65話 経験と力量の差
2022/10/9:防御魔法の説明が不足していたことに気づいたので修正。
電撃を纏ったスター・ヴァンパイアの触手が振り下ろされ、鉤爪がヴァルキリーを襲う。しかしヴァルキリーの全身装甲に阻まれ、ほとんど傷がつかない。発生する電撃は電撃防御の青いエネルギー膜が防いでいる。
対するヴァルキリーの長槍が、スター・ヴァンパイアを一気に深く刺し貫いた。
「ほう、ヴァルキリーか……それではこちらが不利だな。ならば、【精神獣与】」
そこにヴァスケスがスター・ヴァンパイアに手をかざした。スター・ヴァンパイアの触手が、今度は黒いエネルギーに染まる。その一撃を受けたヴァルキリーは全身から一瞬、暗い虹色の光を放散させた。
精神獣与、モンスターの攻撃に精神攻撃を追加し、さらに『混乱』させる効果を与える魔法だ。『混乱』するとヴァルキリーの攻撃対象が無差別になってしまうが、テオとライアンは充分にヴァルキリーから距離を取っているので、混乱したヴァルキリーに狙われる心配はまずない。
問題は精神攻撃の方だ。
「それなら、【精神防御】!」
テオがヴァルキリーにかけるのは、三十秒間『対象モンスターへの精神攻撃と精神異常を無効化する』効果を与える『精神防御』だ。
これでヴァルキリーを精神攻撃から守り、ヴァルキリーのマナがゼロになって消滅してしまうのは避けられる。
――はずだった。
「えっ!?」
テオの目が、驚愕に染まる。
スター・ヴァンパイアの鉤爪を受けたヴァルキリーの全身から、再び暗い虹色の光が放散されるのが見えた。マナにダメージを負ったということだ。
(どうして!? 精神防御をかけたのに!)
「……そ、そうか、しまった!」
「かかったな」
驚いた直後、テオは思い出した。続いてヴァスケスが唇に弧を描く。
マナヤの教本に書いてあったのだ。
電撃防御と精神防御は、両立できないと。
電撃と精神攻撃は、逆属性にあたる。本来の電撃の逆属性は『闇撃』なのだが、闇撃と精神攻撃は近しい攻撃であるためだ。
属性が真逆の防御魔法は、同時にかけられないようになっている。そのため、電撃を防御する魔法と精神攻撃を防御する魔法を両方かけても、先にかけた方の効果しか発揮されない。
対して、『獣与』系魔法の方は事情が違う。
電撃獣与と精神獣与の方には、コンボが設定されていた。両方かけると、電撃の威力が全て精神攻撃の威力に変換され、上乗せされる。
そのため、電撃獣与と精神獣与が両方かかったスター・ヴァンパイアの攻撃は、電撃の追加ダメージが消え、凶悪な精神攻撃が発生していたのだ。
「……『マナヤ』がフロストドラゴンと対峙した時、妙なことをしていたのでな。研究させてもらった」
ヴァスケスが得意げに語った。
かつてマナヤがフロストドラゴンと戦った際、彼は電撃獣与と精神獣与を併用するコンボを使用していた。ヴァスケスはおそらく、それを参考に研究・実験し、法則を見つけ出したのだろう。召喚師同士で戦い、検証を繰り返して。
テオも、マナヤの教本で読むまでは全く知らなかった知識だ。この世界ではHPやMPの数値化などされていなかった。そんな条件下でなお、この法則を発見したヴァスケスが異常なのだ。
ヴァルキリーにかけた精神防御が効いていない以上、テオはもはや打つ手がない。
――バシュウッ
……そして、鉤爪の攻撃数発目でマナをとうとうゼロにされ、消滅するヴァルキリー。
「あっ!」
「【封印】」
テオが驚いている間に、ヴァスケスが残った魔紋を封印してしまった。テオのヴァルキリーが、ヴァスケスに奪われてしまった形になる。
「く……!」
「ヴァルキリーは、セメイト村のスタンピード後に我々で手に入れるはずだった。同一のものかは知らんが、返してもらうぞ」
歯噛みするテオに対し、勝ち誇るようにヴァスケスが冷笑した。
「――【牛機VID-60】、召喚! 【行け】っ!」
だが、悔やんでいる暇などない。テオは、紫色の牛の姿をした機械モンスター、『牛機VID-60』を召喚する。
「……ほう。そうきたか」
まだ諦めぬテオに、感心するようにヴァスケスが呟く。だがヴァスケスは余裕を崩さない。
対するテオは、必死に頭を巡らせていた。機械モンスターである牛機VID-60には、精神攻撃は効かない。そのためスター・ヴァンパイアに残っている精神ダメージを気にする必要はない。
ただ、中級モンスターの牛機VID-60と上級モンスターのスター・ヴァンパイアでは、地力の差で後者の方が圧倒的に有利だ。
「……そうだ! 【レン・スパイダー】召喚!」
一つ思いついたテオは、人間よりもやや小さいくらいのサイズを持つオレンジ色の蜘蛛型モンスター『レン・スパイダー』を召喚した。蜘蛛糸を丸めた玉を発射することができる。その玉を受けた敵に糸が絡みついて、その攻撃速度を鈍くする能力を持つ。
その糸でスター・ヴァンパイアの連撃速度を鈍化させることができれば、ある程度は渡り合えるようになるはず。
……しかし。
「甘い! 【竜巻防御】」
ヴァスケスがスター・ヴァンパイアに補助魔法『竜巻防御』をかけてしまった。軽い射撃攻撃を逸らす能力がスター・ヴァンパイアに与えられる。
レン・スパイダーが放った白い糸の塊は、スター・ヴァンパイア命中直前にくいっと左方向へ逸れ、明後日の方向へと飛んでいった。
「くそ……!」
「【秩序獣与】」
相手の対応に顔をしかめるテオだが、ヴァスケスは続いて『秩序獣与』をも使用する。スター・ヴァンパイアの鉤爪に、電撃に加えて神聖な光が宿った。
「しまった! 【応急……」
機械モンスターの傷を治癒する魔法『応急修理』をかけようとしたが、間に合わない。
牛機VID-60が鉤爪に斬り裂かれ、さらに神聖属性の追加ダメージが発生する。青白い光飛沫が発生して牛機VID-60の身体が地に沈み、消滅した。
神聖属性の攻撃を防御する補助魔法は、存在しない。ゆえに対人戦において『秩序獣与』は非常に強力な獣与系魔法。
しかし、対人戦のことなどテオは知らない。マナヤの本には、召喚師を敵にした際の戦い方は記載されていなかった。
(今の状態で、少しでも逆転を狙うなら……!)
「【スカルガード】二体召喚! 【行け】!」
今度はテオは、剣と盾を持った骸骨戦士『スカルガード』を二体召喚した。下級モンスターだがスカルガードは元々電撃が効かない特性があり、その上盾により斬撃にもそこそこの耐性を持つ。
スター・ヴァンパイアがスカルガード達と戦い始めた。しかし、さきほどスター・ヴァンパイアにかけられた秩序獣与による神聖攻撃は防げず、むしろスカルガードの弱点ですらあった。それぞれ鉤爪二撃ずつほどで倒される二体の骸骨戦士達。
「【猫機FEL-9】召喚、【行け】!」
倒されるや否や、テオはすぐさま下級モンスター『猫機FEL-9』を召喚した。これもまた機械モンスターだ。
「……さすがだ、少年。やはり貴様は知っているようだな。スター・ヴァンパイアに生物モンスターをあてがうのは、悪手だと」
敵意を剥きだしにしながらも、ヴァスケスが彼なりにテオを称賛する。テオの頬には、焦りからの汗が伝う。
テオは先ほどから、ヴァルキリーとレン・スパイダーを除き生物モンスターを出そうとしていなかった。理由は単純、スター・ヴァンパイアが持つ『吸命』の特殊能力だ。鉤爪で切り裂いた生物モンスターから生命力を吸収し、傷を自己治癒されてしまう。ヴァルキリーを出したのは、全身装甲によりスター・ヴァンパイアの鉤爪が効かないから。レン・スパイダーを出しているのは、後衛なのでスター・ヴァンパイアと接敵しないからだ。
装甲も持たない生物モンスターで受け止めるのは逆効果。スター・ヴァンパイアにダメージを与えるどころか、逆に回復させてしまう可能性が高い。
「しかし、無駄なあがきもそこまでだ! 【封印】」
ヴァスケスの雄たけび通り、猫機FEL-9はすぐに倒される。さらにヴァスケスは地面に残っていた二つのスカルガードの魔紋を封印してしまった。
「あっ!」
「気付かないとでも思ったか」
テオはスカルガードの『復活』を狙っていた。スカルガードは、倒されてもたった三十秒で勝手に復活し戦線復帰してくれる能力を持っている。しかし、それも『封印』されてしまうとそれまでだ。
スター・ヴァンパイアが透明化した。おそらく、テオのすぐ目の前に居るレン・スパイダーを攻撃するだろう。そうなると『吸命』効果でスター・ヴァンパイアを回復されてしまう。
「く……【猫機FEL-9】召喚!」
テオには、もうほとんどマナがない。残ったマナ全てを使いもう一体、猫機FEL-9を召喚する。
「言ったはずだ、無駄なあがきだとな。【火炎獣与】」
ヴァスケスがさらに『火炎獣与』で火力を強化する。スター・ヴァンパイアは、たった一撃で新たな猫機FEL-9をあっけなく倒してしまった。そのままレン・スパイダーもあっけなく散りゆく。テオのモンスターが全滅してしまった。マナも、空だ。
スター・ヴァンパイアが再びその姿を透明化させる。
「――がっ! ぐ……っ」
そして突然、テオの目の前で透明化を解除したスター・ヴァンパイアが、テオの身体を斬り裂く。テオの胸元が大きく裂け、ぱっと鮮血が舞った。その鮮血が吸い込まれるようにスター・ヴァンパイアへと集まっていく。ウツボのような全身の突起から、そのぶよぶよとした体へ吸収されていった。
さらにスター・ヴァンパイアの触手がもう一閃。再び舞い散る鮮血をまたしても吸収。それに伴い、テオのモンスター達がつけたスター・ヴァンパイアの傷は全て治ってしまう。
どさり、とテオの体が前のめりに倒れ込んだ。
「……【戻れ】」
ヴァスケスがスター・ヴァンパイアを自身の元へと呼び戻す。そして、血だまりを作りつつある地面に倒れたテオを憐憫の表情で見下ろした。
「憐れな。素直に、我々に救われていればよかったものを……」
――ピクリ
「何?」
しかしヴァスケスが眉を顰める。テオは両手を地面に叩きつけ、必死に血だまりの中から上体を起こそうとしていた。
「驚いたな。まさか、まだ息があるとは」
ただでさえ一撃の破壊力が驚異的な上級モンスターの攻撃。しかもスター・ヴァンパイアは先ほどの火炎獣与により、攻撃力が倍近くになっていた。その攻撃を二発受けて生きている事に、テオのタフネスを称賛するヴァスケス。
しかしその眼差しは冷ややかなままだ。
「だが、貴様はよくやったぞ。私のスター・ヴァンパイアにここまで持ちこたえるとはな。あまつさえ、中級や初級モンスターでこれだけ時間を稼いだ。……残念だよ。貴様ならば我々の一員になった暁には、即戦力となっていただろう。これからの蹂躙を前に、な」
「……蹂躙……だって……?」
ピクリと動くだけでも激痛が走る胸元。それでもテオは、死にもの狂いで顔を上げヴァスケスを睨む。
「そうだ。貴様は気づかなかったか? スレシス村周辺のモンスター達が、異様に少なすぎたことに」
「……!」
「我々はこの森を主な拠点とさせて頂いた。この周辺から瘴気を集め、強力なモンスターを量産させる」
「……瘴気を、集める……だって……!」
「その通り。その手段を我々は確保した。そうやって生み出した強力なモンスターをを我々が狩り、戦力を蓄えるために。その影響で、村周辺の森はモンスターの出現頻度が落ちただろうがな」
「そ……それじゃ……」
「もうここは充分に役目を果たした。我々は、本日をもってこの拠点を放棄する。野良モンスター達は本来の数を取り戻すだろう。腑抜けになった村の連中がどの程度持ちこたえられるか、見ものだな」
霞みそうになる意識を必死につなぎ止め、気丈にヴァスケスを睨みつけるテオ。
「腑抜けに、なった……? じゃあ、まさか……!」
「周辺のモンスターが弱体化し、村の連中はモンスター処理に苦労をしなくなった。さらに村の戦士達に、戦闘技術など時代遅れだという風潮を流布し、腑抜けへと作り変える。……長かったぞ」
「ぐ……っ!」
――それも、こいつらの仕業だったのか! ここままじゃ、村人達が……!
「さらに駄目押しだ。我々でスレシス村に急襲をかけて村に残っている実力者を屠り、村の戦力困窮を確実なものとする。我々召喚師解放同盟、雌伏の時はもう終わりだ。騎士隊が到着しようとも、我々はもう後れを取りはせん」
「そんな、こと、を……」
テオの意識が、薄れゆく。
「さらばだ。……我々を愚弄したこと、悔やみながら死ぬがいい。――【行け】」
無慈悲に、ヴァスケスが命令を下す。
テオの頭が、がくりと地面へと落下し――
「――あああああああぁぁぁぁぁーーーーッ!!」
突然雄たけびを上げて起き上がり、右手首を握りながら自ら前方へと駆け出した。そんな彼に、透明化を解除し姿を現したスター・ヴァンパイアが鉤爪を振り下ろす。
鮮血が、舞い散った。
「……気がふれたか」
ヴァスケスが諦観に目を伏せる。
しかし彼の目の前に立つ少年は、血飛沫をあげながらもニヤリと嗤った。
「――!?」
途端、その少年の全身が眩いばかりの青い光に包まれる。ヴァスケスは思わず手で目を庇った。
「――【牛機VID-60】召喚ッ!」
光の中、少年が素早く手を前にかざすと召喚の紋章が発生する。甲高い音を立てて、スター・ヴァンパイアの鉤爪が紋章によって受け止められた。
「……何っ! どこに、そんなマナが!」
驚愕するヴァスケス。光の収まった少年は、紋章発生後に素早く後方へ飛び退いた。
「【秩序獣与】! 【レン・スパイダー】召喚ッ!」
しかし少年は止まらず、出現した牛機VID-60にすぐさま秩序獣与をかける。紫色の牛型ロボットモンスターが神聖な光に包まれる中、さらに後方にレン・スパイダーをも召喚する。
前方に牛機VID-60、後方にレン・スパイダー。先刻と同じ布陣だ。
「ちっ! だが、同じことだ! 【竜巻防御】」
レン・スパイダーを見て、ヴァスケスは先ほど同様『竜巻防御』をかけた。しかしそれを見た少年は大蜘蛛へと手をかざす。
「【狩人眼光】!」
途端、レン・スパイダーが放つ蜘蛛糸の塊が加速する。その高速の射撃が竜巻防御を貫通し、スター・ヴァンパイアに命中した。蜘蛛糸に絡めとられ、その動きが鈍くなってしまう。
「バカな! 何故……ッ!」
つい先ほどのように翻弄できない。逆にヴァスケスの方が振り回されつつあった。
ハッ、と少年の顔を改めて見やる。その明らかな表情の違いに瞠目した。
「――貴様ッ! 本性を隠していたのか!」
「おう、すっかり騙されてくれたみてぇだな? おかげで、いい話が聞けたぜ」
「やはり! 貴様が、マナヤだったのか!」
マナヤが、ヴァスケスを嘲るように笑ってみせた。




