いよいよもって時間がねーな)
最悪、十日間で『ド素人たち』を激戦に耐えうるレベルには育て上げなければならない。
適当に会話を切り上げ、マナヤはテオの自宅へと急いだ。