68話 覚醒召喚師、激突
「……貴様、本当にただの召喚師か?」
「あ?」
すぐにヴァルキリーを突撃させてくるかと思いきや、ヴァスケスはただ口を開く。
「あれだけの攻撃を受け続けて、なぜ、生きている」
――時間稼ぎか。
ここの召喚師達ではもうマナヤを抑えきれない。だが得体のしれないマナヤの耐久力と戦い方を見て、ヴァスケスはもう少し余分にマナを確保したいのだろう。マナヤにとっても好都合だ。こちらもマナを稼げるのだから。
とはいえ、あの問いも恐らくは本心だろう。強化されたスター・ヴァンパイアの攻撃を三発、さらに他の召喚師達が出した数々のモンスターの攻撃も散々受けている。確かに、並の召喚師ならば既に二度は死んでいるダメージだ。
「――!? 貴様、それはまさか……錬金装飾か!?」
マナヤの全身がキラキラとした碧色の燐光に包まれているのを見て、ようやく気付いたようだ。
――【治療の香水】
時間経過で徐々に装着者の傷を治癒する錬金装飾。
これはマナヤが装着したのではない。最初から装着されていた。
過保護なシャラに言われて、テオは『間引き』の時には常に『治療の香水』、更に『増命の双月』という錬金装飾をも装着するようにしていた。邪魔にならないよう、両足首に装着されている。
『増命の双月』とは、装着者の生命力を高める錬金装飾だ。『サモナーズ・コロセウム』で言えば召喚師の最大HPを増強するアイテム。これを装着しておくことで戦士達は圧倒的に死ににくくなる。テオに死んで欲しくないシャラは、これをいつも装着するようにと強く念を押していた。
今のマナヤからしてみればありがたい。耐久面を強化できる錬金装飾は『ドMP』戦術と非常に相性が良い。
「見下げ果てた奴だ。召喚師の身で、あろうことか他クラスの力に頼るとはな。召喚師の誇りを貴様は持ち合わせていないようだ」
侮蔑するような目でマナヤを睨むヴァスケス。だがマナヤはどこ吹く風といった様子で、鼻で笑ってみせる。
「召喚師の誇り、ねえ? だったらどうしてお前らは、この俺たった一人すら倒せてねえんだ」
「……何が言いたい」
「相手は、たかだか錬金術師の力を借りただけの俺一人。で、お前らはその人数で雁首そろえて俺を倒せてねえじゃねーか」
マナヤのはるか背後では、いまだに粘獣ウーズキューブ相手に四苦八苦している召喚師達がいる。
「他クラスをないがしろにした結果が、そのザマだ。結局お前らは、自分達の無能を自ら証明したんだよ。召喚師だけでつるむ限界が、その程度だってな」
「……ほざけ。貴様が奪った私のスター・ヴァンパイア、返してもらおう」
「やれるもんならな」
ヴァスケスは怒りを感じてはいるようだが、絶対の自信をも浮かべている。
検証はしていたんだろうな、とマナヤは考察した。
補助魔法のコンボにも気づいたくらいだ。おそらくヴァルキリーとスター・ヴァンパイアの戦いに関しても、様々な条件を考慮し、実際に検証してあるのだろう。今のヴァスケスには、自分が操るヴァルキリーならスター・ヴァンパイアに勝てるという確信のようなものが感じられた。
――面白ぇ。勝負だ!
「【行け】!」
「【行け】!」
二人が同時に、命令を下す。
が。
「【戻れ】」
「なに!?」
マナヤのそれは、誘いだった。ヴァスケスが目を剥く。目には見えないが、すぐにスター・ヴァンパイアが引き返す。
「【グルーン・スラッグ】召喚、【行け】」
マナヤは入れ違いに、巨大なナメクジのような中級モンスター『グルーン・スラッグ』を召喚する。
それを見たヴァスケスが勝ち誇った顔をした。
「愚かな! 上級モンスター同士の戦いに、中級モンスターごときが何の役に立つ? お前の力を見せてやれ、ヴァルキリー! 【秩序獣与】!」
「さっき、してやられたばっかじゃねーか。スター・ヴァンパイア、お前も【行け】」
先ほどスター・ヴァンパイアを盗られた時のことをもう忘れたかのようなヴァスケスの言い草に呆れるマナヤ。そしてスター・ヴァンパイアにも突撃を命じた。
今のやりとりでマナヤにははっきりとわかった。こいつは、『中級者』だと。
ヴァルキリーの槍がグルーン・スラッグを刺し貫く。だが、グルーン・スラッグはぶよぶよとした肉体で刺突攻撃のダメージをそこそこ軽減できるし、HPも高い。そう簡単にはやられない。
――ジュウゥ
その音に、ヴァスケスは弾かれたように顔を上げる。
「!? ……ま、まさか!」
「気づくのが遅ぇんだよ」
強酸を垂らしたグルーン・スラッグの触手が、ヴァルキリーの全身鎧を覆った。戦乙女の装甲が溶けて軟化する。
装甲が軟らかくなった箇所に、姿を現したスター・ヴァンパイアの鉤爪が一閃。容易に装甲を斬り裂き、ぱっとヴァルキリーの血が舞った。その血がスター・ヴァンパイアに吸収されていく。
おそらくヴァスケスは、こう想定していたはずだ。
『鉤爪の攻撃を無効化できる全身甲冑を持つヴァルキリーは、元からスター・ヴァンパイアに対して有利だ。なのでマナヤがスター・ヴァンパイアに電撃獣与をかけても、ヴァルキリーを電撃防御で守れば良い。マナヤが精神獣与をかけたとしても、先ほどのテオの時と違いヴァルキリーには秩序獣与が付いている。ヴァルキリーのMPが尽きるよりも早く、強化された戦乙女の攻撃でスター・ヴァンパイアの方が先に力尽きるはず』と。
マナヤもその結論には賛成だ。実際、先ほどテオがヴァルキリーで立ち向かった時も、秩序獣与をかけていればテオが勝てていただろう。
しかしそれは、あくまでもヴァルキリーの全身甲冑が健在ならばの話である。ヴァルキリーの装甲が溶け、スター・ヴァンパイアの鉤爪を通してしまえば状況は一変する。
「おのれ、【魔獣治癒】!」
ヴァスケスが、傷ついたヴァルキリーを回復させるべく魔獣治癒をかけた。
「【送還】」
一方マナヤは、戦乙女の攻撃を受け止め続けていたグルーン・スラッグを送還する。倒されそうになっていた巨大ナメクジが消えていった。ギリ、とヴァスケスが歯ぎしりする。
先ほどまでヴァルキリーは、スター・ヴァンパイアを差し置いてグルーン・スラッグばかり攻撃していた。モンスターは原則として、至近距離ではHPが低い方の敵を優先的に攻撃するためだ。刺突攻撃をある程度防げるグルーン・スラッグが見事に盾として機能し、スター・ヴァンパイアを守る形になっていた。
そのグルーン・スラッグがようやく居なくなったが、もうヴァルキリーの甲冑は完全に軟化していた。治癒魔法では、溶けた甲冑までは復元しない。
マナヤがスター・ヴァンパイアに向かい手のひらをかざした。スター・ヴァンパイアの鉤爪が、今まさにヴァルキリーに届かんとする、その直前。
「【火炎獣与】!」
「っ、【火炎防御】」
突然マナヤが使った火炎獣与に、慌ててヴァスケスが火炎防御を合わせる。しかし今の一撃にはギリギリ間に合わなかった。炎の鉤爪でヴァルキリーの胸部が大きくバックリと裂けてしまう。
「【電撃獣与】!」
「な――」
間髪入れず、スター・ヴァンパイアの次撃が命中する直前にマナヤが電撃獣与を使う。今度は炎に加え電撃をも纏った鉤爪が戦乙女を襲った。バチバチと火花を散らし、大きく裂かれたヴァルキリーの肩口。
「ガ、【電撃防御】!」
ワンテンポ遅れて、電撃防御でヴァルキリーを守るヴァスケス。だが、先ほどの一連の攻撃で既にヴァルキリーは大きな手傷を負ってしまった。同時に舞い散ったヴァルキリーの鮮血をスターヴァンパイアが吸引し、長槍から受けた傷を自己回復する。
(【獣与】系魔法ってのは、こうやって使うモンだぜ!)
ペースは、完全にマナヤが握っていた。
攻撃が命中する直前、すなわち防御魔法が間に合わないタイミングで獣与系魔法をかける。それにより少なくとも最初の一撃だけは、強化された攻撃を無防備で叩き込むことができる。一撃が強い上級モンスターほど、その効果は高い。『サモナーズ・コロセウム』における対人戦の極意だ。
「【魔獣治癒】! くそっ……踏ん張れ、【ヴァルキリー】!」
ヴァルキリーに治癒魔法を連発しながら、ヴァスケスが脂汗をかいている。ヴァルキリーも懸命にスター・ヴァンパイアに攻撃。しかしスター・ヴァンパイアも鉤爪でヴァルキリーを抉り、舞った戦乙女の血を啜って自己回復し続けている。
(所詮、お前は『中級者』止まりだよ!)
ゲーム『サモナーズ・コロセウム』の対人戦では、戦い方で容易に初級者・中級者・上級者を判別できた。
初級者は、とにかくモンスターを大量に並べることを優先しようとする。
中級者は、とにかく強モンスター単独+補助魔法だけで対処しようと固執する。
上級者は、強モンスターと補助魔法を主体にしつつも、下級・中級モンスターとのコンビネーションをも考慮する。
ヴァスケスの戦い方は、完全に中級者のそれだった。
上級モンスター一体を徹底的に補助魔法で強化しながら戦う少数精鋭スタイル。それは『サモナーズ・コロセウム』でも基本戦術ではある。補助魔法援護を受けた強力なモンスターは、並の中級モンスターなど薙ぎ払えるだけのパワーが出る。
ただし、それに固執しすぎてもいけないのだ。強モンスターの弱点を補える、弱めのモンスターとタッグを組ませた方が優位に立てることもある。
今回ヴァスケスは、マナヤがグルーン・スラッグを召喚した時点で狼機K-9あたりを召喚し囮にすべきだった。グルーン・スラッグの強酸をヴァルキリーが浴びないようにすれば、まだ彼にも勝機はあったのだ。上級者同士の戦いでは、更にそこからいかに敵のモンスターを先潰しできるか、命令と位置取りを駆使した操作技術勝負となる。
「【魔獣治……く、マナが……っ!」
――バシュウ
続けてヴァスケスが治癒魔法を放とうとするも、もう彼にはマナが無い。
血を吸いながら放たれるスター・ヴァンパイアの攻撃を受け続け、とうとうヴァルキリーは倒され魔紋へと還った。
「ぐ……い、一体貴様は……っ」
「俺のヴァルキリー、返してもらうぜ! 【封印】!」
慄くヴァスケスを尻目に、ヴァルキリーを封印し取り戻すマナヤ。スター・ヴァンパイアには一旦【待て】を命じてその場に待機させ、ヴァスケスを牽制する。マナヤはまだ、彼からモンスターを搾り取るつもりでいた。
一旦後ろを振り向く。後方では、まだ召喚師達が粘獣ウーズキューブ相手に四苦八苦していた。
「よし、さすがにコイツも弱ってきた!」
「もうすぐ倒せるわよ!」
さすがの粘獣ウーズキューブも、様々な攻撃を食らって瀕死状態だった。色めき立つ召喚師達だったが。
「【送還】」
「ああっ!」
マナヤによる無慈悲な送還。粘獣ウーズキューブの元の持ち主と思しき男が、悲痛な声を上げる。
「一気に行かせてもらおうか! 【リーパー・マンティス】召喚、【電撃獣与】、【行け】!」
マナヤが召喚した人間大のカマキリ。両手の大鎌がバチバチと電撃を纏う。
そしてそれが、先ほどまで粘獣ウーズキューブを倒さんとしていたモンスター達へと突撃していった。
「【リーパー・マンティス】!?」
「雑魚じゃないか! 返り討ちだ!」
「【行け】!」
召喚師達は、各々のモンスター達を突撃させてリーパー・マンティスを襲わせる。リーパー・マンティスは下級モンスターであり、耐久力が異常に低い。そのため、すぐに倒すことができると高を括ったのだろう。
しかし、かつてマナヤがリーパー・マンティスで何をしたか知っているヴァスケスは血相を変えた。
「待て! お前たち、それに油断を――」
「【衝撃転送】!」
マナヤはそこから、リーパー・マンティスに補助魔法『衝撃転送』を使った。マナヤ以外のその場にいる全員が、自分の目を疑う。
衝撃転送。三十秒間、かけたモンスターが受けるはずのダメージを全て、召喚主が肩代わりするというものだ。召喚師自身が死んでしまっては本末転倒なので、まともな召喚師ならば使おうとなど考えない。
「づっ……」
マナヤが呻く。敵モンスター達の攻撃がリーパー・マンティスを捉え、そのダメージが全てマナヤへと転送されたのだ。
しかし、それを受けてマナヤは『ドMP』によりマナが回復していく。溜まったマナを使って――
「【時流加速】!」
リーパー・マンティスの攻撃速度と移動速度が、二倍になった。凄まじい火力と速度で、敵モンスター達を片っ端から斬り殺していく。
「うわあっ!? なんだこいつ!?」
「も、モンスターが、攻撃できない!?」
「くそ、あの召喚師、正気じゃない!」
凄まじい連続音を立ててリーパー・マンティスがモンスター達を滅多切りにしていく。『帯電蟷螂ハメ』だ。そんな様相に、召喚師達は完全に恐慌状態に陥っていた。
あれだけ用意した自身のモンスターらが、たった一匹の下級モンスターに片っ端から蹂躙されていく。リーパー・マンティスの攻撃に捕まったモンスターは、身動きすら取れずに死んでいく。
あっという間に、召喚師達のモンスター群が全滅してしまった。
「【待て】」
「あ……う……」
「ひ、ひえええっ……」
一旦リーパー・マンティスを待機させるマナヤ。しかしいまだ電撃を纏っているその鎌を前に、召喚師達はすっかり腰が引けてしまっていた。
「――お前たち! ライアンを人質に取れ!」
と、見えないスター・ヴァンパイアを警戒して身動きを取ることができなかったヴァスケスが叫ぶ。
マナヤが反応するより早く、茫然としていたライアンを二人の召喚師が両腕を抑え込み、さらにもう一人がライアンのすぐ近くにモンスターを召喚した。
「【隠機HIDEL-2】召喚、【戻れ】」
五十センチ四方ほどの大きさの、岩の塊がライアンの足元に出現した。
「な、何をするんだ!? 離せっ!」
そのモンスターの正体を知っているライアンが、顔を真っ青にして自分を抑え込んでいる召喚師達に呼び掛けている。
隠機HIDEL-2。見た目はただの岩の塊だが、攻撃時には体の中に折りたたまれた巨大な刃が出現し、敵を斬り裂くという強力な中級モンスターだ。しかも、その刃は毒が分泌されるようになっている。いくら生命力の高い召喚師でも、食らえばタダでは済まない。
その隠機HIDEL-2が今、ライアンを今すぐにでも攻撃できる位置に配置されている。これはその場から動けないモンスターなので、『戻れ』状態でもライアンの足元を動かない。『行け』と命じるだけで、すぐさまライアンを斬り伏せるだろう。
「さあ、諦めて投降しろマナヤ。いくらお前でも、一瞬でライアンを救い出すことはできまい」




