67話 覚醒召喚師、大暴れ
急に光り出したマナヤに、召喚師達は思わずたじろいでしまう。
その青い光がマナヤの身体の中へと吸い込まれるように消えていく。ニヤリと笑う彼の全身に、マナが満ち満ちていた。
大幅にマナを回復する『最期の魔石』、その発動条件。それは、装着者が『瀕死になる』ことだ。
その性質上、黒魔導師などの最後の逆転用として用いられることが多いが、召喚師との相性も良い。『ドMP』という、わざとダメージを食らう戦術が存在するクラスだからだ。
「よっしゃ! んじゃ、籠城しましょうかね! 【戻れ】!」
敵召喚師に囲まれていることを見て取ったマナヤ。牛機VID-60とレン・スパイダーを連れて、先ほどまで自分がいた洞窟の中へとさっさと戻っていった。
召喚師達ははっと我に返ったように、慌てて各々が召喚を始める。
(視点変更!)
マナヤは牛機VID-60を視点変更で操作する。洞窟入り口の右半分を塞ぐように立たせて、【待て】と命じた。
すぐに視点を戻して目を開き、さらに洞窟の左半分に手を差し伸べた。
「【ストラングラーヴァイン】、召喚! 【カーバンクル】召喚! 【竜巻防御】!」
流れるように、二体のモンスターを召喚する。
洞窟の左半分を塞ぐように、蔓が絡みついた木のような中級モンスター『ストラングラーヴァイン』が配置された。右半分を塞いだ牛機VID-60と合わせて、洞窟の入り口が封鎖された形になる。
それらの後ろにぴったりと着けるように、中級モンスター『カーバンクル』が配置される。長い耳が後方に垂れたような、緑色の兎型のモンスターだ。
外の召喚師達が、各々のモンスターを召喚して一斉に命じた。
「【行け】!」
今度は、一人一体などという可愛らしいものではない。総勢十数体ものモンスターが、一斉に洞窟へと迫る。
……が。
「お、おい、何やってんだ!?」
「【行け】! 【行け】って言ってんだろ!?」
「ちょ、ちょっと、なんで攻撃しないのよ!?」
召喚師達は困惑する。
洞窟の入り口に殺到した彼らのモンスターが、洞窟をふさいでいるストラングラーヴァインや牛機VID-60に攻撃しようとしないのだ。その目の前を行ったり来たりするように無駄にうろうろし続ける。
それに対しマナヤのストラングラーヴァインと牛機VID-60は、目の前をただ屯するモンスター達を遠慮なく攻撃していた。ストラングラーヴァインの太い蔦が敵モンスターを叩き飛ばす。牛機VID-60の角が敵モンスターの身体をえぐる。それでも、群がるモンスター達は反撃しようとしない。
――バチィッ
さらに、カーバンクルの額についている赤い宝石から聖なる光が発される。洞窟前をうろうろしている敵モンスター達が、まとめてその神聖属性の衝撃波を食らう。
「いいねえ! どんどん出してくれよ! 【封印】!」
そんな中、彼らを煽るようにマナヤは余裕綽々で、倒した彼らのモンスターを封印していった。
(『殺虫灯』戦法! 敵モンスターが全員カーバンクルを狙うことを利用して、その前面に配置したモンスターで敵を一方的に殴り続ける!)
カーバンクルには、猫機FEL-9と同様に『モンスターの標的になりやすい』という能力がある。そのため、すぐ近くにカーバンクルが居ると敵モンスターはそれだけを付け狙うようになる。
敵がカーバンクルに隣接できないように、壁モンスターを絶妙に配置。それで敵の近接攻撃モンスターはカーバンクルに隣接しようと躍起になって攻撃できず、こちらだけ一方的に攻撃し続けることが可能なのだ。今回は洞窟があったので、簡単に条件を達成できた。
敵が無防備に勝手に近づき、何もできぬまま勝手に死んでいく。まるで光でおびき寄せ、近寄ってきた虫を高圧電流の網で殺す、電撃殺虫器のように。
とはいえ、これで防ぐことができるのは近接攻撃モンスターだけだ。射撃モンスターはカーバンクルに攻撃を撃ってくる。しかしそこは、マナヤが壁モンスターにかけておいた竜巻防御が防いでいた。
「おおっと、お前だけは逃がさねぇぞ! 【火炎獣与】!」
先ほどの粘獣ウーズキューブが来たのを見つけて、マナヤはストラングラーヴァインに『火炎獣与』の魔法をかけた。ストラングラーヴァインの蔦が烈火を帯びる。
炎を纏った蔦のフルスイングで、粘獣ウーズキューブは体の半分近くが失われた。さしもの粘獣ウーズキューブも、火には弱い。しかもストラングラーヴァインは素の攻撃力が高いため、獣与系魔法をかけた際の属性攻撃力も折り紙付きだ。
「くそ、奪わせるか! 【火炎防御】!」
「【秩序獣与】」
持ち主であろう召喚師によって火炎防御がかけられるも、マナヤは今度は秩序獣与をストラングラーヴァインにかけた。火炎ほどではないが、神聖属性も属性攻撃なので粘獣ウーズキューブに通る。
四発目のストラングラーヴァインの蔦を食らい、粘獣ウーズキューブはグズグズと崩れ去るように倒された。
「――おしっ! 【封印】」
「ああっ!」
実に楽しそうにマナヤがそれを封印する。粘獣ウーズキューブを奪われた召喚師が、悲痛な叫び声をあげた。だがマナヤの知ったことではない。襲ってきたのはあちらなのだ。戦利品の確保くらいはさせてもらう。
(ん、あれは……『スポーン・スコルピオ』! あれは欲しいな)
敵後方にいる射撃モンスター達の中に、紫色の人間大のサソリ型モンスターが居るのをマナヤは目に留めた。
放卵の毒蠍、尾にあたる部分から毒の棘を発射する中級モンスターだ。これもそこそこレアで強力なモンスターなので、是非とも欲しい。
――まとめて、焼き払うか。
マナヤは懐から別の錬金装飾を取り出し、既に効果の抜けた『最期の魔石』と入れ替えで装着した。
――【伸長の眼鏡】
補助魔法の射程を伸ばす錬金装飾だ。これで、より遠距離からでもモンスターに補助魔法をかけることができる。
「【花機SOL-19】召喚! 【跳躍爆風】!」
ラフレシア型の機械を召喚し、さらにそれを跳躍爆風で跳ばした。牛機VID-60の上を通って洞窟の外へと跳び出し、敵の射撃モンスター達がいる場所へと放り込まれる。
「うわっ!?」
「SOL-19!?」
「う、うそでしょ!?」
その恐ろしさを知っている召喚師達はパニックに陥る。
花機SOL-19は『移動できない』モンスターで、その代わり花弁から放つ熱線の火力は絶大だ。だからこそそれが”跳んできた”ことに召喚師達は度肝を抜かれていた。移動できないからどうせ跳躍爆風もかけることができない、と先入観を抱いていたのだろう。
花弁部分の中央にある結晶が、レーザーを放つ。
「うわああああっ!」
「きゃあああああっ!!」
召喚師達はモンスターを援護することも忘れ、逃げ惑う。もはやどちらが襲われている側なのかわかったものではない。
着地点付近にいた射撃モンスター達は、わずか十数秒で軒並み全滅していた。魔紋が大量に地面に残っている。
「ごっつあんです! 【封印】! 【送還】」
マナヤはその中から正確にスポーン・スコルピオの魔紋を発見し、即座に封印した。さらに先ほどのクピドエンジェルも熱線で倒せていたようなので、それも封印する。そして花機SOL-19が倒される前に送還して回収。
「くっ! お前たちはもう希少なモンスターは使うな! 奴に戦力を渡してしまうだけだ!」
もはや怒号のような声で、ヴァスケスが召喚師達に指示をした。
無理もない。何しろ、出現頻度が低い強モンスターをことごとくマナヤに奪われている。このままではマナヤを倒すどころか、逆に召喚師解放同盟側の戦力が大幅にダウンしてしまいかねない。
「も、【戻れ】! 【送還】、【封印】」
召喚師達は一斉に自身のモンスター達を送還させ、また自分の魔紋を封印した。倒されてしまった自分のモンスターは送還で回収することができないからだ。
「【ジャックランタン】召喚!」
「【ヴォルメレオン】召喚!」
「【シャガイ・インセクト】召喚!」
すると今度は、召喚師達が宙に浮かぶカボチャ『ジャックランタン』、赤いオオトカゲ『ヴォルメレオン』、人間の頭ほどの大きさがある巨大な蠅『妖虫』らを召喚してくる。
これらを選んだ理由がマナヤにはピンときた。いずれも遠距離攻撃型、かつ『竜巻防御』の影響を受けないモンスター達だ。近接攻撃は無駄だと先ほどの戦いで悟ったのだろう。なおかつシャガイ・インセクト以外は火炎耐性持ちで、先ほどのように花機SOL-19が跳んできてもダメージを受けない。
少しは頭を使ったつもりのようだが、まだまだ見切りが甘い。これらの場合、この魔法一つで片付いてしまう。
「【火炎防御】」
マナヤはストラングラーヴァインに火炎防御をかけた。赤い防御幕がストラングラーヴァインを覆う。
敵モンスター達が攻撃してきた。ジャックランタンとシャガイ・インセクトは火炎弾を発射し、ヴォルメレオンは溶岩弾を撃ってくる。それらが全て、カーバンクルの手前にそびえるストラングラーヴァインに着弾した。
――パンッ
だがしかし、火炎防御の効果でジャックランタンとシャガイ・インセクトは火炎弾はあっさり反射されてしまう。ヴォルメレオンの溶岩弾はストラングラーヴァインのしなやかな体で弾かれ、傷一つつかない。
「うわあああっ!」
そして、反射されたジャックランタンの火炎弾が敵陣内で爆発していた。慌てて自身らのモンスターから離れる召喚師達。彼らのチョイスは、完全に裏目である。
さらにシャガイ・インセクトの火炎弾も反射され、来た方向へと返っていった。自身の攻撃で自滅していくシャガイ・インセクト達。
(こいつら、その辺の召喚師達と大差無ぇじゃねーか)
思った以上に連中が無能で、拍子抜けしてしまうマナヤ。補助魔法を使う気があるだけ並の召喚師よりはマシ、という程度だ。召喚師達だけで切磋琢磨しているというから、もっとできると思っていた。おそらくマナヤが鍛えた今の弟子達の方がよほど強い。
(さて)
とりあえず入手したいモンスターはあらかた入手できた。これ以上粘っても、おそらく連中は新モンスターを召喚してきてはくれないだろう。
となれば、反撃に移る時だ。マナヤはほぼほぼ傷が治った胸元に、新たに『最期の魔石』を装着する。
「【送還】」
そして洞窟の入り口右半分を塞いでいた牛機VID-60を送還し、出口を作った。余計に動かれても困るので、ついでにレン・スパイダーとカーバンクルも送還。
そして、悠々と洞窟の外へ出てくるマナヤ。
「こ、こいつ、出てきたぞ!」
「やれ!」
「だ、大丈夫!? 罠じゃないわよね!?」
狼狽する召喚師達。一部は、またマナヤが何かしでかすのではないかと引け腰のようでもある。
しかしマナヤは再びモンスター達の前に仁王立ちする。ジャックランタンやヴォルメレオン達が、一斉に攻撃を放った。
「ぐっ……」
それを真正面から耐えるマナヤ。ぐんぐんと『ドMP』でマナが回復していった。
そして、ある程度マナ回復したところで反撃に出る。
「【粘獣ウーズキューブ】召喚! 【火炎防御】、【行け】!」
先ほど入手したばかりの粘獣ウーズキューブを早速召喚するマナヤ。すかさず火炎防御をかけ、突撃させた。
ジャックランタンの攻撃が反射される。ヴォルメレオン達の攻撃も粘性の体に弾かれるだけで、ほとんどダメージが入っていない。
「なっ……」
「で、電撃だ! 電撃で戦え! 【電撃獣与】!」
召喚師達が錯乱する中、ヴォルメレオンの召喚主達が電撃獣与をかけ、電撃で戦おうとする。
「【電撃防御】」
これをあっさり電撃防御を粘獣ウーズキューブにかけて無効化するマナヤ。せめて、対応する防御魔法が存在しない『秩序獣与』にすれば良いものを、やはり連中は召喚師同士の戦いをわかっていない。
「だ……だったら、闇撃だ! 【眼機OPS-1】召喚!」
召喚師達の中の一人が、頭部の無い人型のロボットモンスターを召喚した。その右掌には結晶のようなものがはまっており、頭部が無い代わりに胸の中央に大きなカメラレンズがついている。
眼機OPS-1、闇撃の槍を投射して攻撃する中級モンスターだ。その頭の無いロボットは、右掌を構えるとそこに黒いエネルギーの槍を形成した。闇撃の槍だ。
放たれた闇撃の槍が粘獣ウーズキューブを貫く。だが、浅い。ゼリー状の肉体に空いた穴は、すぐにじゅるじゅると埋まって再生していく。
「ダメだ! 全然効いてない!」
「他には!? 誰か他に眼機OPS-1持ってないの!?」
粘獣ウーズキューブは物理攻撃がほとんど通じない上、多少の傷は自己再生してしまう。中級モンスターとは思えぬ耐久力お化けであり、だからこそ強力な一品として知られている。
今の粘獣ウーズキューブを倒そうと思ったら、眼機OPS-1が二、三体は必要だろう。それでも倒すのには恐ろしく時間がかかる。
さらにマナヤはダメ押しすることにした。
「【スター・ヴァンパイア】、召喚ッ!」
前に差し出した手のひらの先から、人の二倍ほどの紋章が発生。それがそのまますうっと消え去る。
だがマナヤは、紋章が消えた地点に目には見えない頼もしい存在を感じていた。
先ほどヴァスケスから奪った上級モンスター、スター・ヴァンパイア。
召喚師達の目が絶望に染まるのがわかった。ヴァスケスが使っていたのでスターヴァンパイアの力を良く知っているのだろう。
「――マナヤァッ!!」
そこへようやくヴァスケスが前に進み出てきた。髪の隙間から覗く血走った目。冷静そうな態度はどこへやら、激情をあらわにしている。
「【ヴァルキリー】召喚!」
彼が手を突き出した先から召喚の紋章が浮かび、その中から戦乙女が出現。それを見てマナヤは歯を剥いて笑う。ようやく面白くなってきた。
星の精vs戦乙女。かつてのヴァスケスとマナヤそれぞれの切り札。持ち主を交換しての、切り札同士のリベンジマッチだ。




