64話 良心の意地
「……ふざけるな」
テオの異様に静かな声に、ライアンが思わず後ずさりする。
「な……」
「召喚師以外のみんなを殺す? それが理想郷だなんて、本気で言ってるのか」
かつて感じたことの無いほどの、怒り。
限界を突破し、意識だけはしんと冷え、頭の奥が麻痺してしびれたような感覚。
「ライアンさんは、村の人たちがみんな死んでしまっても、良いっていうのか」
「と、当然だ! あんな、人が苦しんでるのを喜んでる連中――」
「ライアンさんの両親が! 召喚師達の家族が死んでも、良いっていうのか!!」
「ッ!」
『両親』『家族』というテオの言葉に、ライアンがたじろぐ。
だがそこへヴァスケスが進み出て、腕をライアンの前へと庇うように差し出した。
「耳を貸すなライアン。忘れたか? 家族など、簡単にお前を見捨てる。私の家族がそれを証明している」
迷うような表情を浮かべるライアン。だが、テオは止まらない。
「ライアンさんは、それでもいいのか! 昔の、幸せだった頃の家族を、永遠に取り戻せなくなっても!」
「あ……」
「あなたにだって、あったはずだ! 家族との幸せだった時間が! それを、あなた自身の手で壊して、そんなものが理想郷なのか!?」
両手で頭を抱え、慄くライアン。ヴァスケスが、ライアンに代わりテオを睨みつけた。
「何の問題がある? 召喚師になった途端に見捨てるような薄っぺらい家族など、必要あるまい」
「それはお前の勝手な意見だ! お前の自分本位な考え方をライアンさんにまで押し付けるな!」
「貴様……」
テオは思い出していた。
数日前、マナヤの心のことでテナイアに言われた言葉を。
『救世主願望を持つ人の行動は「自分本位の判断」に左右されることが多いのです。ですから、本当に相手のためになることをやっているとは、限りません。彼らは人を救っているつもりで、相手にとっては「ありがた迷惑」であることもあるのです』
ヴァスケスは自分の経験に左右され、召喚師は皆、家族に復讐したがっていると思い込んでいる。彼らの家族を殺すことが彼らの『救い』になると、本気で信じている。ありがた迷惑である可能性など、考えていない。
『人を救うことで自分の価値を示したい。つまり、人を救うことで事実上「他人を見下したい」という気持ちが根底にあるのですよ。酷いものになると……救おうという行為を相手に拒絶された場合、逆にその相手に攻撃的感情を抱くこともあるのです。「せっかく救おうとしてやっているというのに、なんて生意気な」という感情ですね』
(……そうか)
今、テオにははっきりとわかった。もはや彼らは、召喚師達を救済するつもりなのではない。救済している気になって、悦にひたりたいだけなのだ、と。
「――スレシス村の召喚師達は、家族に会いたがっていた。自分の家族を作りたいと、そう願っていた! それが今、実を結ぼうとしているんだ!」
「……な、なんだって?」
ヴァスケスへ向けたテオの激情の言葉に、眼の揺れるライアンが反応する。微かにその瞳に光が戻った。
それには気づかず、テオはなおもヴァスケスに向かって吼え続ける。
「みんなは今、頑張ってる! 取り戻せるかもしれない幸せに、必死に手を伸ばしてるんだ! そんなみんなの努力を踏みにじる権利なんて、お前たちにあるもんか!」
「貴様、言わせておけば……ッ」
ヴァスケスが苦々しく睨みつけてくる。だがテオは折れない。
テオは、知っている。召喚師達が家族との時間を思って泣いていたことを。かつて家族同然だった人との絆を、取り戻したいと願っていた少女のことを。
「お前たちがやってることは、『救済』なんかじゃない! 自分の復讐を、みんなに押し付けているだけだっ!!」
その場の全員が黙り、サーヴァント・ラルヴァの奇怪な笛の音だけが場に響き渡る。
テオは、頭の奥がしびれたような感覚の中、荒い息を繰り返す。
「……テオ、さん……」
背後から、テナイアの声が聞こえた。その傍にいる、建築士と黒魔導師が息を呑んでいるのも、不思議とわかる。
「……これほど、手を差し伸べてやったというのに」
怒りを抑えるような、ヴァスケスの呟き。
「その恩を仇で返すとはな。トルーマン様が、加入を拒否する召喚師達を始末していた理由がよくわかる」
「……お前たちなら、そう言うと思った」
テオには、わかっていた。彼らが『厚意』のつもりでやっていることを拒絶されれば、牙を剥いてくるだろうことを。
テナイアから聞いていた事だったからだ。救世主願望を持つ輩は、救おうという行為を相手に拒絶された場合、その相手に攻撃的になる、と。
ヴァスケスが冷ややかな目でテオを見下ろす。
「いいだろう。惨たらしい死を望むなら、くれてやる。……ライアン」
急に話を向けられたライアンが、はっとするようにヴァスケスへと顔を向ける。
「丁度良い。お前に『洗礼』の機会を与えよう。……そこの少年を、お前のモンスターで殺せ」
「……!」
「それが我々召喚師解放同盟に正式加入するための、通過儀礼だ。できるな?」
ライアンの目が揺れる。わなわなと全身を震わせながら、顔の近くへ掲げていた手を、ゆっくりと降ろす。
「迷う必要などない。そこの少年は我々の理念を汚した。その報いを受けさせねばならん」
「……」
「どうした。お前は村の連中に復讐したかったのではないのか? 加入しないというならば、その機会はもう二度と訪れん」
ライアンが、よろけながらも前へと進み出る。
ふらふらと、右腕をテオへと掲げる。
「ライアンさん……っ」
テオが、懇願するようにライアンを見上げた。
しかし、目を泳がせながらもライアンは震え声で……
「――【狼機K-9】召喚」
ライアンの目の前に召喚の紋章が発生。その中から、緑色の狼型機械モンスターが出現する。
「ライアンさんっ!」
「そうだ。それで良い。お前は心のままに復讐を果たせ」
テオの呼びかけに、ヴァスケスが無慈悲な言葉を被せた。
ふ、とライアンが再び虚ろな目に戻る。
「……君、すまない。オレは復讐を、諦められない」
震えながらも、ライアンがテオを見下ろしてそう告げた。
ヴァスケスが、勝ち誇ったように口元に笑みを浮かべる。
「……い……【行け】ぇっ!!」
強く目を瞑り、ライアンが吼えるように命令した。
狼機K-9が、意思持たぬ機械の目に光を灯し、一気に地を蹴って――
――サーヴァント・ラルヴァを斬り裂く。
「えっ!?」
そんな狼機K-9の行動に一番驚いたのは、誰あろうライアン本人だ。
「な、何やってるんだよ! そっちじゃないだろ! 【戻れ】! ……【行け】!」
おろおろとしながら、大慌てで狼機K-9に一旦『戻れ』命令を下し、そしてまた『行け』命令を下しなおす。しかし、結果は変わらない。狼機K-9は、サーヴァント・ラルヴァに爪を立て続ける。
「何をしている、ライアン!」
ヴァスケスが、怒りを滲ませながらライアンに詰め寄る。だが、ライアンも何が何だかわからない、といった様相で勢いよく首を振る。
「……そうか」
ただ一人冷静なテオが、ライアンを優しい眼差しで見上げた。
「それが、あなたの本心なんですね。……ライアンさん」
召喚獣は、召喚主が敵意を抱いた相手にしか攻撃しない。
ライアンが頭で何を思おうとも、彼の『心』が決めてしまったのだ。
どちらが、彼の真の敵なのかを。
――バシュウッ
あえなく、サーヴァント・ラルヴァはライアンの狼機K-9の攻撃により、倒されてしまった。地面に魔紋が残る。
「――【封印】!」
すかさずテオが手をかざし、その魔紋を封印する。
「何!? 貴様、なぜマナが残っている!?」
驚愕の声を上げるヴァスケス。テオはだんまりを決め込み、ひそかにぎゅっと左手を握りしめる。その左手首には、黄色い宝珠がついた錬金装飾が装着されていた。
――【吸邪の宝珠】
シャラから預かっていた錬金装飾の一つ。精神攻撃を無効化できる能力を持つ錬金装飾だ。
先ほどヴァスケスがスター・ヴァンパイアを慈しんでいた時。倦厭しているフリをして、密かに左手首にこの錬金装飾を装着。サーヴァント・ラルヴァの精神攻撃を無効化していた。そのため、その後の長話でマナが回復していたのだ。
さらにテオは、何かを三つほど後方へとばっと投げつける。
「ちっ! 【行け】!」
舌打ちしたヴァスケスが、スター・ヴァンパイアに命令を下した。その瞬間、ライアンの狼機K-9の傍らに、ぶよぶよとした醜悪な肉の塊が出現する。
体躯は、人間より二回りほど大きい。それが、宙にプカプカと浮いていた。全身の至る所にウツボを思わせる突起がついており、さらに胴体の上部からは鉤爪のついた二本の長い触手が生えていた。
普段は透明なスター・ヴァンパイア。攻撃する時にだけ見せる、その真の姿だ。
鉤爪のついた二本の触手を、素早く振り下ろす。狼機K-9の金属の身体に、大きな爪痕が残った。
『行け』命令のままだった狼機K-9もスター・ヴァンパイアへと反撃する。鋭い爪が、ぶよぶよとしたスター・ヴァンパイアの肉体を斬り裂いた。醜悪なその肉の傷跡からは、血の一滴も出ない。
「【電撃獣与】」
さらにヴァスケスはスター・ヴァンパイアに手をかざして唱えた。スター・ヴァンパイアの鉤爪に、バチバチと電撃が宿る。
電撃を纏った触手が振り下ろされ、狼機K-9の身体にさらに深い爪痕が残った。さらにバリバリと放電し、緑色の金属製ボディが煙を吹く。
「あっ!?」
ライアンが、悲鳴に近い声をあげる。
今の一撃で狼機K-9が大ダメージを受け、完全に砕け散ったからだ。
今のスター・ヴァンパイアには、ただでさえ高い攻撃力に加え『電撃獣与』がかかっており、攻撃力が実質二倍になっている。防御魔法のかかっていない狼機K-9など、ひとたまりもなかった。
「ライアンさん、下がって! 【ヴァルキリー】召喚! 【電撃防御】、【行け】っ!」
そしてテオは、『伝承系』の上級モンスター『ヴァルキリー』を召喚する。白銀の全身鎧に赤いマントを靡かせた、槍を構える戦乙女。
加えてテオは、ヴァルキリーに『三十秒間、対象モンスターへの電撃と”感電”を防ぐ』能力を与える補助魔法『電撃防御』をもかけた。青いエネルギー膜がヴァルキリーを取り巻く。
これで、先ほどスター・ヴァンパイアにかかった電撃獣与の電撃ダメージも『感電』も、ヴァルキリーにはもう通用しない。
星の精と戦乙女が、激突する。




