69話 覚醒召喚師、舌戦
「……【送還】」
マナヤは無表情となり、とりあえずリーパー・マンティスを送還した。斬撃に極めて高い耐性を持ち、攻撃に毒も含まれている隠機HIDEL-2はまさにリーパー・マンティスの天敵だ。
冷静さを取り戻したヴァスケスが、油断なくマナヤを見据える。
「そうだ、それで良い。そのまま他のモンスターも送還しろ」
「……結局お前らは、同じ召喚師の命すら人質にすんのかよ」
「ッ……既にライアンは裏切り者だ。我々の一員ではない以上、不要ならば切り捨てる」
「とんだクズ野郎だな」
「なんとでも言うがいい。さあ、早く送還しろ。それともライアンが生き残れるか、試してみるか?」
だが、そこでマナヤはふと何かに気づいたように、顔をあげる。
「……そうだな。せっかくだから、試してみるのも悪くない」
ニヤリと急に嗤ったマナヤに、ヴァスケスも召喚師達も、果てにはライアンまでも顔色を変えた。
と、その時。
――ドドンッ
「うわっ!?」
「何だ!?」
「岩が……!」
突然、ライアンと隠機HIDEL-2を分断するように、岩の板が地面から立ち上った。
さらに、次の瞬間には……
「【イフィシェントアタック】!」
「【アイススリング】!」
テナイアが杖のようなものを光らせて突撃し、さらに後方からは氷の刃が射出された。
「ぐあっ」
「ぎゃっ」
テナイアの杖による打撃、そして飛んできた氷の刃がそれぞれ、ライアンの両腕を押さえている召喚師二人を吹き飛ばす。
「ライアンさん、こちらへ!」
すぐにテナイアがライアンの手を掴み、洞窟の脇へと引き寄せた。
そこには、地面に手を当てて岩壁を作っていた男性建築士と、手のひらを相手に向けている女性黒魔導師がいた。
「あ、あなた達は……なぜ、オレを?」
「あなたはまだスレシス村の住人です。見過ごすわけにはまいりません」
召喚師でない者が自分を助けたことに困惑するライアン。しかしテナイアは神妙な表情でライアンを見つめ返す。
ヴァスケスの冷静な表情が再び崩れた。
「ば、バカな! お前たち、マナが尽きていたはずだ! それに、奴らは何故動ける!?」
召喚師と違って、他の『クラス』はそうすぐにマナは回復しない。ましてや、建築士と黒魔導師は鎖で縛られてすらいたはず。
そこへ、マナヤが一歩ヴァスケスの方へ進み出た。
「悪ぃな。実は、結構前からあいつらは解放されてたんだわ」
テオの功績だ。
最初にサーヴァント・ラルヴァを封印した時、テオは三つの『魔力の御守』をテナイアに投げつけていた。装着者のマナを回復させることができる錬金装飾だ。回復量は『最期の魔石』には遠く及ばないが、無条件で回復できるので使い勝手が良い。
この『魔力の御守』を使い、テナイアはまず自分のマナを回復させた。一撃分の物理攻撃力を増幅させる『イフィシェントアタック』を自分にかけ、隠し持っていた打撃用の杖で建築士と黒魔導師の鎖を叩き壊していたのだ。あとは、その二人にも『魔力の御守』を渡すだけ。
それからもテナイアは時折『ディスタントヒール』という、遠隔から傷を癒すことができる魔法でマナヤを少しずつ治癒させていた。マナヤのタフネスは『治療の香水』によるものだけではなかったのだ。
テナイアが、遠目からマナヤに頷きかける。
「マナヤさん、この召喚師達は私達に任せて下さい! あなたはヴァスケスを!」
「……お前らは、それでいいんだな!」
マナヤが、建築士と黒魔導師に呼び掛ける。二人も、腹を括ったような顔で頷いた。
「ここまで聞かされたら、協力するしかねーだろ! 俺たちを嵌めたのは、ダスティンの方だったしな!」
「癪だけど、あんたたちには恩もあるし、加勢してあげるわ!」
「……わかった! そっちは任せたぜ!」
二人のある意味頼もしい返答に満足し、マナヤは歯ぎしりしているヴァスケスへと向き直る。
「さて、ヴァスケスさんよ。まだ手札は残ってるか?」
「……良い度胸だ。だが今のうちに私を仕留めなかったことを、貴様は後悔することになる」
「へえ?」
「【ショ・ゴス】召喚!」
と、ヴァスケスは再び黒い塊を召喚した。テオらをここに連れてきた時にも使った、マナを削り取る能力を持つ上級モンスター。建築士と黒魔導師が思わずぎょっとそちらへ振り向いてしまう。
とはいえ、現状ではマナヤの敵ではない。
「無駄な悪あがきだな。【精神防御】、【秩序獣与】、スター・ヴァンパイア【行け】!」
マナヤはスター・ヴァンパイアに一気に補助魔法を集中した。精神攻撃を防御する魔法、神聖属性の攻撃力を追加する魔法。そして、その状態で突撃させる。
と、ヴァスケスはそこで、ショ・ゴスに手を差し伸べた。
「――【跳躍爆風】!」
バシュ、と音がしてショ・ゴスが空を翔け……マナヤの近くへと落下する。
――テケリ・リ――
「……それがどうした」
マナヤの近くで奇妙な声を発するも、彼は全く意に介さずその場に立ち尽くしている。
「な、何故だ!? 何故貴様には、こいつの攻撃が効かん!? ――い、いや、そういえばサーヴァント・ラルヴァの攻撃も……!」
おそらく、ショ・ゴスにマナヤを直接狙わせるのが切り札のつもりだったのだろう。完全に動揺しているヴァスケス。
これもテオの功績だ。マナヤがちらりと左手首を見下ろす。
テオが密かに装着していた『吸邪の宝珠』。黄色い宝珠のはまったそれが、精神攻撃を完全に無効化してくれる。マナヤはそれを知っていたから、ショ・ゴスを警戒する必要が無かった。
スター・ヴァンパイアがショ・ゴスへと攻撃する。一撃ごとに、神聖な光が宿った鉤爪が黒い肉を削り取っていく。
懸命に奇怪な声を上げるショ・ゴス。だがマナヤはもちろん、精神防御のかかったスター・ヴァンパイアにも全く通じていない。
「――い、いかんっ! 私の相棒はやらせんっ!」
ショ・ゴスが倒されてしまいそうになり、ヴァスケスが駆け寄ってこようとする。が、それを許すマナヤではない。
「【リーパー・マンティス】召喚、【精神獣与】、【行け】」
「ぐあああッ!」
すぐさまヴァスケスへ駆け寄りつつリーパー・マンティスを再召喚し、精神攻撃力を追加して向かわせる。カマキリの連続斬りで足止めされ、さらにマナも削られてヴァスケスが咆哮する。精神獣与のせいで『ドMP』効果は相殺されていた。
そして、ついにショ・ゴスが消滅し魔紋へと還る。
「【封印】」
その魔紋がマナヤへと吸い込まれていく。ショ・ゴスもマナヤのものとなった。
「【戻れ】……さて、ヴァスケスさんよ。もっと出せるなら、出してもいいんだぜ?」
もはやカツアゲとも言えるマナヤの態度。対するヴァスケスは、リーパー・マンティスによる傷に呻きながら俯き、膝をついてしまった。
「もう、何もできねえか。ま、モンスターへの信頼だの絆だのと言ってる奴は、所詮この程度だ」
「……どういう、意味、だ……!」
「そのままだよ。モンスターなんてのは絆を結ぶような相手じゃねえ。こいつらは『道具』なのさ」
道具、という言葉にヴァスケスは弾かれるように顔を上げた。
「言うに事欠いて、何を……! モンスターは、我々召喚師の相棒なのだ! 仲間なのだぞ!」
「それが間違ってるってんだよ。現にお前のその絆とやらに、こいつらは応えちゃくれなかったろ?」
マナヤが傍らに居るであろう透明なスター・ヴァンパイアをくいっと顎で指す。
「お前は、モンスターとの信頼だの絆だのといって無駄なことをして、怠けてたんだよ」
「私が、怠けていただと!?」
「そうだろ。召喚師はこれ以上強くなれねえと決めつけて、絆だの何だのでモンスターに代わりに強くなってもらおうと、怠けたのさ。その時間を『道具』としての有用性を調べるのに使えば、お前は強くなれたはずなんだよ」
実際、補助魔法の有効性に気づいたくらいだ。ヴァスケスが本気でその研究に取り組んでいれば、もっと色々なモンスターの使い方に気づけていただろう。
にも関わらず、彼は肝心なところで精神論に逃げていた。結果的に、『モンスターとの絆』と言い訳して自らが強くなろうとする努力を放棄していたのだ。
「こいつらは、同じ攻撃をただ愚直に繰り返すことしかできねえ。どんな時でも、命じれば必ず同じことをやる。だからこそこいつらの挙動は、読める。こいつらの挙動を、こっちが上手く利用してやることができるんだ」
『サモナーズ・コロセウム』では、まさにそうだった。
モンスターは、ゲームの駒。プログラム通りに動くだけの存在で、正確に同じことを繰り返す。だからこそ、必ず同じ挙動を繰り返すからこそ、戦術が組める。『この位置でこう命じたら、必ずこう動く』というのが確定しているから、戦略を組み立てることができる。
「モンスターの事を仲間だの何だのと言ったって、誰も得なんかしねえ。だからこいつらは『道具』だ。俺たち召喚師の役目は、この『道具』をどう使うか。どう工夫して利用するか。それを考えることだったんだよ」
セメイト村でも、召喚師を疎む者は居なくなったわけではない。
家族をモンスターに殺された村人達には、まだ召喚師に近寄りたくないと思っている者が少なくない。そういう者達の中には、時折勇気を出してこう訊ねてくる者もいた。
どうしてそんなにモンスターを信用できるの、と。
だからそんな時、マナヤは言ってやっていた。
自分達がモンスターを利用してやっているのだ、と。モンスター同士を戦わせ、同族同士で殺し合わせて”ざまあみろ”と笑ってやるのだと。そうすることで、モンスターへの恨みを存分にぶつけてやるのだと。
モンスターをこき使い、同族殺しをさせることで、モンスター達へ復讐する。それこそが、召喚師なのだと。
「モンスターと隣人になろうなんざ、そんな召喚師は嫌われて当然だ。モンスターに知人を殺された奴らにとっては、冒涜でしかねーよ」
「……やはり、貴様とは相容れない」
「相容れたくもねえな」
マナヤは、ちらりと召喚師達と戦っているテナイア達の方を見る。
どうやらスカルガードの群れに苦戦しているらしい。連中は倒しても三十秒で復活してしまうからだろう。ライアンが懸命に封印しているようだが、手が足りていない。
「――お前ら、一旦こっちに来い!」
「マナヤさん!?」
「早くしろ!」
マナヤは一旦自分の近くへとテナイア達を呼んだ。一瞬逡巡した彼らはすぐに頷き合い、射撃モンスター達の攻撃を迎撃しながらも、マナヤの元へと駆け寄ってくる。
「俺の傍から離れるんじゃねーぞ!」
「マナヤさん、一体何を……」
「【フロストドラゴン】、召喚ッ!」
本当は『竜神の逆鱗』で消費マナを減らしたかったが、全種の錬金装飾は持ち歩けなかったので、手持ちになかった。
残りマナのほぼ全てを使い、マナヤは最上級モンスター『フロストドラゴン』を召喚した。全高十メートルほどはあろう、巨大な青白い首長竜が出現する。結晶状の翼をバッと広げ、キラキラと氷の粒子が舞う。
その姿を見たヴァスケスが瞠目し、慌ててふらつく体で『フロストドラゴン』から距離を取るように移動する。
「【行け】!」
マナヤの命令と共に、フロストドラゴンが敵モンスター達を一瞬で嘗め尽くした。一気に氷に呑まれ、スカルガード達が一瞬で全滅する。
「ど、ドラゴン!?」
「ま、まずい、逃げろ!」
召喚師達が一気に引け腰になった。フロストドラゴンを始め、ドラゴン系モンスターは非常に長射程広範囲の攻撃ができるからだ。慌ててフロストドラゴンから距離を取り始める召喚師達。
「ライアン、手伝え! 【封印】」
「あ、ああ! 【封印】!」
ライアンと協力して、スカルガード達を封印していく。
召喚師解放同盟の連中はフロストドラゴンの目を逸らすため、小粒のモンスターを召喚して時間稼ぎをしている。しかし、大半はフロストドラゴンのブレス一発で倒れていく。
その時、ヴァスケスが顔を召喚師達へと顔を向けた。青髪の隙間から、虚ろな目が光る。
「――お前たち! ここはもういい、作戦を開始しろ!」
彼が大声で叫ぶや、テナイア達を相手にしていた召喚師達が、一斉に反応する。
フロストドラゴンから距離を保ちつつ、大回りにフロストドラゴンの側面……マナヤから見て、大きく左側へと回り込んでいく。
「あいつら、何を……ッ!?」
その行為にマナヤが訝しむも、突如。
「――【跳躍爆風】!」
重厚な声と共に、巨大な真紅の影が降ってきた。
凄まじい轟音と共に、マナヤの右側十数メートル先へと着地したそれは、真紅の鱗に全身を覆われ、鹿のような枝分かれした二本の角を生やした、巨大なドラゴン。背中からは、フロストドラゴンに比べれば小さめの一対の紅い翼が生えている。瘴気は纏っていない。
「『フレアドラゴン』!? ちっ、【火炎防御】、【戻れ】!」
その巨大な赤いドラゴンの正体を即座に判別したマナヤは、一番近いフロストドラゴンにすぐさま『火炎防御』をかけた。そしてスター・ヴァンパイアを呼び戻し、フロストドラゴンの背後へと避難させる。
『伝承系』の最上級モンスター、『フレアドラゴン』。フロストドラゴンとは対照的に、強烈な火炎ブレスで攻撃するモンスターだ。
その火竜が口から巨大な灼熱のブレスを放った。凄まじい火力と大きさを持つそのブレスは、取り残されたマナヤのリーパー・マンティスを一瞬にして蒸発させ、フロストドラゴンの全身をも覆わんばかりに呑み込もうとする。
しかしその瞬間、その炎が巨大な壁でもあるかのように反射する。火炎防御の効果だ。
火竜は自らの炎に包まれるも、全く意に介さない。フレアドラゴン自身も火炎に完全耐性があるからだ。
お返しとばかりに放たれた、フロストドラゴンの氷のブレス。フレアドラゴンの体表が一部凍結し、そして氷の刃がその全身を切り刻む。
「……騒がしいかと思えば、まさかこれは貴様の仕業か、小僧」
そうやって、フレアドラゴンが跳んできた方向から悠々と歩いてきたのは、銀髪を揺らす壮年の男。
「トルーマン……」
テナイアが呟き、思わず身構えた。
召喚師解放同盟の創始者。トルーマンがやってきたのだ。




