66話 覚醒召喚師、逆転
ここから中継ぎはありますがしばらく(81話まで)戦闘中心の話が続きます。ご注意ください。
ぺっ、とマナヤが口に溜まった血を吐きだす。
ヴァスケスは、全く様子の違うマナヤの表情に狼狽えているようだ。彼はどうやら『テオ』の性格を演技だと勘違いしているようだが、別に訂正してやる義理もない。
マナヤは、テオが洞窟に入れられたあたりから既に目覚めていた。目の前の事に必死でテオは気づかなかったようだが。
それから何度か、マナヤはさっさと替わろうとした。だが意外にもテオに抵抗されたのだ。マナヤが起きたことには気づいていなさそうだったので、おそらく無意識だったのだろう。自分で決着をつけたかったのだろうか。
ヴァスケスが冥途の土産とばかりに長々と得意げに語った後、テオの意識が弱まりようやくマナヤが表に出る事ができた。そこで雄たけびと共にスター・ヴァンパイアへ自ら突っ込んだのだ。
(ま、心意気は買うぜ、テオ。だが……対人戦は、俺の領分だ!)
「【電撃獣与】」
「【電撃防御】」
ヴァスケスがスター・ヴァンパイアに電撃の攻撃力を追加すれば、間髪を入れずにマナヤが牛機VID-60に電撃耐性を与える。あまりに一瞬で対応され、ヴァスケスが舌打ちした。
「これは防げまい! 【秩序獣与】」
今度はヴァスケスがスター・ヴァンパイアに神聖属性の攻撃力を追加する。
これに対応する防御魔法は、存在しない。だがマナヤは全く動じない。
「【応急修理】。……【応急修理】」
機械モンスターの傷を治癒する魔法『応急修理』。傷ついていた牛機VID-60が修復される。それを、少しタイムラグを置いて二連打した。スター・ヴァンパイアの攻撃に合わせ、倒されないよう回復し続けているのだ。
先ほどのテオの結果と違い、レン・スパイダーの攻撃を受けてスター・ヴァンパイアは連撃速度が鈍っている。そのため先刻ほどスムーズには牛機VID-60を倒せない。
そして、牛機VID-60にもかかっている秩序獣与。この魔法についている『聖痕』効果で、スター・ヴァンパイアはだいぶ弱ってきている。
モンスターの中には”亜空”と呼ばれる、いわゆる地上の生物とは根本的に身体構造が異なり真空中でも生存可能なモンスターが存在する。『聖痕』とは、スター・ヴァンパイアに代表されるその”亜空”モンスターにのみ有効な状態異常。その身体を聖なる印で焼き続け、持続ダメージを与えることができる効果だ。
「治癒ならこちらとて、同じことができる! 【魔命転換】」
ヴァスケスもスター・ヴァンパイアに魔法をかけた。『魔命転換』という、亜空モンスターを治療できる治癒魔法だ。スター・ヴァンパイアの肉体の損傷が治っていく。
――かかりやがったな!
「【精神獣与】ッ!」
これこそマナヤが狙っていた展開だった。スター・ヴァンパイアが治癒された瞬間、マナヤは牛機VID-60に精神獣与をかける。牛型ロボットの角が黒いエネルギーを纏い、スター・ヴァンパイアを突きあげた。
――バシュウッ
刹那。スター・ヴァンパイアは突如として粒子に変わり、消滅してしまった。
「なっ……【封――」
「【封印】」
一瞬マナヤの方が早かった。スター・ヴァンパイアの魔紋はマナヤの掌へと吸収されていく。
「き、貴様、一体何をした!? なぜ突然スター・ヴァンパイアが……!」
「どうした。どうやらお前の信頼とやらに、こいつは応えてくれなかったみてえだな?」
ここぞとばかりに、マナヤがヴァスケスを煽る。
マナヤは、ヴァスケスが魔命転換を使うのを待っていた。その副作用を利用したのだ。
魔命転換は亜空モンスターを回復する唯一の手段。しかしHP回復の際に、かけたモンスター自体のMPを同量消費してしまうという副作用がある。つまりは、MPをHPに変換する魔法なのだ。
魔命転換で治癒した結果、スター・ヴァンパイアのMPが一時的に激減してしまっていた。
マナヤはその瞬間に牛機VID-60に精神獣与をかけて、その攻撃に精神攻撃を追加した。MPがほぼゼロだったスター・ヴァンパイアは、一瞬でMPを削り切られ消滅してしまったのだ。
怒りの形相で睨むヴァスケス。だが直後マナヤのレン・スパイダーの攻撃を食らい、蜘蛛糸で全身がからめとられる。ヴァスケスは、先ほどまでのテオとの交戦でかなりマナを減らしてしまっていた。
「ぐっ――おのれ! 緊急召集! 非常事態だ! 殺して構わん!」
糸のまとわりついた体で後退しながら、拠点の者達に召集をかけるヴァスケス。そこかしこの洞窟から召喚師が顔を出す。何人居るだろうか、洞窟の中にいるマナヤの位置からは全ては確認できない。ライアンがおろおろと周囲を見回しながら立ち尽くしていた。
「来るなら来やがれ!」
雄々しく叫びながらも、マナヤは右手首にはまった錬金装飾を、全く同じ新品に交換した。
――【最期の魔石】
先ほどマナヤの身体が眩い青い光に包まれたのは、この錬金装飾の効果が発動したからだ。装着者に、『魔力の御守』とは比べ物にならないほどの大量のマナを一気に回復させることができる。
この錬金装飾は発動条件が厳しい。だからこそ、つい先ほどまで発動させることができなかった。
近場の洞窟から出てきた三名ほどの召喚師達が洞窟の中に居るマナヤに向かって、手のひらを突き出す。
「【粘獣ウーズキューブ】召喚!」
「【撃機VANE-7】召喚!」
「【花機SOL-19】召喚!」
中級モンスターが三体並んだ。
約一メートル四方の立方体の形をとった透明なゼリー質の肉体を持ち、中央に目玉のような組織が埋もれている『粘獣ウーズキューブ』。
ヘリコプターのプロペラのようなもので滞空飛行する、下向きのドリルがついた紅色の機械『撃機VANE-7』。
ラフレシアのような大きな花を模した機械『花機SOL-19』。
――入れ食い状態じゃねえか!
内心、マナヤは舌なめずりした。
どれも上級モンスターほどではないが出現頻度が少ない中級モンスター。いずれもクセはあるが中級モンスターでは極めて強力とされている三体だ。
この三体を選ぶとは、実に気が利いている。実に、奪い甲斐がある。
「【行け】! 【跳躍爆風】!」
マナヤが命令を下し、直後『跳躍爆風』を使った。破裂音と共に牛機VID-60が大きく跳躍し、花機SOL-19の近くへと落下する。
「うわっ!? 急に――」
花機SOL-19を召喚した女性召喚師は、突然跳んできた牛型ロボットに、思わず後ずさってしまった。
花機SOL-19は、花そのものに相当する部分を牛機VID-60に向ける。砲のようになっているその中心部から、極太のレーザーが発射された。
これが、花機SOL-19の攻撃。全く移動ができない代わりに、非常に凶悪な火力を誇る高熱レーザーを放つことができるのだ。
だがあいにく、牛機VID-60は高熱に完全耐性がある。レーザーを食らっても傷ひとつつかない。花機SOL-19にとっては、最悪の相手だ。
「なっ!? お、おい! どこに攻撃してんだ!」
「し、知らないわよ!」
と、そこへ撃機VANE-7を召喚した男性召喚師が、女性召喚師に文句を言う。今の花機SOL-19のレーザーは牛機VID-60のみならず、その背後にいる撃機VANE-7にも掠っていたのだ。そのドリルのような部分がどろりと溶ける。
マナヤの狙い通りだ。撃機VANE-7が花機SOL-19の射線上に入るよう、牛機VID-60を絶妙な位置に跳ばした。これで、同士討ちを誘うことができる。
「くそっ、【火炎防御】!」
男性召喚師が、仕方なく防御魔法をかけて熱線から撃機VANE-7を守る。
だが、もう手遅れだった。既に手傷を負った撃機VANE-7は、マナヤのレン・スパイダーの追撃を食らい撃ち落された。
「【封印】!」
「あっ!」
すかさず、マナヤは走り回りながらも撃機VANE-7を封印する。元の持ち主が悲痛な声を上げる。
「ちょ、ちょっと、ウーズキューブはどうしたのよ!」
「い、いや、それがこいつが……!」
女性召喚師の文句に、粘獣ウーズキューブの召喚主である男性の中年召喚師はしどろもどろだ。
それもそのはず、粘獣ウーズキューブはマナヤと追いかけっこをしていた。
粘獣ウーズキューブは物理攻撃がほぼほぼ効かないという、中級モンスターにあるまじき耐久力を誇る。しかし、にじり寄るようにゆっくりとしか移動できない。
マナヤ自身が粘獣ウーズキューブにわざと近づいて引き付けていた。鈍足でしか動けない粘獣ウーズキューブから付かず離れずをキープし、無力化していたのだ。自慢の耐久力など、モンスターと戦わせなければどうということはない。
(さっさと『戻れ』命令を下すなり、他のモンスターを追加召喚するなりすりゃいいものを!)
やはり、ヴァスケスと違い彼らは戦い慣れていない。強力な中級モンスターのパワーに味をしめ、それに頼った戦い方しかしていない弊害だ。しめしめとマナヤはほくそ笑む。
「く……」
そして、花機SOL-19が一方的に牛機VID-60に殴られ続け、瀕死になる。女性召喚師が手をかざした。治癒魔法を使おうとしているのだろう。
「【火炎獣与】」
「なっ……グ、【火炎防御】っ!」
そのタイミングを見計らい、マナヤは先んじて火炎獣与をかけた。炎を纏った牛機VID-60の角を見て、女性召喚師は慌てて火炎防御で花機SOL-19を守ってしまう。
それが悪手だった。
――バシュウッ
「あっ! 【封――」
「【封印】!」
その間に、牛機VID-60が花機SOL-19を倒していた。相手が回収するよりも早く、花機SOL-19の魔紋をマナヤが封印する。
治癒魔法を必要とするほど弱っている状態で、治癒魔法よりも防御魔法を優先してしまった。その結果、治癒魔法が間に合わなくなる。
この召喚師らは、視野が狭すぎるのだ。突発事態に陥るとおろおろするばかりで、戦況が見えていない。だから補助魔法の適切な選択ができない。
「こ、このっ……【クピドエンジェル】召喚っ!」
さきほどマナヤに撃機VANE-7を奪われた男性召喚師が、今度は弓を携えた小さな天使『クピドエンジェル』を召喚する。
背中から生えた一対の黒い翼を広げて空中へと浮かび上がり、マナヤに向かって弓を引いた。白いエネルギーが矢のように収束され、それを弓につがえる。
――願ってもねえ!
マナヤは粘獣ウーズキューブから逃げるのを辞めて、その場で立ち止まった。クピドエンジェルを見上げ、傷だらけの身体で挑発するような笑みを向けてみせる。
その様子にその男性召喚師と、粘獣ウーズキューブを召喚した中年召喚師がカッと頭に血を登らせた。
「バカにしやがって!」
「食らえ!」
粘獣ウーズキューブが至近距離で、その四角い体から強酸を吐く。じゅう、とマナヤの全身が酸に焼ける音がして、煙が立ち上る。
さらにクピドエンジェルの光の矢が放たれ、マナヤの肩に突き刺さった。『神聖属性』の矢だ。
「な、なんだこいつ!?」
と、わらわらと他の召喚師達も集まってくる。仁王立ちになって嗤いながら攻撃を受け続けている少年を見て困惑。だがすぐに立ち直って一斉にマナヤに手のひらを向け、召喚をしようとする。
と、その時。
「うわあっ!」
「きゃあっ!」
「何だ!?」
突如マナヤの全身が、再び眩い青い光に包まれた。




